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デレ神様と修羅場と僕  作者: 安堂登呂和
第2期:ことりの麗しく輝ける愛の日々
11/14

Portrait11:尾ひれと背びれの交響曲

ことりとの仲を疑われ、『討伐隊』に追い回される雄瑠。椎葉の活躍で何とか事なきを得るが、それに起因してさらに厄介な出来事が……。

1.嫉妬行進曲ジェラシーマーチ


「居たか!?」

「いや、ここにも居ない!」

「くっそぉ~、どこに隠れやがった!」

「とにかく見つけ出せ! 見つけ出して、我らがアイドルを独り占めし、汚した罪深さを思い知らせてやれ!」

 おおうっ!


 一人の男子学生の言葉に、その場にいる全員が拳を突き出して吼える。


「探せ! 探し出して血祭りに挙げろ。大罪人の甘羽雄瑠あまは・たけるを!」


 ここは、K県K市にあるK大学の文系キャンパス。その敷地内で、数十人の男子学生たちが走り回っている。


 全員が怒りの形相で目を血走らせており、遭遇した男子学生や女子学生は、驚いて道を開け、彼らが走り去った後、こんな会話を交わす。


「何、今の? なんか鬼気迫る雰囲気だったけど」


「あれじゃない? 今噂の『甘羽雄瑠討伐隊』。まったく男子って暇よねぇ~」


「え? 討伐ってどういうこと? その甘羽さんって人が何やらかしたの?」


 一人の女子学生が興味津々な様子で聞くと、訳知り顔の女子学生が、声を潜めて聞く。


「工学部の4年生で、岩城いわしろことり先輩って知ってる?」


「あ、知ってる。なんかすごく可愛らしくて、いいとこのお嬢さんで、『理系の女神』とか噂されている人よね? まさか……」


「うん、甘羽先輩は総合福祉の4年なんだけど、どうやら二人ができちゃったらしいの。

で、ことり先輩LOVEな理系男子が、怒髪天~って感じらしいわ」


「あー、それは甘羽先輩がお気の毒だわぁ。ことり先輩だってもう二十歳超えているし、彼氏の一人や二人欲しいわよね。二人とももう大人なんだから、二人が良ければ外野が口出すことじゃないじゃん?」


 すると、訳知りの女子学生は、にんまりと笑って言う。


「ところがさぁ、その甘羽先輩ってのが、二股かけていたとしたら?」


「へ? そんな噂がある彼氏さんなの? だったらちょっと話は別だね♪」


 修羅場のニオイを嗅ぎつけたのか、楽しそうに言うと、訳知り女子学生は、


「そーなのよ。食物栄養の1年生に斎藤柚乃さいとう・ゆずのって子がいるんだけど」


「あ、その子も知ってる。入学してすぐファンクラブができたって子だね?」


「そうそう。で、甘羽先輩、その子から『お兄ちゃん』って呼ばれているらしいわ。

それに柚乃って子、自分で甘羽先輩のこと大好きって公言しているらしいし、家もお隣で毎朝毎晩ご飯を作ってるって話なんだよ?」


「何それもう夫婦じゃん!? ことり先輩はそれを知っているのかしら?」


「それがさぁ、『知っている』説と『知らない』説が錯綜しているんだよね。

討伐隊の人たちは当然『知らない』説を信じていて、『女神を騙して汚した罪深き極悪人』って甘羽先輩を呼んでいるけど、柚乃ちゃんファンクラブの人の話では、ことり先輩もすべてを知ったうえで柚乃ちゃんと甘羽先輩を賭けたガチンコ勝負を繰り広げているって」


「えー、何その話? ぜんぜん逆じゃん。甘羽先輩の印象が360度変わるんですけど?」


「いや、360度だったら、印象変わってないじゃない? 元通りだよね? でもまぁ、だから根拠もない噂ってのは性質タチが悪いのよねー」


 訳知り女子学生がそう言った時、後ろから穏やかな声で、


「本当に、根も葉もない噂が出回ると迷惑いたします」


 そんな声がする。二人が振り返ると、そこには手入れの行き届いた漆黒の長髪、明るい茶色の瞳を持つぱっちりとした目をした女性が立っていた。白いブラウスの上にベージュのカーディガン、焦げ茶色のフレアスカートに黒いエナメル靴といった服装で、肩から茶色のカバンを提げている。


「えっと、あの……」

「べ、別に私たちは……」


 口ごもる二人に、女性は聖母のような微笑を浮かべ、


「わたくしと雄瑠さんは、まだプラトニックなお付き合いです。雄瑠さんはそう言った方面では至極ストイックなお方ですので。

それと柚乃さんについてですが……」


 そう話をしている最中、後ろから、


「あ、いたいた。ことりさーん!」


 そう言いながら、黒髪セミロングの女の子が駆けて来る。こちらはジャケット、ボトムスともジーンズ地で、白いスニーカーを履いていた。


「ことりさん、お兄ちゃんは無事に収容できたよ。やっぱりことりさんのボディーガードって優秀だね。あいつらに一度も見つからなかったよ」


 柚乃がそう報告すると、ことりはにっこりと笑って


「そう、それは良かったわ。じゃ、柚乃さん、わたくしたちも帰りましょうか?」


 そう言いながらスマホを取り出し、


愛実つぐみ、聞こえていましたよね? 西門に迎えに来て」


 そう言うと、通話を切った。


 ことりはそこにいた二人に向かって笑いかけ、


「わたくしと雄瑠さんは確かにお付き合いしていますが、わたくしの親も公認の仲。

柚乃さんも雄瑠さんから大事にされていることは事実ですが、それは雄瑠さんが柚乃さんの幼馴染であり保護者の代わりでもあるからです。

噂はしょせん噂、そんなものを軽々に信じないよう、お願いいたしますよ?」


 そう言うと、何か言いたそうな柚乃と共に、ちょうど迎えに来た豪☆ジャス☆なリムジンに乗って、その場を離れた。



 リムジンにことりさんと柚乃が乗り込んで来る。僕はことりさんに、


「助かったよことりさん。あいつらってば、話が全然通じないみたいだから」


 そうお礼を言う。いや、ほんと逝っちゃってる目をした集団に囲まれたときは


『こいつら本気で僕のことを56すつもりか!?』


 とマジで焦ったものだ。


「無事に逃げられてよかったですね。でも、いつまでもこうしているわけにもいきませんが……」


 にっこり笑って言うことりさんに、


「ちょっとことりさん、柚乃はお兄ちゃんの単なる幼馴染じゃないんですけど? 柚乃はお兄ちゃんの恋・人、ですけど!? 何勝手なこと言ってるんですかぁ?」


 柚乃が食って掛かっている。しかし、ことりさんは澄ました顔で、


「嘘は一言も言っていませんよ? わたくしと雄瑠さんは親公認の仲でまだプラトニックなお付き合い。柚乃さんは雄瑠さんの幼馴染で雄瑠さんが保護者代わり……違いますか?」


 そう柚乃に聞く。


「うう、そう言われるとそうだけどぉ。柚乃だってお兄ちゃんのことを……」


 そう言いかける柚乃の言葉を遮るように、


「雄瑠さんにとっては、わたくしが恋人で柚乃さんは大事な妹分……そう言うと話がすっきりします。それに柚乃さんまで恋人候補にしてしまったら、雄瑠さんが二股掛けで変態的なシスコンって思われるじゃないですか? 雄瑠さんの評判を落とさないためでもあります。解っていただけますよね、柚乃さん?」


 そう言いくるめようとする。


 だが柚乃は、頬を膨らませてごねる。


「うぅ~。本当は、お兄ちゃんは三股掛けの火遊びフェチ野郎なのに~。なんか面白くなぁいぃ~!」


「……柚乃、そのくらいにしてくれ。命を狙われたうえに精神まで削られたらたまんないよ。お兄ちゃんのことキライなのか?」


 僕がげんなりしたように言うと、柚乃だけでなくことりさんまで言ってきた。


「あら、でもこの問題は、雄瑠さんが早く私と結婚すればたちどころに解決しますよ?

それをいつまでも決断を先延ばしにして、美少女ハーレム主人公を気取っているからこうなるんです」


「そうそう。柚乃が告白した時OKしていれば、こんなにややこしくならなかったんだよ雄瑠ぅ♡」


「それを言われると何も言い返せないが、その時はその時で僕にも思うところがあったわけで……」


 僕がぶつぶつと文句を言うと、ことりさんがそれを遮って聞いてきた。


「そんなことより、どうするんですか?」


「へ? 何を?」


 僕がキョトンとすると、ことりさんはずいっと顔を近づけてきて、


「何を? じゃありません。先ほども申しましたが、『甘羽雄瑠討伐隊』のことです。

こんな騒ぎじゃ、雄瑠さんはおちおち講義を受けてなんかいられないじゃないですか。社会福祉士の試験勉強だって落ち着いてできないでしょう?


だから、討伐隊の皆さんを静かにさせなきゃいけません。で、ですね、この際、わたくしと婚約してはいかがかと……」


 そう願望たっぷりの提案をしてきた。


「ちょーっとことりさん。そんなの柚乃が許しませんけど!?

あの人たちってことりさんのファンなんでしょう? だったらことりさんが『鶴の一声』で黙らせればいいじゃないですか!?」


 柚乃がそう噛みつくと、ことりさんは


「ふむ……わたくしが、ですか……」


 そう言いながら何か考えている。ヤバい、なんかことりさんの顔に、だんだんと悪い微笑が浮かんで来た……。


「ちょちょ、ことりさん、勝手に婚約発表とかしないでくださいよ? そんなことしたら、火に油を注ぐようなもんですから」


「ぎくっ! なぜ、わたくしの考えが分かったんですか? まさか、思考が盗聴された? あ、アルミホイルを頭に巻かないと……」


「いやいや、今までのことりさんの行動から、そうじゃないかなって思っただけです」


 僕が言うと、ことりさんは両手を頬に当てて、恥じらいながら僕にすり寄って来る。


「ああ、やはり雄瑠さんはわたくしのことをそんなに見てくださっているのですね?

これはもう、二人は夫婦になるしかありませんね!? すぐに結婚式を挙げましょう!?

愛実つぐみ、すぐに車を教会に回してください」


「ちょちょちょ、待って待って! 何でもすぐ結婚に持って行かないの! So, You TOKOだよことりさん、お兄ちゃんから行動を見透かされる理由は」


 柚乃が言うと、ことりさんはノリよく答える。


「Do You KOTOですか?」


「……ノリがいいのはいいけど、『雄瑠討伐隊』の件は何一つ進んでいないからね?

それにしても一体誰が、こんな無責任な噂を流したんだ?」


 僕はそうつぶやいた後、光弘が言っていたことを思い出した。


(そういえば、光弘は僕がことりさんの『初めて』を奪ったって話は春香さんから聞いたってことだったけど、

『春香が理学部の友だちから聞いてきた。そう言えば春香のヤツ、何か慌てていたな』……そう言っていたな……)


 僕はことりさんに聞く。


「そう言えばことりさん。去年の秋ごろ理系キャンパスで、ことりさんと僕が付き合っているって噂が流れたときがあったよね?

あれは、ことりさんが春香さんに報告しているのをたまたま聞いた人が広めたって話だったけれど、今度はどうなの?」


「え? 私は春香さんに、雄瑠さんたちと島にキャンプしに行ったけれど、台風が来て大変だったって話しましたよ。でも、台風が近づいてくる中でのキャンプは初めての経験だったので楽しかったって……」


 ことりさんがそう答える。その顔を見ていると、嘘を言っているようには思えない。ただ、ことりさんは天然なので、言い回しが独特な場合がある。だから春香さんがどのように聞いたのかは分からない。


(……これ、春香さんに聞いた方が早いかもしれないな)


 僕はそう考えながら、今日の夕飯の話を始めたことりさんと柚乃を見ていた。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2.勘違いの狂想曲ラプソディ


「はあああ~っ……」


 出版社『11次元』の会議室で、ことりさんが大きなため息をつく。


 どうして僕とことりさんが出版社にいるのかというと、僕は『KANNU(カンウ)』という名でイラストレーターをしており、ことりさんは『源高閣げん・こうかく』というペンネームでラノベを書いているからだ。


 今日は僕の作品集に掲載する1行詩について、担当のO島さんも含めて協議するために集まったのだった。


 そして休憩中、ことりさんが前述のように大きなため息をついたというわけだ。


「どうしました、源高閣先生? ずいぶんと大きなため息ですね。1行詩の出来はKANNU先生も満足されていたじゃないですか?」


 O島さんが聞くと、ことりさんはちょっと慌てたように、


「あ、いえ。何でもないですよ?」


 そう言って笑うが、僕は彼女がなぜそんなため息をつくのか知っている。


 ことりさんは、僕を危ない目に遭わせないよう、『甘羽雄瑠討伐隊』の主だったリーダーに対して自ら僕との関係を説明しようとしたが、


『まったく聞く耳を持ちませんでした。わたくしのファンでいてくれるのは嬉しいですが、あそこまで一途に思い込んで崇拝されると、わたくしもちょっと引いてしまいます』


 そう報告してくれた時の、ことりさんの怯えたような表情が強く印象に残っている。


「でも、今まで源高閣先生がそんな深刻そうな顔をしていたことないじゃないですか。仕事上の悩みでしょうか? それともプライベートなことで?」


 O島さんとしても、自身が担当している作家さんの様子がおかしいとなったら、否が応でも心配せざるを得ない。ただでさえ、この二人は実の姉妹のように仲が良いのだ。


「まぁ、プライベートなことなので、O島さんのお手を煩わせるわけにもまいりません」


 ことりさんがそう答えると、O島さんはずいっと顔をことりさんに近づけて、


「ふっふ~ん♪ さしずめKANNU先生がらみのことみたいですね? 私でよろしければ、お話をお伺いしますよ?」


 そうニマニマしながら聞く。あー、これはどっちかって言うとピンク色系統の悩みって思ってる顔だ。


 ことりさんは顔を赤くして、チラッと僕にもの問いた気な視線を投げかける。僕は黙って首を横に振った。


「僕とことりさんの問題に、O島さんを引き込んじゃいけないと思うな」


 僕の言葉に、ことりさんもうなずく。


「そうですよね? O島さん、心配していただくのはありがたいですが、わたくしと雄瑠さんの問題なので……」


「うーん、源先生やKANNU先生がそう仰るなら、私に詳しく聞く権利はありませんが、せめてこれだけ教えてくださいませんか?」


 O島さんはそう言うと、ことりさんの耳元で何かささやく。


 するとことりさんは真っ赤になって言った。


「ふぇっ!? わたくしが雄瑠さんの子どもを、ですか!? 違います、ぜんぜん違います!」


「でも、源先生もKANNU先生もまだ学生なので、できちゃったから悩んでいらっしゃるのかなぁと。本当に違うんですね?」


 O島さんが割と真面目な顔で言う。はて、恋バナが好きなO島さんにしては珍しい。


「はい、わたくしたちはまだプラトニックなラブですので。それに、仮に妊娠したならば、雄瑠さんはわたくしと結婚してくださいますから、その点は全く心配をしていません」


 それを聞いて、O島さんは感心したように僕を見て言った。


「さすがはKANNU先生。そこまで覚悟して源先生とお付き合いしていらっしゃるんですね? じゃ、源先生が妊娠したとしても、妙な騒ぎで執筆が遅れるってことは考えなくてもいいですね? 源先生が辛い思いをしないで済むのなら安心しました」


 するとそれに合わせるように、ことりさんがうっとりとした顔で僕を見て言う。


「ええ、O島さんから最初、名前を教えていただくとき『素敵な男性』と聞いていましたが、本当にそうですね。わたくしは雄瑠さんを信じていますので」


 いかん、ことりさんお得意の『外堀埋め立て工事』だ。これ以上この話題を続けたら、外堀どころか内堀まで埋められて、気が付いたら本丸丸裸……ってことになりかねない。


「あ、あはは。あくまでそんなことがあったらってことですよ。僕はまだ、女の子とそういうことするなんて考えられないなぁ~。

それよりことりさん、ちょっと春香さんから話を聞きたいんですが? 連絡を取っていただけませんか?」


「春香さんに? どうしてですか? 何を聞く必要があるというのですか?」


 ことりさんが不思議そうに、しかし少し嫉妬が混じった声で聞いて来る。僕はことりさんの嫉妬心を刺激しないよう、なるべく明るい声で答えた。


「いや、前回の誤解に春香さんが関わっているのなら、今度の件も聞いてみた方がいいのかなって。言葉の行き違いや認識の相違で今回の事態に陥っているような気もするから」


「分かりました。わたくしの言葉を春香さんが聞き違えたり、曲解したりすることはないはずですが、雄瑠さんがどうしてもと仰るなら、春香さんを屋敷に招きましょう」


 彼女は聞き分けよくそう言ってくれた。ただ、彼女の眼にハイライトがなかったことが気にはなった。



「雄瑠さん、お久しぶり~♪ 毎日大変だねぇ、同情するよ」


 岩城いわしろ邸に戻ったら、すでに春香さんが待っていた。ことりさんがお付きのメイド長である中ノ森愛実さんに電話で指示したのが30分前のことだったので、すごく仕事が早いと思う。たとえ春香さんが愛実さんの実妹だったとしてもだ。


「春香さん、他人事ひとごとだと思って傍観者みたいな位置に居ますけれど、あなたも一応関係者ですからね?」


「えっ、なんで? あたし関係なくない?」


 驚いて言う春香さんに、ことりさんは真剣な目を当てて言う。


「関係大ありです! あなたは、わたくしと雄瑠さんの間には何もなかったことを証言できる人ですよ? だから立派な関係者なんです」


 言われてみればそうである。春香さんは、僕かことりさんのどちらか、あるいは両方がいる所に一緒にいた。だから僕とことりさんが二人っきりになったことがないと証言できる唯一の証人だ。


 なお、この際、ことりさん持参の酔い止めで僕や武葉さんたち以外はぐっすり眠らされた時間があることは黙っておこう。うん、そうしよう。


「それで、聞きたいことって? 言っておくけど、あたし、光弘とはただの友だちだから」


 なぜか頬を赤くして僕に言う春香さんだが、その情報が今いるのか?……ってことりさん、目のハイライトを消さないでもらえないかなぁ?


「べ、別に雄瑠さんはあなたと光弘さんの仲を気にしているわけじゃありません。それより春香さん、この間の無人島キャンプですけど……」


「あ、あー、あれ楽しかったねぇ? 台風さえ来なければ、楽園みたいな島でのんびりできたのかなって思うと、ちょっと残念☆」


 春香さんがニコニコして言う。春香さんは前半はあのキャンプをめちゃくちゃ楽しんでいた。柚乃と一緒にキャンプファイアを準備したり、魚を釣ったり。


 でも、クルーザーが流されてからは、脱出方法や情報収集を姉の愛実さんと一生懸命考えていた。元は金髪陽キャの彼女だが、就職活動に当たって黒髪に染め戻した後は、結構真面目で常識人になっている。


「あの話、誰かにしました?」


 ことりさんが聞くと、春香さんはうなずいて、


「そりゃあね? 親友が別荘付き無人島に招待してくれたんだもん。サークルのみんなには話したよ?」


 そう答える。春香さんは軽音サークルで仲間もファンも多い。しかも話題がことりさんのこととなったら、かなりの速度で話が広がっただろうな。


「ど、どんなふうに話したのかな? 聞かせてもらえるとありがたいんだけど」


 僕がそう言うと、春香さんも困ったような顔で、


「あ、うん、いいよ。でも、はっきり言ってあたしも不思議なんだよね~。雄瑠くんがことりの初めてを奪ったって話になっているじゃん?

仮にこの噂の元ネタがあたしがサークルで話したものだったとしたら、どこでどうやったらそんな話になるんだろうかなって」


 そう言った後、話してくれたのは、おおむね次のようなものだった。


「あたしが話したのは、ことりに誘われて無人島キャンプに行ったけど、台風が来て途中でお開きになったってことだよ。参加者は聞かれたから正直に話したけど。ことり、お姉ちゃん、雄瑠くん、柚乃ちゃん、そして武葉さんと椎葉さんのお二人って」


 その時、バンドメンバーから『どうして男は甘羽くんだけが誘われたのか?』と聞かれたので、『ことりは雄瑠くんのことが好きだから』と答えたらしい。


 ただ、問題は次のやり取りだった、僕が妙に引っかかったのは。


「感想聞かれたから、『初めての経験だったから楽しかったしドキドキした。ことりもそう言ってたよ』って答えたけど、ひょっとしてこれかな? 噂のもとになったのは」


 それを聞いて、僕はことりさんに顔を向ける。ことりさんは僕から視線を逸らした。


「……ことりさん、一つ聞いていいかな?」


「な、何でしょうか? わたくし別に雄瑠さんと一緒に泊まれたから嬉しいとか、興奮したとか、初めての経験でしたから緊張したとか、そんなことは言っていませんが?」


 わたわたしながらことりさんが言う。あー、なるほど……。


「……今度の噂に限っては、ことりさんが震源地みたいだね……」


「え、どういうことでしょう? わたくしが言ったことが間違って広まっていると?」


 キョトンとして聞くことりさんに、僕は額を押さえながら言った。


「ことりさんが何て言ったか、僕に聞かせてくれませんか?」


「ええ。わたくしが雄瑠さん(や友人たち)を無人島キャンプにお誘いしたんですが、途中で台風が来たのでキャンプを中止しました。でも、雄瑠さん(や友人たち)と一緒のお泊りは嬉しかったです。


それに雄瑠さん(や友人たち)との(船旅やキャンプは)初めての経験でしたし、とっても緊張しましたが、興奮しました……そんなことを話した覚えがあります。あれ、雄瑠さん、どうされましたか?」


 ことりさんが一語一語を思い出すように言う。だが内容を聞いて僕は頭を抱えた。


「……うん、見事に言葉足らずだし、言葉のチョイスがちょっと……」


 ことりさんが『()』の部分を省略したため、聞く人によっては僕とことりさんが一線を越えたように聞こえたのだろう。いや、僕が第三者でも、十中八九『こいつらできてる』と勘違いするだろう。


「はぁ……それに『討伐隊』のリーダーたちも、何を勘違いしているのでしょう?

わたくしはただ、『雄瑠さんとは親公認の中です。それに雄瑠さんは、わたくしを一人前の女にしてくださった大切なお方ですから、彼に手を出さないでください』……そう説明したのに、ちっとも分かってくれませんでした」


 ことりさんは、さらにそう言って少し怒った顔をする。うん、その言い回しだと、きっと彼らは『一人前の女』って部分で『二人はやったんだ』って誤解したんだと思うよ?


 『顔出しNG』で執筆活動をしているから、『一人前のラノベ作家』とは言えなかったんだろうけれど、せめて『支えてくれる大切な人』とか、言い方はあったと思うなぁ……。


 とにかく僕たちは、春香さんに『無人島キャンプの正しい情報』を拡散してもらうことにして、当分の間はことりさんからボディーガードを付けてもらうことにした。



 僕と柚乃は、愛実さんに送られてアパートに帰って来た。


 僕だって『顔出しNG』のイラストレーター『KANNU』として活動しているため、僕は柚乃やことりさん以外には誰にもアパートの場所を教えていない。そのことが功を奏したのか、『討伐隊』の連中も自宅まで押しかけて来るってことはなかった。


「おかえりなさいませ、雄瑠さん。遅かったですね?」


 ドアを開けると、セミロングの栗色の髪、白い肌に鳶色の瞳をした涼やかな目をした女性が出迎えてくれた。このお方は志鳥武葉しどり・たけはと名乗っているが、実際は僕や柚乃が育った施設の近くにある神社の祭神、武羽槌命タケハヅチノミコトだそうだ。


 人々の崇敬が薄れたため、神力を無くして消えかけていたが、僕が神社の掃除を続けたことで消滅の運命を免れたらしく、武葉さんはそれをとても恩義に感じている。ついでに言うと、僕がまだ小学5年生だった頃、武葉さんと結婚の約束をしている。


 そう言った経緯で、武葉さんはこうやって僕の部屋に泊まり込み、なにくれとなく世話を焼いてくれている。柚乃が『三股』というゆえんだ。


「あ、ただいま武葉さん」


 僕がそう言って部屋に上がると、続いて上がって来た柚乃を見て、


「柚乃さんも一緒だったんですか? 今夜の晩御飯は雄瑠さんの好きなジビエ肉料理でしたのに、二人で夕食を摂るなんてひどいです」


 そう言うと、桜色の頬を膨らませる。なんでも武葉さんは勧請されて2百年を祭神として過ごして来たそうだが、見た目は20代前半で、こうやって拗ねるところは言いようもなく可愛い。


 だが、武葉さん曰く『神は嫉妬深い』そうなので、誤解は可及的速やかに解くに限る。僕は慌てて、大学の中で起こっていること、その相談のためにことりさんの家に行ったこと、などを詳しく話した。


 武葉さんは、話を聞くと大きなため息をつき、


「……はああぁぁああっ……大学で雄瑠さんの変な噂が流れているのは知っていましたが、『甘羽雄瑠討伐隊』だなんて、そこまで頭の可笑しな人たちが多いとは思っていませんでした。またぞろ、ことりさんの不埒な策略かと思いましたが、そういうことなら私を頼っていただければよかったですのに」


 先にことりさんを頼ったのは間違いだとでも言わんばかりに、武葉さんはそう言うとおかずを温め直しながら笑って言う。


「その人たち、雄瑠さんに酷いことをしようと思っているんですよね? じゃ、神として罰を与えても問題はないですね?」


 武葉さんの顔は笑っているが、よく見ると髪の毛の間に角が見える。怖い怖い怖い! 武葉さん、怒りのあまり『荒魂状態』になりかけてる!


 そう言えば、いつか武葉さんは言っていた。『荒魂状態は怨敵調伏などの荒事のための状態。人間である柚乃さんに使うべきものではなかった』と……あの時はちょっと、ほーんのちょーっとジェラシっている状態だったが、それでも柚乃は武葉さんの姿を見て、声を聞いただけで数時間も失神状態だった。


(やべっ!『本気モード』の荒魂武葉さんには、何とか落ち着いてもらわないと。どれだけ『討伐隊』の奴らが鬱陶しくても、56す訳にはいかないからな)


「た、武葉さん。僕は無事だったんだから、あまり過激なことはしないでくれないかなぁ」


 僕が言うと、武葉さんは鳶色の瞳を持つ目を細め、片方の頬だけを緩めて言った。


「分かっています。私も神ですから、相手が行った悪行に見合う罰しか与えません。ご安心を、簡単に56して楽にさせたりは致しませんから」


「いやいやいや! そいつらが反省して、これ以上ちょっかいをかけないって言ったら許してあげてね!?」


 ぼくは慌てて武葉さんに頼む。いかに神様の罰とはいえ、不幸になる奴が確定で出ると思ったら寝覚めが良くない。


 武葉さんはその言葉に答えず、ただ笑って言った。


「そうですねぇ……。それよりも、早く夕餉を食べましょう。柚乃さん、悪いですが卵焼きをお願いできますか?」


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3.甘ったるーい小夜曲セレナーデ


 読者の皆さんおはようございます(業界挨拶)。斎藤柚乃です。


 柚乃の恋人であり、幼馴染であり、お兄ちゃんである甘羽雄瑠さんは、無人島キャンプから帰って来てしばらくの間、『甘羽雄瑠討伐隊』を名乗る基地外集団から、その命を狙われていました。


 え? 『命を狙われる』って、大げさと思いますか? でもマジなんです。


 その理由は、お兄ちゃんがことりさんと男女の仲になったから……というものですが、柚乃から言わせれば、『そんな寝言は寝て言えよおいゴルァ』という感じです。


 だって柚乃はお兄ちゃんのお嫁さんになるために産まれて来たんだし、お兄ちゃんは柚乃のことを世界で一番大事にしてくれているし、柚乃とお兄ちゃんはいつかは結婚する運命にあるんだし……だから、お兄ちゃんがことりさんとそんな爛れた関係になるなんてあり得ないあり得ない♡


 え!? もしそれが本当だったらどうするかって? そんなことなんて、レシニフェラトキシンのスコヴィル値分の1以下の確率でしかあり得ないけれど、もし本当だったら、柚乃の世界は崩壊してしまうだろう。お兄ちゃんを道連れにして♡


 で、その『討伐隊』はお兄ちゃんを4・5日追いかけ回していましたが、柚乃たちが武葉さんに話を聞いてもらった翌日から、『討伐隊』の話はぱったりと聞かなくなりました。


(ことりさんがどんなに説得しても聞く耳を持たなかったっていうから、やはり武葉さんが手を回したんだろうなぁ……)


 久しぶりにお兄ちゃんと一緒に学内を回りながら、柚乃はそう考えていたんです。あいつ等が目を光らせていた時には、ゆったりと腕を組んで歩くなんてできなかったから、武葉さんが何をしたのか気になると同時に、それ以上に、


(武葉さん、ナイスですっ!)


 そんな気持ちで一杯でした。


「良かったね、お兄ちゃん。変な奴らが付きまとって来なくなって」


 柚乃がそう言うと、お兄ちゃんはため息をつきながら、


「はぁ、まったくだ。さすがに講義中に手を出してくるってことはなかったけれど、それ以外は神経を張り詰めっぱなしだったからね。家を特定されないよう、行き帰りや外出時にはいつも以上に気を遣ったし」


 そう言う。


「でもさ、お兄ちゃんはとっても強いじゃん? なんであいつらをまとめて叩きのめさなかったの? 柚乃が中2の時、変な奴らに絡まれていた柚乃を助けてくれたじゃない?

あの時のお兄ちゃん、カッコ良かったぁ♡ 2・30人もの不良をバッタバッタとなぎ倒しちゃってさ♪」


 柚乃がお兄ちゃんの腕に絡みついてそう言うと、お兄ちゃんは面倒くさそうに


「あれは、柚乃に対して酷いことをしようとしていたからだ。

僕に対しての悪意なら、それがどんな理由であれ、降りかかる火の粉を払う以上の実力行使をするつもりはないし、ケンカをするメリットを感じない」


 そう言って空を見上げた。


「お兄ちゃんって、柚乃と出会った時から、ずっとそうだったよね。他人のために怒って、他人のために動く……柚乃、そういうお兄ちゃんだから好きになっちゃったんだ♡」


「柚乃……」


「でもさ、これからは、こんなことがあったら、ちゃんと自分を守ってほしいなぁ。お兄ちゃんがいなくなっちゃったり、怪我をしたりすると、柚乃はとっても悲しいもん」


「柚乃……そうだね……」


 と、お兄ちゃんが柚乃の言葉に感動して、いい雰囲気になったと思ったんだけど、その時、ことりさんが声をかけて来たのでした。


「雄瑠さん。講義が終わったのなら、一緒に出掛けませんか?」



 わたくしと雄瑠さんの愛のエピソードをご愛読いただいている皆様、おはようございます(業界挨拶)。甘羽雄瑠さんの恋人、岩城ことりでございます。


 わたくしの来世に渡っての夫である雄瑠さんは、無人島キャンプから帰って来てしばらくの間、『甘羽雄瑠討伐隊』を名乗る不埒極まる集団から、理不尽な迫害を受けておられました。


 え? どういう部分が『理不尽』か、ですか? それは雄瑠さんとわたくしが、男女の仲になったから……というものですが、わたくしから言わせれば、『許嫁同士が身体の関係を持って何が悪いんでしょうか?』という思いで一杯です。


 だって雄瑠さんがわたくしのお婿さんになることは親も認めた事項ですし、雄瑠さんはわたくしのことを世界で一番理解してくれていますし、わたくしの小説の挿絵を雄瑠さんが描いてくださるってことは運命的な出来事でしたし……ですから、雄瑠さんがわたくし以外の女性を生涯の伴侶に選ぶなんてことはあり得ない、あり得ないんです♡


 え!? もし雄瑠さんと結婚できなかったらどうするかですか? そんなことなんて、数値的にはプランク時間以下の確率でしかあり得ないけれど、もしそうなったら、わたくしの中の宇宙は破綻して、ビッグ・リッパーを起こして消え去るでしょう。わたくしと雄瑠さんと共に♡


 しかし、執拗に雄瑠さんを追い回していた『討伐隊』のリーダーが、今朝わたくしの家に参りまして、執事の瀬戸岬に


『お嬢様の伴侶である甘羽雄瑠様には、金輪際粗暴なふるまいは致しません!』

『ですから、どうかお嬢様に僕たちの謝罪を伝えてください!』


 と、ボロボロになった様子で泣きながら詫びを入れてきました。


 はて、わたくしがあれだけ言葉を尽くして説得しても、頑として聞き入れてくれなかった人たちが、これは一体どうしたことだろう?……そう思いましたが、ふと思い出したのが、雄瑠さんの家で同居している泥棒猫……こほん、志鳥武葉という女性のことでした。


(……武葉さんは、雄瑠さんが育った施設の近くにある神社の祭神……ということですが、ひょっとして彼女が何か手を回したのでしょうか?

それにしては、リーダーたちは雄瑠さんのことを『お嬢様の伴侶』と言ったらしいけれど)


 そう思った瞬間、わたくしに電流が走りました。


(そうか、ついに武葉さんはわたくしと雄瑠さんの強い絆の前に白旗を掲げて、雄瑠さんをわたくしに引き渡してくださるおつもりなのですね!?)


 そうと分かれば、ぐずぐずなんてしていられません! すぐに雄瑠さんをお迎えに上がり、雄瑠さんと共に武葉さんにお礼を申し上げなくては!


 えっ? それは『煽り』ではないのかって? いえいえ、仮にも武葉さんは神。その神様が私たちの将来を認め、寿いでくださるのです。その海よりも深い慈愛の心、山よりも気高い御心に対し、わたくしも心からのお礼を申し上げたい、ただそれだけです。


 そういうことで、わたくしは急いで実験道具を片付けると、研究室を飛び出して文系キャンパスに向かいました。ああ、こういった時、雄瑠さんが文系であることをもどかしく思ってしまいます。大学進学時、わたくしも文系を選ぶべきでした。


 横断歩道を渡って文系キャンパスに入ると、向こうから雄瑠さんがやって来るのが見えました。例にもれず柚乃さんが引っ付いていますが、それはこの際無視しましょう。


 わたくしは駆け寄って、雄瑠さんの腕を取りながら


「雄瑠さん。講義が終わったのなら、一緒に出掛けませんか?」


「ダ・メ・で・すぅ~! お兄ちゃんはこの後、柚乃と一緒に『猫男爵』でデートしに行くんですぅ~!」


 柚乃さんが、雄瑠さんの反対側からそう言って来ました。


「あら、『猫男爵』なら、わたくしもご一緒いたします。ちょうどマスターにもお会いしたかったし、久しぶりにケーキセットも食べてみたかったですしお寿司」


「だ・か・らぁ~、柚乃はお兄ちゃんと『デート』って言ってるでしょお!? なーんでことりさんがくっついて来るかなぁ!? お兄ちゃん、何か言ってやって!」


 柚乃さんがそう言うのを、雄瑠さんは困ったような顔で見ています。ふふっ、優しい雄瑠さんのことですもの、わがままな妹も可愛いと思って困っていらっしゃるのでしょう。


 ではここで、わたくしはお義姉ねえさんの余裕を見せて、雄瑠さんに安心していただかなければ。


「柚乃ちゃん、大丈夫ですよ? わたくしは兄妹の触れ合いを邪魔いたしませんので。

勝手について行くのは構わないでしょう?」


 笑顔と共にそう言うと、柚乃さんはそれ以上わがままを言うことを控え、不承不承といった感じではあるものの、


「むぅ……勝手にすれば!? でも、お兄ちゃんに話しかけたりしたら、柚乃怒るからね?」


 そう言ってくれたのでした。



 話の成り行き上、僕は柚乃とことりさんに両側から挟まれた格好で、画廊喫茶『猫男爵』のドアを開ける。カランカランというカウベルの音が、何か懐かしい感じがした。


「おお、雄瑠くん。久しぶりに顔を見せてくれたと思ったら、今日は両手に花かい? 若いって素晴らしいねぇ」


 マスターはそう言うと、店の奥のボックス席を指さして、


「雄瑠くんを待っているお客さんがいる。柚乃ちゃんとも、岩城さんとも知り合いだと言っていたから、相席するといい」


 そう言う。視線の先には、栗色のセミロング、白いワンピースの上から淡い緑のカーディガンを羽織った女性……武葉さんがいた。


「武葉さん、洋服にも、外を出歩くのにもすっかり慣れたみたいですね?」


 僕がそう言いながら武葉さんの向かいに座ると、ことりさんが隣に座って来る。柚乃は『出し抜かれた!』という顔をしながら、武葉さんの隣に腰を下ろした。


 武葉さんは、僕の顔をじっと見つめると、クスリと笑って言う。


「くすっ、どうですか? 視野狭窄症で思考を放棄したクズたちの付きまといがないと、心が落ち着くでしょう?」


「た、武葉さんにしては辛辣な物言いですが、そうですね。あれだけ情熱的に人を推せるっていうのも、正直うらやましくはあります。今回の暴走について理解はし難いところですが」


 僕はそう言うと、居住まいを正して武葉さんにお礼を言った。


「あの、今回の件についても武葉さんが力を貸してくれたんでしょう? 本当にありがとうございました」


「うふっ♡ 雄瑠さんは私の大事な神婿ですので、私が力をお貸しするのは当然の助動詞です。何もお礼なんていらないんですよ?」


 武葉さんがそう言うと、ことりさんがびっくりしたように聞く。


「えっ!? 武葉さんはわたくしと雄瑠さんの絆を見て、わたくしに雄瑠さんを任せるおつもりではなかったんですか!?」


「……私の何を見てそう思い込んだのかは分かりませんが、そんなことはありませんよ?

雄瑠さんは私の神婿で、他の誰にもお任せするつもりはございません」


 キョトンとした顔で武葉さんが言うと、ことりさんはがっくりと肩を落として、


「そ、そんなぁ……。ではなぜ、今朝わたくしの家に謝罪に来た『討伐隊』の人たちは、『お嬢様の伴侶である甘羽雄瑠』って言ったのでしょう?」


 そう独り言ちる。それを聞いて、武葉さんはニコニコしてうなずき、


「あ、それは彼らを脅し……げふんげふん、説得した時、『雄瑠さんはことりさんに気に入られているので、あなた方が雄瑠さんに何かしたら、ことりさんのご両親が黙ってはいないでしょうね』と諭してあげたからではないでしょうか?」


「えっぐ~……それって完全な脅迫じゃん。『お前の将来は岩城財閥が全力で潰す』って言ってんじゃん」


 柚乃が言う。まあ、僕も同じことを思った。ただ、それを言ったのは武葉さんだが、ことりさんなら実際にやりかねないとも思ったが……。


「しかし、面識のない武葉さんの説得を、よくあいつらが聞きましたね?」


 僕が言うと、武葉さんはこともなげに答えた。


「いつ誰が、私の姿で話をしに行ったと言いましたか?」


 それを聞いて、ことりさんが恐る恐る武葉さんに尋ねる。


「えっと……もしやわたくしに化けて?……」


 すると武葉さんはにっこりと微笑を浮かべ、ちょっとシャレにならないことを言った。


「ことりさんの姿で、ちょっと神力を開放して差し上げたら、みんないい声で泣きましたよ? 雄瑠さんにも聞かせて差し上げたかったです」


 その時の状況を思い出しているのか、ハイライトを消してうっとりと前を見つめる褐色の瞳は、まるで熱に浮かされているようでとても怖かった……って、『褐色の瞳』!?


「あ、あの……ひょっとしてあなたは武葉さんではなく、椎葉さんですか?」


 僕は、とても悪い予感と共にそう聞く。すると武葉さんを演じていた彼女は、にんまりとした笑顔を向けてうなずいた。


「あ~☆ やっと気が付いたぁ? 雄瑠さんも水臭いなぁ、あんな奴らに追い回されているのなら、何日も付き合わずにさっさと私たちに相談してくれればよかったんですよ?」


 そう言われてみれば、早めに武葉さんにも相談すべきだったとは思う。そうしていれば、椎葉さんがことりさんに化けて相手を脅すなんていう事態は起こらなかったかもしれない。これは完全に僕の失策だった。


「……なんか、余計にややこしいことになっちゃった気がする……」


 僕はそう思いながら、椎葉さんの笑顔を力なく見つめていた。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


4.尾ひれと背びれの交響曲シンフォニー


 ……僕の不安は的中し、事態はさらにややこしくなった。


 というのは、椎葉さんがことりさんに化けて、『甘羽雄瑠討伐隊』のリーダーたちに会いに行っただけならまだいいが、その姿で神力を使ったらしいのだ。


 さらにいけないのは、ことりさんのご両親まで引き合いに出して、実質的に脅すようなやり方で話を強引にまとめてしまったことだ。


 そのため、今度はことりさんに関する突拍子もない噂が広がっていた。

 曰く、


『岩城ことりが、恋人を守るため『討伐隊』のリーダーたちを脅迫した』

『自分の男に手を出したら、親の威光で復讐するぞとか言ったらしい』

『リーダーたちはみんなボコボコにされ、ことりの家の玄関で土下座させられたそうだ』

『岩城ことりはお嬢様然としているが、実は元ヤンで、この辺りのレディースたちはみんなことりの息がかかっている』

『ことりの恋人と言われている甘羽雄瑠は、小学生の時から札付きのワルで、ずっと施設に入っていた。今は893とも関係がある男だ』


 ……エトセトラ、エトセトラ。中には


「……尾ひれだけでなく胸びれや背びれまで付いちゃってるよ。どうすんのこれ?」


 知らせてくれた春香さんも呆れるくらい、盛りに盛られている噂もあった。


「……問題は、ことりさんが家の威光を使ってあいつらを脅した……という形になっちゃっているところだ。その他の噂はしょせん噂の類で、僕やことりさんへの興味が薄れれば自然と収まるだろうが、『脅迫した』という事実がある限り、この噂は消えない気がする」


 僕が腕を組んで言うと、


「しかし、どうして椎葉様がお嬢様に扮して相手を脅すような真似をされたんですか? これが武葉様がされるのであれば、雄瑠さまとの関係上、分からなくもないのですが?」


 メイド長の愛実つぐみさんが、困惑した顔で聞く。まぁ、彼女と春香さんは、ついさっき武葉さんから、椎葉さんと武葉さんは双子神であることを聞かされたのだから、まだ混乱しているのだろう。

その問いについては、武葉さんが困ったような顔で答えた。


「姉がご迷惑をおかけします。

椎葉がそのような真似をしたのは、もちろん雄瑠さんのためというのもあるでしょうが、単に事態をややこしくして楽しみたかったからではないでしょうか?

椎葉は昨日以降、どこかに雲隠れしていますので、私の想像でしかありませんが」


 ……つまり、諸悪の根源は行方不明ってことだ。サイアクじゃないか。


「とにかく、ことりが元ヤンとか、雄瑠さんが893とつながっているとか、そんな噂は早めに打ち消さないと。就職活動だって控えているんだから、根も葉もない噂で就活ミスったら泣くに泣けないわよ!」


 噂を聞いて一番怒っている春香さんがそう言う。実際、ことりさんは昨日から大学を休んでいた。


「かわいそうに。ことりは繊細だから、あんなひどい噂を立てられたら外だって歩けなくなるじゃない! 無責任な噂を流した奴をとっ捕まえて正座させて、小一時間ほど説教してやりたいわ!」


「それは私も同じ気持ちです。お嬢様の品位を落とすような真似、絶対に容赦しません」


 愛実さんもそう言って柳眉を逆立てる。がしかし、具体的にどうやるのかとなった時、妙案は浮かばないのだ。


 だって、この噂がこんなに爆発的に拡散したのは、ことりさんが学内でも有名人だったことや、日常のことりさんと今回の『人を実家の威を使って脅す』という行動とのギャップが大きかったことがある。


 だから、『人を脅したことりさん』と『いつものことりさん』が別人であることが証明できれば、この噂は消えるはずである。むしろ、『岩城ことりのそっくりさんがいる』ことの方が、大きな驚きをもって迎えられる可能性が高い。


「かと言ってなぁ。『女神様がことりさんに化けていたんだ』といっても、信じる人間なんていないだろうし。下手をしたら()()()()扱いされかねないからなぁ……」


 僕がそう言って頭を抱えた時、それまで黙っていた柚乃が武葉さんに聞く。


「ねぇ武葉さん。武葉さんはことりさんに化けられないの?」


「残念ですが、形態模写は奇魂を持つ椎葉にしかできません。でも、柚乃さんが何を考えているのかは分かりましたよ? 要は二人のことりさんが同時に別な場所にいる状況を作り上げたいってことですね?」


 武葉さんが答えると、柚乃は目を輝かせてうなずく。


「そ♪ ことりさんのそっくりさんがいるって噂が広がれば、ことりさんのことをよく知っている人たちは、人を脅したのはそっくりさんの方だって思ってくれるよ」


「……ふむ、私たちがどんなに噂を否定しても、お嬢様のことを庇っているとしか思ってもらえないでしょうが、実際に別人がいるとなればお嬢様が潔白であると思ってくださる人が出てくるかもしれませんね。やってみる価値はあると思います」


 愛実さんも賛成する。


「武葉さん。椎葉さんにやってもらえるよう、話をしてくださいませんか?」


 僕が言うと、武葉さんはすぐに立ち上がり、


「もちろんです。椎葉にはきちんと収拾を付けてもらわないといけませんから。すぐに椎葉を見つけ出して、イヤといっても承諾させます」


 そう言うと、その場ですうっと姿を消した。


 それを見て、愛実さんも春香さんも


「うぇっ!? 消えた!?」

「武葉さんって、本当に人外の存在だったんだ……」


 そう言った後、僕の方を向いて何か言いたげな顔をしたが、


「じゃあお兄ちゃん、柚乃はお兄ちゃんの噂を打ち消してもらえるようファンクラブのみんなに頼んでみるから、一緒に来てくれない?

みんなお兄ちゃんを実際に見れば、お兄ちゃんがいい人だって判ってくれるはずだよ」


 柚乃が僕の手を引いて立ち上がったため、何も言わずに口をつぐんだ。



 僕のことを『斎藤柚乃ファンクラブ』のみんなに見てもらって、噂が事実無根であることを広めてもらうという柚乃の目論見は、案外うまく行った。


 柚乃のファンクラブには光弘も入っていたし、陽キャでパリピの光弘が勧誘した会員も多い。その人たちは『柚乃ちゃんの幸せがおれたちの幸せ』をモットーに柚乃を見守り、眺めて楽しむことを主な活動にしていたので、僕に対しても色眼鏡で見ることはなかった。


 また、女子の方は裕理ちゃんや真子ちゃんを中心に、『お友達の輪』が広がっていたし、(柚乃にとっては不本意だったようだが)僕を見て気に入ってくれる子も多かったため、


「雄瑠さんって、本当に真面目だよねー。柚乃ちゃんがうらやましい~」

「甘羽くんって、結構苦労しているんだな。そんな人物がどうしてあんな噂を広げられたんだろう?」

「真面目で明るい柚乃ちゃんが大好きって公言している人だもの、あんな噂、嘘に決まってる。私とお付き合いしてください!」


 などなど、僕が潔白であることをみんなが広めてくれて、いつの間にか噂は消えてしまっていた。


 その間に、武葉さんは隠れていた椎葉さんを見つけ出し、


「椎葉のせいで、雄瑠さんに関する事実無根で不名誉な噂が出回っています。噂の払拭に協力してください。嫌だと言ったら、分かりますよね?」


 荒魂発動を匂わせて椎葉さんに協力を約束させたらしい、すぐに、


「岩城ことりさんにすごく似た人がいるらしいぞ」


 という話が、理系キャンパスを中心に広がった。


 『討伐隊』に参加しなかった学生も、ことりさんに興味がないわけではなかったため、話を聞いて


「あんな美人がそうそう居るわけがない。きっと本人だよ」


 そういう者と、


「いや、講義中なのに理系キャンパス内を歩いていたって話もあるから、本当にそっくりさんじゃないか?」


 という者がいて、そこは理系らしく


「じゃあ、検証してみよう」


 ということになったらしい。


 そして、理系男子数十人が2班に分かれ、ご丁寧に1週間にわたってことりさんと椎葉さんを終日監視するという『検証』を行った。


 その結果、


「ことりさんのそっくりさんがいることは百パーセント確実。見た目は完全に特徴が一致しており、写真解析班員が解析したところ、顔かたちや身体的特徴は細部まで一致した。ただしその氏名や所属、居住地は不明。

検証班の中からは双子やクローンを疑う意見も出ているほど似ている」


 という、数十ページにわたる『岩城ことりのそっくりさん検証報告書』が出されることになった。


 となると、『理系の女神』を崇拝する者の中には、


「甘羽雄瑠が付き合っているのは、そのそっくりさんじゃないか?」

「そうだ、おれたちの女神様が、一般の学生と恋に落ちるはずがない」

「甘羽と付き合っているのはそっくりさんの方なんだ」


 という、『雄瑠の恋人はそっくりさん説』が飛び出した。その結果として、


「恋人の甘羽を助けるため、そっくりさんがその見た目を利用してことりさんに成りすまし、『討伐隊』を恫喝したんだ」


「ことりさんは実家のことを鼻にかける人じゃない。あの事件の真相は、そっくりさんが起こしたことに違いない」


 ……と、理系男子たちはそう結論付けたため、噂もほどなくして消え去ったし、ことりさん人気も復活した。



「……噂が消えて一安心したけれど、男の人ってみんなヒマなの? 男子学生が何十人もかかって、こんな検証を何日もかけて大真面目に行って、おまけにこんな報告書まで作るなんてさ。

内容も写真解析やらストーキング記録やらで、微に入り細に入り比較してあるけれど、この熱量を勉強に注げばいいのに」


 ことりさんが手に入れた『報告書』を見て、春香さんが呆れたように言う。


「まあ、これのおかげでことりさんの名誉も保たれたわけだから……」


 僕が苦笑すると、隣のボックス席から椎葉さんがドヤ顔で言う。


「ま、私にかかればこんなもんよ。でも、男の子たちから何日も注目されて後をつけられるなんて、ぞくぞくする感覚だったわぁ♪ クセになっちゃいそう♡」


 それを聞いて、武葉さんは隣に座った椎葉さんを睨みつけ、


「何を言っているんですか? 形態模写をそんな詰まらないことに使わないでください。

今度だって、騒動の発端は椎葉なんですからね?」


 そう言うと椎葉さんはムッとした顔で反論する。


「何よぅ。ちゃんと武葉の言うことを聞いて、騒動を鎮静化させてあげたでしょ?」


「それはやって当たり前田のクラッカーです! マイナスをゼロにしただけでしょ?

だいたいいっつも、椎葉はお茶目が過ぎるんです。椎葉の尻ぬぐいをするのって何回目だと思ってるんですか!? もっと姉としての自覚を持ってください!」


 武葉さんの正論パンチがカウンターで決まったため、椎葉さんは何も言えずにパフェをつつき始める。


「ところで柚乃ちゃん。なんであなたも浮かない顔しているの? 雄瑠くんの不名誉な噂も消えて、ファンクラブのみんなにも祝福してもらえたんでしょ?」


 春香さんが目の前に座った柚乃に聞くと、柚乃は僕の腕にしがみついて、


「だって、お兄ちゃんがカッコいいことが無駄に広く知られちゃったもん。おかげでお兄ちゃん、ここ数日で10人くらいの女の子から告白されているんだよ?」


 そう言って頬を膨らませる。


 僕の前に座ったことりさんも、少し怒った顔で僕に言う。


「雄瑠さんがモテるのは、恋人として面白くありません。

もちろん、雄瑠さんはそんなお方に対して丁寧にお断りはされているでしょうし、それだけ雄瑠さんが素晴らしい男性だという証しではあるでしょうが、ちょっと嫉妬します」


「でもさぁ、ことり。雄瑠くんがモテることについて怒るのもちょっと違うでしょ?

だって雄瑠くんったら実際、顔よし、スタイルよし、頭も良くて喧嘩も強いって自分で惚気てたじゃない? 客観的に見て、雄瑠くんはかなりの優良物件だから、女子が狙うのも仕方ないと思うけれどな~。


それでいて、ことりや柚乃ちゃん以外の人間の女性に目もくれていないんだから、嫉妬はともかく怒る必要はないんじゃない?」


 春香さんが言うと、ことりさんは僕を見ながら謝る。


「それは春香さんの言うとおりだと分かっていますが、やっぱり嫉妬してしまうと顔や態度に出てしまうんですよ。雄瑠さんに理不尽な女だと思われたくないので、できるだけ表面には出さないよう努めてはいるんですが……雄瑠さん、不愉快に思ったなら謝ります。ごめんなさい」


「いや、別に気にしなくていいよ。僕に好意を向けてくれる女の子たちだって、ほとんどは今度のゴタゴタで僕を知って、興味を持っただけの一過性のモテ期だと思うから。

噂と同じで、ある程度時間が経ったら落ち着くだろうし、僕に告白するなんていう人もいなくなるさ」


 僕はそう言ったが、実際はその言葉を裏切り、ちょっとした出来事が起こることになるが、その時の僕はそんな未来をぜんぜん予想だにしていなかった。


 ただ、その時はみんなで食事会をして、『甘羽雄瑠討伐隊』の事件やその後の噂の鎮静化を喜んでいた。きっとこれ以上の面倒ごとは起こらないだろうと信じながら。


 【デレ神様と修羅場と僕・その11:尾ひれと背びれの交響曲 終わり】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回はどんな落ちにするか迷いましたが、結局落ち着くところに落ち着いたって感じで、コメディやギャグ色があんまり出せませんでした。

この反省をいかし、もっとハチャメチャな展開にできる素材でエピソードを考えてみますので、ぜひ、次回もお楽しみに。

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