龍の躯が眠る国
更新できました。よかった、不言実行にならなくて、本当によかった。
寝苦しさに眼を覚ませば、男なら喜ぶであろう状況に陥っていた。何故だ、どうして私の頭を二つの肉まんが挟んでいる!! ・・・ふかふかして、柔らかくて、大きくて、女としての劣等感が。あ、涙でる。やめよう、考えるだけ空しい。
胸を寄せてくる二人から何とか抜け出したのが、それから五分後。
火の番をしていたオルフェ達と、簡単な朝食を済ませたのが三十分後。
何やかんや、準備や後片付けで要した時間は十分。
そして今――――、上機嫌なロゼットと手を繋いで神域へ向かう道中を歩いています。
後ろでアーシェがハンカチを噛みしめているとか、シメロンが恨みがましい眼をロゼットに向けているとか、ロイドが胃を押さえて昏々とレーヴェに愚痴っているとか、オルフェが珍しそうに私を見ているとか、そんなことは一切、知りません。知らないったら知らない。見てない、何も私は見ていない!
魚介類の名前が登場人物に多い、某国民的アニメの歌を何故か鼻歌で、しかもルンルン気分で歌うロゼットに、何とも複雑な気分になる。懐かしいけど、後ろから漂う黒い雰囲気にはとても合わない。気づいて、後ろの不穏な気配にっ。
「あー、そう言えば」
ロゼットが唐突に、言葉を切りだした。
「有翼人と獣人の違いってなぁんだ」
謎かけか?
どうやらロゼットは、首を傾げる私ではなくて後ろを歩くオルフェ達に問いかけたらしい。突然のそれに、オルフェ達は当惑しているのに気づけ。「何言っているんだ、こいつ」的な眼を向けられていることに、どうか気づいてください。
あー、シメロン。そんな冷やかな眼をロゼットに向けないで。他意も悪気も・・・たぶんないはずだから。
「翼があるか、ないかの違い?」
「獣の耳と尾があるかどうか」
ロゼットの質問に答えたのは、ロイドとレーヴェだった。
他の三人は・・・と視線を動かして、後悔した。妙に黒い笑顔を浮かべたアーシェが、天敵と豪語するシメロンと何やら話しあっている。シメロンも嫌がることなく、むしろ嬉々して会話に参加している姿は・・・怖いの一言だ。
何かやるつもりなのか? 手を組むのか? 穏便にお願いします!!
眼にしたものから逃げるように、オルフェの姿を探した。
「・・・・・・・・・ぐぅ」
歩きながら寝るなんて、器用だねオルフェ。思わず、呆れた顔をしてしまう。
「二人ともせーかい。偉い、偉い。褒めてあげよう」
上から目線ですね、ロゼットさん。
「さて、対して暇つぶしにならないからこの話題はここで終わり」
理不尽だな。ロイドとレーヴェが何とも言えない、複雑な顔をしているよ。
ロゼットは私と繋ぐ手をぐっと引きよせ、ほんの少し駆けだした。つんのめりそうになる身体を何とか持ちこたえ、促されるまま歩く。けど、ロゼットは数十歩を走って足を止めると、くるりと綺麗に回転した。私もその回転に巻き込まれ、ロゼットの隣に不様に停止した。
ロゼット・・・微笑ましい眼で、見ないでくれる?
「それじゃあ、神域に行こうか」
「行くって・・・ここはまだ草原だぞ?」
呆れた声で告げるレーヴェに、ロゼットは不敵に笑った。
眼を覚ましたオルフェは状況が解らないらしく、こっそりとロイドに聞いている。ロイドが困った顔をして、仕方ないと肩を竦めて教えていた。・・・それでいいのか、主人公。
何やら企んでいたアーシェとシメロンも、立ち止まったロゼットに揃って首を傾げている。仲良くなってなりよりだけど・・・それ、一時的なものだよね。絶対そうだ。火と油な二人が、永続的に仲良くなんてありえない!!
話題がそれた。
ここから神域に行けると言うロゼットと、まだここは草原だと言うレーヴェ。私的には後者に味方したい。 実際問題、視界にはどこまでも果てのない草原しか映らないんだから。
「風と水の神霊術で不可視の幻影を作っているんだから、解らなくても当然だけど・・・・・・なんか、正直言ってガッカリね。神域に対しての知識、まるでないじゃない。それで神域に行こうとしたなんて、笑いを通り越して泣けてくるわよ」
やれやれと肩を竦めるロゼットに、誰も何も言わない。それにプンプンと怒りを見せるロゼットに、何だか申し訳なくなった。
知識不足ですいません。無言で頭を下げれば、ロゼットが眼を瞬いた。
「やぁね、親友のルキアが謝ることはないのよ」
「え、いつの間に?」
「や、でも・・・」
「私知らないんだけど、ルキアちゃん!」
「こう言うことは、野郎に任せておくべきなのよ。面倒事はぜぇぇぇぇんぶ、押し付けるのが一番よ」
それってどんな悪女?
てか、さっきからアーシェの声は完全無視ですか。眼の前で喚いているのに、視界に一切いれないなんて・・・! その様子をみながら頬を引きつらせ、何と返答していいのか困った。あ、アーシェが力尽きたようにうなだれた。諦めたのか。
「困った顔のルキアも可愛い」
背筋に寒気がはしった。どうしよう、ロゼットの顔が獲物を狙う狩人の眼をしている。やっぱりソッチ系の人?!
ひぃ、怖い!! 恐怖と混乱から身体が震えだした。うふふと笑いながら顔を近づけてくるロゼットから逃げようと、すり足で後ろに逃げる。ぎゃあ! 肩を掴まれた!!
ぱぁん、と小気味いい音が聞こえて視線をそちらに向ける。音の正体は、ロイドが手を叩いた音らしい。
「ルキアで遊ぶの、やめてくれないかな?」
「遊んでないわよ。親愛表現よ。し・ん・あ・い・ひょ・う・げ・ん。まったく、興がそがれたわ」
そがれてよかった・・・。ほっと胸を撫で下ろし、解放された身体を不自然にならない自然な動作で、近くにいたオルフェの背後に隠した。
オルフェが無言でぽんぽんと、頭を撫でてくれる。うぅう・・・慰めてくれ。
「ありがと・・・ロイド」
「どういたしまして」
私の傍に来たロイドに、小さな声で感謝を伝えれば何でもないように答えられた。いや、本当にありがとう。命の危険と言うよりも、貞操の危機を覚えたのは久しぶりだよ。
二度と味わいたくないから、ロゼットには重々、警戒しよう。ソッチ系だったら怖いし。
ロゼットが妖艶な笑みを浮かべ、私の名前を呼んだ。
「私、ソッチ系じゃないからね」
心を読まれた!! 衝撃を受けた私に、ロゼットがどうしてだか恍惚の表情をした。やっぱり、ソッチ系? え、でも違うって本人が自己申告したし・・・。
まさかの・・・S系とか? 判断基準がよく解らないよー!!
頭を抱える私を余所に、話は次々と進んでいったようで・・・。意識がこちらに戻った時は、ロゼットが神域に繋がる道を開くと言っていた。前振りを誰か、教えてください。
「それじゃあ、はい!」
ロゼットが手を叩いた。そしたらあら、不思議。空間が歪んで今までなかった森の景色が、視界に広がって来た。何この、安直で安易な方法。馬鹿なの、馬鹿なのか神域の人間って。
何とも複雑な気持ちで見る私とは違って、オルフェ達は感歎の声を上げている。
ちらほらと耳に入ってくるのは、「これが龍皇の躯が眠る森」やら「龍皇が死んだ場所」で、やたらと龍皇の名前が出てくる。
「はいはい、感激するのは後にしてほら、行きましょう。私、いつまでも神域の扉を開くこと出来ないんだから」
どう言う原理なのか解らないけど、扉なのか。扉で幻影を壊すのか? 扉を開いて幻影を消すのか? 色々と聞きたいことがあるけど、そんな私を無視してロゼットは一人先に森へと進んでいく。慌てて追いかけたオルフェ達の後に続き、森に立ち入れば・・・。
何かが閉まる音が聞こえた。
うわ、本当に扉なのか。
「いい加減、この入国の仕方もやめればいいのに。ダサい、古い」
ぶつぶつと文句を言うロゼットに、何だかしょっぱい気持ちになった。
えー、気分を変えまして周囲を見渡そう!
森です。見渡す限りの緑です。季節感を無視した、多種多様の草花が咲いています。林檎の気を見つけました。あっちには梅の木があります。バナナの木って・・・・・・何、この何でもありな森は!!
ロイドが頭痛を堪えるような顔で、「信じられない」って呟いているよ。食欲魔人に乗っ取られたアーシェが、手当たりしだいに果物を食べているけどこれはまず、どうでもいい。お腹を壊さないなら、問題はない、はず!!
「うにゃぁ!?」
迂闊に足元を見たら、どでかいムカデがいた。
「大丈夫、大丈夫。この森にいる虫や動物は基本、無害だから安心していいわよ」
基本って言った。基本って!! 有害なのもいるってことだよね!!
顔を青ざめる私は、近くにいたレーヴェの服を掴んだ。意外に虫が苦手なレーヴェも顔色が悪く、私と眼を合わせると頷いた。「早くこの場から出る」ですね、了解しました。
アイコンタクトの意味を正確に読み取り、私とレーヴェは歩く速度を上げた。ひぃ、ウネウネ動くでかい青虫がいるっ!! あっちには髑髏マークがある巨大な蜘蛛が!!!
あれ、どう見ても有害だ!!! ほら、緑の体液を吐き出して・・・ひやぁぁ、地面が溶けた! 酸か、酸なのか?!
オルフェ達が後ろで何か言っているけど、一刻も早くこの場から出たい私達は取り合わない。ロゼットが呑気に、「怖がりなルキアも可愛い」なんて呟いている声なんて、聞こえない。アーシェが「美味しそう」って言った声なんて、聞こえてたまるか!
私達は駆け足ではなく、走りだしてその場から逃げた。
「はぁ、はぁ・・・げほ」
「く、くるし」
建物が見える頃には、私とレーヴェは肩で息をしていた。けど、ここはもう安心だ。害虫はここにはいない。安心感から、ほっと身体の力が抜けた。荒い息を整えながら、悠然と私達が来た道から現れたオルフェ達を一瞥する。その手に・・・やけに食べ物が在るのは何故だい?
「ほら、水分でも取れ」
オルフェがレーヴェに梨を、私に桃を手渡す。うん・・・水分が多いし、甘くて美味しいだろうけど・・・。
「いらん」
「あの害虫がいた場所の物を、食べたくない」
拒否しました。
オルフェが肩を竦めて、梨をアーシェに投げ渡した。難なく受け取ったアーシェは、「美味しいのに」と唇を尖らせてから齧りつく。オルフェも桃に齧りついていて・・・。私とレーヴェは顔を引きつらせた。
よくもまぁ、あんな意味の解らない不可思議で、不気味な場所の物を食べられる。害虫がいなきゃ、食していたかもしれないけど。いやいや、そうじゃないだろう、私。
「あまり変な物は、食べないようにね」
そうそう、ロイドの言うとおりだ。
いつ、どこで、何があって、体調不良や命の危機に繋がるか解らないんだから。警戒しておくに、越したことはないんだよ。
うんうんと頷く私達の傍に、シメロンが何やら良い笑顔で近寄って来た。何を企んでいるんだ、お兄ちゃん!!
「ほら、ルキア」
「・・・・・・へ?」
私の髪を上手く纏め、キャスケットの中に隠した。
被らされたキャスケットにも驚きだが、行動自体に首を傾げてしまう。意味が解らなくてシメロンを見れば、苦笑していた。
「髪の色で、何か言われたら嫌だろう」
言って、自分もフードを被った。あー、そうだね。昔からこの髪でいろいろと、面倒な眼に遭ってきたからねー。シメロンも、青が入っているとは言え銀だし、何を言われるか解らないもんね。うん、うん。納得だ。
しかし、一つ質問していいだろうか?
「この帽子、どこから出したの?」
シメロンは意味深な笑みを浮かべるだけで、まったく答えてくれなかった。あれか? 空間転移を応用した・・・とか?
なんて戦略技能の無駄遣い!
スキルが使える人の特権か、羨ましい。私も何かスキルを持っていたらいいのに・・・・・・いや、駄目だ。そんなのがあったら死亡フラグがたつじゃないか。なんて恐ろしいことを考えてしまったんだ。私の馬鹿。
とかなんとか思考を巡らせていたら、誰かに右腕を引っ張られた。反射的に身体を竦め、慌てて相手を見て――力が抜ける。
「ぼぅっとして、どうした」
オルフェが首を傾げて、私に問うた。
素直に考え事をしていたと教えれば、さして興味がなさそうに相槌を返され、腕を掴んだまま歩きだした。何だろう、久しぶりにオルフェに腕を掴まれたような・・・。気のせいか。
駆け足で近づいて来たアーシェが、反対の腕を抱きしめるように掴んでくる。胸が当たってアレだけど・・・うん、深くは考えない。
「エルフと有翼人の国って、どんな感じなのかなー。ツリーハウス?」
「意外にコンクリートの建物とか」
「えー、エルフと有翼人だよー? コンクリートはないと思うなー」
私を挟んで会話をする二人に、何とも微妙な心境になった。
アーシェ・・・。今からでも遅くない。オルフェの開いている腕を掴んで、その胸を当てに行きなさい。一発で落ちるかは解らないけど、心はぐらつくはず。
だってオルフェも男の子だもん!
これでドキマギしながったら、私はオルフェを不能とみなす!!
失礼かもしれないけど、男として欠落していると認識するよ!!
「はい! 第二の幻影解除」
ロゼットがまた手を叩いたと思ったら、空間が再び揺らいで眼の前の景色を一掃させる。さっきまでのが無機物な建物なら、今、視界に映し出された物は・・・・・・・・・・・・どうしてか和風建築。
時代劇でよく見かけるお城とか、長屋とかそう言うのが飛び込んできた。あ、眼の前に大きな鳥居が一、二、三、四、五、六・・・・・・・・・十二ある。何か意味があるんだろうか?
しかし・・・あれ? ゲームの神域って、和風建築だっけ? アーシェが言ったように、ツリーハウスだったような・・・。
ちらり、とロゼットを見た。丁度よくこちらを見ていたロゼットが、悪戯っ子のように舌を出している。お前が元凶か!
どうやら、ロゼットが何かしらの働きをし、建物を和風に改築したようだ。「だって故郷が懐かしくて」って呟きが聞こえたが、まぁ、それは否定しない。
私も愛郷の情がじわじわと出てきたからね。あ、何か湯気が見える。まさか温泉か?!
「温泉もあるから、暇な時に入るといいわ」
「温泉?」
「大きなお風呂、って認識でいいわよ」
首を傾げて尋ねたロイドに、ロゼットが朗笑して答える。
マジで温泉ですか。いいなー、いいなー。入りたいなー。日本人はやっぱり、温泉でしょう!! 心の中でそわそわワクワクしているのがロゼットにばれたようで、物凄く、微笑ましい眼で見られた。
「あとで、私お気に入りの温泉に連れて行ってあげるわね。あそこ、美容に良い成分が多いのよ」
「本当ですかー!」
食いついたアーシェと和やかに談笑するロゼットを先頭に、私達は鳥居を潜った。
鳥居の脇に在る、石灯籠が通る度に淡い光を放つ。ついでに潜った鳥居が蜃気楼のように姿を消して、帰る方向が解らなくなった。
これも幻術なんだろうな。入るのも、出るのも難しい国って・・・とは思うけど、とりあわず、私の心は今、温泉に向いています。矢印は温泉だけ。他のことに関心も興味も薄いですよ。
活気づいた声が次第に近づいて来て、レーヴェが足を止めた。
「これは・・・・・・凄いな」
同感します。
時代劇でよく見る城下町を、そのまま再現したそれに言葉もないよ。龍族が作った神殿よりも凄いかもしれない。見た眼は。あれで日本関係は神社と寺院だけだしねー。
いやー・・・懐かしい。暴れる将軍が見たくなったよ。あと、身分を隠して旅をするご隠居とか。
よかったよなー、時代劇。渋い俳優多いし、殺陣がカッコよかったし。近年に近づくにつれ、俳優がひょろかったりして、こんなの時代劇じゃない! って叫んだのが懐かしいなー。やっぱり、時代劇はそれなりの体型をした人じゃないとね。うん、うん。
って、友人や家族の顔は忘れた癖に、こう言うのは覚えているっておかしいだろう。自分でツッコんでみた。
「あのやたらと白と黒で強調された建物に、エルフの王と有翼人の王がいるわ。エルフの王は見た眼若いだけの、翁だから、爺だから、見た眼で騙されないように」
翁と爺をやけに強調したな。
見た眼で騙される云々は、ロゼットを見れば解ると思うけど・・・。あ、実年齢を言ってないもんね。判んないか。アーシェが首を傾げて、見た眼が若いって眼でロゼットを見ている。あの顔は絶対、ロゼットって結構な年増って思ったな。
あ、ロゼットに殴られた。女の勘で悟ったのか?
「有翼人の王は見たまんまの、おばあちゃん。優しい見た眼に騙されないように」
ロゼットさん、ロゼットさん。
やたらと騙されるなって、言うけど、過去に何かあったのかい? 二人の王のことを放す時、顔色が凄く悪いんだけど。
「王に何かしたのか?」
オルフェが率直に聞いた。凄いね、流石は勇者! 違うか。
「・・・・・・・・・してないわよ」
「嘘だ」
「嘘だな」
「嘘だね」
「嘘か」
「嘘ですねー」
私以外の皆が、全否定。ロゼット涙眼になった。何故?!
私に突進し、抱きついたロゼットの腕の力が半端ない。痛い、苦しい、息が出来ないっ。身長差故か、顔が胸に当たって何とも複雑だ。呼吸できないし。
くそう、この役目は男に譲るよ! オルフェ、変わっておくれ!!
「ちょっとお気に入りの骨董品割ったぐらいで、あんなに怒らなくてもいいじゃなの!! おじいちゃんの馬鹿ぁぁぁぁぁぁああぁぁ」
・・・・・・・・・・・・ん?
おじいちゃん・・・?
ロゼットは・・・、エルフ王の、孫?
ゲームと違いすぎてもう、ついていけないんですけど。
気を失ってもいいですか? 誰にともなく、聞いてみた。