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俺たちの関係

「そういや、そうだったな」

「覚えてるのか?」

俺は俊希と『ウオヤ』にいた。俺と俊希の数少ない共通点はマラソンと魚介類が好きなことだ。この海鮮居酒屋でリーズナブルな魚介料理をつまみながら、お互い酒豪でもないので少しばかりアルコールを嗜んで話すのが、定番の交流のスタイルになっていた。

 今もそうだが、中学時代の俺と俊希は趣味、興味、関心に共通点はさほどなかった。俺は無類のアニメ好き、俊希はアニメには全く無関心、得意教科も俺は数学、理科、社会、俊希は英語と国語、全く正反対で友達になれる要素は見当たらず、同じ塾に入らなければそのまま同級生のひとりで終わっていたかもと思う。

「確か、2年の2月だったろ?前の日に塾に来たときは湿布だった圭太の腕が次の日にギプスになっていて驚いたし、期末前なのに大丈夫かよって、でもあん時の期末テストで、圭太がついに430点を超えたから、腕が不自由でもなんとかなるもんだな、それも驚いた」

「そうだよ、あの期末テストで俺、総合で70点以上上げて、ついに学年20番に入ったんだ、そんでもって、国語の佐藤先生に、腕を折ったほうが成績がいいなら、次のテストは両腕を折ってみたらどうだ、って言われた覚えがある」

その佐藤先生は「骨折をしているかも」と心配をして声をかけてくれた野球部の顧問の先生でもある。

「そりゃ、すげー言い方だな」

「でも、あの時の国語は俺には驚きの結果だったし、まぁ自分でもそう思った」

「両腕折ってみてもいいかなって?」

「それで、望みが手に入るならな・・・・・・だけど、骨折り損はいやだ」

「悪魔との取引ってやつだな、それは圭太にはできないな」

あまり現実的でない例えで、意味がないようにも思えたが、俊希がどうしてそんなことを言うのか知りたくなった。

「できないと思うか?」

「ああ、圭太はできないな」

「どうしてそう思う?」

「圭太は自分で思っているより、気が小さくて臆病だ」

「俺が?」

「そうだろ?」

俊希はいま、私立の有名進学校から国立大学の法学部、その後大学院に進学、今後は法曹界へ進むべく勉学に励んでいる。容貌は21世紀のネコ型ロボットを主人公にした漫画に出てくる男の子に似ている。俺はその愛嬌のある顔も好きだ。最近は法学を学ぶ中で心理学の研究もはじめたらしい。その学習の成果なのか、俊希から心理学のワンポイント講座を受けることがよくある。

「もし、俺が俊希のいうような人間だったら、中学校の時にもっと先生受けの良い生活をしていたと思うけどな、授業中に先生に注意されても同じことを繰り返すバカだった俺が、臆病とは思えないなぁ」

「美術の話は特に有名だな、おまえが3年生の2学期に美術のテストは学年の最高点だったのに評定が3だったってのはな」

「その前の1学期の社会も学年最高得点をとって評定は4だった」

「どんだけ授業態度が悪いんだって、それも併せて有名だった」

「それと臆病なのは関係ないだろう」

「臆病だから自分を変えることが怖かったんだろうな、“それじゃあ”、ってずうずうしく変われないってことだよ」

「ふーん、おもしろいな、その分析、つまり俺は奥ゆかしいとも言えるのか?」

「めでたいな、素直じゃないとも言うけど」

「そうなのかぁ」

俺はサーモンのマリネをレタスで巻いて食べた。俊希の話は俺を愉快にさせる話ではないが、妙に納得させられる。

「そこで納得するなよ、損な性格だな、圭太は」

「俊希は順風だな、うらやましいよ」

「そんなこと言うなよ、俺だって、悩みはある!」

俊希はレモンサワーをゴクッと飲んで俺に顔を近づけた。

「司法試験の模擬試験が悪かったとか?」

俺はおもしろ半分に聞いてみた。

「それもある!」

「もって、ほかに何がある?この前、提出予定の論文は良い資料が見つかってこれで書けそうだって喜んでたじゃないか、論文でないなら・・・・・・?」

今の俊希は、俺からみると本当に順風満帆で素直でない俺でもうらやましいと思える。どんな悩みがあるのか不思議だ。

「庄野さんから連絡がきた・・・・・・」

俊希は携帯を操作し、Lineのメッセージを見せてくれた。

「七海から・・・・・・って、ちょ、ちょっと待て、今でも連絡取り合ってるのに驚きなんだけど!」

俺は正直そう思った、確かに七海と俊希は卒業の時に同じクラスだったから当時はなんかでつながっていただろうが、今までつながっていたとは予想外だ。

「いや、あの時のクラスの連絡メールは無関係だ、何で知ったのかわからないけど・・・・・・」

まぁ、今のSNSはどこでつながるかなんて想像できない、悪意がなくても思わず人の連絡先を知ってしまうことは想定できる。俺は俊希が渡してきた携帯で七海のメッセージをみた。

<お久しぶりです、圭太が中学に実習にきてるんだって、知ってるよね>

<仲良かったし、今でも会ってるんでしょ?今度、みんなで会おうよ、圭太にもこのLine教えといて~>

「全く、俺が話しのダシかよ」

「という訳で、庄野さんのLine登録してくれ」

俊希は申し訳なさそうに俺が眺めていた自分の携帯を引き抜いた。

「ちょっと待て、この、みんなってだれだよ、クラス会なら俺は関係ないだろ?」

「うーん、そうだけど、クラス会とは限らないし、でも、みんなって誰?って聞いたら、さらに話が進んで、断れなくなる気がする」

「確かにな、“みんな”を聞いて気持ちが上がるメンバーなら発展的な話になるけど、断りたいメンツだったら、じゃあって断るのも面倒だしな」

俺ならこの手のLineは無視するかもしれないが、俊希は平和的な人間だから無視はしないだろう、でも俊希は七海のいう“みんな”が俺と俊樹を含む誰なのか、そのメンツでお互いが中学時代を懐かしめるかと言うと多いに疑問だったようで、その心配をして頭を抱えていたのだろう。

「無視してもいいじゃないのか?」

「それも考えた」

「ノーサンキュウで」

「それなら、サンクス、バットノーサンキューだな」

「どっちでも結論は同じだ」

俺はウーロン杯の追加を近くの店員にオーダーした。

「でも、断ると圭太は実習で庄野さんの妹に会うだろう?気まずくないか?」

「逆だよ、実習先の生徒の兄弟に個人的に会うのって問題にならないのか?」

「うーん、それは問題ないな、会う人物が実習先の指導者の関係者となると問題だが、庄野さんが妹を通して圭太を評価するわけではないから利害関係に影響はないだろうしな」

「なるほどね・・・・・・・」

さすが法律家を目指すだけあって的確な答えだ。

「つまり、問題はおまえと俺が“みんな”と会いたいかどうかだ」

「・・・・・・」

「どちらにしても、庄野さんのLineは登録してくれ、その後で削除するなり、連絡するなり好きにしていいから」

「俺に丸投げかよ」

「いや、俺は圭太にLineを教えておいてくれ、といった彼女の依頼を履行するだけだ、これからどうするかは一緒に考える」

俺はこの手の俊希の思考が大好物だ。どこか人任せのようで、でも平和的な解決法や人と悩みを共有できるこの気持ちの余裕、幅広さが魅力的だ。


「でも、隼人が教師になりたかったとは思わなかったな」

俊希はそう言いながら、俺と同じようにサーモンマリネをレタスで包み食べた。一緒に考えるといいながらいつの間にか隼人の話になっていた。

「そうだな、あいつ数学が抜群によくできたから、数学者にでもなるのかと思ったけど」

俺は隼人が実習先にいたことより、教師を目指していたことに驚いたのも確かだ。しかも勉強のできるあいつがどうして採用試験が駄目だったのかわからない」

「圭太はさぁ、実習に行くまで隼人の消息って全く知らなかったの?」

「どういうこと?」

「だって、隼人のこと、忘れてはいなかっただろ?何らか知ろうとしたりしなかった?」

「まぁ、な」

俺はウーロン杯に残った氷を口に入れてガリガリを噛み始めた。

「何をしてるかなんて、っと、気にもならなかったっていえば、嘘だな、当然だろ」

「そうだよな・・・・・・・」

俺は噛み砕こうとした氷が口から零れ出そうになって慌てておしぼりで口を拭いた。

「俊希は?法律家っていうけど、何になるつもり?」

「うーん、それなんだけど、まだまだ勉強してからだ、それに法律家になるにはまず司法試験を突破しないと」

「俺はどうしようかなぁ」

「まぁ、決めかねてるなら、まだ悩んでもいいんじゃないか、俺のような院生は収入がないから貧乏だけど、時間はある、隼人のように仕事をすると収入はあるが、時間はなくなる」

「そうだよね、少し悩む時間が欲しいかな」

「圭太の場合は少しじゃないだろ?“また”になるとも言えるけどな」

「俺、気持ちは15歳のままなのかなぁ、時間は過ぎたけど、思考は止まったままかも」

俊希は俺の思いを受け止めるように、ただ黙って聞いていた。

 高校・大学と俺たちは何かと連絡を取り、学校生活のこと、勉強のこと、友人のことをお互いに情報交換をしていた。たぶん俺と俊希の気が合うのは、興味・感心の共通点がないからこそではないかと、この頃思うようになった。

「来週のどこかで、稲部に行くけど、もし時間あったら圭太も行かないか?」

「稲部に?」

“稲部”とは、俺たちが中2に秋から入会した塾、”稲部学習会“のことだ。なぜ“入塾”ではなく“入会”なのか、というと、稲部は“学習塾”とは言わず、“稲部学習会”という名称なのだ。

“稲部学習会”は経営しているのはもちろん稲部先生で、教えているのも稲部先生1人、他に講師といわれるような先生はいない。授業形態は流行の個別ではなく、昔ながらの一斉講義式、各学年1クラスのみでクラスの人数は10人~13人程度。ひとりで経営から指導までマルチにこなしている指導者なのだ。敢えて聞いたことはないが“会”という名称を使うのは、学習したいという意志のある生徒が集まって学習する会という意味なのではないか、と勝手に当時から想像していた。

実際に自宅が2階で教室は1階という形態なので、平日は夕方から22時まで、土日は朝の8時半から22時まで玄関が常時開放されていて、自習室は使い放題、それは他の学習塾でも同じような使用方法だと思うが、稲部学習会は試験3週間前になると、日曜祝日に関わらず試験終了日まで年中無休、8時から22時まで毎日授業が組まれ、切羽詰まった生徒がいると質問受け付けという名目で親のお迎え付きを条件に23時まで延長して自習室を解放してくれた。つまり勉強したい、と希望すればいくらでも場所を提供してくれる。そう考えるとそれはすでに“塾”ではなく、勉強したい人の“会”だろう、と思う。さらに入会前の体験も1回ではなく、1ヶ月くらい体験期間がある。俺と俊希は偶然にも同じ2年生の2学期の期末試験3週間前の試験対策期間に入会体験をした。俊希には塾にクラスが同じ男子がいたが、俺には仲の良い友達もクラスが同じ子も、部活が同じ子もいなかったが、でも逆にそれが気楽だった。

 それでも塔野美奈という中学1年の時同じクラスで、七海とよく一緒にいたので少しばかり仲のよかった女子がいた。気さくな女子だったこともあって、体験の日に学校でその子に体験初日の持ち物を聞いた。“筆記用具とノートとかでいいよ、プリントで教材はもらえるから”と教えてくれた。しかし俺はなぜかその後に“何に入れていくの?リュックとかでいいの?”と聞いたのだ。すると塔野は苦笑いをしたような表情で“別にリュックでも、手提げでも”と教えながら軽く笑った。なぜ笑われたのか、俺がキョトンとした顔でいると、“圭太ってかわいいね”決して褒めていないだろう褒め言葉が返ってきた。でも塔野に不愉快になったかと言われるとそうではなかった。当時は塾だけではなく、習い事をしたことがない俺には持って行く物と同じくらい“何に入れていくのか”を知りたかった。ただ”知りたかった“だけでそれを正直に聞いただけだ。笑われるようなこと、とは思っていなかった。でも、そんな俺は女子からみれば“幼く、馬鹿な男子”と思わせるものがあったのだろうと思う。


「なんで行くの?」

アジの叩きを一口つまんだ。

「ああ、先月、スーパーで偶然会ったんだよ、あっさりと挨拶程度と思ってたんだけど、その時に今書いている研究論文の話をしていたら、俺が探していた文献を稲部先生が持っていた、という驚きの事実を知り、それを借りた、という訳だ」

「へー」

小さな町のことなので、知り合いに会うことは珍しくない、そして会いたくない人物にも会ってしまうのが困ったものなのだ。でも俺は稲部先生に高校生の時以来会ってはいない。

「卒業以来全然会ってない?」

「うーん、高校生、1年の時以来かな、会ってないかも」

「それなら良い機会だし、行ってみようよ、稲部先生も圭太に会ったら喜ぶよ」

俊希は熱心に誘ってくれた。確かに俺は稲部先生を尊敬している。というか、俺のような教師から好まれる行動をすることができなかった児童そして生徒だった俺を稲部先生は珍しくかわいがってくれた。そして何より俺は稲部学習会に入会して初めて勉強で認められる、という感覚を味わったことも理由のひとつだろう。

「行こうかな」

「よーし、決まりだ」

俊希は、飲んでいたレモンサワーをウーロン杯の入った俺のグラスに当てて、ひとりで乾杯をして飲み干した。

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