泡沫の夢
変更しています。
次回も気長にお待ちください。
私がルキア・クルーニクスとして生を受けた時からずっと、いや、女子高校生の私を思い出した時から淡く、儚い泡沫の夢を見ていた気がする。――なんて言ったら、オルフェ達に怒られるかな?
苦笑して、アーシェの腕をやんわりと私の身体から放した。
全てが真実、夢だったらどれだけよかっただろう。眼を覚ましたら私は女子高校生で、何気なくも平穏で、幸せな日常を送っている。あるいは、悪夢なんていない世界でオルフェ達と楽しく暮らしている日々を想像して、あり得るはずのない事実に失笑した。
どう足掻いたって、過去は変えられない。
変わらないからこそ、もしもの世界を考えてしまう。馬鹿馬鹿しいなと、また失笑した。
一歩、一歩とオルフェ達から離れるように歩く。
嫌なことが多かったけれど、オルフェ達に出逢えたことは幸運であり幸福だった。
予定調和だとしても、それだけは感謝したいほどに。・・・私は幸せだったよ。
「ルキア・・・?」
ロイドが怪訝に私の名を呼んだ。返事はしない。
「何をするつもりだ、ルキア」
レーヴェが硬い声音で尋ねた。無言を貫く。
「どこに・・・行くの?」
アーシェが不安な声を出す。何の反応もしない。
「置いて行くのか、俺を・・・俺達を」
シメロンの言葉に足が止まったが、振り返らずにまた歩きだす。
「ルキア」
オルフェが私の右手を、痛いほどに強く掴んだ。
ぐいっと身体が後ろに引っ張られる。維持でも前を向き、振り返らない。顔を俯かせた私の身体を、オルフェが抱きしめた。
「行かないでくれ、ルキア」
耳元で囁かれた懇願に、胸が痛い。
どうやらオルフェは本能的に、私が何をしようとしているのか悟ったらしい。流石は主人公。補正か直感かは解らないけど、それを今ここで発揮して欲しくなかったよ。
背を向けたまま肩を竦め、漸く混乱が抜けたのか落ち着いた様子を見せる悪夢を見た。
はてさて、彼らはいつまで大人しくしているか。解らないから、早々に手を打ちたいんだけどなー。苦笑して、オルフェの腕の中から乱暴に抜け出した。
背後で息を飲む声がしたけど、やっぱり振り返ることはしなかった。だって振り返ったらたぶんどころか絶対に、決意が揺らぐからね。
それじゃあ、本末転倒だ。失笑した。
ゆらりと覚束ない足取りで、灰燼が私へ近づいてくる。
オルフェ達が私を庇うように前に出るが、正直に言えば邪魔だから止めて欲しい。君達じゃあどうやっても悪夢は殺せないし、倒せないんだから。苦笑した。
好意を無下にするなんて、酷い人間だな私は。
「輪廻より外れ」
「ルキア?」
「零へ消滅せよ」
言葉を告げた途端、断末魔もなく消える灰燼。魔女が名を呼ぼうとするが、肝心の名前が出てこないようで困惑している。
ああ、ごめんね。
存在を消滅させたから、名前と言うモノも消させてもらったんだ。
ついでに言えば、さっきまでいた魔物やバハムートの名前や存在も誰の記憶にも残らず消滅しているんだけど・・・。気づいていないね。消滅だから、当然なんだけど。
くつりと自嘲に笑えば、暗闇から鋭い眼差しを頂いた。刺さる程に痛いよ。
「何をした」
予想通りの言葉で、笑える。
「さて、君達も」
暗闇の言葉に返答せず、すっと右腕を持ち上げればあからさまに警戒を強めて私から距離を取る悪夢の姿。ああ、ああ・・・滑稽だ。
さっきまで優位に立っていたはずなのに、今では劣性で笑える現状だ。
「醒めることのない虚無へと、お眠り」
そして消滅しろ――。
逃げることも、抗うことも出来ずに霞みの如く存在を消滅させる悪夢達。
愚かしいほどにあっけなく、笑えないほどあっさりと眼の前から消え失せた。いや、記憶からも歴史からも・・・と付け足すべきか。
悪夢のことを覚えているのは神だけ。
だからほら、オルフェ達は眼の前から消えたのが誰だか解らずに困惑している。そして畏怖の眼で私を見た。
当然の反応だと言うのに、哀しい気持ちになる。見なければよかったと、振り返ったことを後悔した。なんて矛盾だ。
いや・・・。嫌われたくないと思いつつ、嫌われる行動をとった時点で矛盾か。自嘲しかでないや。
「ルキア・・・ちゃん?」
恐る恐ると、アーシェが私に声をかけた。答えず、背を向けて悪夢がいた場所へ歩いて行く。床を見た。何もない。確認する意味なんてないのに、どうして見たのか。
自分の行動が理解できないよ、まったく。ああ、本当に馬鹿馬鹿しい。
「現か夢か」
過去も現在も未来ですら、泡沫に消してしまおう。
何も残さず、何も歪まず。
「その境も解らず彷徨い続けたけれど、それももう終わりにしよう」
世界を壊して、新たに再生させた世界にはルキア・クルーニクスはいない。
ルキアがいることでどんな禍が起こるか解らないからこそ、存在させない。まったく、よく耳にした不吉の証や禍は正しかったよ。苦笑した。
「全ては泡沫の夢幻に」
「何を・・・」
オルフェが私の眼前に現れ、両肩に手を置いた。痛いほどに肩を掴まれるが、私は視線を俯かせたまま顔を上げない。
「言っているんだ、ルキア」
叫んだ言葉にも、返答しない。
湿っぽいお別れは、私が嫌だからね。
だから、全てを消させてもらうよ。
「消えるは過去、覆すは未来」
さぁ、今代えよう。
ルキア・クルーニクスのいない世界へと生まれ変えよう。
「現在は儚く、淡く解けてゆく」
さぁ、今還ろう。
ルキア・クルーニクスの存在しない世界へと生き帰ろう
「世界よ、眠れ――」
オルフェが何かを叫んでいるが、私の耳には届かない。視界の端でレーヴェとロイド、シメロンがこちらに駆けよってくる姿があるけど、間に合わないだろう。最後の一文を口にする方が早い。アーシェは・・・・・・憐れなほど震えて私を見ている。
ごめんね。謝っても意味がないと解っているけど、言わせて欲しい。
君達の望まぬ形で世界を終焉させてしまった結果に。
君達から私の記憶を無断で全て消した事実に。
「あるべき姿へ戻るために、ゆるりと眠れ」
「ルキアっ」
君達を悲しませてしまったことに、謝罪させて欲しい。
恨まれると解っていても、私は何度でも何回でもこの道を選んだだろう。だから私は後悔はなしない。未練も・・・・・・。
「それは困るな」
「っ!?」
「そんなことをされたら、楽に死ぬじゃないか」
どうしてこう、物事って上手くいかないのかな。
刈り取る者の乱入により、展開していた力が霧散した。しかも綺麗に解除されたから反動も何もない。漣の如く、自然に場を保っている。そのことに安心するが・・・だ。
世界が再生不可能にならなくてよかったと安堵すべきか、はたまた邪魔が入ったと悪態をつくべきか。個人的には後者だな。
「何の用だ・・・っ」
オルフェが私の身体を自身の背中に隠しながら、刈り取る者に吼えた。
こらこら、実力差を考えて行動しなさい。まったくもう・・・って、違うだろう。矛盾している。忘却させなきゃいけないのに、しなくてよかったとか。世界を壊さないといけないのに、やらなくてよかったとか。
さっきも思ったけど本当、矛盾しすぎて腹が立つ。
自分のことだから、余計に苛立ちが募る。
甘さは捨てるべきだと言うのに、思うだけで実行出来ないなんてどうしようもない。呆れが宿るし、凹みそうになるけどそれは後だ。
今は――。
「何の用かな」
刈り取る者に集中しよう。
「この場から消えたはずの君が、どうしてここにいるのかな」
「高みの見物に飽きたから、と答えようか」
嘘だ、と即座に解った。
黒い手によって捕まえたはずなのに、高みの見物とはこれいかに。阿呆か。てか、捕まえたのに何故ここにいる? そして何を焦って・・・いや、これは解った。
どうやって知ったかは解らないが、私が忘却・消滅と言った刈り取る者が知らない力を使い、悪夢を消したことに焦りを感じたのだろう。
ついでにここにいる理由も、推測だが判断で来た。神々の王の仕業だ。
何を思って刈り取る者を解放したのか解らないが、どうせ碌なことじゃない。
面倒なことになったと溜息をついて、刈り取る者を見据えた。先程まで見えた焦りはなく、変わりに不敵な笑みを浮かべている。・・・腹が立つ表情だ。
「悪夢を消滅させて、それで全てが終わったと思ったか」
いやいや、まさか。
そんな甘いこと、微塵も思っていないよ。
「眷属殺しめ」
「その眷属を利用して、世界を壊そうとする君に言われたくないな」
「戯言をほざくな、罪人が。その魂、俺が直接刈り取って喰らってやろう」
「させるかっ」
だーかーらー。
君達が神に勝てるはずがないでしょうーが。まったく、学習してよオルフェとレーヴェ。ほら、ロイドが「無謀だ!」って叫んでいるのが聞こえない? 聞こえないなら耳鼻科に行けって・・・ないか。
ゆるりと頭を横に振って、呆れから溜息を吐く。
「オルフェ、レーヴェ!!」
アーシェが必至に叫んでいるが、私の前に立つ二人は振り返りもしない。返答なんて無論、するはずがない。
勇気と無謀を勘違いしていないか、二人とも?
「シメロン、二人を頼めるかな?」
「もう・・・兄とは呼んでくれないのか?」
後ろを振り返って、シメロンに言葉短く頼んだら悲しい眼を向けられた。
私はもう、シメロンと血の繋がりはないんだから呼べるはずがない。借りに呼べたとしてもそんな資格、私にはないよ。
困ったように笑えば、くしゃりと顔をゆがめてシメロンが俯いた。握りしめた拳は余程の力がこもっていたのか、指の隙間から血が流れ落ちている。痛そうだ。なんて、他人事のように考えて苦笑した。
「頼める、頼めない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・、妹の願いだ。頼まれよう」
ふっと、自嘲に似た笑みを浮かべてシメロンがオルフェ達に近づいた。私の傍を通り過ぎる時の、あの何か言いたげな視線はなんだったのか。なんて、解っているのに知らないふりをして、私は刈り取る者へ視線を向けた。
楽しげに笑う姿が、無性に腹が立つ。
さてはて、今度は一体何を企んでいることやら。
碌でもないことだと解っているが、どんなことか判らない現状として動くことが出来ない。先手を打てないことが痛いな・・・。
「っやめろ、放せ!」
「俺達じゃルキアを護る壁にもなれないってこと、理解しろよ」
「だけどっ」
「足手まといにしかならないんだよ!」
喚くオルフェ達にシメロンが恫喝した。
いや、寧ろ自分に言い聞かせるような叫びだった。その証拠に、シメロンは無力を嘆く表情をしている。・・・気にしなくていいのに。
私はもう、シメロンの妹じゃないんだから。なんてことを言ったら、未だに私を妹と呼ぶシメロンに怒られるな。失笑がこぼれた。
「ありがとう、ごめんね」
「・・・ルキア?」
無意識に呟いた言葉に反応したのは、いつの間にか傍にいたロイドだ。いやー本当、隣にいたことにまったく気づかなかった。これは、良い思い出として私の中に残しておくね。
緩慢な動作で身体を動かし、一歩、足を踏み出した。刈り取る者がにやりと不敵に笑う。
ああ、苛立つ表情だ。
全ての元凶は龍皇にあり、原因は雪の乙女にあった。けど現状を作りだしたのは刈り取る者で、苛立ちや不満、憤怒や悲哀が心を支配する。
刈り取る者がネーヴェに固執しなければ。
刈り取る者がホムンクルスを造らなければ。
刈り取る者が魂を奪わなければ。
――――私の運命は、狂わなかっただろう。
恨むと同時に、感謝をしている。
刈り取る者がいなければ、私はオルフェ達と出逢えなかった。この一点だけは、素直にありがとうと言いたい。
けど、ね。
自分勝手な願いのために、行動するのはどうかと思うよ? 神であるならば尚更に。力を持つ者なら特殊に。
それを忘れて、私利私欲にはしった刈り取る者はすでに神である資格はない。なーんて、オルフェ達を救うために神になった私が言える台詞じゃないね。
同罪だ。
だから、私は決めたよ。
刈り取る者が私に近づくのを、ただ静かに見ながら口を開いた。喉が酷く渇いて、声を出すのが痛い。
「漣にとけて消える」
「俺に消滅を使うつもりか・・・?」
「過去と現在」
刈り取る者を無視して、言葉を紡いでいく。
「霞みとなった未来を思うことはない」
「神に通用すると思うな!」
おっと、邪魔をされてしまった。後少しだったのに・・・畜生め。
しかし、だ。
刈り取る者は随分とおかしいことを言う。だって神を殺すのは、同じ神でも大罪だ。なのに、刈り取る者は私を殺すと言った。魂を刈って、喰らうと告げた。
ならばこれは正当防衛だ。神々の王も黙認してくれるだろう。
刈り取る者が無造作に右腕を伸ばし、私の首を絞める。足が宙を浮いた。
「ルキアっ」
「この・・・放せシメロン!」
レーヴェとオルフェが身体の自由を奪うシメロンに叫ぶも、シメロンは頑なに二人の動きを抑制する。そこにロイドも加わって、さらに拘束力が増した。
「ロイド、何で・・・っ」
「僕達が!」
泣きそうな顔でロイドが叫ぶ。
「僕達が言った所で、何も出来ないからだよっ」
その通り。
だからロイド、シメロン。悔しそうな顔をしないで、そのまま二人を押さえていて。こっちに来られたら、力の余波に遭う可能性が高いからね。
巻き込みたくないんだよ。
目線だけでそう告げれば、眼が合ったオルフェとレーヴェが歯を食いしばった。頼らなくて、ごめんね。助けを求めなくて、すいません。
けど、これは私の問題だから関わらないで。
・・・・・・いや、私じゃなくて雪の乙女と刈り取る者のだ。私、無関係。部外者。全ては二人の神のせい。私は巻き込まれただけだい!
なんか、そう思ったら怒りがさらに増した気がする。気分的にはマグマが沸騰する程に、怒っています。激怒だ、激情だ!
愉悦を浮かべる刈り取る者の右手を掴み、きっと強く睨んだ。息苦しいが、神故か死ぬ! と慌てる程ではない。肉体も変化したのかーと、頭のどこかが冷静に現実を受け入れた。
まぁ、それはともかくとして。
私は宙に浮く足をばたつかせることもなく、冷めきった思考で刈り取る者を認識する。そして決行した。何をしたって? 右足を動かして、刈り取る者に蹴りを入れたんですよ。
はっ、ざまーみろ。
突然のことに防げず、腹部に蹴りを受けた刈り取る者が私から手を離す。計画通りっ。
「神とは言え、物理攻撃には弱いのね」
「っあんた」
おっと、そんな恨みがましい眼で私を見るなよ。私の姿になっているけど、この身体は君が求めた雪の乙女のだよって、関係ないか。
姿形が私で、自我も私である時点で刈り取る者が焦がれた存在じゃないからねー。
「終わりにしようか、刈り取る者」
「神殺しは大罪だ。神々の王が許すはずがない」
「でも、君は私の魂を食べるんでしょ? それって神殺しにならないのかな?」
「俺はネーヴェを蘇らせる。その不適合な肉体から、ネーヴェの魂を救いだす」
「・・・雪の乙女の心が死んでいるのに、出来るはずがないよ」
「出来る!」
面倒くさい。
この神、本気で面倒くさい。
何? 何なの? 何度説明すれば理解するの? 鳥頭なの? 現実を直視したくないの? 認めたくないの? 馬鹿なの? いっぺん、死なせたろうか?
・・・・・・おっと、またガラが悪くなった。
「ルキア!」
「ルキア、大丈夫か?」
そしてオルフェとレーヴェ。君達も馬鹿なのか? 阿呆なのか? 救いようのない人種なのか?
何で私の傍に来るのかな? ねぇ、何で来ちゃうのかな?
ほら、ロイドやシメロンまで来た! アーシェもおどおどしながらだけど近くに来ちゃったじゃないか! これ、どうしろって言うの? 駄目でしょ、本当に駄目でしょうが。私、巻き込みたくないんだって。いや、本気で。
なのに関わらせたくない当人達が何でこう、私の周りに集まってくるのかな?
神々の王の仕業か? 楽しみたいがためにこんなことをしているのか? 可能性が高くて嘘だって言えないのが悲しい。だって愉快犯的な所があるし。面白ければすべてよしな神だし。暇人・・・いや、暇神だし。
これ、どうしよう・・・・・・。頭を抱えたいが、やることに変更はないんだから諦めろと頭の中で誰かが呟いた。神々の王か、この声は。
おのれ・・・とことん、この展開を楽しんでいるな。声が笑っていたよ、神々の王よ。後で一発か二発くらい、殴らせてください。
「・・・はぁ」
私は溜息を吐きだして、オルフェ達から離れるように前に出た。ついてくる気配は、なかった。そのことに安堵し、腹部を押さえる刈り取る者に近づいた。
おかしいなー。そんなに強く蹴っていないはずなのに、どうして青い顔をしているのかな? と疑問に思ったが、死に辛いだけで肉体は人間と同じだと思いだした。うっかり。
「刈り取る者・・・いや、アルマ」
「呼ぶな」
獣が唸るような声で、刈り取る者が告げた。
「その名を呼んでいいのは、ネーヴェだけだ」
・・・・・・あ、そうですか。どうでもいいわ。
「全ては泡沫の夢、幻」
「何を・・・」
「終わらせよう。君が見る夢を、願いを。――全てを泡沫へと消そう」
この行為が神殺しだと言うのならば、私は甘んじて受け入れよう。
それでオルフェ達を救えて、世界を正常に巡らせることが出来るのならばどんな罵りも受け入れよう。
「私は世界樹の管理者、白銀の光」
覚悟はもう、出来ているんだ。
「神々の王と交した盟約に従い、これより全てを零へと返す」




