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思い出があるかと言われれば、思い出せることはある

 俺は部屋に入り、実習記録の続きを書こうと机に座るがなぜか本棚にあった中学の時の卒業アルバムが目に付いた。取り出したアルバムは少し埃がたまっていた。最後に見たのは、いや、そもそもアルバムを改めて見たことはなく、卒業式のあと持って帰って自分の写真の写り具合を見ただけかもしれない。つまりこのアルバムを見るのは9年ぶりになる。俺はパンドラの箱を開けるようにドキドキしながらアルバムを開いた。3年生の時、隼人と大輝の2人は同じ3組で、そのクラスの集合写真には当然だが2人とそしてやはり3組だった七海もいた、3人とも笑っている。俺は1組、1組のクラス写真には社会科だけがやたら得意だった山田孝、クラスで成績3番手の小池一馬もいた。どちらとも仲が良く、一馬とはクラスで2番手を争っていた。トップとの差はあまりに大きかったから2番手争いが俺達の決まりだった。3人でアニメの話でよく盛り上がって、アニメショップに3人で出かけたり、話題のアニメ映画を観たりしていた。個人写真の俺も笑っている。この撮影に備えて、俺は母親に頼んで姉がいつもカットしてもらう新宿の美容院に行ったのを覚えている。まだ受験が本格化する少し前の夏の終わりだった。そんなことを考えながらまた3組の集合写真を捲ると俊希がいた。俺は携帯を手にとった。


<今、卒アルみてる>

俊希にLineを入れた。返事はすぐにきた。

<なんで?>

<なんとなく>

<実習して、懐かしくなった?>

<うーん、そうでもない>

<再会したのが隼人だと懐かしさはないか>

<そだね>

<僕の卒アルどこいったかな?>

<まじ?>

<落書きされた卒アルだから、いらないし>

<寄せ書きだろ>

<今週の土曜日、ウオヤ行こう!>

<おけ>

<バイバイ>


 黒川俊希は隼人と同じように小学、中学の友達だ、ただ俊希が他に友達と違うのは、今でも頻回に会っている友達だということだ。でもずっと仲がよかったわけではない。小学校で同じクラスだった1・2年の時はよく遊んだし、家に遊びに来てくれたこともある。母もお行儀の良い俊希をとても気に入っていて、休みで母が家にいる時は3時にお菓子を出してくれるのを2人で食べた記憶がある。でもクラスが分かれてからその後は、中2の秋に塾が一緒になるまで全く交流がなくなった。特に何かあったとかでもなく、目新しい友達が増える中で自然に交流することがなくなった。

 中学に入学してもクラスが一緒になることもなかったが、お互いに会えば挨拶くらいはしていたし、俊希はバトミントン部、俺はバスケット部でお互いに体育館で朝練の時間に顔を合わせることはちょいちょいあった。俊希は成績は良いが、統率力があるとか、生徒会や行事に積極的とかではなく、ただ成績の良い普通の子なのだが、俺にはとてもバランスの良い男子と思えた。そして、そんな俊希には笑えるクセがあった。朝練に参加する部員は練習着で登校して、制服は通学バックに入れてくるのだが、俊希はなぜかよく制服を忘れて、朝練を途中で抜けて家に制服を取りに帰るということが何度もあった。俺は体育館から血相を変えて出て行く俊希をよく見ていた。それでも俊希は長距離が速いという特技があり、俺が歩くと片道だけで20分はかかりそうな通学路を往復20分くらいで戻ってきていた。俺は忘れ物をするのが俊樹の欠点でも、それを補うために足の速さという特技を神さまが与えたのだろう、と人間の能力は都合良くできているものだと中学生ながらに考えていた。


実習記録を書き終えて時計をみるとすでに10時を過ぎている。俺は慌ててリュックに明日の準備をして、寝る支度をはじめた。



3.怪我の痛み、心の痛み

 朝の7時に学校へ来てみると、すでに朝練がある部活の顧問、副校長は出勤をしていた。もちろん1番乗りとは思っていなかったが、やはり運動部を担当する顧問は大変だと感じる。

「おはようございます」

俺は職員室に入ると大きな声で挨拶をして、控え室へ向かった。控え室で練習着に着替えると顧問の小島先生に声をかけた。

「おはようございます。朝練に参加させてください」

小島先生は細身でとても運動をするような体型ではなく、おまけに頭髪が少ないため、実年齢は本田先生と変わらないらしいが、年齢より老けてみえる。でもサッカーを長くやっていたため、太ももの筋肉は結構すごい、通常の服装では想像できないが、短パンになるとその筋肉に驚かされる。

「ああ、こちらこそよろしくお願いします、今日は外周を5周のあとにコート半面使用だから、とりあえずは生徒と一緒に走ってきて、着替え、倉庫使ってもいいからね」

指示を受けると俺は早々にグランドを抜けて正門から外に出て、学校周辺のランニングコースを走り始めた。

 ここの中学の朝練は必ずこのランニングを練習メニューに入れている。走る距離や回数は各部でバラバラだが、運動部は必ずこの外周といわれるランニングコースを朝練で走るのだ。俺たちの頃から徐々に子どもの心身への負担が大きいと、長距離を走ることが敬遠されてきた時期で、学校でマラソン大会といったとにかく長く走る競技は姿を消しつつあったが、俺はこの外周ランニングのおかげで長距離が人並みに走れるようになった。といっても高校はともかく、大学時代は教職課程の体育以外での運動は全くといってもいいくらいしていなかったため、若干息苦しさを感じるが、朝の空気を肺に吸い込むのは気持ち良い。


「うん、いいんじゃないかな、この草花を実際に試薬を使って変色を見せるところは、生徒には感覚での習得になるので、時間をゆっくりとれるように前後の時間を再検討するといいかもね」

「はい」

俺は、今日の多くの時間は本田先生との学習指導案の指導を受けていた。学習指導案はいくつか作って評価してもらったり、修正されたりと、作成するだけでも結構な時間がかかる。

「この指導案作成で実習中のほとんどが費やされるよね、大変だろうけど、慣れるまでの辛抱だよ」

「慣れるんでしょうか?慣れる前に根を上げそうですよ」

「ハハハ、そんなにブルーにならなくても、先生は結構センス良いと思うよ、それになにより生徒が以外に授業を盛り上げてくれたりするからね」

「生徒が、ですか?」

「そう、後ろでひっそりと実習生の研究授業をにらみ付けるように観察している先生方よりよほど温かいね」

「・・・・・・そうなんですね」

「まぁ、そんなんだから、気楽にいくつか作成してみて」

本田先生は若手ではあるが、実習生の指導担当になるだけあって指導は的確で、丁寧ではあるが、おせっかいな印象はない。

「そうだ、職場体験の資料、鵜飼先生からもらった?」

「今日、受け取る予定です」

「じゃあ、明日の放課後に話し合いする予定で大丈夫かな?読み切れなかったら話し合いの都度確認しながらでもいいから」

「大丈夫だと思います」

本田先生は俺の指導を終えると、顧問をしているサッカー部の部員が練習中に怪我をしたことで、その親が学校に状況の説明を希望したらしく、その対応があるからと、職員室から出ていった。その後から副校長も急ぎ足で出て行った。


 部活での怪我は必ずある、顧問が気をつけていれば起こらないかと言うと、それは甚だ疑問だ。一定の技術力があれば怪我は少なくなるが、その技術を身につけるにはトレーニングが必要になるし、そのトレーニングには怪我のリスクがある。部活はいろんな意味で教師にとって“面倒”なものなのかもしれない。


 俺も中2の2月の部活中に右腕を骨折した。紅白戦でパスを受け取ろうとした時に、それを遮ろうとしてボールを取ろうとした相手がボールと一緒に腕も奪い取るような態勢になってしまい、俺は腕を思いっきり外側に引っ張られ、その衝撃で骨折をしたのだ。まさか折れたとは思わず、とりあえず体育館の横にある水道で冷やして体育館に戻るつもりだった。でもその時に野球部の先生が通りかかり、事情を聞かれ“折れているかもしれないから、病院にいったほうがいいかも”とも言ってくれた。俺は正直、まさかとは思いつつも、仮にそうだとしても病院にいくとは言ってもどうすればいいのかわからなかった。

困っているのなら顧問に報告、相談すればよかったが、その時顧問は1年生のスキー帰校日だったために職員室で帰校後の対応をしており、体育館にはいなかったので報告もできないでいた。部活の規則では顧問不在時は活動をしないことになっていたが、活動開始時間の16時半には顧問がすでに帰校している時間だったためその日は通常通りの活動となったのだ。実際に俺が怪我をした時間は17時半頃、顧問も18時の終了時の点呼には体育館に来てくれた。その時に怪我の確認もあったので、俺は腕を痛めたかも、と伝えたが、折れているかも、とは言えず、よく冷やすようにと言われて部活動は解散となった。

 帰宅すると、母親はまだ仕事から帰っていなかった。俺は自宅にあった湿布を腕に貼り、病院に行くことを考えたりしたが、時計を見るとすでに18時半になっている。いつも行く整形外科はすでに終わっているし、どこか探して行くにしてもこの時間からやっている病院があるのか、親がいなくても行けるのか、色々考えていると今日が金曜日だったことを思い出し、俺は塾の時間が迫ってきていることに気がついた。とはいってもこのまま行くのはどうかと思い、母親に連絡することにした。電話をすると、母親の携帯は留守電になっていた。仕方なく指先は全く問題なく使えるのでメールを打った。

 <右腕を怪我した、骨折したかも>

と打って返信を待った。そうするとすぐに電話がかかってきた。

「骨折ってどうしたの?」

母親はえらく慌てていた。

「うーん、分からないんだけど、もしかしたらって」

「今、どうしてんの?」

「湿布はってる」

「そう、今からだと病院は無理だから、今晩は湿布で我慢して、不用意に動かさないように」

普段の母親は家事が苦手で、姉と言い合いしてはイライラしているが、こんな時にはとても頼りになる、なにしろ経験20年の看護師さんだから。でも病院で働いているのではなく、学校の保健室の先生をしていて、本人が言うには白衣をきていたのはほんの数年だそうだ。今日も母4は職場でもスキー教室があって、その引率に行っていたのだ。

「うん、塾行っても大丈夫かな」

「頭は問題ないからいいんじゃない、右腕で書くのが無理なら今日の分は友達にお願いしてノートをもらってら?」

「そうだね、まぁ行ってくるよ、テストも近いしね」

俺は腕を骨折しているかもしれないことが気になったが、別に塾を休みたいとは思わなかった。むしろ3週間後にある期末試験が気になって、この腕がもし折れていたら・・・俺は勉強の効率が落ちてしまうことを心配した。

 次の日、俺は母親と一緒に近くの整形外科を受診した。結果は「上腕の若木骨折」まぁ結局は骨折なのだが、まだ柔らかい俺たちの骨は衝撃でポキッと折れる前にしなるらしく、大人に比べて折れ方もソフトらしいが、でも骨折は骨折で最低でも10日から2週間のギプス固定になった。母親は帰りながら三角布で吊った腕をみて

「全く、これが来年の今頃でなくてよかった、でも期末テストまで少し不自由ね、テスト大丈夫かしら」

と、言った。俺もそうは思っていたが、そうは言っても昨日骨折したばかりの子どもに、怪我の心配よりもテストの心配かと、少し面白くない気分になった。

「別に、手先は大丈夫だから少し不便だけど、鉛筆は持てるし、書けるよ。でも箸は無理だから、給食の時は先生にスプーンはフォークを使わせてもらうから」

「そうね、生徒手帳にも書いとくし、体育もしばらくは駄目だって言われたことも書いとかないとね」

「そうだね」

「でも、どうして顧問の先生に早く私に連絡してもらわなかったの?あと30分でも早ければ昨日のうちに病院に行くことがいくらでもできたのに、先生に言わなかったの?」

母は顧問の対応に不満げな口調だった、確かに顧問の対応に問題がなかった、とも言えないが、俺が自分の状態をしっかり顧問に伝えられなかったことも原因だし、学校から親に連絡がいくのも嫌だった。

「先生も、冷やすようにって・・・」

顧問以外の先生から骨折の心配をされたことは言わなかった。

「そう、まぁ体のバランスが悪くなっているから転ばないように気をつけてね」

そう、それ、そういう労りの言葉が欲しかったんだよ、俺は、と心に中でつぶやいていた。

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