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閑話 オルフェウス・ネロ

ちょっとした、過去話。

 ルキア・クルーニクスが初めてオルフェウス・ネロと出逢ったのは、ルキアが三歳で教会に捨てられた時だった。


 ルキアより先に教会にいたオルフェウス(当時四歳)は、司祭やシスター達から疎まれることはなかったが、孤児と言うことで街の大人や子供から馬鹿にされ、嫌われていた。だがオルフェウスとはそれを気にせず、どうでもいいというスタンスで孤高を貫いていた。子供らしからぬ落ち着きと、感情のなさに多少、気味の悪いモノを感じながらもそれでもまた、シスター達はオルフェウスを害することはなかった。


 ルキアとオルフェウスの接点は――なかった。

 朝の挨拶も、夜の挨拶もなく、ルキアをいない者として過ごす毎日。時たま、一緒の部屋で本を読み、ルキアが解らない言葉を教える程度の、微々たる交流だけしかなかった。


 それから一年の歳月が流れた、ある日――。


 ルキアはいつものように司祭やシスター達から疎まれ、大人や子供から謂れのない罪を被らされ、理不尽な暴力を受けていた。ルキアは何も言わなかった。否定も、拒絶も、救いの言葉すら、誰にも叫ばなかった。ただ淡々と行われる行為を諦観し、無抵抗を貫いていた。

 その現場に偶々、オルフェウスが現れて彼は初めて、常に無表情だった顔を怒りに変えた。何も言わないルキアの変わりに怒鳴り、叫び、ボロボロになったルキアの右腕を掴んで大人の囲いから抜け出した。その際、「孤児が禍を助けた」と嘲笑する声が聞こえたが無視をして、オルフェウスとルキアはただただ、人気のない場所を目指して駆けて行った。


 人気のない森近くの川岸で漸く、オルフェウスは足を止めた。若干、上がった息を整えて苛立ち気味に後ろを振り返れば、苦しげに息をするルキアが心底不思議そうにオルフェウスを見上げていた。

 その眼は驚きと困惑、不安が浮かんでいて、オルフェウスは苛立ちを忘れた。

 掴んでいた腕を放せば、力が強すぎたのか僅かに赤くなっていた。痣になるかもしれないと顔をしかめるオルフェウスに、ルキアは何でもないように袖で腕を隠した。

 その行動を見て、まさかとオルフェウスはいぶかしむ。


「・・・いつもああなのか?」

「いつも?」

 何のことだと首を傾げるルキアに、はぐらかす気かと眉を寄せた。だが、意味が解らないと言いたげなその表情に、違うと気づく。


「なぐられたり、けられたりすること」

 ルキアにとっての「いつも」が何か解らないのならば、はっきりと口にすればいい。そう思って問いかけた言葉は、あっさりと即答された。


「そうだよ?」

 さもなんでもないように語って、ルキアは言葉を続ける。

「だってわたし、わざわいだから・・・。みんなわたしがわるいっていうんだ。なにもしてないっていっても、ひどくなるだけだからなにもいわない。いってむだなら、むだなじかんはつかわないほうがいいでしょ? いたいのも、くるしいのも、はやくおわってくれたほうがいいし」


 淡々とした口調で、子供らしからぬ言葉を紡ぎ、無機質な瞳が静かにオルフェウスを見つめる。


「こころをころして、めをつむればじかんなんてあっというまにすぎるから」

 明るい口調とは真逆の、無表情で語るルキアが歪に見えた。

 今までずっと理不尽な暴力に曝され、大人の加護もなく助けを求める相手もいないルキアにとって、諦めることが唯一の逃げ道だったのだと否応なく知った。 オルフェウスは何かを言おうと口を開いて、けれど、ルキアが告げた言葉に絶句した。

「だからべつに――たすけてくれなくてもいいの。みてみぬふりをしてくれて、いいの。しらないふりでいいよ。いないものとしてあつかってくれて、いいから」

「!」


 知っていたのかと、愕然とした。


 解っていて受け入れていたのかと、唖然となる。


「どう・・・して」

「?」

「どうして・・・ひとりになろうとするんだ?」

「あなただって、ひとりでいるときがあるのにきくの?」

 小首を傾げ、不思議そうに尋ねるルキアに「それとは違う」とはっきりと否定した。

「そう・・・あなたとわたしはひとりでいるりゆうがちがう」

 オルフェウスの眼を真っ直ぐに見つめ、ルキアは薄く微笑んだ。


「ひとがきらいで、こわくて、しんじられないから――ひとりでいるの」


 だから、わたしにかかわらないで。


 ちかづかないで。


 ほうっておいて。


 明確に言葉にされた訳ではないが、そう、ルキアにはっきりと言われた気がした。

 拒絶をあらわにするルキアに、オルフェウスの胸がずきりと痛んで、そのことに疑問を感じた。どうして今、傷ついたのか判らなくて、困惑を瞳に浮かべた。


「・・・たすけてくれて、ありがとう。でも、もうたすけないで」

 ルキアは目線を下に落とし、自嘲した。

「ひどいめにあうのは、いやでしょ?」

 やはり――オルフェウス達孤児が敢えて、ルキアと接点を持ちたがらない理由を知っていた。

 だと言うのに、ルキアは恨みごとの一つも言わず、そうされるのが当然のように語る。それが妙に、嫌だと思った。

「それから、ことばももう、おしえてくれないくていいよ。きょうのことで、まわりからなにかいわれるだろうし。あなたはめんどうなこと、きらいでしょ」

 確かにそうだと、オルフェウスは内心で同意した。

 面倒なことは嫌いだ。必要最低限、関わりを持ちたいとも思わない。けれど――。


「おまえはおれがまもる」


 オルフェウスは無意識に、そう口にしていた。

 何故、自分がそう言葉にしたのかもはっきりとは解らないが、この年下の少女を放っておくことは出来なかった。

 ルキアが顔をしかめ、「なんで」と問いかける。けれどオルフェウスはそれに返答出来る言葉を持たず、沈黙した。

 そんなこと、オルフェウスが一番知りたい。


「どうじょうなら、しなくていいよ」

「ちがう」

「じゃあ、ざいあくかんからのがれたいんだね」

 困ったように笑うルキアに、そうかもしれないとオルフェウスは思った。


 初めてルキアを見た時、薄汚れた身なりの中で輝く白銀の髪が眼を奪ったのを覚えている。まるで月を連想させるその色に神秘さを見て、同時に近づくのを躊躇わせる畏怖を抱いた。教会の人間はルキアの髪を見て戦き、口にはしなかったが「面倒な者が来た」と全員の瞳がそう語っていたのも、印象的だったから覚えている。

 事実、彼らはオルフェウス達孤児がいる場所ではルキアを迫害しなかったが、孤児達がいない場所でルキアを害しているのを知っている。

 それは一部の孤児を除き、ほとんどの孤児が知っている事実で、好き好んでルキアに近づく人間はいなかった。下手に近づいて、同じ眼に遭うのが嫌だから。知らぬともそう思う者は多く、故にルキアは孤立していた。それによってルキアは日常的に教会の人間から何かしらの理不尽に遭っていても、誰も助けることはなかった。

 眼を瞑り、耳を塞ぎ、口を閉ざすだけで、ルキアに関わろうとはしなかった。


 それをルキアが知っていたことには、気づかないで。


「つみほろぼしが、したい」

「いらないよ、そんなの」

 ルキアが即答した。

「わたしはただ、かかわってほしくないだけ」

 今まで無関心を貫いていた癖に、どうしてルキアに関わるなと言われて傷ついたのか解らない。オルフェウスは無意識に拳を握りしめ、顔をしかめた。


 助けてと、縋ってほしいと願ったのは何故だろうか?


(おれは・・・)

 オルフェウスはルキアが傷つくのを、見たくないと思った。全てを諦め、静観するルキアを助けたいと思った。傍に、いたいと思った。

 償いは傍にいるための言い訳で、害悪から助けたいから罪滅ぼしを理由にしただけなのかもしれない。自分の心なのに、まったく解らなくてオルフェウスは困惑した。

 それでも、これだけははっきりと解った。

「おれは、おまえをまもりたいんだ」


 ルキアを護りたい――と言う、嘘偽りのない気持ちだけは。




 あれから数ヶ月――。

 オルフェウスはルキアと行動を共にしていた。

 周りの人間はルキアと共にいるオルフェウスに顔をしかめ、教会の人間はあからさまにルキアから放そうと行動を起こしたが、それでもオルフェウスはルキアの傍にいた。

 それによってオルフェウスはさらに街の人間に嫌われたが、教会の人間に手をだされることはやはりなかった。相変わらず――ルキアには暴力を振うと言うのに。


 人気のない教会の裏手で、オルフェウスは太い木の根に腰をおろして空を眺めた。傍らにはルキアがいて、同じように空を眺めている。

 数ヶ月前までならば、こうして同じ場所で時間を共に過ごすことは考えなかった。面倒なことは増えたが、不思議と心は落ち着いていた。ルキアの傍にいると、一人でいる時より穏やかな気持ちになれると気づいたのは、無理矢理にルキアと行動を共にするようになったあの日からだ。


「なぁ、ルキア」

 ルキアと一緒に行動して、解ったことが幾つかある。

「おれはおまえのそばにいる」

 ルキアが寂しがり屋で、裏切られ、傷つくのが怖くて一人を選んだ臆病者であることを。

「ルキアがいやがっても、ひとりにはしない」

 良心的で誠実な人間や、髪の色で迫害しない人間が僅かにいることも。

「たとえ、せかいじゅうがルキアのてきになっても、おれだけはてきにならない。ずっと、ルキアのそばにいて、ルキアをまもる」

 ルキアの心が壊れかけていることを知った。


「いまはまだ、おれはちいさくてちからもないたよりないこどもで、めのとどくばしょでしかルキアをまもれないけど」

 オルフェウスは眼を伏せ、言葉を続けた。

「つよくなる。ルキアがたよってくれるおとこになれるよう、ちからをみがく」

「・・・オルフェ」

 ルキアが茫然とオルフェウスを見上げる。不安に揺れる瞳に苦笑をこぼして、オルフェウスはルキアの手を取り、優しく握りしめた。


「やくそくする。おれはルキアをうらぎらない。――けっして、ひとりにはしない」


 ――何があってもルキアを護り抜くと、決意した遠い過去。


台詞がひらがなで読みにくいでしょうが、ご了承ください。

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