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残された時間を知ってしまった私達は  作者: 七瀬乃


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11/19

黒嶋琉生

 桜が満開になりそうな時、愛生から、桜の写真を撮りに行こう、と誘われた。


 日曜日、近くの公園に桜を見に行くことになって、マンションのエントランスで待ち合わせた。

 エントランスに行くと、愛生がすでに待っていた。桜のようなピンク色のワンピースを着ている。何を着ても似合う彼女の横を歩くのは、少し自信がなくなる。俺ももう少しましな服を着れば良かった。

「おはよう。ごめん、待たせたよね」

「ううん。待ってないよ。行こっか」と言って、彼女が微笑んだ。

 俺は公園までの道が分からないので、彼女の後ろをついて行く。

 彼女が振り返って、「琉生くん! そんな後ろ歩かないで、横にいて!」と言う。

 彼女は、前よりも積極的になった気がする。もっと彼女の見たことのない姿を見てみたい。

「ごめんごめん。なんか愛生、積極的になったよね」

「うーん。そうだね……自分でもそう思う! この前、陽菜と遊びに行くって言ってたでしょ? あれ私から初めて遊びに誘ったの!」

「すごいじゃん」

 彼女が俺の顔をじっと見て笑う。

「本当にすごいって思ってる?」

「思ってるよ。俺は顔に出にくいんだよ」

「知ってる。琉生くんは顔に出にくいけど、ちゃんと言葉で伝えてくれるから」

 彼女が、あっ、報告がある、と言って話し続ける。

「陽菜にhand numberのこと言ったよ」

「そっか……」

「陽菜、泣いてた。でも、私は泣かなかった。悲しいよりも、私のために泣いてくれる親友がいるって幸せだなって思ったの。変だよね」

「変じゃないよ。それってたぶん、hand numberのことをちゃんと受け入れられてる愛生の心が強いから、そう思うんだよ。愛生はすごいよ、本当に」

「そうなのかな……私がもし心が強いなら、それは琉生くんのおかげなんだからね!」

 彼女が、妙に自信に満ち溢れた顔をする。

 俺は何もしていない。ただそばにいるだけだ。けれど、彼女がそう言ってくれると、俺は体がふわっと浮いていくような気分になる。


「見て! 桜見えてきたよ!」

 彼女が指差す方向を見ると、桜が見える。近づくにつれて、満開の桜が何本も見えてきた。

 青空に、隙間なく咲く薄ピンクの花たちが映えている。それに負けないくらい、ピンクのワンピースを着た彼女は映えていた。

 桜に囲まれた公園に入ると、人が二、三人いる。満開の桜を見に来る人は、もっといると思ったのに少ない。

「ここね、桜の穴場スポットなの。人少なくて、ゆっくりできるんだよ」

「そうなんだ。知らなかった」

「去年引っ越してきたばかりだから知らないよね……。あっ! 琉生くんのお父さん、お母さんに教えてあげてね!」

「うん。今日帰って教える」

「来年から、友達とか彼女……とかさ、一緒に桜見においでよ」

 彼女は初めて桜を見るかのように目を輝かせ、小さな子供みたいな、にこやかな笑顔を見せる。そんな彼女をずっと見ていたいけれど、「琉生くん桜綺麗だね」と言われたので、渋々俺も桜に視線を移す。

「カメラ貸して」

 愛生からカメラを受け取る。彼女から少し離れて、空、桜、彼女をカメラに収めた。近づいて彼女の子供のような笑顔も撮る。

 恥ずかしいよ、と自信なさげに笑う彼女をまた撮った。


「あっ! カメラ貸して! 琉生くんここに立って!」

 俺は桜の木の下に立たされて、彼女は走って俺から離れた所に立った。

「琉生くん、両手をズボンのポケットに入れて」

「こう?」

「うん。えーと、左膝を軽く曲げて」

「えっ? こう?」

「そうそう、次は腕組んで」

「次は、手でハート作って」

「えっ? ちょっと待って、ふざけてるよね?」

「あははは! ばれたか〜」

 彼女が爆笑している。ちょっと歯を食いしばりながら彼女を見つめる。

 その爆笑している彼女をカメラに収めたい。本当にいい表情だ。

「ついに俺のこと、いじるようになった」

 目を細めて彼女を見ていると、突然彼女が、ねぇ! と叫んだ。

「びっくりした……。何?」

「私……デ……してほしい!」

 彼女の声が小さくてはっきり聞こえない。俺が首を傾げていると、彼女が走って俺の所に来た。

「ごめん。聞こえなかった。何?」

「私とデートしてほしい」

「デート……」

 彼女の顔と耳がみるみるうちに赤くなったので、俺まで顔が熱くなった。


 公園からの帰り道、彼女が話してくれた。今まで彼氏ができたことがなかったから、デートがしてみたかった。死ぬから、もう誰かと付き合うとかできないし、せめてデートだけでもしてみたい、と言っていた。

 俺もデートなんてしたことないし、デートで何をするのか想像できない。今日もデートに入るのでは? と思って彼女に言ってみた。

「今日もデートみたいなもんじゃないの?」

「ち、違うよ! デートみたいなもんだけど、私がしたいデートは……」

 彼女が俺をチラッと見る。

「一日だけ、本当の彼氏、彼女だと思って過ごしたい」

「本当の彼氏、彼女?」

「うん……。今は友達と思って一緒にいるでしょ? だから、デートの時だけ私のことを彼女と思ってほしい。デートが終わったら、また友達に戻るから心配しないで……」

 俺は全然いいけど、むしろ嬉しいけど、愛生はそれでいいのか。俺じゃなくて、もっと大切な人に頼んだほうがいいんじゃないか。

「……それ、俺でいいの? そんな大事な彼氏役? もっと大切な人とデートしなくていいの? 後悔しない?」

「る……じゃない……だめ」

 また、彼女の言っていることが聞き取れなかった。今日の彼女はよく口ごもる。

「琉生くんにしか頼めないの。琉生くんも大切な人の一人だよ。だから、後悔しないよ」

「……そっか。分かった」

「ありがとう」

 彼女は一瞬悲しそうに笑った。それも見間違いだと思うくらいの笑顔をすぐに見せて、「今からデートの計画を立てよう」と言った。


 俺の家について、愛生がhand numberノートを広げる。

 彼女はデートでしたいことをもう書いていた。

 彼女が俺の顔を見て、「これ全部するわけじゃないからね」と言った。心の声が聞こえてしまったのかと思った。ノートをパッと見た感じ、デートでしたいことを十個ぐらい書いていたと思う。それを見て、こんなにあるんだ、と心の中で呟いたので少し焦った。

「わ、分かってるよ」

「じゃあ、琉生くんのしたいことも言ってね?」


 それから、俺達は話し合って、今月でバイトを辞めるので、来月デートしようということになった。

 計画は立てたけれど、友達としてデートをするのと、彼氏彼女としてデートをするのは、どう違うのか未だに分からない。俺は今まで通りでいいのかと悩んだ。それよりも、愛生が喜ぶことをしてあげたいのだけれど思いつかない。

 

 学校の休み時間に、陸人に訊いた。

「なぁ。友達としてデートするのと、恋人としてデートするのって何が違うか分かる?」

「はっ? いきなりどうした?」

「いや、なんとなく……」

「うーん。友達としてって言うことは、付き合う前のデートってことだろ? まぁデートで、あなたのことが好きですよアピールするだろ。あとは、お互いのことをもっと知ることができる? みたいな?」

「じゃあ、恋人としてのデートは?」

「恋人としては……お互い好きって分かってるし……恋人に触れられるよな……」

「触れられる?」

「うん。手を繋いだり、イチャイチャしたいじゃん。抱きしめたり……キスしたりさ」

「お前、よくそんなサラッと言えるな」

「え? 琉生、何恥ずかしがってんの?」

 陸人がニヤニヤと笑っている。

「別に恥ずかしくない」

「ふーん。もしかして、西浦さんと付き合って……ないよな……」

「付き合ってないって。言っただろ。愛生とは、絶対に付き合うことはないって」

 この前、陸人と遊んだ時、色々と本音で話した。

 愛生のことが好きだ、でも愛生にはこの気持ちは伝えない、ということを陸人に伝えた。

「俺は、今でも気持ちだけは伝えたほうがいいと思ってる」

 そう陸人は頑なに言う。俺も頑なに、絶対言わない、と言う。

「この話、いつも決着つかないだろ? はい、終わり」

「分かったよ」

 陸人が不機嫌そうに言う。

 ごめんな陸人。いつも俺のことを思って言ってくれているのは分かるが、これだけは無理なんだ。

「ごめん」

「あーーーーーー! 俺のほうこそごめん! 琉生とは楽しく過ごしたいと思ってるのに。ついお前のことを思うと……」

「陸人は悪くない。いつも俺のこと考えてくれてありがとう。本当に感謝してる」

「やめろ! そんな感謝されたら泣くだろ!」

 陸人がたぶん泣かないように顔を上に向けている。

 俺も鼻の奥がツンとなって、目の奥が痛い。俺も顔を上に向けた。

 俺達、何やってんだろ、と少し笑えてきた。

 陸人が親友で良かった。俺は、陸人ありがとう、と心の中で何度も何度も唱えた。

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