未来と過去の狭間を見た、俺もアイツもみんなも…。
16.Déjà vu
「吉田先生、よかったよ」
俺は初めての研究授業を終えて指導教員の本田先生と一緒に職員室に戻っていた。
「緊張しましたけど、でも先生の言われる通り、場所や方法を変えてよかったです、生徒にも救われました」
「だろうね、生徒は良くも悪くも授業に参加してくれるから、余計な事をいう生徒もいるけど、その発言を授業の活力にするか、排除するかも教師の裁量だしね」
「そうですね・・・・・・」
俺は笑ったつもりはなかったが、
「何かおかしいかな?」
「えっ」
「いや、今、笑ったから」
「すみません、先生の話が可笑しかったのではなくて、その・・・・・・」
俺は少し迷いながら
「実は、僕、授業中によく不規則発言をするって担任から注意ばかりされていたので・・・・・・、それで」
「ああ、そういうことか」
「つい、自分のことを言われたみたいで、でも先生のように活力にしてくれていた教師もいたのかな、なんて想像していたんです」
おそらく大垣先生はなにかと口うるさく言いながらも俺を活力として捉えてくれていたのではないだろうか、3年生になってからの理科の評価は卒業まで“5”だった。そういえば数学担当の先生も板書の間違いを指摘したりする俺を面白がって前に出して間違いを修正させていた。数学の評価も“5”だった、俺は名前をはっきり覚えていない数学の先生を思い出した。
「排除されたこともあるの?」
「排除はないと思いたいですけど、評価が低かったのは覚えています。その評価の意味を僕はわかってなかったと思います」
「中学の成績は日常行動も評価のために点数化しなければならないからね、でもそれが悪とばかりは言えない、多面的に人を捉えるためには必要だと思う、でもそれだけに偏ると偏見になる」
俺は本田先生の言い方に少しばかり皮肉な言い回しを感じた。
「じゃあ、お先に失礼します」
職員室に戻ると、隼人が帰るところだった。でもまだ午後が始まったばかりだ。
「はゃ・・・・・・、鵜飼先生、具合でも悪いの?」
俺は職員室を出ようとする隼人に声をかけた。
「ちょっと用事があって、お先に」
俺はすこしはぐらされた気もしたが、研究授業を終えたばかりで隼人のことにこだわることも面倒だった。
「これから出願だよ」
隼人が職員室を出て行くと山本先生が俺に教えてくれた。
「出願?」
俺は何のことはすぐにはわからなかった。
「採用試験の、慌てて間違いがないように時間を取らせたんだよ、校長が」
「そうだね、昼休みの合間にって、なんかやっつけ仕事みたいで嫌だよね」
山本先生の説明に森先生が追加をしてくれた。
そうか、隼人は教師になりたいのだから、採用試験を受けて正規採用を目指すのは当然だ、2年臨採をしてるってことは、今回が3回目になるのか。
「3度目の正直っていうけど、どうだろう」
山本先生は期待をしていないような口ぶりだ。
「吉田先生、明日は職場体験の発表会の準備委員会があるから、これから資料の印刷をするのを手伝ってもらえるかな」
俺が山本先生と森先生の会話に戸惑っていると本田先生が指示をくれた。
「はい、わかりました」
俺は授業に使った教材を置きに一旦控え室の戻りながら窓の外を見ると、隼人が正門に向かって歩いていた。中学生の時、隼人はよく外の景色を見ていたのを覚えている。体育の授業を見ていたのか、空を眺めていたのかはわからないが、今思えば、授業に飽きていたのだと思うが、中学生の俺には魂が抜けているような表情に見えて不気味だった。
次の日の放課後、俺は“職場体験発表会の実行委員会”という委員会に出席をした。もちろん何か発言をする必要はなく、本田先生を見て学ぶことが目的なので、緊張することはなく参加をしておけば良いのだ。各クラスから選ばれた2名の生徒が発表会の内容について話し合いらしい。といっても多くは昨年の形式に倣って実施されるため、進行役とか発表の順番、発表時間を確認すれば良いらしく、本田先生も「生徒と雑談の場と思って」と言われて参加した。
空き教室に2年生の担任からは大石先生、本田先生、隼人と俺が集まった。最初に実行委員長・副委員長を1名づつ選ぶことから始まった。
「私、委員長やります」
早速手を挙げたのは小池さんという女子だった。生徒会もやっている委員会オタクのような女子だ。部活は確かテニス部だ。他の女子は少し周りを伺うように、男子は“お好きにどうぞ”という顔をしている。
「小池さんが立候補しているけど、他には?」
本田先生は男子の方を見て話しを振った。
「私もやりたいです」
反応したのは小池の斜め前に座っていた片桐さんだった。
俺は少しばかり驚いた。すでに立候補をしている生徒がいるのに、そこに自分も手を挙げるということは、周りは何らかの形で選ばなければならないのだ、つまり選択されるという状況になるというのに、そんな面倒なことをなぜ敢えてするのかと思った。たしか片桐さんは庄野の妹と同じバスケ部だった記憶がある。成績も良いらしく、学級委員の常連らしい。
「うん、積極的でいいね」
本田先生は全く動じることなく、むしろ想定内とも言わんばかりに片桐さんに笑顔を向けた。
「他には誰かいないかな?」
なぜか本田先生の問いかけに全く関係のない俺が緊張してしまった。
「委員長と副を決めたら、次は進行役とか、タイムキーパー、展示の責任者とか・・・・・・」
「先生、僕も立候補していいですか?」
本田先生が係決めの説明をしている途中で、男子生徒の橋本君が手を挙げた。橋本君は大人しい生徒だけどテニス部の部長をやっているスポーツマンらしい。
「もちろん、どんどん立候補して」
おいおい、本田先生、大丈夫ですか?と俺は冷や冷やし始めた。
しばらく間をおいても他に立候補の手が挙がらなかったのを確認し
「じゃあ、3人やりたい人がいるから、どうしようかな?」
本田先生は参加している生徒に質問をした。
生徒たちは、なんとなく居心地の悪そうな表情になり、空気を伺うような雰囲気になった。そうだろう、実習生の、部外者の俺でも冷や冷やしているのに、当事者である生徒たちにとっては重い課題ではないだろうか。
「先生、正副の委員長は1名づつですか?」
橋本君の質問はその場の緊張した空気を動かした。
「そうだな、委員長は1名だけど、副は複数でもいいかな、まぁ全員でやりたいっていわれると困るけど」
本田先生の冗談も場を和ました。
「じゃあ、僕たちの3人で委員長1名、副を2名で決めてもいいでしょうか?」
橋本君の一言でその場にいた生徒全員のホッとした空気が伝わってきた。
「他にみんなはそれでいいかな?」
本田先生が最後の念押しを委員全体にした。“良いです”と小さな声がどこかから聞こえると、“良いです”と同意する声が全体から聞こえはじめた。
「じゃあ、正副の決定は3人に任せるけど、どうやって決める?」
「私はこの発表会をどう仕上げたいかを簡単に3人それぞれがみんなに説明して、みんなに選んでもらうのが良いかと思います」
まっとうな意見を小池さんが述べ、対立候補の片桐さんも含め“そうだなぁ”という顔をする子もいた。
「僕はじゃんけんがいいかな」
俺もそうは思ったが、橋本君の発言に生徒たちは少し呆気に取られた。
もちろん、たかが学校行事の委員長を決めるのに、所信表明演説なんてものが必要かどうかはともかく、されど委員長を決めるのだからいくらなんでも“じゃんけん”は・・・
「いいじゃん、おもしろう!」
その反応は後ろの席に座っていた男子生徒だった。
「3人ともやる気は変わらないし、どんなやり方をするかは結局はみんなで決めるんだから、まとめ役としての委員長はじゃんけんでも良いと思うし、じゃんけん大会で委員長を決めるのもおもしろくない?」
俺はその意見を聞きながら本田先生の顔色を伺った。
「ちょとぉ、男子、ふざけないでよ!」
じゃんけん大会を提案した男子を数人の女子がたしなめた。まぁ、この展開からいくとそうなるだろう。
「片桐さんはどうしたい?」
「私は、じゃんけんで決めていいです」
本田先生は3人目の片桐さんの意見を聞いた。
「私もいいですよ」
本田先生が小池さんの意見を聞こうをする前に小池さんが先に返事をした。
「いいの?」
「はい」
「じゃあ、3人前に出て、じゃんけんをしてください」
本田先生の指示で3人が椅子から立ち上がり教壇の前にくると、
「よーし、実行委員長決定戦、じゃんけん大会!はじまり~」
目立たないように後ろに座っていた男子がいきなり椅子から立ち上がり3人の方へかけ声をかけて集まった。
「おい、応援ならもっとスマートにしてあげないと」
本田先生の注意が軽く入った。
「わかりました!」
「はい、それでは実行委員長を決定するじゃんけん大会をいまから行います、皆さんよろしいですか?」
男子の集団はさっきの大声から一転、いかにもアナウンス調で3人を煽った。さっきはたしなめた女子も結局は楽しそうに事の成り行きをみている。
「いいか~、最初はグーでいくからな」
一番後ろ席にいた男子が一番前で大会を仕切り始めた。
3人がじゃんけんを出す体勢になり、誰ともなくかけ声をかけた。
「最初はグー、じゃんけんポン!」
なんと、3人ともグー
「相子でしょ!」
間髪入れずに再びかけ声をかけた。パー2人、グーが1人で片桐さんは負けた。
「じゃあ、決勝戦だ、いいか、じゃんけんポン!」
「相子でしょ」
「相子でしょ」
すでに何の委員会かわからなくなってしまったように、生徒が3人を囲って騒いでいる。しかもなぜか相子が続き、盛り上がってくるか余計に生徒たちのテンションが上がっている。
「あー負けたぁ」
3回の相子の後に勝負がつき、橋本君が勝った。でも俺はその時の小池さんの表情に目がいった、でもこれといって悔しそうな顔でもなく淡々をしていた。
「じゃあ、委員長は橋本君に決まりだね」
本田先生がそのじゃんけん大会が終わったところを見計らって声をかけ、皆を席に戻した。
「では、橋本君が委員長で、片桐さんと小池さんが副ということでみんないいかな?」
本田先生が生徒に承認を求めると、拍手で承認され、3人は“よろしくお願いします”と頭を下げた。
「じゃあ、はじめましょう、まず必要な役割を決めていこう、橋本君、よろしくね」
本田先生は橋本君に教壇を降り、入れ替わりに橋本君が教壇に上がりこれから決めたい役割を黒板に記載した。
「小池さん、板書をお願いします、片桐さん、記録をお願いします」
橋本君は手際よく、サブの2人に仕事を振り分けて委員会を始めた。
俺は控え室で実習記録をまとめていた。委員会が終わり、少しの時間だったが部活指導に入り、すでに7時を過ぎている。自宅で書いてもいいと思うが、記憶が新鮮なうちに記録を終わらせてしまいたいからできるだけ学校で仕上げるようにしている。今日の記録のメインはもちろん研究授業の自己評価だが、俺にはもっと気になることがあった。
「ちょっと、いいか?」
控え室に隼人が入ってきた。
「うん?構わないけど」
「実習記録?」
「ああ、でももう仕上がったから、本田先生に提出して終わりかな」
「そうか・・・・・・慣れてくると記録も手早く要点を絞ってかけるようになるだろう?」
「まあね」
「僕は最初に内容より記録の書き方を指導されていたよ」
「へー、以外だな、はい、おしまい!って済ませるのかと思った」
「それはえらい誤解だな」
「そうかな」
「そうだ」
俺は隼人がなぜ控え室にきたのか聞きそびれた。
「何か用があったんじゃないか?俺これを提出したら終わりだから、ちょっと待ってて」
「いや、用があった訳じゃなくて、その、この間は普通に楽しかったなって思って・・・・・・」
隼人らしくないな、と思った。いつもの隼人ならそんなことを言いに来ないし、もし言うにしても“楽しかった”とは言わないだろう。
「あ、ああ、そうだね、光には気の毒だったけど、みんなで集まれて良かったし」
「久しぶりだった、俊希も大樹も、庄野も、塔野なんかは3年でクラスが別だったから10年ぶりくらいに話したよ」
「そうだね、俺も同じようなもんかな」
俺はリュックに筆記用具とジャージを入れて帰り支度を整えた。
「えーと、俺、提出してくるから待っててくれる?」
「いや、いいよ、用事があったわけじゃないから」
そう言うと隼人は控え室を出ていった。
俺は隼人が“楽しかった”ことだけを伝えにきたのかと不思議に思ったが、他に用がないというのだから問題ないだろう。
「本田先生、これお願いします」
「ああ、お疲れ様、遅くなって悪かったね」
そういって本田先生は俺の出した記録をパラパラとめくって一読していた。
「あの場面、気になった?」
本田先生は俺記録の委員会の参加を記録した箇所を指さしながら聞いてきた。
「はい」
「どうして?」
「先生はどうして小池さんが立候補したのに敢えて他の人からも募ったんでしょうか?あの雰囲気だと、先生が募らなければ小池さんで決まっていたと思うんです、なぜ敢えて対立候補を立てる必要があったのか、と思って」
俺は委員会での委員長決めが不思議だった。
「そうだね、僕も小池さんで良いと思ったけど、顔色かな」
「顔色?」
「そう、他の生徒の」
「他の?」
「あの時、他の生徒のほとんどがやっぱり小池さんか、という表情をしていた。みんな予想をしていたんだと思うよ、でもどこかで、“また小池さん”という表情をしていた生徒もいた」
俺はそこまで聞いて、その場を思い出してみたが、俺は立候補した小池さんの顔しか思い浮かばない。
「みんな、争いたいわけでもないし、“どうぞ、どうぞ”という生徒が多い、なんでも“長”の付くものは面倒だ、とも思っているからね、でも一方で学校貢献をしたいと思っている生徒の中には“いつもあの人”がっていう空気があるのも確かなんだよね」
「なんだか、勝手ですね、やりたくないけど、やる人だけが評価されるのは面白くないって、だったら自分たちも積極的にやればいいのに、でもそれで先生が誘導して他に生徒にも機会を広げたんですか?」
「僕じゃないな、生徒だね」
「生徒?」
「教師ができることなんて限られているからね、僕は集団の力を借りたってこと」
「集団の力?」
「そもそも小池さんの積極性は集団が育てたものだと思うよ、自分の能力を他と比較して評価してもらいたい、そのためには前に出てやってみよう、と思って彼女は行動している、逆に面倒なことは人にやってもらおう、と思う生徒の思考も集団の力によるものだよね、自分の能力を試すよりは、皆と同じでいたい、と思って行動する、つまり根っこは同じで、どちらも集団に刺激をされて自分の行動を選択している」
俺はあの場面を説明する本田先生をただ聞いていた。
「無人島ならともかく、社会は共存と競争で成り立っているとう現実があるから、譲る、諦めるという共存するための能力も、人と先頭を競う能力も社会を生きるための力としてはどちらも必要なんだと思うから、自分の特性を生かして内申点を上げたいっていうのも、やり過ぎなければ動機としては有りだと思うよ」
「・・・・・・」
「結局は集団が人を育てるってこと、教師が生徒の能力を引き出すのではなくて、生徒同士で人や自分の持っている力を引き出していくんだと僕は思っているんだ、教師は見守ることしかできない、だから小池さんが挙げた手をきっかけに生徒に任せた」
「・・・・・・」
俺はあの場でただ冷や冷やしていた自分と本田先生との違いがはっきりわかった。もちろん実習生と指導教員なのだから俺が本田先生と同じように生徒を指導できるはずなんかないし、そんなことを期待のされていない。でも今の本田先生の話を聞くと、俺は生徒自身の力を信じていなかったということ、それどころか実習生なのに“教師がまとめる”という自信が過剰にあったようで恥ずかしくなった。俺がなんとなく黙り込んでいると
「吉田先生にも、人と比べたり、比べられたりって覚えがあったりしないかな、比較されるっていうとすごく嫌な思いになるけど、自分を作り上げたのは、その時自分の周囲にいた友達だったことない?」
思い当たることがたくさんありすぎた。
「あくまで、僕の指導方法であって、ちがう教員があの場にいればまた違う指導があるから、ひとつのケースとして見てもらえるといいかな」
「はい・・・・・・」
「遅くなって、話まで長くなってしまったね、じゃあ明日」
本田先生は俺の記録をファイルにしまった。俺は“失礼します”と挨拶をして職員室を出た。




