EP 6
帝都美食祭の開幕と「下賤な飯」の洗礼
帝都の巨大な中央広場は、年に一度の『美食祭』を祝う熱狂に包まれていた。
色とりどりの旗がはためき、立ち並ぶテントからは、最高級の肉を焼く芳醇な香りや、数十年熟成されたワインの芳香が漂っている。
この日のために帝国全土から集まったのは、選び抜かれた宮廷料理人と、美食ギルドが認めた超一流店ばかり。その豪華絢爛なブースの群れの中で、一箇所だけ、異様な空気を放つ一角があった。
オレンジ色の看板に、太い筆文字。
清潔すぎて周囲から浮いている、機能性を重視したプレハブ式の厨房。
『丼亭よしき』の帝都美食祭・特設屋台である。
「……アウェイ。圧倒的アウェイでござるよマルセル殿」
良樹は、ぴしりとアイロンの効いた白エプロンの紐を締め直し、震える手でトングを握った。
周囲のブースは金銀の装飾が施された皿に、花のように繊細な盛り付けの料理を並べている。対して、こちらの主力は「丼」だ。どんぶり一つで完結するそのスタイルは、優雅さを重んじる帝都の貴族たちからすれば、未知の野蛮な食べ物に見えていた。
「ヨシキ様。隣の『黄金の鷲亭』のシェフが、先程からこちらを見て鼻で笑っております」
「フ……笑わせておくが良いでござる。奴らはまだ知らない……ランチタイムのピーク時に、コース料理を悠々と作っている余裕がいかに致命的かということを。戦場(戦場)において、最後に勝つのは常に『回転率』でござるよ!!」
良樹が中二病のポーズで虚勢を張っていると、ファンファーレの音が広場に響き渡った。
群衆が左右に割れ、煌びやかな近衛騎士団に守られた豪華な神輿が現れる。
帝国を統べる頂点――グロム皇帝、そして皇女リリアーナの御出座である。
「さぁ、審査の時間だ! 帝国の舌を満足させられる真の芸術を見せてもらおう!」
美食ギルド長、ガストロが立ち上がり、尊大な態度で宣言した。
審査員席に座った皇帝の前に、次々と一流シェフたちが跪き、芸術品のような一皿を差し出していく。
「陛下。こちらは、黒鉄連峰の幻の小鳥を、希少なスパイスで三日間マリネしたテリーヌにございます」
「こちらは、深海の魔魚の頬肉を……」
皇帝は、退屈そうにそれらを一口ずつ口に運んでいた。
美食を極めた皇帝にとって、贅を尽くした料理などは日常の延長に過ぎない。刺激のない味に、その表情は晴れない。
そこへ、ガストロが卑しげな笑みを浮かべ、良樹の屋台を指差した。
「陛下。……最後に、あちらの『成り上がり男爵』の出し物をご覧あそばせ。なんでも、米の上に肉を無造作に乗せただけの、労働者向けの安飯だとか。芸術の都である帝都で、このような下賤な飯が供されるとは……嘆かわしいことです」
ガストロの言葉に、周囲の貴族たちからクスクスと嘲笑が漏れる。
「聞いたか? 肉を乗せただけだとよ」
「野蛮だ。暗黒男爵などと恐れられていたが、しょせんは成金のセンスだな」
心無い言葉の刃が、良樹たちに突き刺さる。
厨房で仕込みをしていたモウラが、激昂して斧を握りしめようとした。
「あのデブ……! アタイの焼いた肉が下賤だと!? ぶち殺して――」
「待つでござる、モウラたん」
良樹の手が、静かに、しかし力強くモウラの腕を制した。
良樹の瞳からハイライトが消え、絶対零度の「店舗責任者」のオーラが溢れ出す。
「……カイル殿。今の言葉、聞いたでござるか?」
元スパイ、現・期待の新人バイトのカイルが、悔しそうに拳を握りしめて頷いた。
「はい。……あの豚野郎、店長が魂を削って作ったマニュアル(聖典)と、俺たちの『賄い(魂の絆)』を……ゴミのように言いやがった」
「ククク。……良いでござる。敵がこちらを『下賤な安飯屋』と侮るならば、その油断こそが最大の好機。……奴らはまだ気づいていない。この清潔な厨房の中で、今、人類の歴史を数百年飛び越えた『魔薬』が錬成されようとしていることに……!」
良樹は、システムウィンドウの奥深くに眠っていた、最後にして最強の「薬味」と「食材」をアンロックした。
「全員、配置に付け! これより、帝都の軟弱な味覚を根こそぎ粉砕する**『スタミナ・バースト・オペレーション』**を敢行するでござるよ!!」
良樹の宣言と共に、屋台からこれまでの牛丼とは明らかに違う、暴力的なまでの「重厚な香り」が立ち昇り始めた。
それは、醤油の焦げる匂い。
それ以上に、強烈な「ニンニク」の芳香。
退屈そうにテリーヌを突いていた皇帝の鼻腔が、ぴくり、と動いた。
宮廷料理の繊細な香りをすべて塗り潰し、広場全体を支配し始めたその「匂い」の圧倒的な存在感に、人々は言葉を失った。
次回、第27話。
暗黒男爵の真骨頂、理性を吹き飛ばす『豚スタミナ丼』が、ついに帝国の牙城を崩し始める。




