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イオとアオ―横浜ソアラ綜合事務所の謎ファイル  作者: 水城


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エピソード0 「奇妙なメモ」

(5)



 引越し屋には、午前の早いうちに来てもらった。

 ひっそり去ってしまいたかった。

 寮の水泳部のみんなとは、やっぱり、あまり顔を合わせたくない。


 結局、引越し先は「あそこ」に決めた。というか、他には内見もしなかった。

 けど、すごくいい部屋だ、いい物件だって惚れまくって決めたワケじゃない。

 風俗店が多い街……ってのも。

 まあ、まったく気にならないかと言えばウソになる。

 でも。なんというか――


 「不可」なところが見つからなかったのだ。建物自体も、その管理状況も。

 新築ピカピカではないけど、部屋には望んでいた設備は全部整っていたし。

 交通至便で「何かと便利」っていうのは、不動産屋の言う通りだったから。

 それに。


 一番印象が強かったのは、あの人――「イオさん」。


 引越屋の軽トラの出発を見送って、蒼は電車で横浜へと向かう。

 マンションにたどり着けば、ちょうど軽トラも到着していて、運転手が荷物を下ろし始めていた。

 蒼はマンションのオートロックを開け、急ぎ三階に上がる。


 そうだ。

 一応、両隣には先に挨拶しとくかな。


 右隣のチャイムを鳴らしたが、誰も出なかった。

 休日だし、まだ午前中だし。居留守かも。

 そう思いつつ、蒼は粗品のタオルをバッグにしまう。

 

 そして次は、左隣の角部屋のインターフォンを押した。

 「ソアラ綜合事務所」のチャイムを――


 すぐに「はい」と応じる声。

 ここのインターフォン、カメラつきだし。たぶん、オレの顔は見えてるよな?

 

「スイマセン。あの、覚えてらっしゃるか。オレ、新井で…」


「蒼くん!」

 かぶってくるくらいの勢いで、五百蔵が応じる。


「えっと、今日引越しで。今から少しバタバタします。うるさくしてスイマセン」


「ここに住むんだね。これからよろしく」


 特定の色を帯びていない、穏やかなやさしい口調だった。

 蒼の心が、なんだかホロリとほどけていく。


「大丈夫? 手伝おうか」


「いや、荷物全然ないんで。大丈夫です。ありがとうございます」

 家電は一から揃えて、店から直接届くことになっているし。

 

「そう? 何かあったらいつでも言って。じゃあね」

 

 うん、なんか。

 ここに引っ越して、やっぱ良かったよな……きっと。


 蒼はあらためて、そんなことを噛み締めた。






 そしてそのまま、新年度。蒼は新しい職場に飛び込んだ。

 ありがちなことだが、とにかくバタバタな日々だった。


 取引先やら担当者やらへの挨拶回り。

 特に横浜の事務所は、地方公共団体の施設の管理をいろいろと請け負っていて、なにはなくとも「年度替わり」は面倒ごとが多いようだった。


 「水泳部の練習」は、もうない。

 蒼も入社数年目にして初めて、残業らしい残業を経験していた。


 ということで、平日は夜も更けるまで家に戻ることもなくて。

 部屋で過ごす時間は、思っていたよりずっと少なかった。


 かなり帰りが遅くなった夜は、たまに「それ系」かな……みたいな。

 外国人ホステスかキャバ嬢か。もしかしたら風俗嬢か? みたいな女性や酔客を見かけたりもした。    

 とはいえ、駅からはまっすぐ四分で家に着く。

 寄り道でもしない限り、特に危ないコトもなかった。今のところ「ヤクザ屋さん」に道でぶつかるなんてこともない。


 五百蔵とは、廊下などでたまに顔を合わせていた。

 「なにか困ったことはないですか?」とか。

 短く気遣いの言葉をくれて、穏やかにほほえんでくれる。


 うん、「癒し系ウォーリアー」っていうか。

 司法書士? 行政書士……か。

 ってさ、要は書類の作成とか、法律関係のコトとかをやる人なんだよな?

 細かい仕事って感じ。

 でもイオさんは、「そういうイメージ」とは、なんか一致しない感じがするんだけど。

 あの体格と――ごっついタトゥーがさ。


 そんなこんなで、蒼が引っ越してきて数週間が経った頃だった。

 残業帰り、蒼は溜息をつきながら、一階のホールにある郵便受けを開ける。

 

 チラシ、チラシ、自動引落しの手続きを忘れている水道料金の請求書。

 チラシ、ダイレクトメール。


 郵便受けの下には、チラシ廃棄用の段ボールが置かれている。

 無意識めいた仕草で、そこへチラシとダイレクトメールを投げ入れようとしたとき。

 ふと段ボールの脇に落ちている「紙片」に気がついた。


 「紙片」というか、きちんと四つ折りにされた紙――だった。

 まだパリッと新しいような、ゴミにしては違和感のあるたたずまいに、なんとなく注意が引かれたのかもしれない。


 指を伸ばして、蒼はそれを拾い上げる。

 折り目を開いて、中を見た。


 青のボールペンで、癖のある文字が書き連ねられている。

 アルファベットだ。でも明らかに「英語」ではない。


「……何語? これ」


 蒼はスマホを取り出す。カメラ対応の翻訳アプリを立ち上げた。

 だが、手書き文字をうまく読み取れないのか、まるで歯が立たない。


 仕方がないので、普通の翻訳アプリに切り替えた。

 「これ絶対、外国人が書いたんだろうな……」っていう、独特に読みにくいアルファベットに手こずりながらも、一文字一文字、翻訳ボックスに入力していく。


 まず日本語に訳させてみたが、結果はまったくの意味不明。

 しかたないので、英語で出力してみる。


 アプリが自動判別した元言語は「タガログ語」だった。


 蒼には全然ピンとこない。

 タガログ――って、どこの国だっけ? とか検索しなおす始末。


「フィリピン? の公用語……かぁ」


 へぇ、フィリピンって英語とかじゃないんだ……と、無知蒙昧なモノローグを呟いて、蒼は翻訳結果に目を落とす。


 英訳でも、やはり文章の体裁はほとんどなしていなかった。

 

 no, paper..............not go home, ;  case no divorce.

 court decisions

   // help   want not  certification 

apostille no home


「ノット ゴーホーム? 『ヘルプ』って……なんだよ、これ」


 意味不明とはいえ、判断できた単語の断片は、なんとも「不穏」な感じがした。

 なんとなく唐突な「助けて(ヘルプ)」という言葉には、どうにも心がザワついてしまう。

 

 だから蒼は、その紙片を「ゴミだ」と捨てることもできなくて、でもどうしようもなくて。

 ただなんとなく、手にしたスマホのカバーの隙間に差し入れた。


「エピソード0」 了

 ―― ファーストエピソード「声なき紙片」に続く

 

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