浅層の日常、岩トカゲと超音波採掘
極上の蟹鍋を堪能した翌日。昨日の稼ぎのおかげで財布には少し余裕があったが、底辺冒険者の生活において油断は禁物だ。休めば休んだだけ、明日の飯が貧相になる。
俺は日課の迷宮探索へと向かうべく、再び第3階層の転移陣を踏んだ。
今日の目的は魔物討伐ではない。「採掘」だ。
第3階層の一部には、岩肌がむき出しになった洞窟エリアが存在する。そこでは、低確率だが武具の強化に使われる「魔鉱石の欠片」が採れるのだ。
通常、採掘といえばツルハシを岩壁に叩きつける重労働であり、その大きな打撃音は周囲の魔物を引き寄せてしまうリスクがある。魔法使いなら土魔法で岩壁ごと砕くのだろうが、あいにく俺にはそんな気の利いた魔法はない。
だが、俺には俺のやり方がある。
「この辺りの岩脈がいいな」
俺は壁の一部に微かに青光りする鉱脈を見つけると、腰から予備の鉄の短剣を引き抜いた。
「起動――『振動者』」
*キィン……*と、澄んだ高周波の音が薄暗い洞窟に響く。
俺はツルハシを振るう代わりに、超高速で振動するダガーの切っ先を、鉱石とただの岩の「境界線」にそっと押し当てた。
ズズズズズ……ッ
小気味良い音とともに、硬い岩盤がまるで発泡スチロールのように滑らかに削れていく。ツルハシのように乱暴に叩き割らないため、大きな音も出なければ、貴重な鉱石にヒビが入ることもない。
ただひたすらに、精密な外科手術のように岩だけを溶断し、鉱石をスポッと抜き取る。
「よし、一つ目」
完全な無傷の状態で取り出された魔鉱石の欠片。この品質なら、ただの破片でもドワーフの親父が色をつけて買い取ってくれるはずだ。
石の鎧と振動刃
順調に三つ目の鉱石を削り出していた、その時だった。
「グルルルル……」
背後の暗がりから、低い唸り声が響いた。
振り返ると、全長2メートルほどのずんぐりとした爬虫類が、黄色い瞳でこちらを睨みつけていた。「岩石蜥蜴」だ。
第3階層の中では比較的厄介な部類に入る魔物で、その名の通り、体表が岩のように硬い鱗で覆われている。中途半端な剣撃はことごとく弾かれ、逆に刃こぼれを起こさせられる初心者キラーである。
「なるほど、鉱石の魔素の匂いに釣られたか」
俺は削り出した鉱石を麻袋にしまい、背中からメインウェポンである「なまくらな鉄剣(新品)」を引き抜いた。
ストーンリザードが太い尻尾を床に叩きつけ、突進してくる。重戦車のような突進を喰らえば、いくら痛覚設定がマイルドなこの世界でも、骨の二、三本は折れる痛みを味わうことになるだろう。
俺は横に飛んで突進を躱すと、すかさず剣のスキルを起動した。
「起動――『振動者』!」
キィィィィン……!
空気を震わせる剣を上段に構え、壁に激突して隙を晒しているトカゲの背中へと振り下ろす。
相手の鎧は硬い岩石。だが、俺の剣は毎秒数万回という超高速で微細な摩擦を生み出している。
ガガガガガッ!
剣先が石の鱗に触れた瞬間、激しい火花が散った。
しかし、刃が弾かれることはない。振動による強烈な摩擦熱と微小な粉砕作用が、硬質な岩の鱗を局所的に「削り飛ばして」いくのだ。
コンクリートを切り裂くダイヤモンドカッターのように、振動剣はゴリゴリと音を立てながら石の装甲を貫通し、その下にある柔らかい肉へと到達した。
「ギャァァァッ!」
「これで終わりだッ!」
刃を押し込んだまま横に薙ぎ払うと、分厚い石の鱗ごと胴体が半ばから両断された。
断末魔とともにポリゴンとなって砕け散るストーンリザード。後には、少額の魔素結晶と、換金アイテムである「硬質な石鱗」が残された。
「ふぅ……。やっぱり新品の剣だと、振動の出力が安定してて助かるぜ」
刀身を確認するが、石を斬ったというのに刃こぼれ一つない。振動の力で『斬る』のではなく『削る』ように切断したため、刃への負担が最小限に抑えられているのだ。
職人街の評価と、串焼きの夜
迷宮を出た俺は、いつものように職人街の端にあるドワーフの武具屋を訪れた。
「よお親父。今日は剣の修理じゃないぜ。買い取りのお願いだ」
「あん? うちじゃ魔物の素材は……おっ、こりゃあ魔鉱石じゃねえか。しかも……」
ドワーフの親父は、俺がカウンターに置いた無傷の鉱石の欠片を手に取り、ルーペでしげしげと観察し始めた。
「こりゃ驚いた。ツルハシで叩き割った痕が一切ねえ。まるで岩の中からこれだけを『くり抜いた』みたいに綺麗な状態だ。これなら不純物を取り除く手間が省ける。……よし、銀貨3枚でどうだ?」
「助かるよ。それと、ついでにストーンリザードの鱗も数枚あるんだが」
「ほう、あのトカゲを一人で狩ったのか。安物の鉄剣でよくやるぜ、お前さんは」
親父は呆れたように笑いながら、追加で銅貨を数枚カウンターに弾いてくれた。
ほくほく顔で店を出ると、テンペストの街にはすでに夜の帳が下り、あちこちから香ばしい匂いが漂い始めていた。
今日は酒場ではなく、屋台で買い食いをする気分だった。俺は大通りに並ぶ屋台の一つに立ち寄り、ゴブリンの兄ちゃんから大振りの「魔豚の串焼き」を2本と、冷えたエールの入った木製カップを買った。
広場の噴水の縁に腰掛け、串焼きに齧り付く。
炭火でこんがりと焼かれた肉汁が口の中に溢れ、それをエールで一気に洗い流す。ASIが提供するこの世界の「食事」の快感は、現実世界のそれを遥かに凌駕しているかもしれない。
夜空を見上げると、仮想世界の星々が本物よりも美しく瞬いていた。
今日稼いだ銀貨は、明日の宿代と、いずれまた折れるであろう鉄剣の買い替え資金として貯金箱に消えるだろう。相変わらずの自転車操業だ。
だが、それでいい。
血の滲むような努力をして強くなる必要も、誰かと競い合う必要もない。
自分の身の丈に合った浅い階層で、自分だけの小さなスキルを工夫して使いこなし、今日という日を無事に生き抜く。
完璧なAIたちが暮らすこの優しい箱庭で、底辺冒険者である俺のささやかな日常は、明日もまた続いていく。




