西浦愛生
駅前の桜の花が咲き始めている。桜にカメラを向けてシャッターを切った。
桜の花が咲き始めて満開になると、すぐに散っていく。でも、葉桜が咲いて、また花が咲いてを繰り返す。こうして何年も桜は生きていく。この桜はどのくらい生きるんだろう。私よりは長生きするんだろうな。綺麗な花を見せてくれてありがとう。花にも感謝できるようになったのは、hand numberのおかげかな。
学校をさぼった次の日からは、毎日真面目に学校に行っている。私と琉生くんが同じ日に休んだから、陽菜が私達を怪しんで、「もしかして二人でいたの?」と訊かれた。
その時はすぐに答えられなかったから、私は思い切って、「陽菜、一緒に遊びに行きたい。その時に詳しく話したい」と伝えた。陽菜は、私から初めて誘ってもらえた、と大喜びだった。もっと勇気を出して早く誘えば良かった、と少しだけ後悔した。
陽菜は貴重な部活の休みを私のために使ってくれる。だから、私は今日、陽菜に伝えようと思う。陽菜には、hand numberのことを話すと決めていたから。
もう少しで待ち合わせの時間だ。今日は楽しんで、真剣な話もして、最後は笑顔で終わりたい。
琉生くんも、今日は親友の 空岡陸人くんと遊ぶらしい。私はいつも琉生くんの時間を奪っているから、今日は私のことは忘れて楽しんでほしい。
遠くから陽菜が走ってくるのが見えた。手を振ると、陽菜も大きく手を振りながら、「愛生ー!」と叫びながらここまで来た。
「待ち合わせ時間ギリギリセーフ! はぁ疲れたー!」
陽菜が息を切らしながら言う。
「ゆっくりで良かったのに〜! 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!」
「今日どうする? 愛生何したい?」
前の私だったら、陽菜は何したい? と訊いていたと思うけれど、今の私は自分のしたいことが言える。自分の思っていることを押し殺さずに言おう。言えるようになってきたのは、琉生くんのおかげだ。
「カラオケ行きたい! あと、雑貨屋とか、パンケーキの美味しいお店にも行きたい!」
私がそう言うと、陽菜がゆっくりと微笑んだ。
「初めてだね。愛生がしたいこと言ってくれたの。すっごく嬉しい! 全部行こう! せっかくなら行く順番も決めてよ!」
「えっとじゃあ……カラオケで歌ったあと、ランチして、パンケーキ食べて、雑貨屋見て、最後にちょっと陽菜とゆっくり話がしたいな……」
「いいね〜そうしよっ! じゃあさっそく行こっか!」
「うん!」
今まで自分の思っていることを言わなかった。気持ちを押し殺して、友達があれしたいこれしたいと言えば、私はしたくなくても友達の言う通りに行動した。
でも、今日自分のしたいことを言ったら、陽菜は喜んでくれた。陽菜は、今まで私が本音を言うのを待ってくれていたのかな。陽菜が私を受け入れてくれて、じんわりと心が温まる感覚になった。
カラオケで二人で思いっきり歌って、ランチで食べたあと、お腹いっぱいで食べれない、と二人で言いながらパンケーキをぺろりと食べた。
私達食欲すごすぎ、と二人で笑って、もう動けない、と言いながら、すぐに動き出す自分達がおかしくて、お店を出て、前屈みでお腹を押さえながらずっと笑いが止まらなかった。その姿がお腹を壊した人みたい、とまた二人で笑い転げた。ちょっとしたことで、こんなに笑えるのは陽菜だけだよ。陽菜の人となりが、私をいつも笑顔にする。幸せにしてくれる。
雑貨屋についてから、二人で、これ可愛い、とか言いながら雑貨を見て回った。
陽菜がこっちを見ていない隙に、お揃いのブレスレットを買った。これを最後に渡して、私の思っていることを伝えたい。
雑貨屋を出て、駅前にあるベンチへ向かった。人があまりいない所で話そうと思ったけれど、泣いてしまうかもしれない。人がいたほうがしっかりと心が揺るがないでいられる。
人が沢山行き交う場所にあるベンチに腰掛けた。
「はぁ〜ちょっと歩き疲れたね〜休憩〜」
疲れなんて感じさせない笑顔で陽菜が言う。
「疲れたね〜でも楽しかった!」
「うん! 本当楽しかったね〜! 愛生、また誘ってね!」
「うん。……陽菜、これあげる」
さっき買ったブレスレットが入った袋を渡した。
「えっ! 何〜? 開けていい?」
私は頷いて、陽菜が袋を開ける。
「えっ! さっき気になってたブレスレット! いいの〜?」
「うん! 実は私も同じの買ったの」
私は前もってつけていたブレスレットを見せた。可愛い、と言って陽菜もブレスレットを手首につける。
「お揃いじゃん! 本当ありがと!」
「うん。お揃い。……えっと、その……あのさ……陽菜……陽菜のこと親友って思ってもいいかな?」
「……いいに決まってるじゃん! 私、ずっと前から愛生のこと親友だって思ってたよ!」
「本当に? 良かった……」
「愛生から親友だって言われて嬉しいよ。言ってくれてありがとう」
陽菜が優しく笑ってくれた。思っていることを口に出して、それを受け入れてくれる人がいて、喜んでくれて、私も笑顔が溢れ出しそう。このまま、あのことを言ってしまおう。
「親友の陽菜に、今日伝えたいことがあるの。親友で、大切な人だから伝えたい」
陽菜が、うんうん何? と首を傾げた。
「私、去年hand numberが現れたんだ……。詳しくは言えないけど、今年の夏あたりには、私はこの世界からいなくなるみたい……」
陽菜のほうを見ると、陽菜の目にどんどん涙が溜まっていくのが分かる。私は涙が出ない。泣いてくれる友達がいて、私は幸せだ、と思えるから。
「愛生……。やだよ。何で愛生なの……やだ。いなくならないで……」
陽菜の目から涙が溢れた。次から次へと涙が溢れている。
「陽菜、ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。こればっかりは仕方ないんだよね。どうすることもできないから、受け入れるしかないんだよね……」
「愛生……。怖いよね……辛いよね……今まで気づいてあげられなくてごめんね」
「陽菜……謝らないでよ……。もっと早く言えば良かった……ごめんね」
陽菜が泣きながら首を横に振る。
「もしかして誰にも話せずに、ずっと一人で悩んでた? 一人で怖い思いしてた? ずっと辛い思いしてた?」
「ううん。一人じゃなかったよ。琉生くんがいてくれたの。琉生くんは、hand numberのこと知ってるんだ」
「黒嶋琉生……そうだったんだ。黒嶋が愛生を支えてくれてたんだね。一人で悩んでなくて良かった……」
「うん……琉生くんのおかげで怖くなくなった。こうして今、泣かずに陽菜にhand numberのこと話せてるしね。怖いけど、受け入れて、毎日後悔のないように生きてるよ」
「無理してない?」
「うん。無理してないよ」
自分でもびっくりするくらい無理していない。泣くと思ったけれど、全然涙が出ない。冷静に話せている自分がすごいと思う。陽菜が泣いてくれて、私の気持ちを分かろうとしてくれて、嬉しい気持ちが勝る。
「愛生はすごいよ……」
「すごくないよ。琉生くんがいなかったら、私、毎日こんなに笑っていなかったと思う。この前、二人で学校さぼって、私のやりたいことを叶えてくれたの」
「そうだったんだ……。愛生さ、黒嶋のこと好きなんでしょ? 黒嶋のこと大切な存在なんだよね?」
「え……」
心臓が体全体を揺らすように鳴った。
「なんとなくそうじゃないかなって思ってた。その……黒嶋には気持ち伝えないの?」
「うん。伝えないよ。一方的に私の気持ち押し付けることはできない。琉生くん困っちゃうだろうし、私がいなくなったら、すぐ私のこと忘れてほしい」
「そんな……あいつもきっと愛生のこと……」
「それはないから! でも……もし、もしもだよ? 琉生くんも同じ気持ちだったとして、私がいなくなったあと、琉生くんはどうなると思う? 逆の立場だったら、私は耐えられないよ」
「そうかもしれないけど……。愛生は、気持ちを伝えたほうが後悔するってことなんだよね?」
私は大きく頷いた。
「伝えない。だから、内緒にしてね……」
「分かった……。愛生、他にも支えてくれる人はいたの? 家族の人とか……」
「いないよ。琉生くんだけだった。他は誰にも言ってないの……」
お父さんとお母さんがhand numberのせいで離婚したこと、お父さんが亡くなったこと、お母さんにはhand numberのことを伝えない、と陽菜に全てを話した。
「……本当にお母さんに言わなくていいの?」
「うん。お母さんのことを考えると、絶対言わないほうがいいと思った。だから、もしお母さんと会って聞かれても知らなかったって言ってね」
陽菜は声を漏らしながら泣いて、返事をしてくれなかった。陽菜も戸惑うよね。どうしていいか分からないよね。
陽菜の背中をさすりながら顔を上げると、咲き始めたばかりの桜の花びらが、二枚だけ散っていくのが見えた。他の花びらに比べて短い命だ。もうすぐあなたもこうなるのよ、と桜に言われているみたいだった。
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