仲の良い友達
「じゃあ、鵜飼先生と吉田先生は大石先生と、それと僕と一緒に1組と4組の生徒がお邪魔している職場に訪問をしてもらって、鵜飼先生は事前の調査の集計をエクセルに・・・」
俺は会議室で来週から始まる職場体験の打ち合わせをしていた。学年の先生が揃ってそれぞれの役割や、生徒への説明会の準備をする。実習生なので、ひとりで役割を担うということはなく、この行事を機会に行事担当の役割を理解したり、他のクラスの担任の先生にも指導の機会を設けてもらうことが実習生の目的となるようだ。そしてなぜか隼人とセットで主任の大石先生に預けられる格好になった。
「鵜飼先生も職場体験の指導は初めてな訳だから、吉田先生とお互いに情報交換をしながらやっていくといいですね」
学年主任の大石先生が俺と隼人に目配せをしてくる。
「はい、よろしくお願いします」
俺は大石先生にも、そして隼人にも視線を送って軽く頭を下げた。
「圭太はどこで職場体験した?」
会議室で打ち合わせが終わった後の時間を利用して俺たちはそのまま会議室に残り職場体験の準備を2人でした。
「ラーメン屋、隼人は?」
「コンビニ、光と大輝が一緒だった」
「へー」
「光はあれで結構仕事できてたな、逆に大輝がなんだかモタモタしてた」
隼人は何か思い出しているような笑いを浮かべていた。
「大輝はそうだろうな、言われたことはきっちりやるけど、積極的にってタイプじゃないし、光はお勉強も態度もいまひとつだけど、あいつ社交性はバッチリだろうしな」
「圭太は光って今なにしてんのか知ってる?」
「ああ、渋谷で美容師してる、といってもまだアシスタントらしいけど」
高橋光、今でも消息がわかる友人の一人だ。小学校の5・6年の頃、光と隼人と俺の3人は放課後なにかと一緒にいた。たいていは光の家に行ってゲームをして時間を過ごした。なぜ光の家かというと、光の家は両親とも時間が不規則な仕事をしていたようで、放課後に遊びに行った時にお父さんが入れ替わりに仕事に行くことや、お母さんが朝の登校時間に仕事から帰っている姿をみることがあった。そのため子ども達だけでゆっくり遊べる環境だった光の家で遊んでいた。
でも大人がいないために、夕焼けチャイムがなっても遊び続けることもよくあり、隼人は帰りが遅くなって母親に叱られることが多くなり、俺も母親に遅く帰っているのが見つかり叱られた。そんなことがあってしばらくの後、学校の保護者会で、担任の児玉先生から、
「焼けチャイムの後も友達の家で遊んでいる子ども達がいる、各ご家庭でももう一度子どもに夕方の帰宅については指導をして欲しい」
という連絡がされたそうだ。どうやら隼人の母親が、光の家で夕焼けチャイムが鳴っても遊んでいることを児玉先生に相談をしていたらしい。保護者会があった日の夜、母親から、“大人が見ていなければルール違反をしても良い、という俺たちの考えがおかしい”と雷を落とされた。俺も子どもながらに親の言っていることは間違っていない、とわかった。でも母親は俺に隼人の家からの学校への苦情が“遊びのルール”ということだけではないのだと聞かされたことで複雑な気持ちになったのを覚えている。
実は俺の母親も保護者会の前に学校に連絡をしたらしい、“兼業主婦なので光の家庭に事情は共感できることもある。でもそうはいっても夜の7時まで自宅で遊ぶことを黙認することは容認できない、保護者会の機会に注意をして欲しい!”と児玉先生に相談したらしいが、その時には隼人の母親がすでに児玉先生に相談を持ちかけており、子どもの世話を放置している親に迷惑をしている、“うちの子どもが悪いことに巻き込まている!”という趣旨で連絡をしてきたそうだ。光の親だけではなく、俺の家の事も含めてのことだったと、児玉先生は多少言葉を濁していたらしいが、母親は不愉快だったに違いない、“働く親だから躾が悪いといわれないように!”と強く念押しをされた。
「犬がいたよな、名前なんだったけ?」
隼人が光の家の犬のことを覚えていたことは俺は少し意外だった。
「うーん、ラッキーだった、と思う」
「そうラッキーだ、あいつ俺のバックをかじって、買ったばかりのバックだったから俺は親に色々いわれた」
「隼人、やっぱり、叱られていたんだ」
「そうだね、光のことでは俺の親、神経質になってたと思う」
「光だけ?」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
俺はそれ以上は聞かなかった。母親の予測は当たっていて、隼人の親は光と同じように俺にも良い印象を持っていなかったと思う。隼人の家に遊びに行った次の日に学校に行くと、隼人から“家に上がるときに挨拶がなかった”とお母さんが言っていた、と言われたことを覚えている。俺は言ったつもりだったが、隼人のお母さんには聞こえないくらいの声だったのだろう。そう思うと後悔のような悔しいような気持ちになったことを覚えている。
親が自分の子どもがどんな友達と付き合っているのか知りたいのか当然のことで、俺の母親だって躾が悪いと思われる子と遊ぶことをあまり良く思っていなかったと思う。でも躾が良いか悪いかを決めるのはなんだろう、と考えてみると、それは親同士のお互いの印象になるのだろう。さほど根拠があるとは思えないが、保護者会なんかで懇談する時の話し方や生活の様子などで計るのだろう。
光の母親は保護者会には全くといってもいいくらい来なかったらしいので、母親達の中で“子どもや学校に無関心の人”となっていたらしい。隼人の母親はその真逆で、クラス委員を引き受けたり、PTA活動にも積極的に参加したりしていた。俺の母親と隼人の母親は子どもがずっと同じクラスだったので、お互いの顔をよく知っていた。ただ専業主婦の隼人の母親と兼業主婦の俺の母親は保護者会で顔をあわす程度で個人的な付き合いはなかったらしい。俺の母親も保護者会や学校行事には都合がつく限りは出席をしてくれていたので、決して“子どもに無関心な母親”ではなかったと思うが、俺を『良い子でない』と思っている隼人の母親は俺の母親のことを“子どもに手をかけていない親”と思っていたのではないだろうか。
それでも8年間も同じクラスの親なので、保護者のなかでは、知っているけど深くは関わったことのない親に分類されるのだ、と母親が言っていたのを覚えている。俺はその分類方法を聞いた時にはまだ中学になってすぐだったと思うので、よく意味がわからなかったが、今はよくわかる。俺と母親の分類方法が同じかは不明だが、お茶に濃茶、薄茶、普通茶があるように友人関係もどの程度の濃さで付き合うかは人との距離感において重要な要素だと思える年になってきた。
「それと、圭太は小太郎を覚えてる?」
「小太郎?」
「あー、あいつかぁ」
俺はその名前を聞くまでその存在を思い出すことはなかった。いま思い出してもけっして愉快ではない。
香坂小太郎と光と俺はクラスが一緒になったことはないが、両親とも仕事をしていたので放課後の学童クラブで小学校入学から3年間一緒に過ごした。小太郎は背が高く、身体も大きく、強引な性格もあり、光も俺も小太郎と遊ぶというより、小太郎にやりたいことに付き合うような関係だった。小学校3年生の俺の誕生日の学童から送られた誕生カードに同じ3年生の仲間と写った写真が貼ってあるが、真ん中の俺より隣の小太郎のほうが目立っていて、誰の誕生日カードなのか、という写真だった。学童を卒業しても遊ぶ機会は多々あったと思うが、俺は小太郎を思い出すと心がささくれ立つ感じがする。
小学校4年生の夏、俺と光が一緒に行く約束をしていた近所の老人ホームの納涼会に小太郎は光を誘った、でもすでに俺と行く予定になっていたことを知った小太郎は光に“用事で行けなくなった”と俺にキャンセルの電話をさせ、自分と一緒に行くようにさせたらしい。小太郎にしてみれば、光と一緒に行けなくなれば、俺は納涼会に行くのをやめるだろう、と予想したのだろう。でも光と行けなくなり、しょげていた俺を見て母親が、一緒に行こうと誘ってくれて、俺は母親と納涼会に出かけた。そして俺は光と一緒にいる小太郎に会ったのだ。光はすごくバツの悪そうな顔をして、小太郎は“ヤバイ”という表情をしていた。俺もすごく悲しい気持ちになり、2人を避けるようにして建物の陰に早足で隠れ、俺の後に母親が足早に追ってきた。
「圭太ここで待っていなさい、焼きそばとフランクフルトを買ってくるからね」
「うん」
「ジュースは何がいい?」
「何でも・・・・・・いいよ」
事情を察した母親は俺に座って待っているように言って、俺が楽しみにしていた食べ物を買いに行ってくれた。俺は納涼会の楽しい雰囲気がどこか人ごとのようで、ひとりぼっちの気分になっていた。しばらくして母親が戻り、俺は母親と食事をした。母親は俺が頼んでいなかった豚汁も買って食べさせてくれた。食事を済ませたら帰るのだろうと俺は思っていたが、母親は施設内のコーナーも観て遊んで行こうと、俺の手をとって建物の中に入り、スーパーボールすくい、ヨーヨー釣り、射的などが出ている廊下を歩いた。
「圭太君のママ!」
どのコーナーで遊ぼうかと迷っていた俺たちに声をかけてきたのは隼人の母親だった。
「こんにちは、隼人君も来ていたの?赤ちゃん連れて大変ね」
母親は当時まだ幼稚園に行く前の隼人の妹の手を引いて納涼会に来ていた隼人の母親に挨拶をした。
「そうなのよ、でも隼人はさっき光君達と会って一緒にみて歩くって、圭太君も一緒に行くといいんじゃない?」
隼人のお母さんは俺が母親とでは退屈だろうと気をつかって隼人と合流するように勧めてくれた。
「うーん、そうね、会ったら合流させてもらおうか、圭太」
「う・・・・・・ん」
俺はなにも知らない隼人の母親に説明する必要もないと思っていたし、母親も同じだったらしく、うまく言葉を濁して、俺と母親は隼人の母親と別れた。俺はすぐにでも帰ろうかと思っていたが、母親に連れられてスーパーボールすくいで遊び、ヨーヨーも釣った。しばらく施設内を練り歩き、帰ることになった。結局、広い施設内ではその後に光達に会うことはなく、俺はホッとしていた。そして、ここに来たときはとても残念な気分だったが、考えてみれば母親と一緒なら好きな時間で好きなように遊ばせてもらえるのだから、気ままな時間を過ごすことができるのだと、帰る時の俺は結構満足をしていたように覚えている。
自宅に帰るともう4時近かった。さて、これから夜まで何をするか考えていると電話が鳴った。この時間の電話はたいがい俺の友達からの遊びの誘いのことが多いので、俺が出ることがほとんどなのだが、その電話にはなんとなく出るのをためらっていると母親が受話器を取った。
「あら、今ちょっとコンビニに行ってるから、後で電話させるわね、隼人君の携帯でいいのかな?」
母親は俺が今は家にいない体で電話を切った。
「隼人?」
「うん、今、光と一緒にいて、小太郎は帰ったからこれから一緒に遊ばないかって誘い」
「・・・・・・」
「あとで、連絡させるって切った、どうする?」
「どうしようか・・・・・・」
俺は光とも隼人とも遊びたくない訳ではなく、時間もあるし遊ぶことに問題はない、でも何かが引っかかる。
「圭太はどうしたいの?」
俺は考え込んだ。
「お母さんはね、今日は断った方が良いと思うよ」
「どうして?小太郎はもういないんでしょ?」
「そうだよ、でもね、小太郎君の行為ははっきり言って虐めだし、それをわかって言われた通りにした光君も一緒になって圭太を虐めたってことと同じだよ、その上自分で電話をしてこないで隼人君に電話をさせるって、どれだけ卑怯者なんだよ!って思うから、申し訳なかったっていう気持ちがあれば自分で電話をしてくるべきだよ、隼人君に電話をさせて誘うなんて、私は気分が悪い、今日はホイホイ遊びに行くのはやめたほうがいいと思う」
「今日だけ?」
「期間はなんとも言えないけど、何か言ってくるまでは少し距離をおいたら?」
「う・・・・・・ん、小太郎は?」
「・・・・・・今後は学校とか大人のいる場面での最低限の交流だけにして、プライベートの交流はしないかな」
「そうだね・・・・・・」
俺は光との距離を取ることは気が進まなかったが、小太郎との関係については母親の意見に従うことに異論はなかった。ただ光にしても小太郎にしても、大人が言うような絶妙な距離感は取れないのだろうとわかってもいた。そして隼人には俺たちのいざこざに巻き込まれたことに申し訳ない気持ちになり、同時に俺たち3人のパワーバランスを見られたことへの恥ずかしさもあった。その日俺は家で過ごした。
次の日、登校すると同じクラスの光とは嫌でも顔を合わせた、昨日の話をするでもなく、謝罪をされたわけでもないが、やはり日々の中でいつの間にかいつもの調子が戻ってきた。その一方で元々クラスの違う小太郎とは、なんとなくではあるが自然と遊ぶ機会も減っていった。そうして俺は光と隼人の3人で遊ぶ機会が多くなった。といっても5年生になると隼人は塾に通い始め、中学受験にむけて勉強を始めたため、遊べる日は多くはなかったが、塾のない日は光の自宅でゲームを夢中でしたり、俺の家のマンションのエントランスは子どもが少しくらいなら走れる程度の広さがあり、ミニかくれんぼくらいなら楽しめた。隼人が6年になって塾をやめると遊ぶ回数の自然と増えていった気がする。同時にその頃から光と遊ぶことを隼人の親が快く思わなくなり、そして俺も反抗期といわれる時期に突入していった頃だった。




