運命の日
お気に入り、ありがとうございます。本当、恐縮しっぱなしです。
警告ダグが増えました。また、眼がさめても異世界3の魔法名を諸事情で変えました。ご了承ください。
※訂正しています。
季節が廻り、生まれてから十五回目の春が来た。
教会から少し離れた人気のない、森付近。そこには満開の桜の木があって、懐かしさを私に抱かせる。
あの遺跡に行ってから、変わったことがある。
アーシェはオルフェ達と行動を共にすることは少なく、私が知る番外編に突入する気配はなかった。変わりに、時間があれば私の傍にいてテオのことを話してくる。
テオと急接近でもしたのか!? と、動揺を覚えたのは実に懐かしい過去だ。
また、教会の人間から暴力を受けなくなった。
相変わらず司祭に呼ばれることはあるけれど、前よりは態度が軟化したように感じる。まさか私、売られるのか? それとも殺される? なんて考えるけど、そんな素振りもないから余計に怖い。眠れぬ夜を過ごし、体調を崩してオルフェ達に心配をかけたこともあった。
それも一週間したら、気にしていることが馬鹿らしくなって悩まなくなったのだけれど。
ゲームにはない展開だが、これは現実なのだから当然だと思えば焦ることもなく、動転することもない。
――事実は小説より奇と言葉通り、人生は不思議で複雑だ。
ぼんやりと座りながら空を眺めて、私は眼を細めた。
ゲーム通りでないのならば、十五歳の死亡フラグを折ってくれないものか。ついでに願うならば、世界の滅亡フラグもなくなって欲しい。
散々、存在を否定して喧嘩を売った神様に願うほど、私は物語の変化を求めている。
「最近、空を見上げることが多くなったな」
レーヴェに声をかけられて、空に向けていた視線をレーヴェに動かす。
先程までオルフェ達と一緒に木刀を振っていたのだが、どうやら一息つくため場所を離れたようだ。レーヴェが私に近づき、隣に腰を下ろす。
傍観していたテオが、レーヴェにタオルを渡していた。
「空は、変わらないなーって。見ていたの」
「何だ、それ」
レーヴェの冷やかな相貌に、笑みが浮かんだ。
ゲームのビジュアル通り、美形に成長したレーヴェの笑顔は破壊力がある。普段は不機嫌な顔で、笑わないから尚更に威力があった。
不自然にならないよう顔をそらし、平常を失いかけた心に落ち着きを与える。
皆、美形に成長して心臓が持たない。
主人公であるオルフェや王族であるレーヴェは当然ながら、自分は普通、平凡と語るロイドの顔もそこらにいる同年代と比べれば整っている。おかげで街の女性から熱い視線を向けられ、時には告白をされているそうだが・・・。
解せない。
顔はいいけれど怠惰な空気を纏い、物事にあまり関心を寄せないオルフェのどこがいいの? 王族と言うだけで近寄りがたいのに、冷やかな相貌に不機嫌な印象を与えるレーヴェのどこがかっこいい? 冷めた眼をして、あまり表情の変わらないロイドの何が素敵なのさ!
教えて、恋する乙女達!!!
私には到底、理解することが出来ない。
確かに顔はいい。美形は眼の保養になるし、不意の行動はときめいたりするが・・・。果たして、恋に落ちる程だろうか?
そんなことを思うのは初恋がダンディな中年だからだろうか。なんて考えて、ゆるりと首を横に振った。
そうそう、アーシェも正ヒロインらしく、愛らしく成長した。だが今は十五歳。これからまだまだ、アーシェは成長するだろう。おもに胸が・・・。
私の胸と無意識に比べてしまった。親の遺伝か、それとも生活態度の近いか、アーシェの方が大きい・・・。女として劣等感を抱いてしまう程に。
思わず、恨みがましい眼で隣に座るアーシェを見てしまう。
「? どうかしたのー、ルキアちゃん?」
「なんでもない」
「ルキアちゃんのなんでもないは、信用できないんだけどなー」
心配げな顔をするアーシェに、私は苦笑した。
「それは酷いな・・・。本当になんでもないの、信じて?」
「ルキアは平気で嘘をつくから、信じられないですね」
「・・・嘘って、テオ」
にこやかな笑顔で会話に加わったテオは、不自然な程に視線をアーシェに向けない。アーシェを直視できない程、恋心を患ったのか。ちょっと、いや、かなりテオを哀れに思いつつ、嘘つき呼ばわりに内心でどきりとした。
確かに、前世の記憶があることや、結界術のことに関して嘘をついている自覚はあるけれど・・・。ばれるほどあからさまだっただろうか?
上手く誤魔かせた、騙せた、嘘を貫けた、と思ったことは実は全部、筒抜けだった。なんてことはないよね? 心臓が痛いくらいになって、冷や汗が背中を流れる。
「まぁ、もっとも。私もオルフェ達も、貴方の嘘を見抜くのは中々難しいので、何でも疑ってかかっているだけですけど」
あ、そう言うことですか。
納得し、ばれていない事実に内心で安堵の息をつく。落ち着きを取り戻した胸をそっと撫で、眼を伏せた。紛らわしいことを言わないで欲しい。
ああ、もう。心臓に悪いし、寿命が減った気がするよ。
テオは私を見たまま、懇願するように語った。
「何もなくても、話して欲しいんですよね。私達に」
「・・・善処します」
こんな思いを二度としないため、話せることは言葉にしておこうと思います。切実に。
正午を知らせる、街の広場にある時計塔の鐘が鳴った。
その音を聞き、私はゆっくりと眼を閉じて、深く息を吸った。脳裏に、ゲームの映像を蘇らせる。ノイズがはしって、上手く思い出せないけれど、これは確かに物語の序盤と同じ光景だ。
オルフェ達が木刀で剣の練習をしているのも、アーシェやテオがそれを眺めているのも。そして時計塔の鐘が正午を知らせ、空には無数の鳥が飛び交う様子さえ、全て同じ。
唯一違うと言えば、ゲームでは彼らから離れた場所にいた彼女である私が、オルフェ達の近くにいることだろうか?
私は眼を開け、空を仰いだ。
ゲーム通り、無数の鳥が空を覆っている。
「何だ、あれ・・・?」
「鳥が逃げていく? 森に何かあるのかな?」
オルフェとロイドが、ゲーム通りの台詞を喋る。
二人は警戒するように、持っていた木刀を構えて私達に近づいて来た。空を飛ぶ鳥――鴉が鳴き声を上げる。
「な、なに・・・?」
怯えに声を震わせたアーシェが立ちあがるとオルフェに近づき、その背に隠れる。
「どうにも、嫌な予感がしますね。気をつけてください、レオンハルト様」
テオがレーヴェの前に立ち、腰に差した剣に手を添えて辺りを警戒する。その表情は普段とは異なり、初めて見る真剣な顔だ。
レーヴェが座り込んだままの私を立たせ、手を握り締めてくる。
「解っている」
レーヴェが私の手を握る以外、ゲーム通りの展開だ。
私は空から視線を降ろし、森へと向けた。
不自然に揺れる草木に、展開通りならばそこら魔物が現れると予想をたてる。ああ、本当にゲーム通りになっている。音に気づいたオルフェ達が、森を見て緊張を高めた。
つい先程まで、平穏な日常を過ごしていたのにどうして、ゲームシステム通りに事が運ぶのだろう。あの遺跡でバグらしきモノがあったから、そのままバグって物語自体がなくなってほしかったのに・・・。
些細な願いを叶えてくれない世界は、やっぱり、優しくない。
「―――――――――――――っ!!!!!」
獣に似た咆哮が轟き、意識が現実に戻る。
私は森から姿を現した魔物を見て、絶句した。開いている手で口を押さえ、出そうになった悲鳴を耐える。
現れたのは、動物の皮をツギハギした魔物。
「グールかっ!」
レーヴェが叫び、空いた手を突き出す。
「踊れ、炎」
火の神霊術が発動すると、グールの足元から火柱が立ち上がり、そのままグールを呑みこんだ。
グールの消滅と共に、僅かな火種も残さず消えた炎を見ながら私は絶句する。
違う。
この場所に現れるのはグールではなく、二足歩行の魔狼・ヘルハウンドだ。
なのにどうして、中盤で登場する魔物が現れる!?
「っルキア」
名を呼ばれたと同時に、腕を引かれてレーヴェの胸に飛び込む。何事かと慌てる私の耳に、グールの断末魔が届いた。
恐る恐る、私が立っていた場所を見れば、丁度、グールが消滅しているところだった。肩口から腹部にかけて切り傷があり、視界に血のついた剣を持つテオを見て、悟る。
私の背後に迫ったグールからレーヴェが救い、テオが退治したのだ、と。
グールが完全に消滅したのを確認して、テオが剣についた血を払った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、俺もルキアも無事だ」
「それはよかった。・・・しかし、まだ数がいそうですね」
テオはそう言って、眼を細めて森を見据えた。
気のせいでなければ、森の影になった部分から赤く光る物が見える。あれは・・・もしかしなくてもグールの眼なのだろうか? ゲームだと魔物は一体だけだったのに、どうしてあんなにうじゃうじゃと、それもゴキブリの如く現れるんだ!!
思わず内心で叫んで、近くにあったレーヴェの服に縋りつく。
物語の変化を求めたけど、こんな事態は望んでいないっ。
「怖いのか?」
それを恐怖と勘違いしたのか、レーヴェが優しく私の頭を撫でた。
「大丈夫だ。グール程度、テオが倒す」
「え、私ですか! ま・・・いいですけど」
レーヴェの言葉に驚き、項垂れたテオが仕方なさそうに笑った。
「オルフェ、ロイド! アーシェと共に私の傍に来い!!」
テオは声を張り上げ、少し離れた位置で別のグールと戦っていたオルフェ達を傍らに呼び寄せる。オルフェ達に目立った傷がないことを確認してから、視線を森にいるグールへ向けた。
「オルフェ、ロイド・・・それとアーシェ。君達は神霊術を使って、グールを倒してくれ。アーシェは倒れない程度に、力を使うようにっ!」
「了解した」
「がんばるよ」
「無理はしませんよー」
そこからは、オルフェ達の独断場だった。
オルフェが森からグールを炙り出すよう火と風の神霊術を使い、森から出てきたグールをロイドが土の神霊術で閉じ込め、アーシェが水の神霊術でグールの体躯を貫く。そしてテオは三人の神霊術から逃れたグールを、的確且つ迅速に剣戟で消滅させていた。
断末魔が響き、その度にグールの血が地面を汚す。
肉片一つ、骨の欠片もないのに何故、血だけを残して消えるのか。ゲームをやっている時も思ったけれど、訳の解らないこだわりを持たないで欲しい。微妙にグロイから。
ふいに、何かが地面を這う音が聞こえた。その音はレーヴェには聞こえていないようで、四人に神霊術で補助をかけている。
音は徐々に近づき、私はまさかと眼を見開いた。
ゲームで彼女は、幼馴染を護って死んだのだと言う事実を思い出す。
重要なことを何故、忘れていた。死亡フラグを回避すると言っていながら、どうしてっ。いくらグールの登場が予想外だとしても、忘れてはいけないことだったのにっ!!
音が近づき、私の視界に鋭利な爪を振り下ろすグールの姿が映り込む。
「レーヴェ!」
「!?」
私はほぼ、条件反射にレーヴェの身体を横に突き飛ばした。
レーヴェが驚愕に眼を見開き、地面に倒れる姿がスローモーションで見えた。
ああ、そう言えばゲームでもこんな感じで、映像が流れていた。もっとも、突き飛ばした幼馴染はレーヴェではなく、アーシェだったけれど。今、そんなことを思い出すなんてまるで走馬灯みたいで縁起が悪い。
苦笑するなんてまだ、余裕があるようだ。実際、そんなものはないんだけども。
グールの爪が私に迫る。
オルフェが私に向かって手を伸ばしていた。
ロイドが神霊術を発動させようするのが見える。
アーシェが眼を見開き、私の名を呼ぶ。
テオが私に近づこうとして、グールに行く手を阻まれていた。
私の首元に、グールの爪が触れた。
「かごめっ」
その瞬間、私は結界術を発動させた。
グールの爪が宙を舞い、鮮血が指先から溢れ出ている。痛みに悲鳴を上げるグールが憤怒の瞳で私を睨み、力任せに結界に体当たりをした。鬼気迫る形相と、間近で見るグールに身体が強張るが、屈することはなく結界の強度を強める。
「大地よ、貫け」
ロイドの声と共に大地が盛り上がり、眼の前にいたグールが串刺しにされた。
口から血を吐き、苦悶の表情を浮かべるグールを直視してしまい、顔から血の気が引いた気がする。溜まらず口元を覆い、競り上がってくる嘔吐と戦う。
グールが消滅前に最後の足掻きと結界を殴れば、私の集中が揺らいだことも原因だろうが結界が壊れた。それに満足げに笑って、グールが消滅する。
「ルキアっ」
オルフェが私の両肩に手を置き、緊迫した表情で私に詰め寄った。
「怪我はっ?! 血は出てないか」
言って、私の身体に怪我がないかを確かめ出す。私はオルフェのあまりの動転ぶりに驚き、されるがままになっていた。一頻り確かめたオルフェが安堵に息をついて、私の身体を抱きしめた。
肩口に顔を埋め、身体を振わせるオルフェがらしくなくて心配になる。
「オルフェ・・・?」
「ごめん、ごめんルキア。俺、護るって約束したのにっ」
幼い頃の約束を口にするオルフェに、私は内心で失笑した。
これはどうしようもない必然で、けれど私は生きている。だから気にしないで。気にかけなくていいのだと言うように、優しくオルフェの背中を撫でればさらに抱きしめる腕に力が加えられた。
・・・あの、うろたえすぎじゃないですか? オルフェさん。
けど、これでとりあえず、死亡フラグは回避・・・出来たよね?
そのことに安堵を覚えて、こっそりと、ばれないように結界術を練習してきてよかったと心の中で涙を流す。何事も、努力なくして実を結ばないものだと実感した。
「結界術が使えたのか、ルキア」
「あ、うん、使えたみたい」
火事場の馬鹿力かな、とおどけて言ってみるも、レーヴェの表情は硬い。居心地が悪くなって、視線を彷徨わせる。そして突き飛ばしたことを思い出し、謝罪を口にした。
「レーヴェ、さっきはごめんね。怪我、しなかった?」
「あの程度で怪我をするほど、柔な身体をしていない」
立ちあがったレーヴェはそう言うが、表情が険しい。突き飛ばしたこと、根に持っている?
「無茶をしたな、ルキア」
あ、違った。怒っていた。
私がレーヴェを庇ったことに、ではなく、私に庇われたことを怒っているみたい。複雑な瞳で私を見るレーヴェが、苦々しく言葉を続けた。
「助けてくれたことには感謝する。が、心配をかけないでくれ。寿命が縮んだ」
その言葉に、申し訳なく思う。
結界術が使えたからこうして無事だったけれど、それを知らないオルフェ達にとっては生きた心地が心境だったに違いない。そう思うと、自然と頭が下がって謝罪を口にしていた。
「ごめん・・・なさい」
「ルキアちゃーん! し、死んじゃうかとおも、思ったよーっ」
私の背中に抱きつき、泣き喚くアーシェに罪悪感を抱く。
「無事で・・・よかった。本当、よかった」
瞳に涙を溜めて、安堵するロイドに視線が向けられない。
「・・・レオンハルト様を助けてくれたこと、感謝します。が、ルキアは自分のことも大事にしてください」
剣を治めたテオが優しい声音で叱ってくる。
こんなつもりはなかった。なんて、言い訳にしかならないから口にはしない。私は顔を俯かせ、未だ私を抱きしめているオルフェをやんわりと遠ざけた。次いで、背中に縋りつくアーシェの手を放し、その手を握り締める。
「ごめんね。皆にいらない心配をかけて・・・。本当に、ごめんなさい」
「無事でよかったよ・・・ルキアちゃん」
アーシェが落涙のまま、優しく微笑んだ。そろりと他の三人を見れば、私の無事を喜んでいて、罪悪感が半端ない。
「無茶はしないように、努力します」
「ルキアが無茶をしないよう、僕達が傍にいるから大丈夫だよ」
ロイドが困ったように眉を寄せて、私の頭を優しく撫でた。
ううう・・・本当、いろいろとごめん。申し訳なさから身体を小さくしようとしたその刹那、大地を揺らす程の轟音がした。
「な、なにごとー?」
バランスを保てなかったアーシェが地面に座り込み、眼を白黒させる。私も立っていることが出来ず、バランスを崩してお尻を地面に打ち付けた。痛みに顔をしかめ、オルフェ達を探せば、何故か、この揺れる大地を物ともせずに立っている。
バランス感覚の違いだろうか?
「これは・・・地震?」
漸く揺れが治まった頃、ロイドが私を立たせながら疑問を口にした。
「にしては・・・爆発音が聞こえた気がしたんだけど」
「その爆発の正体は、アレだな」
オルフェが表情を険しくし、眼を細めて街の方を見ていた。そこに何かあるのかと気になって、私も顔ごと視線を向けて言葉を失くす。
空を覆うほどの黒煙が、街から出ていた。
何で、どうして、街から煙が出ているの? 序盤はもう、終わったはずなのに何が理由で、どう言った経緯で・・・。
「街で一体」
確かに、物語が変わることを願った。
でも、こんな事態は望んでいない。
物語通りに始まったと思ったら、まったく異なる展開に頭がついていかない。
ここが現実だと言うのならば、ゲーム通りにしなくていいじゃないかっ。なのに、何故、物語と似た状況を作り出す必要がある!
「何が、起こっているの・・・?」
私の知るゲームでは、あんな被害はなかったのに・・・っ。
再び上がった爆発音に、私はもうこの世界は私が知るゲーム通りには進まないことを知った。
運命の日はもうしばらく続きますので、お付き合いお願いします。