悪魔の心、天使の心、思春期の僕たちは複雑に入り乱れている。
6.成長期
中学校時代はどの子も同じように、大なり小なり『自分とはなんぞや』と悩み始めるお年頃になるもので、甘えん坊の自分、反抗期の自分、不安になる自分、俺も小学校の時に漠然と感じていた自身への違和感を中学校生活の中でわずかではあるが何で違和感を覚えるのか、ということを考えることができるようになった気がする。
中学に入って1年生の担任は大垣華先生、噂でも見た目も定年間近のベテラン教師で、学年主任をしている先生だった。これが若い先生なら通称“華ちゃん”になるのだろうけど、やんちゃな中学生もさすがに“華ちゃん”とは呼べず、“大垣先生”以外に呼び名はなかった。
俺は入学して1週間もしないうちにこのクラスは問題児が集められたのではないだろうか、と思うようになった。もちろん俺もその1人に間違いないのだが、ある女子は入学式の日からスカートの裾が落ちた制服を着ていて、その子はしばらくすると学校に来なくなった。なぜか教科書を机の引き出し部分に入れずに、常に足下辺りに散らかしている男子もいた。特に気になったのは、いつも寝癖とフケがすごい男子もいて、数日しないうちにクラスメートから避けられるようになり、その男子が給食当番の時はフケが落ちるのが嫌だ、と“当番をしないでいいから”と言われはじめた。
その子をみんなは「コウちゃん」と呼んでいた。コウちゃんはどうやら特別支援学級の対象生徒のようであったが、家族の強い希望で通常学級に入っていた。でもクラスで集団行動ができず、クラスメートから邪魔者扱いをされていた。もちろん俺はそれの同調者で、コウちゃんが好き勝手に動いたり、モタモタすることにイライラすることもよくあった。運動会が近づいた体育の時間にリレーの授業で俺とコウちゃんは同じチームになった。コウちゃんは走るのも遅かった上に、腕をブラブラさせたようなフォームで走っていたため、走っている途中でバトンを落としてしまい、バトンリレーも次の走者が走りだすと、それを追走できず、ついには次の走者が立ち止まって待つ、という状況に陥り、俺のチームはリレーが成立しないままで授業が終わり、整列をした。
「コウちゃんのせいで、おれたち失格だよ、運動会のクラスリレーでクラスが負けたらコウちゃんのせいだからな、コウちゃんはトロいんだよ!」
俺の後ろにいたコウちゃんに向かって暴言を投げつけてしまった。俺だってたいして足が速いわけではないのに、と思うが、他のチームが僅差で競い合って、勝って喜んでいるチームや負けて悔しがっているチームをみると腹立たしくなり、その怒りをコウちゃんにぶつけてしまった。この暴言を吐いたことは、早々に大垣先生に伝わり、俺はまず昼休みに生徒指導室に呼ばれ、放課後には自宅へ連絡を入れられ、母親の知るところとなった。
仕事から帰った母親に俺はこっぴどく叱らた。
「俺だけじゃない、皆が言っているし、コウちゃんは不潔だし、コウちゃんが一緒だから負けた!コウちゃんは俺たちと同じ能力がないから、それは大垣先生も知ってるし、たまたま今日は俺がコウちゃんに文句を言ったってだけだよ、コウちゃんは毎日誰かにないかを言われてるよ!」
俺は思いつく限りで暴言に至った言い訳をまくし立てた。母親は軽くため息をつきながら
「確かに、大垣先生も圭太君だけではない、とは言っていたけど、そういう問題じゃないよ、仲良くできないなら、せめて争わない付き合い方を考えないと、弱い者にだけ強く出るのは卑怯だよ」
母親はため息交じりにそう言った。コウちゃんがいなくても負けていたかもしれない、それでも同じように悔しかっただろう、今日、たまたまコウちゃんがいたことで負けた理由にできた、格好の言い分けの対象だったに過ぎなかったのかもしれない。俺は運動も勉強も負けたことしかなかったせいか、“どうせ”と諦めている一方で、俺をバカだと見下しているやつらが許せなかった。その腹立たしさを今日はコウちゃんのぶつけて溜飲を下ろした。おそらくそれが本音なのだろう。でも中学生の俺にはそんな複雑な自分の心持ちを説明できるほどの賢さはなかった。
次の日に登校すると隼人が俺のところにきた。
「昨日は大丈夫だったか?」
「めっちゃ怒られた!」
「だろうな、気の毒に」
コウちゃんの事で親に叱られたのだろうということを心配して様子を聞きにきた。
「でも、あいつに文句を言うのは圭太だけじゃないしなぁ、体育の大塚はクラスの雰囲気を知らないからだよ」
「そう思う」
「皆んな結構きついこと言ってるし、赤城なんか陰でえらい言いようだぜ、あいつは大垣先生の前で尻尾を出さないだけだし」
「そうだよ!」
「負けて悔しいのは当然だし、あいつがチームにいなかったら、って誰でも思うって、人前でもはっきり言う圭太の方が俺は正直で良いと思うけど」
隼人は俺の言動を肯定しながら、クラスの微妙な人間関係を知らない体育の担当教師を非難した。ベテランのクラスの担任でも手を焼いている生徒に、たった13歳の俺達がスマートに対応なんてできる訳もなく、大人の対応を求めることがそもそも間違っている。弱い者に手を差し伸べれば自分も置いていかれるリスクがある。そんな社会を作ったのは大人だ。そう思うと赤城は競争社会を必ず生き抜けるしたたかなやつだ。
赤城は1学期の当初は俺の隣の席だった。何かと俺にちょっかいを出してきて鬱陶しかったし、俺も苛ついてやつに一々対応するのでセットで怒られる。赤城は成績の良い生徒で、単なるいじめっ子というよりは狡猾で傲慢な奴だった。休み時間には赤城とその取り巻きのような男子が、おとなしそうな男子の机に腰掛けて占領し、挙げ句にその男子の筆箱を落として、中に入っていたシャーペンを壊しても“それが?”みたいな目つきで文句を言わせないようなこともあった。俺にも
「おまえ、髪の毛ながいんじゃねーの」
と言って唐突に髪の毛を引っ張られて、髪を結構抜かれてしまうことがあった。そんなことがあって、赤城と相性の悪い俺や、彼を嫌う数人のクラスメートは2学期の席替えで赤城とは真逆の席になった。それでも英語の時間に俺が先生の質問に挙手することもなく不必要な発言をした時、ずいぶんと離れた所の席にいたにもかかわらず赤城が
「うるせーよ、黙れよ、圭太」
と俺に文句を言ってきた。
「おまえが黙れ!」
俺も負けずに応酬した。授業中に男子生徒の口げんかが始まり、先生は2人に静かにするように注意をした。しかし俺たちはそれでも“うるさい”“黙れ”“おまえに言われたくない”“テメーが言うな”と、すでに何が原因だったのかわからないような状況になってしまい、俺たちは教室から出され、職員室で大垣先生からたっぷりとお説教をもらった。それからも赤城とのトラブルは大小いくつかあり、俺と赤城は卒業まで仲良くなることなく、2年生では当然ながらクラスが別れた。頭の良い赤城は2年生になるとさらに大人をうまく回すことを覚え、教師に尻尾をつかまれないような方法でクラスメートに意地悪をして、自分のストレスを発散するようなことをしていた、と後で俊希から聞いた。
そんなクラスの邪魔者扱いだったコウちゃんと一緒のチームで練習して望んだ1年生の運動会は、俺にとって義務教育最後の運動会、そして学年1位になった最終学年の一大競技“3年生のクラス全員ムカデ”より印象深いものになっている。でもその思い出の主役はコウちゃんではない。
どこの中学校でもある運動会の競技に“クラス全員リレー”がある。足の速い子だけが走るリレーと違って、全員がリレーを経験でき、クラス全員がバトンをつなぐという、クラスの一体感を味わえるとして中高での鉄板競技だ。得点も大きいので優勝を狙うならこの競技は落としたくない。俺達の学年は36人でのリレーとなり、36名に足りないクラスは誰かが2回走るようになる。俺たちのクラスは好調な走り出しだった。そしてコウちゃんもいつものように人を苛つかせる走りではあったが、さすがに36人も走るリレーとなると、1人のブレーキぐらいでは簡単に勝負はつかない。どのクラスも抜きつ抜かれつで白熱のリレー戦になっていたが、俺たちのクラスで21番目の女子が足を滑らせて転倒、そのまま立ち上がれなくなった。大垣先生が慌てて駆け寄り救護、代走を立ててなんとかアンカーまでバトンをつないだが、代走を立てていたロスは半端なロスではなく、周回遅れのビリになってしまった。調子がよかっただけにクラス全員ひどく落胆した。
俺もガッカリした、でも、俺達のクラスのゴールはなぜか父兄や先生、生徒達の拍手でアンカーが迎え入れられ、1位のクラスがゴールした時より会場中が盛り上がった雰囲気になったことが俺には異様に思えた。リレーを頑張ったのは1位のクラスで、俺たちのクラスはビリだったのだから決して褒められることはない、じゃ、諦めずにがんばったことに対する拍手なのかと思うが、それもおかしい。がんばったのはどのクラスも同じだし、1位のクラスは最もがんばったから1位だったということになる。競争なのになぜ1位ではなくビリの方がその功績を認められるのか俺には違和感が残った。
そして、そんな俺の横で七海たちの女子グループはゴール直後の落胆ぶりとは打って変わって“がんばったよね”“すごくよかった”などなど、涙目になりながら諦めずに最後まで努力した自分たちを褒め合っていた。でも果たしてそれが本音なのだろうか。クラスメートの女子が転倒した時に最初に聞こえた言葉はその女子の怪我を心配する言葉ではなく、“代走、誰?早く!”などなど、リレーの先行きの心配だったと思う、その声は確かこの七海グループだった。もちろん競技中の状況判断として間違ってはいないが、そんな七海たちが負けた悔しさより、涙目で怪我をした女子や自分たちを讃えている。俺は女子の顔の多さを改めて思い知った。この淑女ぶった顔が180度回ると別な顔があるのだと、この時にも女子の本音と建て前の怖さを背中に感じた。
それでも転倒した女子が親の迎えで足を引きずりながら運動会を早退したのをみると俺も“頑張ったよね、運動会は来年もあるから”という思いながら後ろ姿を見送った。
「負けると悔しいな、でも頑張った本人が一番残念だったと思うよ」
一緒に片付けをしていた大輝がそう言った。
「頑張っても負けは負けだよ、勝負なら勝たないと意味はないし、ふんっ、勝ったクラスに“おめっとさんって”言ってやれば運動会は終わりだよ」
隼人が俺と大輝の後ろから話かけてきた。がんばった者ではなく、勝った者が勝者である、という理屈だ、ゴールを見たときに感じた違和感は俺だけではなかったんだと、俺は少し安心した。




