黒嶋琉生
桜が満開になりそうな時、愛生から、桜の写真を撮りに行こう、と誘われた。
日曜日、近くの公園に桜を見に行くことになって、マンションのエントランスで待ち合わせた。
エントランスに行くと、愛生がすでに待っていた。桜のようなピンク色のワンピースを着ている。何を着ても似合う彼女の横を歩くのは、少し自信がなくなる。俺ももう少しましな服を着れば良かった。
「おはよう。ごめん、待たせたよね」
「ううん。待ってないよ。行こっか」と言って、彼女が微笑んだ。
俺は公園までの道が分からないので、彼女の後ろをついて行く。
彼女が振り返って、「琉生くん! そんな後ろ歩かないで、横にいて!」と言う。
彼女は、前よりも積極的になった気がする。もっと彼女の見たことのない姿を見てみたい。
「ごめんごめん。なんか愛生、積極的になったよね」
「うーん。そうだね……自分でもそう思う! この前、陽菜と遊びに行くって言ってたでしょ? あれ私から初めて遊びに誘ったの!」
「すごいじゃん」
彼女が俺の顔をじっと見て笑う。
「本当にすごいって思ってる?」
「思ってるよ。俺は顔に出にくいんだよ」
「知ってる。琉生くんは顔に出にくいけど、ちゃんと言葉で伝えてくれるから」
彼女が、あっ、報告がある、と言って話し続ける。
「陽菜にhand numberのこと言ったよ」
「そっか……」
「陽菜、泣いてた。でも、私は泣かなかった。悲しいよりも、私のために泣いてくれる親友がいるって幸せだなって思ったの。変だよね」
「変じゃないよ。それってたぶん、hand numberのことをちゃんと受け入れられてる愛生の心が強いから、そう思うんだよ。愛生はすごいよ、本当に」
「そうなのかな……私がもし心が強いなら、それは琉生くんのおかげなんだからね!」
彼女が、妙に自信に満ち溢れた顔をする。
俺は何もしていない。ただそばにいるだけだ。けれど、彼女がそう言ってくれると、俺は体がふわっと浮いていくような気分になる。
「見て! 桜見えてきたよ!」
彼女が指差す方向を見ると、桜が見える。近づくにつれて、満開の桜が何本も見えてきた。
青空に、隙間なく咲く薄ピンクの花たちが映えている。それに負けないくらい、ピンクのワンピースを着た彼女は映えていた。
桜に囲まれた公園に入ると、人が二、三人いる。満開の桜を見に来る人は、もっといると思ったのに少ない。
「ここね、桜の穴場スポットなの。人少なくて、ゆっくりできるんだよ」
「そうなんだ。知らなかった」
「去年引っ越してきたばかりだから知らないよね……。あっ! 琉生くんのお父さん、お母さんに教えてあげてね!」
「うん。今日帰って教える」
「来年から、友達とか彼女……とかさ、一緒に桜見においでよ」
彼女は初めて桜を見るかのように目を輝かせ、小さな子供みたいな、にこやかな笑顔を見せる。そんな彼女をずっと見ていたいけれど、「琉生くん桜綺麗だね」と言われたので、渋々俺も桜に視線を移す。
「カメラ貸して」
愛生からカメラを受け取る。彼女から少し離れて、空、桜、彼女をカメラに収めた。近づいて彼女の子供のような笑顔も撮る。
恥ずかしいよ、と自信なさげに笑う彼女をまた撮った。
「あっ! カメラ貸して! 琉生くんここに立って!」
俺は桜の木の下に立たされて、彼女は走って俺から離れた所に立った。
「琉生くん、両手をズボンのポケットに入れて」
「こう?」
「うん。えーと、左膝を軽く曲げて」
「えっ? こう?」
「そうそう、次は腕組んで」
「次は、手でハート作って」
「えっ? ちょっと待って、ふざけてるよね?」
「あははは! ばれたか〜」
彼女が爆笑している。ちょっと歯を食いしばりながら彼女を見つめる。
その爆笑している彼女をカメラに収めたい。本当にいい表情だ。
「ついに俺のこと、いじるようになった」
目を細めて彼女を見ていると、突然彼女が、ねぇ! と叫んだ。
「びっくりした……。何?」
「私……デ……してほしい!」
彼女の声が小さくてはっきり聞こえない。俺が首を傾げていると、彼女が走って俺の所に来た。
「ごめん。聞こえなかった。何?」
「私とデートしてほしい」
「デート……」
彼女の顔と耳がみるみるうちに赤くなったので、俺まで顔が熱くなった。
公園からの帰り道、彼女が話してくれた。今まで彼氏ができたことがなかったから、デートがしてみたかった。死ぬから、もう誰かと付き合うとかできないし、せめてデートだけでもしてみたい、と言っていた。
俺もデートなんてしたことないし、デートで何をするのか想像できない。今日もデートに入るのでは? と思って彼女に言ってみた。
「今日もデートみたいなもんじゃないの?」
「ち、違うよ! デートみたいなもんだけど、私がしたいデートは……」
彼女が俺をチラッと見る。
「一日だけ、本当の彼氏、彼女だと思って過ごしたい」
「本当の彼氏、彼女?」
「うん……。今は友達と思って一緒にいるでしょ? だから、デートの時だけ私のことを彼女と思ってほしい。デートが終わったら、また友達に戻るから心配しないで……」
俺は全然いいけど、むしろ嬉しいけど、愛生はそれでいいのか。俺じゃなくて、もっと大切な人に頼んだほうがいいんじゃないか。
「……それ、俺でいいの? そんな大事な彼氏役? もっと大切な人とデートしなくていいの? 後悔しない?」
「る……じゃない……だめ」
また、彼女の言っていることが聞き取れなかった。今日の彼女はよく口ごもる。
「琉生くんにしか頼めないの。琉生くんも大切な人の一人だよ。だから、後悔しないよ」
「……そっか。分かった」
「ありがとう」
彼女は一瞬悲しそうに笑った。それも見間違いだと思うくらいの笑顔をすぐに見せて、「今からデートの計画を立てよう」と言った。
俺の家について、愛生がhand numberノートを広げる。
彼女はデートでしたいことをもう書いていた。
彼女が俺の顔を見て、「これ全部するわけじゃないからね」と言った。心の声が聞こえてしまったのかと思った。ノートをパッと見た感じ、デートでしたいことを十個ぐらい書いていたと思う。それを見て、こんなにあるんだ、と心の中で呟いたので少し焦った。
「わ、分かってるよ」
「じゃあ、琉生くんのしたいことも言ってね?」
それから、俺達は話し合って、今月でバイトを辞めるので、来月デートしようということになった。
計画は立てたけれど、友達としてデートをするのと、彼氏彼女としてデートをするのは、どう違うのか未だに分からない。俺は今まで通りでいいのかと悩んだ。それよりも、愛生が喜ぶことをしてあげたいのだけれど思いつかない。
学校の休み時間に、陸人に訊いた。
「なぁ。友達としてデートするのと、恋人としてデートするのって何が違うか分かる?」
「はっ? いきなりどうした?」
「いや、なんとなく……」
「うーん。友達としてって言うことは、付き合う前のデートってことだろ? まぁデートで、あなたのことが好きですよアピールするだろ。あとは、お互いのことをもっと知ることができる? みたいな?」
「じゃあ、恋人としてのデートは?」
「恋人としては……お互い好きって分かってるし……恋人に触れられるよな……」
「触れられる?」
「うん。手を繋いだり、イチャイチャしたいじゃん。抱きしめたり……キスしたりさ」
「お前、よくそんなサラッと言えるな」
「え? 琉生、何恥ずかしがってんの?」
陸人がニヤニヤと笑っている。
「別に恥ずかしくない」
「ふーん。もしかして、西浦さんと付き合って……ないよな……」
「付き合ってないって。言っただろ。愛生とは、絶対に付き合うことはないって」
この前、陸人と遊んだ時、色々と本音で話した。
愛生のことが好きだ、でも愛生にはこの気持ちは伝えない、ということを陸人に伝えた。
「俺は、今でも気持ちだけは伝えたほうがいいと思ってる」
そう陸人は頑なに言う。俺も頑なに、絶対言わない、と言う。
「この話、いつも決着つかないだろ? はい、終わり」
「分かったよ」
陸人が不機嫌そうに言う。
ごめんな陸人。いつも俺のことを思って言ってくれているのは分かるが、これだけは無理なんだ。
「ごめん」
「あーーーーーー! 俺のほうこそごめん! 琉生とは楽しく過ごしたいと思ってるのに。ついお前のことを思うと……」
「陸人は悪くない。いつも俺のこと考えてくれてありがとう。本当に感謝してる」
「やめろ! そんな感謝されたら泣くだろ!」
陸人がたぶん泣かないように顔を上に向けている。
俺も鼻の奥がツンとなって、目の奥が痛い。俺も顔を上に向けた。
俺達、何やってんだろ、と少し笑えてきた。
陸人が親友で良かった。俺は、陸人ありがとう、と心の中で何度も何度も唱えた。




