運命の日 3
暑さとゲームやりたさに、亀更新になりそうです。
――簡単に日常が壊れ、命を失う出来事を私は知っている。
女子高校生の私は友人と帰宅している際に車に撥ねられ、死んだ。けれど、その車は私だけではなく、他の人間も襲い、住宅に突っ込んで炎上した。多くの人間を巻き込んだと言うのに、運転手は生きている。私はそれを見ていた。
ぼやける視界で、耳が段々と聞こえなくなる状況下で、確かに見ていた。
骨があり得ない方向へ向き、身体から血が流れて体温が下がりながらも、その運転手を睨みつけていた。何気ない日常を狂わせ、私を死に至らしめる原因をただじっと、凝視していた。
友人が何かを叫ぶ声が聞こえた。けど、私にはもう何を言っているのか判らなくて、ただただ鼓動がゆっくりと停止するまで運転手を見続けて、そして私は――。
――――死んだ。
「っ」
あの、形容しがたい、命が尽きる感覚が蘇って恐怖に陥る。
嫌だ。怖い。死ぬのは怖い。命を失うのは嫌だ。死にたくない。失いたくない。亡くしたくない。奪われたくない。
私は――――死にたくない!!!
「ルキアっ」
名前を呼ばれたと思った瞬間、唇に温かいモノが触れた。それが何かを認識するより先に、間近にあるレーヴェの顔に驚いた。
え? なんでこんなに近いの? どうして顎に手を添える? 眼を閉じているのは何故? なんてことは考えなくても解り、同時に唇に触れたモノの正体を悟って叫びそうになった。口を塞がれているため、物理的に無理だけど。
私は混乱を極めた。
眼を白黒させ、頭の中はパニックで冷静になれそうにない。現に今だって、この展開は何だ! え、キス? 何故にキス?! ちょっと、レーヴェ、おい、いい加減離れろ!! 私が嫁候補達に殺されるっ!!! なんて喚いて、状況を正しく理解できない。
ばしばしとレーヴェの肩を叩き、放せと訴えれば漸く、レーヴェが眼を開けて私から顔を遠ざけた。・・・し、心臓に悪い。
神様、神様。これは、喧嘩を売った私に対する嫌がらせですか?
それとも、私に対する罰ゲームか何かですか? だったら熨斗付けて返品してやる!!
「大丈夫か、ルキア? 過呼吸になっていたぞ」
成程、気づかないうちに私は過呼吸になっていたのか。そう言えば、途中で息苦しくなって目眩が起きたような・・・。
しかし、だ。
「他に対処法があった気がするんだけど」
別の対処方法――患者を落ち着かせ、息を吐くことで意識させ、ゆっくりと深呼吸をさせる方法があった記憶が・・・。うん、キスする必要はないよね? ね?!
思わず、恨みがましい眼でレーヴェを見れば、レーヴェが肩を竦めてさらりと言葉を告げた。片眼を閉じて、気障っぽく感じるのに似合っているから腹が立つ。
美形は本当、何をしても絵になる!! 自棄ですが、何か?!!
「何度も声をかけたが、ルキアが気づかなかったからな。悪いとは思ったが、手軽な方法を取らせてもらった」
・・・キスって、手軽だろうか? 思わず、呆気にとられた。
いや、別にファーストキスだから気にしているとか、奪われちゃった! 恥ずかしい。なんてことは思ってない。断じてない。キスぐらい、女子高校生の私は経験している!
「・・・ああ、うん、そっか」
だが、私の口からは不思議と、その言葉しか出てこなかった。
何故だろう?
「ところでルキア」
あ、話を変えた。
「結界術はどのぐらい、維持できる?」
レーヴェの問いに、考えながら結界を見上げた。
意識を過去へ向け、集中をかける出来事があったために結界が揺らいでいる。私は慌てず、冷静に結界の強度を上げてから、言葉を紡いだ。
「えっと・・・三十分ぐらいかな?」
「この国全体に結界を張ったんだ、十分すぎる時間だ」
「へ? この国全体・・・?」
レーヴェの言葉が、よく飲みこめない。私・・・聖王都・王冠を包むほどの結界なんて張れないよ? 頑張ってもせいぜい、小さな村一つぐらいだ。
どう頑張っても国全体って・・・私の力じゃ無理だよ。
そう思ってレーヴェを見上げれば、レーヴェが苦笑して私の頭を優しく撫でる。
「気づいていないなら、まぁいい。そのまま維持していてくれ」
その言葉に頷いて、私は両手を空へ突き出した。心なしか、結界の放つ輝きが増した気がする。
「レオンハルト様! ルキア!」
テオの声が聞こえて、レーヴェと共に声がした方へ視線を向ける。崩れた建物の影からテオが現れ、私達の無事の姿を確認すると剣をしまって安心したのか泣きそうな顔をした。
テオは駆け足で私達の傍に近づき、けれど周囲の状況に顔をしかめた。
「これは・・・。申し訳ありません、私の力不足で」
「俺の責任でもある、気にするな。それに・・・全滅ではない。生き残った人間がいる。悔やむより先に、出来ることをしろ」
「はい。あ、そう言えば、ヘルハウンドの姿が急に消えたのですが・・・?」
「ああ、どうやらルキアが結界術で弾いたようだ。ルキアのおかげで命拾いしたな」
レーヴェはテオに向けて屈託なく笑い、怪我を負った街の人間に水の神霊術で回復を始めた。テオが瞬き、私を凝視する。
やたら居心地が悪い。そんなに見ないで、冷や汗が出るから。
テオはふっと表情を和らげ、深々と頭を下げた。突然のことに、私はぎょっとして眼を見開く。
「ありがとうございます、ルキア。おかげで私も、レオンハルト様も生きている。・・・ありがとう、感謝してもしきれないほどです」
いや、無意識の行動だから。死にたくない一心だったし、私の感情優先だったから・・・感謝される程の事じゃないよ? むしろしないで、居た堪れない。
視線を彷徨わせ、口ごもる私にテオは優しく笑い、風の神霊術でレーヴェと同じように街の人間を癒し始めた。
風と水って回復効果のある神霊術が使えるから、便利だよなー。次々と怪我を治す二人の姿を見ながら、私は結界術を展開させ続ける。ふいに、見知った声が遠くから聞こえた。
周囲を見渡すもそれらしい姿はなく、空耳かと首を傾げた瞬間、私の視界にオルフェが映り込んだ。その後ろには当然ながらロイドとアーシェがいて、無事な姿に思わず涙腺が緩んだ。ぽろりと私の意思とは裏腹にこぼれる涙が止まらず、視界がぼやける。
よかった。傷だらけで、服もボロボロだけど生きている。
「無事、だったんだな。・・・よかった」
オルフェが安堵にそう言い、私の身体を抱きしめた。温かい、生きている人間の体温にさらに涙があふれてくる。
泣きだす私に、ロイドとアーシェがぎょっとして慰めようとする。それが酷く懐かしく感じて、涙が止まらなくなった。
ああ、私はこんなに心が弱かっただろうか?
三人の無事の姿を見て、途方もなく安心を抱くなんて。大丈夫だと信じていたけれど、やはり心のどこかで不安を抱き、もしもの事態に怯えていたようだ。
「ルキアちゃん、どこか痛いのー? 怪我なら私が癒すから、泣かないでー」
アーシェが不安な表情で私を見上げ、背後から私に抱きつく。それに違うと首を横に振れば、私の感情を正しく理解したロイドが、慰めるように頭を撫でた。
「僕達はちゃんとルキアの傍にいるから、怖がらなくてもいいよ」
その言葉に頷くけれど、涙は止まってくれない。
「傍にいる。もう、絶対にルキアから離れない。・・・一人にしない」
オルフェが、抱きしめる腕を強めて、言葉を続けた。
「今度こそ、約束を果たさせてほしい」
その言葉に、幼き日を思い出す。
「強くなる。ルキアが泣かなくていいように、護れるほどに、強くなる。頼ってくれる男になる」
オルフェが私を抱く腕を弱め、僅かに距離を取った。真摯な瞳が私を射抜く。
その瞳に魅せられたように、私は動けなくなった。オルフェが眼を閉じ、息を吸い込む。そして決意したように眼を開いて、言葉を発した。
「だから――」
瞬間、生き残った街の人間が歓喜に叫んだ。
私は条件反射で身体を竦め、周囲を見渡す。レーヴェの傍に鎧姿の騎士の姿があった。どうやら、王国騎士団が到着したようだ。成程、それでこの歓声か。
納得して、私はオルフェに向き直った。さっきの言葉の続きを聞こうと思ったんだけれど、オルフェは私から手を放して項垂れている。その横にロイドがいて、苦笑しているのは何故だろう?
アーシェが呆れた眼でオルフェを見て、私と眼が合うと満面の笑みを見せてくれる。
・・・私は何か、オルフェを凹ませるようなことをしたのだろうか?
首を傾げて考えてみるけれど、思い当たる節がない。
レーヴェがテオを伴い、近づいて来た。
まだ項垂れるオルフェを不思議がっているが、あまり気にしていないようで私の傍に来て口を開いた。
「もう結界術を解いてもいいぞ、ルキア」
「あ、本当?」
よかった・・・。結界術って五分も展開していると、精神的にもきついんだよね。私は指を鳴らし、結界を壊した。確認のために上を仰げば、硝子のように崩れる結界がある。
結界術は無事に、解除出来たようだ。
「俺達が出来ることはやった。後は、騎士団に任せよう」
「そうだね・・・。お疲れ様、レーヴェ、テオ」
労りの声をかければ、二人は大したことはないとばかりに肩を竦める。
いやいや、そんな謙遜を。私が、否、私達がこうして無事なのはひとえにレーヴェ達の活躍があったからこそだ。誇っていいことだよ。むしろ驕ってもいい。
「騎士団の奴らはどこに?」
オルフェがレーヴェに尋ねながら、騎士団が消えた方角を注視している。
「国の護りに出てもらった。国を護る結界がない今、彼らの働きが頼りだ」
「つまり、まだ安全じゃない。ってことか」
「残念ながら、そう言うことだ」
レーヴェは自嘲じみた笑みを浮かべ、短く息をついた。
「どこぞの馬鹿二人が、結界石を壊さなければこんなことにはならなかったものを」
その馬鹿な子供二人は強運の持ち主なのか、無事に両親共々生きている。
ちらりと街の人間を見ていれば、見知った老婆と眼があった。私に罵倒を浴びせ、その枯れた腕で暴力を振う――いつも鬼の形相をした老婆だった。
身体がはね、慌てて眼を逸らすも老婆は鼻息荒く私に近寄ってくる。ああ、殴られるのかな? それとも罵られるのかな? 身体を強張らせた私を庇うように、オルフェ達が前に出た。
老婆は止まらず、オルフェ達を押しのけるように手を動かした。けれどオルフェ達がどかないことを知ると諦め、足を止めて息を大きく吸い込んだ。
聞き慣れた罵倒ですか。・・・今度はどんな語呂が出るのかな? そんなことを考える自分に失笑して、耳を塞ごうとした。
「ありがとう」
告げられた言葉に、動きが止まる。
「ありがとう、助けてくれて」
ゆっくりと、緩慢に私は顔を上げて老婆を見た。信じられない気持で一杯だ。だって、私の顔を見る度に暴力を振う老婆が今、感謝の言葉を私に告げた。
老婆はそれだけを言うと用は済んだとばかりに、私達から離れて自分の家族の元へ帰っていく。家族が何か喚いているが、内容は聞こえなくても解る。
何故、禍に感謝を述べたのか、問いただしているのだろう。
私だって信じられないのだ。家族が信じられるはずがない。
命の危機は、人を変化させるきっかけを与えるのだろうか? 馬鹿馬鹿しいことを考えて、私は眼を閉じた。
ありがとう――。
その言葉は聞いた次の日にはきっと、いつも通りだ。暴力で始まり、暴力で終わる。一部を除いた街の人間と私の、変わらない日常。
だから、その言葉は聞かなかったことにする。
記憶から消して、なかったことにする。
残して、いいことはない。
「・・・」
眼を、開けた。
嬉しそうなアーシェとは裏腹に、何かを危惧したオルフェ達の表情が印象的だ。もしかしたらオルフェ達も、私と同じことを考えたのかもしれない。
そう思って、苦笑した。
私に根付いた人間不信は、早々に消えることはない。
だってそれは、彼女が街の人間に植えつけられたもので、私に深く刻まれた彼女の痛みだから。
故に私は――人間を信用しない。信頼できない。
例え私が知っている人物であっても、彼女が知らない人間を、信用できない。信頼することはない。
彼女が唯一、信用して信頼するのは――オルフェ達だけなのだから。
暗くなった思考でそんなことを考えていると、ふいに足元が冷たく感じた。それとなく周りを見渡せば、オルフェ達も温度の差を不思議がっている。
けれど原因は解らないようで、仕切りに首を傾げていた。
「いやああああああぁあああぁあぁぁあ!!」
髪の短い女性が叫び、頭を抱えて地面に座り込んだ。
その悲鳴を皮切りに、男性が、子供が、老人が、老婆が、次々と悲鳴を上げてしゃがみこむ。その顔色は皆一様に悪く、吐き出す息が白く濁っていた。
寒さから身体が震え、かちかちと歯が音を鳴らす。
「・・・まさか、雪の呪か?」
レーヴェの言葉に、私は心の中で同意した。
ゲームで雪の呪に罹ったアーシェが、街の人間と同じような反応をしていた。それに、街の人間の髪が徐々に白く抜けてきている。何よりの証拠ではないか。
だけど、解らない。
どうして街の人間が一斉に、雪の呪に罹ったのだろうか?
ゲームではアーシェが正ヒロインだから、罹るのは仕方がない。アーシェが罹らないと物語が始まらないんだから当然だ。
では、街の人間は――?
別に罹らなくても、物語に関係はない。ゲームとは異なる展開を始めた世界は、何を考えているのだろうか?
・・・私がいくら考えた所で、答えは出てくるはずがない。
早々に思考を放棄し、雪の呪に罹った街の人間を無感動に見つめる。オルフェ達は未だ、雪の呪が発症した理由を探しているようだけど・・・解答はでないだろう。
制作者サイドも、そのことについては明確な解を出していないのだから。・・・ああ、ここはもう、同じだけれどゲームとは違う世界なんだよね。思い出して、失笑する。
雪の呪に罹った街の人間が、絶望に悲観する。
でも、そう悲観するものじゃないよ。いくらゲームとは異なっているとは言え、英雄になるオルフェ達が行動しないはずがない。
願望を込めた憶測だけれど、オルフェ達はこの後、雪の呪を消すために六つの悪夢と戦うだろう。そしてゲームと同じ展開を望めば、勝利する。
ゲームではそうして、アーシェは救われた。ならば、同じようなことをすればきっと、街の人間も助かるだろう。
私に優しくない神様だって、いくらなんでも大勢を見捨てるなんてことは・・・しないはず。確証はないけども。
だからきっと大丈夫だと、私は無責任にも思っていた。
運命の日、後少しで終わります。




