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胎動の刻―侵食の叫び『香月の苗④』

世界は、沈黙の奥で胎動する――


芽吹きは命の兆し。

だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。


風は優しく、花は揺れ、

それでも確かに、何かが侵されていく。


交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――


いま、侵食の夜を迎える。


『香月の苗④』


西辺境伯・ご領主奥方様、志乃さんの案内で、孤児保護施設『香月の苗』の敷地内を見て回る。

建物は、広い敷地内に、宿舎、学び舎、職員舎の3棟がある。

私達は、敷地入り口正面に建つ赴きがある…TVの番組で見かける武家屋敷風の職員舎の裏口から庭を通り、子苗達が住まう宿舎へと移動する。


木造二階建ての宿舎。

昔の学校のような佇まいだ。細かく区切られている部屋の窓には、色とりどりのカーテンが揺れている。

統一感がない色どりからして、部屋のカーテンもその部屋を使う子苗達の好みを優先しているのだろう。

案内されるまま、宿舎の中へ入る。

ここは土足厳禁らしい。入り口には、大きな靴箱が設置されていた。

本当に、校舎のようだ。

木張の床は、丁寧に磨き上げられていて、木の醸し出す独特な艶やかさがある。

一階には、広々とした食堂があった。並べられたテーブル。きちんと整理された座布団。

隣接した調理場から、広間が一望できる造りで、職員の眼が届くように配慮されている。

どデカい対面式キッチン…という感じだろうか。


壁には、多分…香月の風景だろうか?四季折々の風景画が飾られている。

優しい色合いの、水彩画みたいな絵だ。

竹の額縁は、子苗達が作ったと…志乃さんが説明してくれた。農作業が一段落した、冬の風物詩。竹林から若竹を選び伐採し、細く縦に割る。その竹を湯がき、柔らかくして、組み上げて加工していくらしい。

何でも…竹細工の職人さんが無償で指導に訪れてくれるそうだ。

そうして、若い株を育てる…きっと香月には、職人不足という事態は少ないのかも知れない。

適材適所。子苗達の才能の開花も、『香月の苗』の重要な役割だろう。


二階は、各々の部屋が割り当てられている。室内は、想像したよりも広い。4株部屋か、2株部屋で、部屋の隅にキチンと布団が畳まれて置かれていた。不精になり、万年床…なんて子苗は存在してないみたいだ。

窓辺には文机が並んでいて、本やノートが整理されて置かれていた。

窓辺の隅には、小さな本棚がある。薄い絵本のような物から、分厚い文字ばかりの書物と…ジャンルがまちまちだった。きっと、この本棚は部屋の子苗達が共有で使用しているのだろう。


ふと、廊下の先…突き当たりの部屋が騒がしいのに気付く。

ああ…さっき布団の柄を選びに行った子苗達が居るのかも。

ゾロゾロと、賑やかな部屋を覗きに行くと…3苗の子苗達がじゃれあうように騒いでいて、女性の職員が笑ってその様子を眺めている。

「あ、奥方様。」

女性職員が私達に気付くと、頭を下げる。

「今、カーテンの色で揉めていた所なんです。」

揉めている…と言いながらも、困った様子はなく、寧ろ微笑ましく様子を見ているって感じだ。

「そうなのですね。」

志乃さんは微笑みを浮かべると、室内に入り、子苗達の横に座り込んだ。

「さぁさぁ…どの色のカーテンが好きなのですか?」

子苗と視線を合わせて尋ねると、子苗達はお気に入りのカーテンを、それぞれ指を刺して喋りだす。

「おいらは、青!」

「僕は…若葉色が…」

「あたしは…桜色が良いのっ!」

見事にバラバラの意見に、志乃さんの顔が綻ぶ。

「お布団は、好きな柄を選べますが…カーテンは相談して決めなくては駄目ですよ。皆、バラバラの色ですが…どうしますか?」

志乃さんの問いに、子苗達は困ったように顔を曇らせる。

子苗達は、悩みながら視線を迷わせてると…部屋を覗き込む白帝城の姿に気づいた。

「あっ!城のあんちゃんっ!」

「えっ。城のあんちゃん、見に来てくれたんだね!」

「あんちゃん…カーテンが決まらないの…どうしよう。」

子苗達が一斉に白帝城を取り囲みながら、その手を引っ張り室内へと誘う。

「ちょ…待て待て。そんなに引っ張ると危ないだろ。」

白帝城は室内中央に座らされる。

「あらあら…白帝城様は大人気なのですね!」

志乃さんが堪え切れないと笑い出した。

「ねぇ、あんちゃんは…どの色が良いと思う?」

子苗達の縋る様な眼差しに、白帝城は困ったように苦笑いを浮かべて、室内に置かれた色とりどりのカーテンを見つめた。

「そうだな…。青か、若葉色に桜色…だったか?どれも綺麗な色だが…みな無地を選んだんだな。柄物もあるのに、こっちは駄目なのか?」

白帝城の視線の先には、動物や花柄が図案されたカーテンが並ぶ。

「お布団が柄物だから、カーテンは無地が良いって、なったんだよ!」

年長の子が、胸を張る。それは皆で相談して決めた事だから…誇らしいのだろう。

「そうか…なら、無地だな。私の好みだったか?そうだな…。沢山ありすぎて悩むな、コレは。」

白帝城は子苗に聞かれるまま、真面目にカーテンを選び始める。その中から…淡い薄めの黄色を手に取った。

「私は、この明るい優しい黄色が好みだな。淡い色味だから…日差しのようで、明るい気持ちになれそうだ。白も良いが…この薄い黄色は、心を和ませてくれそうではないか。」

白帝城の選んだ、優しいレモン色を子苗達はじっと見つめる。

確かに、この色味は日差しのように温かみを感じる。優しいお日様の色だ。

「おいら…コレがいいっ!」

「ぼ、僕もっ!」

「あたしもっ!お日様色がいい!」

白帝城の好みだから…なのか。それとも白帝城の色の説明が気に入ったのか…ともあれ満場一致でレモン色に決定したみたいだ。


「白帝城様は、本当に真面目でいらっしゃいますね。」

白帝城と子苗達が一緒になってカーテンの取り付けをしている姿を、志乃さんは微笑ましく眺めながら、九尾に話しかけてきた。

「すっかり懐かれてしまったみたいです。」

九尾が多少呆れ顔をしながら、笑う白帝城を見つめる。

「良いではありませんか。白帝城様は子苗だからと軽んじる事なく、真摯に向き合っておられるからこそ…ああして子苗達は心を開くのですから…」

志乃さんは視線を白帝城から、隣に立つ九尾へと向ける。

「九尾様…いえ、あえて颯真殿とお呼び致します。無作法ではありますが…颯真殿、どうかご家族と向き合って頂けませんでしょうか。」

小さな声で、志乃さんは九尾に語り掛ける。

カーテンに遊ばれるように絡まった白帝城を助けに向かう天使と雫には、その声は聞こえては居ないだろう。

「颯真殿の母君とは親類とはいえ、私にして見れば姉のような存在。颯真殿が香月を出て行かれてから…強いお方ですから、弱った姿を周囲には悟らせてはおられません。ですが…私には痛々しく映ります。どうか、御滞在中に一度、母君の水晶様とお会いして頂きたく存じます。」


魔剣は入り口から室内の様子が見渡せる壁にもたれ掛かり、完全に気配を消している。

会話の邪魔にならぬように、配慮したのだろうけど…ある意味盗み聞きに近い気もする。

まぁ、そんな魔剣に抱っこされたまま…志乃さんの話しを聞いてる私も同罪なんだが。

九尾は、志乃さんの言葉に躊躇していた。問いではなく…「母に会え」と強制とも取れる話し方だったからだろう。

「…分かった。」

九尾は、そう短く答えると視線を室内へと戻す。

「私からのお話しは以上です。どうか…宜しくお頼み申し上げます。」

志乃さんは僅かに首を垂れると、九尾同様に視線を子苗達へと移す。

そうか…玄関先で九尾に話があるって言っていたのは、この話をしたかったのか。

九尾の母親を、余程気にかけていたんだな…こんな場所で話す事では無かっただろうに。逸る気持ちが抑え切れず、話してしまった…そんな感じだろうか。

しかし…そうだよな。

香月は九尾の故郷でもあるんだから、家族が住んでるのは当たり前なんだ。

九尾の表情は、凄く嫌そう…では無い。会えるのを楽しみに…って訳でも無い。きっと…どっちとも言えない複雑な心境なのだろう。


白帝城が選んだカーテンを取り付けた窓を開け放つと、風が室内へと行き渡る。

優しいレモン色のカーテンは、光を纏うように風を含み、舞い揺れる。

その揺れは…まるで波打つ九尾の心のようだと…私には感じられた。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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