六つの悪夢
少しだけ変更しています。
なんて言ってみたけど、すいません。――助けてください!!
よくよく考えたら私、戦闘経験皆無なんだよね。
記憶にある限り、逃げるか結界だけで戦ったことなんて一度もないよ? それならゲーム知識を使えば! なんて思ったけどさ、危機的状況下でどう使えないと言う。知識があっても使えなきゃ無駄だと骨身に染みて理解したよ! むしろ、怒涛の攻撃からどうやって反撃しろと言うのさ!!
神は万能でも全能でもないから、出来ないことは出来ないんんだよ!
あうあうと胸中で泣きごとを言いながら、女王の攻撃からひたすら逃げる。交す。避ける。・・・これ、何度繰り返せばいいのかな。いい加減、体力が限界っ。
「歌え」
「甘いわっ」
無属魔術を使おうにも、そんな隙すら与えてくれないとか酷い。うう、泣きたい。畜生。誰か今すぐ、無詠唱魔術を開発しておくれっ。私は無理! そんな余裕はない!!
こんなこと結界術だけじゃなくて戦闘訓練もしておくんだった。ほら、備えあれば憂いなしって言うし・・・。ふふ、後悔しか胸に湧き上がってこないよ。――誰かへるぷみー!!
「どうした、先程から逃げてばかりじゃの」
ぐぬぬ、余裕綽々な女王が憎らしい。イラっとした。
おのれ・・・どうやったら眼にモノ見せられるだろうか。ふつふつと湧きあがる憤怒を制御しつつ、私はちらりと他の悪夢達を見た。まだ立ち上がる程に傷は回復していないようで、床に伏せながら苦悶の声を出している。・・・時間をかけすぎたら、私が不利だよね。あれ、どうみても敵意が私に向いているし。暗闇がオルフェ達のいる方へ必死に手を伸ばしているし。
いや・・・うん。どう考えても不利でしかない。
久しぶりに死亡フラグを思い出した。ついでに、BADエンドが脳内でループしています。
おおう、これは死に物狂いと言うか新米神だけど神としての威厳とか誇りとか、よく解らない感情とかで乗り切るしかない!
頑張れ私。やれば出来る子だよ、私! ・・・たぶん。
「奏でよ」
「無駄だと解らぬか」
女王の鞭が私の頬を裂くが、さほどダメージはない。と言うか、ワザと攻撃の手を緩めたな。あははは、そんなに余裕か。甚振る程に余裕なのか。
――吠え面かかせてやるっ。
静かな闘志を宿しながら、私は不敵に笑った。心では冷や汗を大量に流していますがね。
「安らぎを忘れた者よ、平穏を捨てた者よ
汝が失いしモノは神が与えたモノ
それを消した愚かなる者に、世界が罰を与えよう」
長い、長いんだよ。
どうしてこう、・・・無属魔術の言葉って長いのかなっ。誰だよ、こんな長文を考えたの。と言うか、発動条件をこんな台詞にしたのって誰さ。
雪の乙女じゃないよ。
断じて違うよ。――だったら私は、恥ずかしさに穴に埋まっているからね!
羞恥を隠しつつ、言葉を繋げていく。その間にも無論、攻撃は避けています。
「憐れなる者よ、嘆かわしき者よ
世界は汝を見捨てた
神は汝を切り捨てた
故に汝を護るモノは何一つなく
故に汝を庇うモノは何もない
眠れ、眠れ、眠れ
世界に抱かれて眠れ」
「妾が最後まで紡がせると思うか?」
女王の鞭が面白いことに、二つに裂けた。実は鞭の二刀流だったなんてこと、言わないよね? だとしたら心底、ダサい。カッコ悪い。
右から迫る鞭が私の両足を縛り、乱暴に身体を床に倒す。受け身も取れなかったから、背中が凄く痛いです。泣きたい。左から迫った鞭が、私の首を絞めた。うん、絞殺されそう。・・・なんて、軽いノリで言っている場合じゃないな。
勝利を確信した女王の顔を見て、私は口角をつりあげた。
甘い、砂糖菓子に蜂蜜を垂らしてさらにチョコレートをかけたぐらいに甘いよ!
・・・・・・想像したら、気持ち悪くなった。うう、自分でダメージを受けた。馬鹿だ。
「<範囲固定>、<女王の攻撃を無効化>、<鞭は女王を逆拘束>、<自由は不許可>」
あの歯車のネックレスの力を使って、女王を束縛してやろうじゃないか。うん、ナイスボディな女王を鞭で縛るとこう・・・R指定がつきそうなほどにエロい。同性が見てもイケない気持ちにさせるよ。
現にほら・・・魔女が深淵魔術とは別の出血を、鼻から出しているし。鼻息も荒い。
真性の変態だと、結界からアーシェが悲鳴を上げている。気にしたら駄目だよ。スルーしないとね。そして記憶から消すことをお勧めします!
「おのれ・・・おのれ、小癪な真似を!」
歯車が壊れたのを確認してから、私はゆっくりと立ち上がった。うう、鞭に棘がついていたせいで傷だらけだ。痛い、泣ける。あ、血が床に落ちた。
「汝を誘うは永久の眠り
未来永劫に醒めることのない、死の眠り」
さぁ、まずは君から眠っておくれ。
「世界が奏でし鎮魂歌にて眠れ」
最後の一文を口ずさめば、女王の身体が光の粒子へと変換される。
ううむ、無属魔術を使ったけど・・・鎮魂歌だとこんな風になるんだ。知識としてしか知らないから、驚きしかない。
無属魔術は、神々の王たる混沌が気まぐれに生み出した術。
神々の王の力はいかなる存在も凌駕出来ず、抗うことすら不可能。
龍皇が使えたのは無限の図書館《アカシックレコード》に至ったから。だから龍皇は境界線を越えることが出来た。
余談はさておいて。
雪を連想させる光が女王の身体を崩し、粒子へと変えていく様はある種、幻想的ではあった。・・・女王が罵詈雑言を言っていなければまさにその通りなのだろうけど。龍皇に対しての罵りが多いが、すでに故人となった者へ恨み辛みを叫んでも意味はないだろうに。
血族はどんな反応をしているか気になって眼を動かせば、頬を引きつらせた逃げ腰のエレンが視界に入った。おい、流石にそれはないと思うよ?
いや・・・正常な行動、か? うん、どうでもいいから全力でスルーだ!
まぁ、それはともかく今、私はやりきった想いで一杯です!
だって女王がさらさらと粒子になって、姿形も残さずに消えたから。罵倒はちょっとどころかかなり耳障りで、そんな放送禁止用語を大声で喚くなと言いたいほどだったけど。終わりよければすべてよし!
報復も出来たので、かなり満足です!!
ふぃーと、流れてもいない汗を拭いながら、私は他の悪夢達を見た。・・・速攻で眼を逸らしました。はい。
や、だって・・・。殺意しか籠っていない眼が私を睨んでいるんだよ? 直視できない。無理不可能、チキンハートになる。ほら、冷や汗が大量に出てきた。ついでに動悸も激しいです。
「姫の身体を奪うだけではなく、レジーナを殺すとはね」
悪夢が喉を鳴らしながら告げる。
「流石は姫の魂を我が物にしただけはある。・・・偽り分際で」
悪意しか籠っていない台詞に、不思議なことに冷や汗がひいた。逆に笑いが出て、違う意味で鼓動が速くなる。
偽り、偽りね・・・。
それはホムンクルスを意味しているのか、はたまた私の記憶を持った姫の身体に対してか。どちらにしろ、くだらない――の一言しかない。
ゆらりと、幽鬼の如く立ち上がった悪夢を冷めた眼で見やり、口角をつりあげて笑った。嘲笑しか出てこない。ああ、本当に馬鹿らしい。くだらなくて笑えてくるよ。
結界からオルフェの声が聞こえる。逃げろと叫んでいるようだけど、逃げたら確実に君達が死ぬからその言葉は聞かない。
灰燼が身体を虎へと変えたが、やはり肉は腐って床に落ちた。あ、いや・・・虎って言ったけど虎にしては脚が猿で胴体が馬、背中から生えた羽根は鴉ので尾が羊と言う、まるっきりキメラだ。
おー、口から氷の息吹を吐きだした。
アイスブレスだ、アイスブレス! 格好良く横文字を使ってみたけど、対して格好良くなかった気がする。見た眼とかも。
呆れていると、結界からレーヴェやロイド、アーシェにシメロンの声も聞こえてきた。「結界を解け」とか「一人じゃ無理だ」とか、ひたすら私の名を呼んでいたりとよくもまぁ、そんなに叫んで喉が痛くならないものだ。
しみじみと頷いて、深呼吸を一つした。
アニマとクラウディアらしき声が、「悪夢を殺せ」とやたら煩く叫んでいるようだけども・・・。あの二人、他力本願過ぎないかい? 放り出そうか、結界の外へ。
ふいに浮かんだ提案が妙案な気がしたが、それを実行に移すことはなかった。
いや、だってさ・・・。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ」
と、呪詛のように連呼する暗闇の攻撃を回避していて、そんな余裕はないんです。
風を切る音と共に容赦なく急所を狙ってくる二振りの刀を避けつつ、暗闇と連携する悪魔の斧槍を間一髪で回避する。・・・やばい、防戦一方で攻撃が出来ない。
ひぃっと戦々恐々していたら、暗闇と悪魔の攻撃を交して安堵する私に妖精が焔を放った。髪の毛が焦げたし、三人の連携にまったくの隙がなくて疲労しか堪らない。ついでに焦りが出てきました。
唯一の救いは魔女と灰燼が攻撃に加わってこないことだけど・・・・・・。
「がるるるるルるるるるルルルルるるルるるるぅ」
「今まで食べた子が霞んでしまうほどに、美味しそうな子がいっぱい」
結界をひたすら攻撃する灰燼と、頬を上気させて高揚した魔女。その二人が結界を破壊しようと行動したから、さぁ大変。いや、マジで。
やめてよ本当、勘弁してください。後生ですから!
「余所見をするほど、余裕って流石は姫の身体を奪っただけはあるね」
けたけたと妖精が笑う。
ええい、好きで奪った訳じゃないやい! 私だって元の身体の方がよかった。例え短命で、残り数時間の命だったとしても!!
「殺したら、姫は戻ってくるかな? いや、戻ってくるよね」
悪魔が暗い眼で笑う。
戻ってくるはずないでしょうーが! 馬鹿か、馬鹿なのか? 刈り取る者にした説明を、こいつらにもするべきなのか? ええい、面倒な。と言うか、そんな余裕は一切ありません!
「かごめ」
暗闇達を囲うように結界術を発動させれば、攻撃する勢いを殺せぬまま彼らは結界にぶつかった。うわー、顔面からいったから良い音がするねー。ざまぁみろ。
息を整えつつ、私は無属魔術を放とうと口を開いた。
「させないわよ」
「っ」
のに、眼の前に妖艶に笑う魔女がいて不発に終わりました。ちくしょー。
魔女が次々と宙に魔法陣を描き、私に向かって攻撃を放つ。氷の雨やら炎の矢とか、まさにファンタジーとしかいえない術ばかり。いや、この世界がファンタジーなんだけどね。
おおっと、地面が抉れたと思ったらマグマが!! んなぁ、何でマグマに巨大な魚?! いや、違うあれは・・・・・・っ。
「さぁ、暴れなさい! バハムート!!」
そんなのゲームでもいなかったわぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!
出てくんな! こっちくんな! 帰れ、マグマに!!
と言うよりも、バハムートってマグマから現れるものだったっけ? 違うよね、違うって誰か言って!! ってうわ、くんな、こっち、くんぁぁぁぁぁあああぁぁっ。
「壊せ、壊せ。全てを壊せ! 私の最愛なる姫が望んだ崩壊を、壊滅を、滅亡を、今、この時を持って引き起こしなさい!!」
魔女は何もしていないのに、数多の魔法陣が勝手に宙へ描かれる。
そこから現れるのは、今まで遭遇した魔物の群れで・・・。一斉に結界に向かって行った。目的なんて考えなくても解る。結界を壊す。それ以外に何があるって言うんだ。
咄嗟的に私は指を鳴らし、魔物を駆逐した。どうやったかって、簡潔に言えば氷漬けにして女王と同じように粒子に変えました。だけども・・・倒しても減らしてもきりがない上に、バハムートがしつこい! そして暗闇達が結界術を壊して、また攻撃してきたからもうパニック状態ですよっ。
「逃げていないで、潔く死なないか?」
輝かしいばかりの笑顔で妖精が告げたが、断固拒否です。死んでたまるか! その意思で持って、口笛を吹く。悪夢は突然の行動に怪訝な表情をしたが・・・流石は元白の六騎士。何をしようとしているのか、理解したらしい。
忌々しいなと、胸中で舌打ちをした。
「姫の力は使わせない」
暗闇が二振りの刀を使い、迫って来た。辛うじて避けたけど、頬とか二の腕が切られて痛い。地味に痛い。
解ってはいたけど、元とは言え神の眷属と戦って無傷って無理だね。そして勝てるか解らなくなってきたよ。切実に。いや、本当。負けるかもしれないってひしひしと思い始めたよ。冗談抜きで、正直に。Game Overの文字が脳裏に浮かぶほどにね!!
「ルキアっ!」
オルフェの切迫した声が聞こえた。
そちらに視線を向ける余裕すらないから、どう言う状況か解らないけど油断ならない現状なのは確かだろう。魔女の魔法陣は未だ健在で、魔物もわんさか出ている。灰燼も行動しているから・・・結界が壊れるのは、時間の問題だろう。
暗闇が振う刀が私の右腕を切り裂く。切断まで至れなかったことが悔しいのか、忌々しげな表情をする暗闇。ちょっとこの身体は私の姿へと変えているだけで、君達が求めた雪の乙女の物だって理解しているのか!
「姫の身体から出て行け、紛い物が!」
理解していたよ・・・っ。
息つく暇を与えず、怒涛の勢いで刀を振う暗闇から逃げていれば、背後から妖精が現れて炎を放った。ひぃ、肉が焼ける!
シニカルな笑みを浮かべ、妖精は次から次へと炎を生み出して私に放つ。炎の雨とか、洒落にならない! 回避不能じゃないか!!
「かごめっ」
結界術で炎を囲めば、その隙をつくように悪魔が斧槍を薙いで来た。
「早く姫を返せ。そうしたら、苦しまないように殺してあげる」
「いやいや、姫を俺達から奪ったんだから苦しんで殺さないと」
悪魔と妖精の言葉に悪意しか感じない。
純度の高い殺意だ。怖いよ、誰か助けてー!!! ひぃぃと内心で叫びつつ、三人の攻撃を避けて、逃げて、交して・・・攻撃する暇が一切ありません。
左肩が斧槍によって抉られ、腹部が炎の刃によって裂かれた。身体のいたる所に切り傷が生まれ、無傷な所を探すのが早いほどに満身創痍。口の中に溜まった血を吐き出し、荒い息のまま三人を凝視した。
「そろそろか――」
暗闇が刀を治めた瞬間、結界が軋む音が聞こえた。知った悲鳴が鼓膜を震わす。
血の気が引いた。
知らず飲みこんだ唾が、やけに大きく聞こえる。鼓動が煩く早鐘を打った。
「絶望した顔は、なかなかに甘美だね。偽物」
妖精がせせら笑って、右手に燈していた炎を消す。
「全てを壊せ。それは姫の言葉。姫の願い。ならば私達はそれを叶えるために、ただただ行動するのみ。全ては姫のため。姫が望んだ事象を実現するためだけだ」
暗闇が淡々と告げ、悪魔が嘲笑して斧槍を床に突き立てた。それを合図にしたように、バハムートの咆哮が轟く。ああ、耳障りだ。
私はゆっくりと、緩慢すぎる動作で結界がある方へ顔を向けた。まず視界に映ったのは蔓延る魔物の群れ、そして硝子のように壊れた結界。
――オルフェ達の姿は、見えなかった。
「あ・・・・・・ああっ」
灰燼が何かを貪るような動作をしている。血飛沫があがった。あれは・・・誰の血? 今、宙を舞った腕は誰の物? 生きながら灰燼に食われて、魔物が群がる先で抗う様に宙をかく手は・・・・・・ダレのもの?
「ぅあああああぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああっ」
オルフェ達のはずがない。
オルフェ達であるはずがない!!
「大切な者を護れないなんて、可哀想に」
嬉々とした声の魔女が、現実を否定する私のすぐ傍から聞こえる。後ろから身体を抱きしめるように、魔女の両腕が伸びてきた。ぎゅっと、低い体温に抱きしめられる。
「憐れ、哀れ。なんて愚かで可愛い子。姫の魂を奪い、身体を奪っただけの存在が何かを護れる力を得られるはずがないのに」
妖精が楽しげに言葉を繋いだ。
煩い。
「可哀想な子達。巻き込まれて、一番惨めな死に方をして・・・本当に憐れ」
悪魔が侮蔑を込めた台詞を口にする。
黙れ。
「さてはて・・・誰のせいで、死ぬ破目になったのかな?」
そんなこと――――言われなくても解っている。
私は顔を伏せ、力強く拳を握りしめた。はっきりとした人語を告げた灰燼の言葉は、思っていたより私の心を抉った。
腹立たしい。苛立たしい。――どうしようもなく、自分に怒りを覚える。
「大人しく姫に器を手渡していたら、こんな結末にはならなかっただろうに」
けれど暗闇の言葉に、どうしてだか笑いたくなった。
そんな道を選んでいたら、間違いなくオルフェ達に怒られている様子がありありと眼に浮かんだから。――どんな結末だったとしても、それだけはないと断言できた。
もしオルフェ達がその道を選ぶのだとしたら、私と仲良くなることもなかったし未だに絆を持ち続けるはずがない。テオやピセルのように、繋がりを手放していただろう。本当に・・・馬鹿みたいに縁を繋げ続ける。そんな彼らだから、私は好きになったんだよね。
なのに護れなかったと、後悔する私は。
「永久に忘却せよ」
無属魔術でも、深淵魔術でも、ましてや神聖魔術でもない言葉を口にした。
「記憶は虚無の海に沈み、世界樹へは戻らない」
神々の王に管理者たる役目を与えられた者にのみ、使うことが許されたこれを雪の乙女は一度だって使ったことはない。だって彼女は、全てを白の六騎士に任せて自分で手を下したことが一度もないから。
なんだって白の六騎士頼りで、いつだって刈り取る者に縋って・・・自分では何もしない。雪の乙女こそ、他力本願の名人だね。悪態をつく余裕が、出てきた。
「雪の存在は無となり、零へ至る。零より白銀が現れ、有となり世界樹と共にある」
悪いね、雪の乙女。
君の全てを私は貰うことにするよ。
「何をいきなり・・・。絶望でおかしくなったのかしら?」
「邪魔だらか、私から<離れて>」
「って、ちょっ?!」
魔女の身体が私から弾き飛ばされた。背を向けているため、どうなったのか確認出来ないけど音を聞く限り、満足に受け身も取れずに不様に床と衝突したようだ。
あははは、ここで神の力を使うとは思わなかったか。満身は油断の元だよ・・・?
「雪に関する全てを零へと――――忘却せよ」
雪の乙女の存在自体、もう・・・いらない。
オルフェ達を害する元凶が求め続けた神なんて、初めからいなかったことにすればいい。そうしたら・・・悪夢はさらに絶望するね。何のために行動し、何がために魔に堕ちたのか解らなくて。
「え・・・・・・あれ?」
ほら、雪の乙女の存在が悪夢達の記憶から消えていく。
「嘘だ、何で・・・。私達に何をした!!」
暗闇が動転し、吼える姿が滑稽で笑えた。
神々の王が管理者に与えたのは、滅びと再生の権利だけではない。
他の神の力を他者に貸し与え、自ら使う権限だけでもない。
何を思ったのか神々の王は、忘却と消滅の術を管理者に与えた。どうせ気まぐれで、たんなる思い付きの退屈しのぎだったんだろう。混沌とはそう言う神だと、記憶が訴える。
さて、その術を雪の乙女は心を壊してもなお、使うことはなかった。理由は知らない。知りたくもない。これを使っていたら、こんな運命にはならなかったのにと恨みごとを言いたくても。
――私念はともかくとして、これのことを悪夢達は知らない。
ましてや、管理者ではない刈り取る者も知らない。雪の乙女が教えていなければ、だけど。
私は嘲笑しながら、雪の乙女の記憶が消えて困惑し、混乱する悪夢達から眼をそらした。そのまま発狂して、自害しないかな? 己と言う存在に絶望して自殺してくれないかな? ――なんて期待はしない。
私が手を下さないと、この苛立ちが治まりそうにないし。って、これじゃあ私が悪役だな。失笑した。
ついっと視線を動かして、魔物の群れとバハムートに眼を向けた。さっきから一歩も、場所を移動した様子がない。むせ返るほどの血の臭いがして、吐き気がする。
「血に染まりし者よ、永劫の零に消滅しろ」
君達は消滅して、二度と私の前に姿を現すな。無論――魂もだ。
存在すること自体、許しはしない。
怒りのままに力を使って、魔物やバハムートが消えた場所を静かに見下ろした。背後では喧しく喚き、未だ当惑中の悪夢の声がする。それを一切無視して、血溜まりを見下ろした。
・・・誰かの腕がある。
解らないほどに身体は千切れ、胴体には頭がない。辛うじて胸の膨らみから女性だとは思うけど・・・果たして誰だか。
アーシェじゃないといいな。なんて、期待するだけ空しいか。失笑した。
「・・・・・・こんなはずじゃ、なかったのに」
オルフェ達を助けたかったのに結局、私は何も出来なかった。
掌から綺麗にこぼれて、失ってしまった。・・・刈り取る者の役目を私は持っていないから、魂を輪廻させることも出来ない。
出来ることと言ったら世界樹の管理。力にしたって雪の乙女の言霊、いや、あれは詩かな? どっちでもいいや。その力と忘却と消滅だけ。初めからこれを使えばよかった。
後悔って、本当に後で悔やむからそうなんだね。皮肉で笑えてしまう。
「ごめんなさい」
「何を謝るの?」
呟いた声に、返答があった。それも聞きなれた声で。
「ルキアは何を謝りたいの? もしかして、僕達が死んだとでも思った?」
言葉に混じって、悪夢の苦悶の声が鼓膜に届く。え、何? どう言うこと? 慌てて視線を悪夢がいる方へ向ければ、そこには効かないと解っていながらも悪夢に攻撃をしかけるオルフェとレーヴェの姿があって。少し離れた場所にはアーシェやシメロンが見えて。
え? 何これドッキリ? ――と思ったのは仕方がない。
眼を白黒させる私の前に、ロイドが困ったように笑いながら現れた。真横にいたなんて、まったく、これっぽっちも気づかなかったんですけど!? え、やっぱりドッキリ? 悪夢が見せた幻覚? それとも私にとって都合のいい・・・夢?
「ルキア」
ロイドが私の頬を両手で掴み、視線を合わせた。
・・・ああ。この手の温もりは、夢だと思いたくない。込み上げてきた涙をぐっと耐えて、ロイドの手に手を重ねた。暖かい・・・。
「僕達は生きてる。シメロンの空間転移によって、僕達はちゃんと・・・生きてるよ」
神聖魔術の結界が、シメロンの戦略技能にとってなんら障害にもならなかったことが地味にショックだ。今、言うことではないので口を閉ざすけど。
「だから、そんな泣きそうな顔より笑顔を見せてよ」
「泣いてない」
「なら、笑って」
懇願するロイドに、私は笑ってみせた。たぶんどころか絶対、不細工な顔だろう。涙を流しながら、無理に笑っているんだから。
でも、どんなに頑張っても涙が止まらない。
生きていた。その事実が嬉しくて、耐えることも出来なかった。涙腺が弱くなったなと失笑しつつ、私はロイドに抱き付いた。抱きしめ返してくれる腕が、妙に嬉しくて胸が一杯になる。
「ちゃっかり良いとこ取ったな、ロイド」
「・・・恨めしい眼を向けないでくれるかな、オルフェ」
「羨ましい、変われ」
「欲望に素直だね、レーヴェ」
ロイドが近づいて来たオルフェとレーヴェに、疲れたように返答する。
「ルキアちゃんを泣かせていいのは、この私だけですよー!」
「なんでさ?!」
激しく同意します。
私の背後に回ったアーシェが背中から私を抱きしめ、「ルキアちゃんが無事でよかったよー」と言う。うん・・・あの、さっきの台詞がなかったら素直に喜べたよ?
「いいから妹から離れろ」
「物理的に引きはがしてから、言う台詞じゃないよね?」
「こんなに怪我をして・・・痛かっただろう、ルキア」
「聞いてないし、このシスコン」
シメロンがぎゅうぎゅうと私を抱きしめる傍ら、ロイドがげんなりとした表情で肩を落としている。オルフェとレーヴェがそんなロイドをからかっていた。悪夢がすぐ傍にいるのに、こんなことをしていていいんだろうか? なんて思うけど・・・。
悪夢の存在を綺麗に消して、このままの状況でもう少しだけいたい。と思うのは。
不思議だなー。と思いつつ、茫然自失状態の悪夢に眼を向けた。戦意は感じられない。当然か。彼らが動く目的も、意思も、その意味すら消してしまったのだから。
「私達は、何をしようと・・・? 何を願って」
「・・・求めたのは、誰?」
「何を欲したのかしら?」
「誰といた? 誰がいた?」
「・・・」
自問自答を繰り返す悪夢は、こちらを気にかける様子がない。
悪夢から眼を逸らし、私は血溜まりへ視線を向けた。変わらず肉片がある。だが、あれはオルフェ達のモノではない。彼らの身体に欠けた部分はないし・・・となれば、必電的にここにはいない人物のだと解る。
すれば――だ。
「誰が死んだの?」
素直に聞いてみよう。それが一番早い。
「結界が壊れる前に俺達はシメロンの空間転移で逃げたが、馬鹿にも逃げなかった奴と、その馬鹿に縋られて逃げるに逃げられなかった奴」
成程、馬鹿とはアニマとクラウディアのことですねオルフェさん。
そして縋られたのはラルフレアとかテオとかだね。カリステゥスは主君を見捨てることが出来ず、ピセルは騎士としての誇り故か。まぁ、そんなことでオルフェ達と逃げることができなかったんだろう。憶測をたてたが、どうやらこれがあたりだったらしい。
ロゼットは自害したと、さらりと告げたロイドの言葉に笑えも泣けもしなかった。次の言葉には、絶句でしかない。
「エレンやシドも一緒に逃げるはずだったんだけど、間に合わなくてバハムートに焼き殺されたよ。テオ達は碌に抵抗も反撃も出来ずに、魔物に悔い殺されてた。神霊術を使う暇すら与えられずに・・・ね」
未だ、私の背中に縋りつくアーシェが、「焼ける臭いが忘れられない」と涙声で語る。頭を撫でられない変わりに、腹に回された腕をぽんぽんと軽く叩いた。
「それで」
オルフェが私に言葉を投げた。
「どうする」
主語がないけど、言いたいことはなんとなく解った。
悪夢をどうするか、と聞きたいのだろう。私は返答せず、視線を悪夢に向けて短く息をついた。女王と同じように無属魔術を彼らに使うか、はたまた消滅を行うべきか。なんて考えるけど結局、することは同じなのだから悩む必要はないだろう。
「終わらせるよ」
これで、全てを終わらせる。
「零へ戻そう」
――だから君達とも、お別れだ。




