俺の姉貴たち、生まれた時から俺は大人に囲まれていた。
2.家族
俺の自宅は学校から10分とかからない場所にある。便利ではあるが、“学校は遠いほど遅刻をしない”という通り、俺は学校に歩いていった覚えがないくらい、朝練がある時もない時も常に走って登校していた。でも実習が始まるにあたり、さすがに教育実習生が生徒と一緒に正門を駆け抜けるわけにはいかないので、8時実習開始に備えて、7時半には登校するようにした。そのためには早起きが必要で、早起きするためには夜は早くねる必要がある。幸いなことに我が家は中高生、受験生のいる家庭ではないので時間は比較的自由に使える。ここ3日とも22時には布団に入っている。
俺は姉が2人のいわゆる末っ子長男、しかも上の姉とは10歳、下の姉とは5歳の年の差があり、どうしたって親からは溺愛される立ち位置だ。一番上の姉は隣県の小学校の先生をしている。世間では決して優秀な大学とはいえない都内の女子大卒だが、大学卒業時、一発で教員採用試験に合格した時は家族皆が驚いた。相当がんばったのだろう、と今なら想像できる。しばらくは家から通勤をしていたが、社会人2年目から一人暮らしを始めた。俺が中学2年の時だった。年が離れているせいか、一緒に遊んだ記憶はないが、仕事をしてる母親の代わりに学校行事に来てくれたり、勉強を教えてもらった記憶がある。
そうはいっても姉だから俺的には周りがいうほど年の差を感じることはあまりなかったが、姉は背が高く、年齢より年上な印象もあるせいか、他人からは母親と勘違いされることもあった。そしてその誤解をするのは大抵男子だった気がする。小学生の時に友人数人と下校していたら姉が通りがかり、俺に声をかけていった姉をみて、男子の友達は「おまえのお母さん若いなぁ」と言った。俺は訂正しようとしてなんとなくそのタイミングを計りかねていた時、間髪いれずに女子の友達が「ばかじゃない、お母さんのはずないでしょ、お姉ちゃんでしょ!」とおこられ気味に訂正をした。その時の言い方に男子達は驚き、俺は“またか・・・・・・”と思いつつ、女子の気の強さに驚いたのを覚えている。
下の姉はそこそこ知名度のある大学で、生物学を専攻、所謂世間ではリケジョといわれる学生になった。でも、大学入学後に遊びに夢中になり、学問をするために入ったはずの大学は彼氏や友人とのランデブーポイントとなり、5年かけてやっと大学を卒業した。今は無職で、派遣のバイト生活、つまりはまだ親に養ってもらっている状態だ。薄い記憶だが、下の姉は小さい時から親になにかと生活上のことを口うるさく言われることが多かったように思う。父親は建築関係の仕事で単身赴任が多く、俺が小さいときから父親は不在のことが多く、口うるさく言う役割はどうしても母親になってしまっていた。そのせいか母親と下の姉は言い争いが多く、姉は少しづつ母を嫌うようになっていった。でも良くも悪くも下の姉はまるでいつまでも思春期の女子のようで、母は母で更年期なのだろう。難しいお年頃の2人が同居している限り何かとその関係がざわつくのは当然のことだととも思う。
「実習、順調?」
「順調もなにも、2日しかたってないからね、問題の起こりようがないよ」
母は食卓に夕食を並べながらリビングで携帯をいじっている俺に聞いてきたが、俺は少し面倒くさそうに答えた。実習中の俺に気を遣っているのか、ここ数日好きな食材を食卓に並べてくれる。今日は鉄火丼だのようだ。肉か魚かと言われると俺は魚党で、特に刺身、お寿司は大好物だ。
「ご飯、準備できたから食べて、マグロは少しならおかわりがあるから、冷蔵庫のお皿は千晶の分だから残しておいてね」
「ふーん、千晶のって言うけど、あいつ食べるの?昨日も夜中に帰ってきてはいたみたいだけど食べてなかったし、俺が食べたらだめなの?」
下の姉、千晶は毎日バイトか遊びか、外をほっつき歩いていて、いつも家にいない、そして帰ってくるのは真夜中、昼近くまで寝て、また出かけるという生活リズム。いくら成人した大人とはいえ、いや大人だからこそ親からその生活態度に文句を言われるのだ。そして文句を言われてはふて腐れて、次の日は外泊をする。でも外泊させてくれる友達がいるのかは俺からすると疑わしい。なぜなら俺は絶対にあんないい加減な人間とはつきあえないからだ。それに、そんなに家が嫌ならさっさと一人暮らしをすればいいのに、と思う。でもどうやらバイト代はバイトが終わってから夜中まで遊ぶお金や、家に帰りたくない時に使うネットカフェ代、欲しい洋服代、化粧品類に消えているようで、お金は全く貯まらないようだ。そもそも、職業不詳の人間が生活を維持できはしない、つまり下の姉は文句を言われながらも家に居着くしかない奴ということなのだろう。
「こら、“あいつ”なんて言わないの、親が家に帰ってくるように言うからには食事は準備しておく責任があるし、次の日の朝ご飯に食べて出かけることもあるみたいだし・・・」
母は姉に口うるさく、時には結構きついことを言うくせに、俺が姉の文句を言うと、その口の悪さを咎めてくる。母は下の姉を嫌っているのか、愛情があるのか、よく分からなくなる。
でも俺の記憶にある姉も嫌な記憶ばかりではなく、俺と遊ぶ時に子ども相手とは思えないくらい全力で遊んでくれた。工作ものも得意なのか、そこらじゅうにある空き箱や広告紙で遊び道具を作ってくれていた。それは上の姉にはない記憶だ。覚えているのはまだ保育園だった頃にリビングの放置してあった段ボールにどこかから探してきたスズランテープを取り付け、折り紙やリボンで段ボールを装飾し、それに俺を入れて、電車ごっこだと言って家中を引っ張り回した。その時、だれが撮ったのかわからないが、大泣きをしている俺の写真が姉の机のデスクマットに挟まれている。なぜ泣いたのかそこらへんの記憶ははっきりしていないが、きっと怖かったのだろう。
「隼人君とはうまくやっている?」
「隼人?べつに」
俺は母の言う『うまく』の意味に違和感を覚えた。
「この間、隼人君のお母さんらしき人を見かけたのよ、でも声はかけてないけどね、今さら元気?って言うほどの仲でもないしね」
「ふーん」
「この間、大輝君もエントランスで見かけたわよ」
「大輝?あいつかぁ」
「そう、確か隼人君と大輝君の2人は塾が一緒だったんじゃない?ほら、圭太も塾の帰りに2人に会うとマンションの下で話し込んでいたじゃない」
「あーそんなことしてたなぁ」
「大輝君って今、なにしてんだろうね」
「さぁね、別にどうでもいいや」
俺は、その話はやめてくれ、と言いたげに不機嫌そうに答えた。
長谷川大輝は同じマンションに住む同級生だ。穏やかでまじめで成績もよかった。同級生とはいってもクラスは小学校の3年と4年の時に一緒だっただけで、休み時間や放課後に約束してまで遊ぶような仲ではなかったが、中学1年と2年で同じクラスになり、大輝は問題児だった俺を嫌うことなく、なにかと親切にしてくれた。
「明日は6時に起こしてくれる?」
「あれ、6時半じゃないの?」
「うん、明日は朝練にも参加しようかと思ってるんだ」
「そう、大丈夫なの?授業の準備とかはできるの?」
母親はいかにも部活なんかに時間をとって、と言いたげな様子だ。
「それは毎日少しづつやってるから」
俺も反抗期のようだな、と思いつつもこの年になってまで『宿題をやっているのか』というようなことを確認されるのは苛つく、でも母親にそれをいうと『親を目覚ましにするのは大人なのか!』と言われるのは明らかなので、ここはこのくらいでやめておくことにした。




