想定外の状況
次の更新は、20日を予定にしています。あくまで予定なのですが、更新できなかったらすいません。
※訂正しています
応接間は実に、王城に相応しい造りと飾りがありました。
――と、思わず敬語を使いたくなるほどに、私には似合わない場所だ。
場違いにも程がある。レーヴェ、この部屋で休めと・・・? 無理だよ、ゆっくり出来る訳がない。神経すり減らして、逆に疲れる。
レーヴェは何で、休むのに応接間をチョイスしたんだろう? 別に客間でよくない? 応接室じゃないと駄目な理由があったのか・・・。
無駄に大きいソファに座りながら、私はメイドさんから淹れてもらった紅茶を飲む。このメイドさん、美人で眼福モノなんだけど・・・。にこりとも笑わない。いやね、私に嫌悪の感情を抱かないだけで物珍しいんだけど。まったく、ぜんぜん、愛想笑いの一つもない。それはそれで凛としていて綺麗だけど・・・笑ったら美人度増すのに、勿体ない。
・・・紅茶、美味しい。
ダージリンかな? それともアッサム? いやいや、王道のアールグレイか!
流石に王城のお菓子は美味しいな。レモンパイなんて久しぶりだな。でも、欲を言うならティラミスが食べたかった。
このメイドさんに頼めば、持ってきてくれるだろうか。・・・言わないけどね。私、客人とは言え一般人。命令なんて出来ません!!
壁に並ぶメイドさんをちらりと見てから、視線を前に向けた。
「そう言えば、あの爆発は何だったんだ?」
「結界が壊れたことで生じた地震による、人為的な火事が原因だそうで・・・。主に武器屋が被害に遭っていました」
「ああ・・・爆薬か」
私の手前のソファに座ったレーヴェが、背後に立つテオに黒煙の正体を聞いていた。思った以上に、あっさりとした事実に肩透かしを食らっているみたい。
魔物の被害じゃないだけ、マシだと思っているみたいだけども。被害総額は馬鹿にならないもんね。お金、どこから出すんだろ?
妥当に言って――国税?
それとも王城の金庫でも開ける?
私はレモンパイを一口頬張り、咀嚼しながら黙って話を聞く。
ロイドは一人掛けのソファに座り、レーヴェ達の会話に参加している。私と同じソファに座ったオルフェとアーシェはと言うと・・・。
オルフェは私の隣に密着するように座り、レーヴェ達の会話を興味なさ気味に聞き流して紅茶を飲んでいた。おい、人の肩に頭を乗せるな。眠そうに欠伸をしない!
そしてアーシェ。・・・私の腰に抱きついて、離れない。
オルフェからソファに身体を降ろしてもらった時からずっと、抱きついたまま。ロイドが窘めたが聞く耳を持たず、今に至る。嬉しそうな顔で、腹に回した腕を強めるけれど・・・やめて。圧迫されて吐きそう。
アーシェの腕をタップし、緩めてもらってからほっと息をついた。
視線を感じて、その主を見ればテオだった。
テオがちらちらと、羨ましそうに私を見るのが鬱陶しい。アーシェが視界に入ると頬を赤くして、顔を逸らす癖に。
・・・・・・ヘタレ。
会話を終えたレーヴェが視線を私に向け、私に寄り掛かるオルフェを見て呆れたように息をついた。じとっとした眼でオルフェを見て、口を開く。
「それで、お前達はいつまでルキアにひっついているんだ? アーシェはともかく、オルフェ。いい加減、離れたらどうだ」
「何で?」
「何でって・・・。ルキアが動きづらそうなの、気づいていないのか?」
レーヴェの言葉にオルフェは不思議そうに首を傾げ、横目で私を見てから身体を起こした。持っていたカップをテーブルに置き、私が持つフォークを奪い取る。
え・・・? 嫌な予感しかしない。
オルフェは妙に良い笑顔で、私にレモンパイを指したフォークを差し出した。
「はい、あーん」
なんて言葉と一緒に・・・。
いや、食べないから。食べろって言われても、食べない。お金を出されても、食べないよ!
そんな羞恥プレイ、誰がするかっ!!
「なんでそうなるの!!」
オルフェの行動に、ロイドが頭を抱えて叫んだ。
そうだよねー、そう思うよねー。私は心中でロイドに共感しつつ、唇に押し付けられたレモンパイとオルフェを交互に見つめる。ここで口を開けたら、あーんな状況になってしまう。
断じて、そんなことはしない。
口を固く閉ざし、私はオルフェから距離を置こうと身体を後ろにずらした。・・・アーシェがいて、無理だった。
「あーん」
オルフェが諦め悪く、また言う。
私は助けを求めて視線を彷徨わせるけれど、ロイドは頭を抱えたまま何かブツブツ言っていて私の視線に気づいた様子はない。レーヴェは額に手を当て、頭痛を堪えているのか顔をしかめていた。やはり――私の視線には気づかない。
ならばテオは・・・と視線を向けて、断念した。
にこにこと、好々爺の笑みを浮かべて傍観している奴に助けなんて期待できない!
「ルキア、あーん」
良い笑顔のまま、オルフェが同じセリフをまた言う。
ひぃぃぃぃっ。どうする、どうしたらこの状況を打破出来る!! 逃げるか? 敵前逃亡しても許されるよね・・・って、アーシェが抱きついているから逃げられないぃぃいいいぃいいいっ!!!
はっ!? アーシェがいるじゃないか!! オルフェに恋しているアーシェなら、私を助けてくれる!!!
そう思ってアーシェを見れば、オルフェの行動にまったく気づいた様子もなく・・・気持ち良さそうに寝ていました。
・・・アーシェ。君は将来、大物になれるよ。
「もう嫌だっ!!!」
諦めるしかないのかと、意を決して口を開こうとした瞬間に来訪者が現れた。
来訪者はドアを壊しかねない勢いで扉を開け、足をもたつかせながら数歩歩くと顔を覆って蹲った。さめざめと泣くその人は金髪の髪をした――ラルフレアで。
オルフェは笑顔を消し、騒音の正体を見下ろしている。
オルフェが私から意識をそらした今がチャンス、とばかりにオルフェからフォークを奪い、自分でレモンパイを食べた。オルフェが残念そうな顔をしているけれど、知らないふりをする。
もぐもぐと口を動かす私を見てから、レーヴェが溜息を一つついた。
「兄上・・・仕事はどうしたんですか?」
「終わったよ、終わったとも!! 無能な馬鹿どもを処分し終えたよ!!!」
「それはごくろうさまです。では、書類の方を」
「それも終わったさ!! ああ、終わったとも!!! あああああもう嫌だ。書類仕事に慣れた自分も、執務室にこもるのが当たり前の状況にも、耐えられない!!!!
――ラルフレア、ご乱心である。
先程の姿は何だと聞きたくなるほどに、今のラルフレアからは弱気な態度を感じない。ストレスを発散するかのごとく、どもることなく言葉を発し、叫ぶラルフレアに正直言って・・・引く。
叫び声にアーシェが眼を覚まし、ラルフレアがいることに驚いて短い悲鳴を上げた。
「え、何? 何で陛下がいるのー?」
「・・・さぁ?」
私に聞かれても、解らないよ。
「害虫を駆除出来たのは、私としても嬉しいよ。嬉しいさ。明らかにいらないだろう、馬鹿みたいなことを書類にして提出して、私の貴重な時間を散々壊して、ついには寝る時間まで奪った無能だからね!! 私の食事に毒を盛るとか、暗殺を仕掛けるとかはまぁ、いいよ。撃退すればいいだけだから、問題はない。むしろ絞め上げた刺客達が可哀想な眼に遭ってたけど、私には関係ない。カリス達が実に良い仕事をしただけだからね!! けど、睡眠時間を奪うのは頂けない。私の王城に居て、唯一の楽しみを奪うとは何事だぁぁ!! だから彼ら害虫を駆除するのは、本当にもう、すっきりしたよ!! ああ、でもでも、爵位と財産の剥奪に、国を追放しただけでは治まらないこの怒りと苛立ち!!!! ・・・死罪になった奴もいたけど、自業自得の因果応報だから仕方ないよね」
怖いことを、輝かんばかりの笑顔で言うなよ。ラルフレア。
アーシェが怖がって、しがみつく腕に力を込めただろうが。私は肩を竦め、宥めるようにアーシェの頭を撫でた。おお、子猫のような反応。
可愛いな。
アーシェの笑顔を見て、テオが自分に向けられた訳じゃないのに顔を赤くする。なんか、キモイ。
しかし、ラルフレアってこんな奴だっただろうか?
ゲーム通りじゃなくなっているとは言え、性格までゲームとは異なるのか・・・? あははは、そんな馬鹿な。
きっとあれだよ。ストレスが限界突破して、性格が荒くなったんだ。じゃなきゃ、あんな怖い台詞が次から次へと出てくる訳がない。
切実に、そう信じたい。
「け・れ・ど」
ラルフレアが言葉を切りながら、鋭い視線をレーヴェに向けた。・・・この人、本当にラルフレア? 偽物じゃないって思うほど、眼が怖いんだけど。
「一番のストレスは君だ、レオンハルト」
その眼を向けられているはずのレーヴェは、素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。あ、メイドさんもスルーしている。これは・・・日常的なこと、なのか?
「私に王様家業が向いていないことは君が一番知っているはずなのに、どうして、未だに、私が、聖王なんて不向きな仕事に就いて、慣れてきた書類仕事をしているんだ!!! 王に相応しいのはレオンハルト、君だと言うのにっ」
ああ、確かに。・・・ラルフレアよりは相応しいよね、レーヴェは。
ゲームでも作中に死んだラルフレアに代わって、レーヴェが聖王だったし。百年は続く・・・だったっけ? とりあえず、長く平和が続く程のことをしたって小説に書いていっけ。
で――ラルフレアの子供を次期・聖王にしようと目論み、教育しているともあったな。描写でも嫌々ながら、聖王をしているってあったけど・・・そんなに王様家業が嫌か、レーヴェ。
それよりも、だ。
歳を重ねるごとに、女子高校生の私の記憶がおぼろげになっている気がする。当然のことだから仕方ないし、もうゲーム通りじゃないから合ってもあまり役には立たないんだけど・・・。
残っていると精神が落ち着くと言うか、安定すると言うか・・・。消える前にメモをしよう。
決意をする私はラルフレアとレーヴェの会話を一切、聞いていなかった。ただ、見るからに兄弟喧嘩はラルフレアの一方的な憤怒で、レーヴェはしれっと冷静に第一王子なんだから当然だとか言っている。正論だけど。
聞き流しながら、私は部屋を見渡して驚いた。
え? 何時の間に来たんですか、カリステゥスさん!!
まったく・・・気づかなかった。
カリステゥスは扉の前を陣取り、兄弟喧嘩を仲裁することなく近くにいたメイドさんを口説いている。吐きそうなくらい、甘い台詞を告げるカリステゥスに対し・・・メイドさんの眼が、汚い者を見るように冷やかだ。
何これ、怖い。
思わず腰に抱きついたままのアーシェの手を握れば、嬉しそうに握り返された。解せない。
「邪魔よ、カリステゥス」
「ぐはっ」
カリステゥスが突き飛ばされた。
かっこ悪くも床に伏した彼をさらに、突き飛ばした女性が踏みつける。ヒールが刺さって・・・っ。痛い、痛いよそれは!!
痛みに呻くカリステゥスから視線を上げ、恐る恐る女性を見て私は自然と言葉をこぼした。
「・・・ピセル、姉さん」
冷静さを見せる切れ長の双眸。そして老成を感じる程に落ち着いた雰囲気は間違いない。教会で一緒に育ったピセル・カルティアだ!
うわ、懐かしい。
記憶の中のピセルよりも癖のない茶髪は長くなって、赤い紐で一つに括った姿はまさに、ゲーム通りの姿。十四で教会を出てから、時たま、手紙のやりとりをするぐらいだから逢うのは本当に久しぶりだ。
身長も女性陣の中で一・二を争う程の高さだと言うのは、本当なんだ。いやー、それにしても・・・綺麗になって。スタイルが良くて、ちょっと嫉妬心が。・・・特に、胸。
いやいや、メインキャラに喧嘩を売ってどうする。
思わず自分の胸を見たけど、背中に当たるアーシェの胸に意識がいったけど、比べない。比べたら悲しい事実になるから、やめよう!! うん、やめよう・・・切実に。
「ピセル姉さん、久しぶり」
「っルキア」
笑って再会を喜んだだけなのに、ピセルは右手に持っていた朱色の棍棒を床に落とすと感極まったのか、猪を連想させる動作で私に突撃した。
その時、進行方向にいたオルフェが身の危険を感じてロイドの方へ避難した。あ、酷い。私も連れて行って!! 思わず伸ばした手はピセルに掴まれ、腹部に強い衝撃を感じた。
うおっ・・・。み、みぞおちが!!
私の状況。
背後は変わらずアーシェ。
腹部にピセルの頭部があり、掴まれた手は何故か上がったまま。・・・何この、奇妙な構図。
可愛い、綺麗な女性を侍らせて、うはうはと満足そうに笑えばいいの? エロおやじ入ってないから、無理。出来ない。
床から羨ましそうに見つめる、カリステゥスに贈答したい。
「久しぶりね、ルキア。教会の奴らに何かされていない? 街の人間には?」
「街の人間なら俺達の眼がない所で、相変わらずルキアに暴力を振ってる」
私が当たり障りのない返答をしようとした矢先、オルフェがいらんことを言った。
「教会の人にも、何かされているみたいだよー?」
アーシェまで、余計なことを言う。
「シスター達が、裏でコソコソやってたね。現場を目撃した訳じゃないから、確認は出来なかったけど」
悔しそうにロイドまで言いだして・・・。
「ほぉ・・・それはそれは」
レーヴェが表情だけじゃなく、放つ空気まで不機嫌にさせる。
床に倒れていたカリステゥスが起き上がり、憤怒を治めたラルフレアと何かしら話している。所々で聞こえる単語が、怪しい上に物騒だ。
――聞かなかったことにしよう。
視線を前に戻して、後悔した。
ピセルが口元に笑みを浮かべながら、冷やかな色を瞳に宿して笑っていた。
「ふ、ふふふふ」
・・・こ、怖い。その笑顔は怖いよ。
震える私に、何を思ったのかピセルは真摯な表情を向けてはっきりと、力強く、固い意思を宿した声で告げた。
「ルキアを害する奴はお姉ちゃんが血祭りにしてあげるわ!」
だから安心しなさいと言うピセルに、何を安心しろと?
違う、違うから。血祭りにしなくていいから! 街の人間だってほら、大半はヘルハウンドに殺されたし、残りだって雪の呪に罹っているから気にしないで!!
ああ、床に落ちた棍棒を拾って街に行こうとしないで!! てか、行動早いね、何時の間に私から離れたのさ!! いやいや、それよりも落ち着いて。貴方、騎士。
国の民を護る騎士が、護るべき人間を害してどうするよ!!!
私はアーシェを振り払い、今にも飛び出そうとするピセルを必死に落ち着かせようとした。おおう! 力の差が歴然で引きずられる。でも諦めない。諦めたら色々と大変だからね!!
ああもう!! オルフェ達も放置しないで、手伝ってよ!!! そこ、囃し立てるな!! ピセルがさらにやる気になっちゃたじゃないか!!! ひぃぃぃ・・・っ。
メインキャラが人殺しとか、やっちゃ駄目ぇぇぇえぇぇぇええぇぇ!!
本気で泣きかけた私に、オルフェが見かねて手を貸すまでこの攻防は続いた。