銀の劇薬、あるいは死の演算
この作品はAIによる文章生成を使用しています。
金曜日から土曜日へと日付が変わり、時計はすでに深夜二時を指していた。
コンビニの自動ドアが開くと、湿り気を帯びた夜風が佐藤幸太の頬を撫でた。
ビニール袋の中では、新発売のエナジードリンクとパンが揺れている。徹夜でゲームをやり遂げるための、なんてことのない日常の断片。
だが、近道の路地裏に入り込んだ瞬間、その日常は音を立てて崩れ去った。
「はっ……はっ、クソッ、どいつもこいつも……!」
ゴミ溜めの傍ら、血の匂いを撒き散らしながら蹲る男が一人。
その男は、鈍い銀色の光を放つ「奇妙なシリンダー」を、まるで自身の命そのものであるかのように、白くなった指先で必死に抱え込んでいた。両手でそれを包み込み、誰にも触れさせまいと固執するその様子は、異様なまでの執着を感じさせる。アグニの裏切り者、強盗殺人犯。そんな男の肩書きを幸太が知る由もない。
「……おい、お前。見たな?」
濁った瞳が幸太を射抜く。男はふらつく足取りで立ち上がり、獲物を狙う獣のような形相で襲いかかってきた。
組織の追っ手から逃れるために服用していた『天才糖』の効果はすでに切れ、思考は泥のように混濁している。過剰摂取と薬効切れによる反動で、男の精神状態はとうに正常な一線を越えていた。
「死ねぇ、ガキがぁ!」
「う、わあぁっ!? な、なんだよ急に!」
男はなりふり構わず幸太にタックルを見舞い、アスファルトの地面へと押し倒した。背中に走る鈍い衝撃。男は幸太の上に跨がり、そのまま馬乗りの状態で、その首を絞めようと両手を突き出してきた。
「や、やめろ……っ! なにすんだ、くそっ……離せ!!」
幸太は必死に男の腕を押し返そうと暴れる。だが、狂乱状態の男の力は凄まじく、じわじわと指が喉に食い込んでいく。死の恐怖が脳を支配し、視界がチカチカと明滅する。激しいもみ合いの中、男は首を絞めにかかりながらも、その手には狂ったようにシリンダーを握りしめている。
その時だった。
男が死守していたはずのシリンダーの先端が、抵抗する幸太の首筋に、偶然にも、だが深く押し当てられる。
カチリ、と。
絶望的なほど硬質な機械音が、喉元で響いた。
「あ……」
刹那、無針注射器の機構が作動した。
銀色の液体――世界に三本しか存在しない、理論値99.999%の天才糖『原液』が、幸太の血管へと一気に流し込まれる。
「あ……が、はっ……」
男は、己が何をしでかしたかに気づき、凍りついたように動きを止めた。
略奪し、血を流し、すべてを犠牲にして手に入れた組織の至宝。それを、よりにもよって全く無関係な一般人に「投与」してしまったのだ。男は呆然自失のまま、幽霊でも見たかのように、首を絞めようとした格好のままでガタガタと震え出した。
幸太は、その隙を逃さなかった。
跨がっている男の背中へ、下から突き上げるように渾身の膝蹴りを見舞う。
「がはっ……!?」
不意を突かれた男が横転し、幸太の体から転がり落ちた。
「がっ……、はぁっ、はぁ……!」
激しく咳き込みながら、幸太は首筋を抑え、喉を焼くような異物感に身悶えしながら距離を取る。
汚れの目立つコンクリートの壁を支えに、震える脚でどうにか立ち上がる。
だが、その苦痛すら上書きするほどの「異変」が、瞬く間に幸太を飲み込んでいった。
血管を駆け巡る冷たい奔流が、一気に脳へと到達する。
刹那、幸太の視界が爆ぜた。
心臓が激しく脈打ち、送り出された銀の劇薬が脳細胞のひとつひとつを焼き尽くすかのような熱量をもたらす。
――いや、違う。
(……静かだ。ノイズが消えた)
幸太の瞳から感情が霧散し、代わりに深い藍色の光が宿る。
世界が、圧倒的な情報の奔流となって流れ込んできた。
男はゆらりと立ち上がると、ようやく我に返ったように、怒りと焦燥に顔を歪めた。
「返せ……! それは俺の……俺のなんだよッ!!」
男が懐からサバイバルナイフを引き抜く。だが、その動作すら、今の幸太にとってはあまりに緩慢で、稚拙なデータに過ぎなかった。
男の筋肉の収縮、重心の移動、ナイフが描くであろう放物線。
空気の振動から予測される男の咆哮すら、数式として視界を埋め尽くしていく。
「死ねぇッ!」
振り下ろされたナイフ。
だが、幸太は最小限の動きでそれを回避すると、男の手首を無機質に掴んだ。
演算が弾き出したのは、『最も物理的に壊れやすい角度』。
バキリ、と。
生々しい音が路地裏に響き、男の手首が不自然な方向へ折れ曲がる。
絶叫を上げる暇も与えず、幸太は男の手からナイフを奪い取った。
視界に表示される一本の青い線。
幸太はそのガイドにナイフの刃を重ね、ただ、線をなぞるように腕を振った。
――シュッ。
鋭い風切り音と共に、男の喉元に深い紅の線が引かれる。
鮮血が噴き出し、路地裏のコンクリートを汚していく。男は声にならない泡を吐きながら崩れ落ち、やがて動かなくなった。
路地裏を支配する、濃密な死の静寂。
返り血を浴びた幸太は、自分の手が血に染まっていることにも、人を殺めたという事実にも、何の感慨も抱かなかった。
(不快感はない。……ただ、世界が正しい形で見える)
一分前までの自分とは、もう何かが決定的に違う。
恐怖はない。あるのは、新しく手に入れた「力」で世界を観察する、冷徹な好奇心だけだった。
「……いたぞ! こっちだ!」
それから間もなく。
死体と少年の周囲を、二つの組織――『IA』と『アグニ』の追っ手たちが包囲した。
ライトの光に照らされた少年は、血溜まりの中でただ静かに佇んでいる。
エージェントたちが目撃したのは、ただの一般人が、神のごとき知性を以て「死」を執行した直後の――あまりにも美しい惨劇の跡だった。




