臨時収入の行方と、音叉の短剣
昨夜の「迷宮松露」の売上により、俺の革袋には銀貨10枚(約1万円)という、底辺冒険者らしからぬ大金が収まっていた。
朝、安宿のベッドで目覚めた俺は、ジャラジャラと重い革袋を放り投げながら思案した。
この金があれば、数日は迷宮に潜らなくても食って寝て風呂に入れる。
だが、そんな自堕落な生活をすれば、あっという間に元の自転車操業に逆戻りだ。ならば、このあぶく銭は「設備投資」に回すのが正解だろう。
俺は宿を出ると、迷宮には向かわず、職人街のドワーフの武具屋へ直行した。
「よお親父。今日は剣の買い替えじゃない。ちょっと『特注品』を打ってくれないか?」
「特注だぁ? 底辺のお前さんが、いっちょ前にオーダーメイドとはな。金はあるんだろうな?」
俺がカウンターに銀貨10枚を積み上げると、ドワーフの親父は目を丸くした。
「ほぅ……どういう風の吹き回しだ。で、どんな剣が欲しい? 銀貨10枚なら、そこそこの鋼の長剣が打てるぜ」
「いや、長剣はいらない。俺の戦い方には合わないからな。欲しいのは、分厚くて短いダガーだ。それも、刀身の真ん中に『スリット』を入れて、二股に分かれたような形にしてほしい」
俺はカウンターの端にあった羊皮紙に、木炭で簡単な図面を描いた。
それは剣というよりも、音楽の授業で使う**「音叉」**の先を尖らせ、刃をつけたような奇妙な形だった。
「……なんちゅう不格好な刃物だ。こんな隙間があったら、強度も落ちるし斬り合いには向かねえぞ?」
「斬り合いはしない。ただ、俺のスキルの『振動』を効率よく増幅させて、金属疲労を逃がすための構造なんだ。素材は安い鉄じゃなくて、少しだけ弾力のある鋼で頼む」
ドワーフの親父は、AIの演算をフル回転させているのか、しばらく図面を睨みつけて唸っていたが、やがてニヤリと笑った。
「なるほど、お前さんのあの奇妙な戦い方専用の得物ってわけか。……面白え、職人魂が疼くぜ。夕方までに打ってやる。代金は銀貨10枚、ピッタリだ」
「頼んだぜ」
こうして、俺の財布は一瞬にしてまた「スッカラカン」に戻った。
だが、後悔は微塵もない。
第2階層、清流の水晶蛙
夕方、出来上がった真新しい「音叉の短剣」を受け取った俺は、その足で迷宮の第2階層へと向かった。
今日の夕飯代を稼ぐためだ。
第2階層の一部には、清らかな地下水が流れる「水路エリア」がある。
そこは、発光する苔の光を反射してキラキラと輝く、どこかノスタルジックな小川のような風景が広がっていた。俺は浅瀬に足を踏み入れ、目を凝らした。
水草の陰や、丸みを帯びた石の隙間に、そいつらは潜んでいる。
「水晶蛙」。
透明なゼリーのような美しい体を持つ、両手サイズのカエルだ。こいつの肉は鶏肉よりも遥かに柔らかく、臭みもない極上の食材として、街の屋台で人気がある。
だが、水晶蛙は異常なまでに警戒心が強く、少しでも水面を揺らしたり殺気を放ったりすると、目にも留まらぬ速さで跳躍して逃げてしまう。剣で斬りつけるのは至難の業だ。
俺はそっと息を殺し、真新しい音叉の短剣を引き抜いた。
「さて、特注品の初陣といくか。起動――『振動者』」
フォォォォォォン……ッ
これまでの安物の鉄剣が立てていた「キィィン」という耳障りな音ではない。
鋼で打たれ、二股に分かれた刀身が共鳴し合い、まるで楽器のような澄み切った、そして力強い残響音を響かせた。
手に伝わる振動も、暴れるようなブレがなく、真っ直ぐに刃先へと収束しているのがわかる。
「素晴らしい。やっぱり道具は金かけるべきだな」
俺は、振動する音叉の短剣の先端を、そっと水面へ差し込んだ。
ピチャッ……ビビビビビビビッ!
短剣から放たれた特定の周波数の超音波が、水を媒体にして波紋を作り、小川全体へと一瞬にして伝播する。
水中の音の伝達速度は、空気中の約4.5倍。水晶蛙たちが危険を察知して跳躍するよりも早く、俺の放った「振動波」が彼らを捉えた。
それは、水晶蛙の三半規管だけをピンポイントで狂わせる、調整された超音波だ。
「ケロッ……!?」
水草の陰に潜んでいた数匹の水晶蛙が、突然平衡感覚を失い、プカーッとお腹を上に向けて水面に浮き上がってきた。
気絶しているだけで、死んではいない。外傷も一切ない、完璧な状態での捕獲だ。
「よしよし、大漁だ」
浮き上がった水晶蛙を麻袋に回収しながら、俺は音叉の短剣の出来栄えに惚れ惚れしていた。
この短剣なら、振動を増幅させるための余分な魔力や集中力もいらないし、何より「金属疲労で折れる」心配が激減する。銀貨10枚の価値は十分にあった。
屋台の唐揚げと、労働の後の美味
迷宮を出て、街の広場に戻ってきた頃にはすっかり夜になっていた。
今日の稼ぎは、水晶蛙5匹。ギルドで換金するのもいいが、俺はそのまま広場の屋台へと向かった。
「よお兄ちゃん、このカエル、調理してくれないか? 2匹は兄ちゃんにやるから、残りの3匹を俺の分にしてくれ」
「おっ、水晶蛙じゃねえか! しかも傷一つねえ極上品だ。いいぜ、任せな!」
ゴブリンの屋台主は快く応じ、手際よくカエルを捌き始めた。
たっぷりの油が入った鍋に、特製のハーブ塩と小麦粉をまぶしたカエルの足が投入される。
ジュワァァァァッ!
食欲を暴力的に刺激する、油の弾ける音とハーブの香ばしい匂いが広場に漂う。
やがて、カラリと揚がったキツネ色の「水晶蛙の唐揚げ」が、木の皿に山盛りになって出てきた。もちろん、ジョッキになみなみと注がれた冷たいエールも一緒だ。
「熱いうちに食いな!」
俺は熱々の唐揚げを指でつまみ、ハフハフと息を吹きかけながらかじりついた。
サクッとした薄衣を破ると、中から溢れ出すのは、驚くほどジューシーで弾力のある白身肉だ。鶏肉の旨味をさらに濃縮し、魚のようなほろりとした柔らかさを併せ持つ、完璧なジャンクフード。
「あっつ……うんまっ!」
油と肉汁を、冷たいエールで一気に胃袋へと流し込む。
労働の後の疲労感と、美味い飯と酒。そして、腰にぶら下げた頼もしい新しい相棒(短剣)。
財布の中身はまた銅貨数枚(数百円)に戻ってしまったが、心は不思議なくらい満たされていた。
「また明日から、地道に日銭を稼ぐか」
エールの泡を口元から拭い、俺は夜空に浮かぶ仮想世界の月を見上げた。
底辺冒険者の生活は、決して楽ではない。だが、自分で稼いだ金で道具を整え、自分の力でその日を生き抜くこの泥臭いサイクルこそが、俺にとってはどんな伝説の武器よりも価値のある宝物だった。




