中学生に戻った時間、俺たちは一緒に子ども時代を過ごしていた。たくさんの喜びと笑い、苦い思い出も共に過ごした。
15.タイムスリップ
光は何度か振り返って手を振って帰っていった。俺たちは二次会の定番、カラオケに入った。カラオケ屋は少し余裕の8人用の部屋を取った、歌いたいというより少しのんびりと時間を過ごしたかったと皆思っていたらしく、ちょうどの6人部屋ではなく、8人用に部屋で皆が賛成した。
飲み物を頼んで、俺と俊希は少しお腹がすいたからと、ポテトとチキンを頼んで、七海と塔野が歌っている間、空腹を満たしていた。七海は歌い終わると俊希に側に座り
「ねえ、黒川君、合唱コン覚えてる?」
「合唱コン?3年生の?」
「そう」
「何かあったっけ?」
七海がなぜ合唱コンのことを聞いてくるのか、同じクラスだった大樹も首をかしげた。
「あの時さ、私、指揮者に立候補したかったんだ、でも丸井さんが先に立候補して」
「あ、そうだ、えーと確か、丸井さんが立候補してすぐに決まったよね」
俊希は“丸井さん”って名前を聞いてもピンとこなかったようだが、大樹は思い出したようだった。
「確か伴奏は山野さんだったね」
「長谷川君、覚えてるんだ」
「いや、庄野さんに言われて思い出した」
「僕、名前を言われてもその時のこと記憶が曖昧だな」
俊希は少しバツが悪い感じで頭を掻いた。
「黒川君はもっと覚えてるかと思った」
七海が少し不思議そうに聞いてきた。
「どうして?」
もちろん俊希はそれ以上に疑問に思ったらしい。
「黒川君って、目立つことはしないけど、けっこうクラスで気をつかってくれて、合唱コンで指揮を決めるときも、丸井さんが速攻で立候補して決まりそうになったときに司会していた委員長に言ってくれたから、私はよく覚えてるんだ」
「僕、何を言ったの?」
「あー、そこから覚えてないんだ」
「うん」
「“丸井さん以外でもやりたい人がいないか確認しなくても大丈夫?”って」
「・・・・・・」
「私、丸井さんがすぐに立候補して、すぐ決まりそうで、あーあ、って思ってたら、黒川君がそう言ってくれてすごく嬉しかったから」
「そうだったんだ・・・・・・」
「本当に覚えてないいんだね」
「うん、ごめん」
「別に謝る必要はないよ、私は必死だったからよく覚えてるんだ」
「必死?」
「うん、推薦受験のためにもう少し学校貢献の評価が欲しくて、でもあの時は丸井さんもそうだったし、なんで1番に手を挙げたからって丸井さんに決めるのって、悔しくて、そのときに黒川君が言ってくれて」
「えーと、それでその時、庄野さんどうしたっけ?」
その話を片耳で聞きながら俺も疑問に思った。もし俊希がその一点買いのような決定に異議を唱えたなら、七海も立候補したのではないか?でも俺の記憶ではあの時の3組の指揮者は丸井さんだ。
「鵜飼君が覚えてるかな」
そう言うと七海は隼人の方を見た。隼人は入力していた手を止めて七海の方を振り返った。
「僕?」
「そう、鵜飼隼人君」
「僕が何か言った?」
「『受験真っ最中でやってくれるっていう人材だし、ぜひお願いしようよ』って」
俺も俊希も隼人もお互いに目が自然と合った。
「そんなこと言ったんだ」
隼人はもちろん覚えていないのだろう、でも言ったと言われればそうなのだろう、と自信がないような、申し訳ないように言った。
「そうよ、確かに夏休み前の忙しい放課後で、みんな時間もないし、早く帰りたい雰囲気が満載の教室ではあったけど、でもさぁ、推薦希望者にとっては行事で何の役割をするかって一般受験者の受験勉強を同じだったんだからね!」
七海はあっけらかんと言う、今となっては思い出話以外のなにものでもないのだろう。
「・・・・・・今さらだけど・・・・・・ひどいこと言ったな、ごめん」
「いいよ~、今さらだし、今となっては私も推薦に受かったわけだし、問題なし!」
以外な思い出話にひどく驚いた隼人は、俺からみて明らかに凹んでいた。
「えー、じゃあ七海、もし推薦がダメだったらどうしたの?」
やっぱり、そんなことが聞けるのはさすがは塔野だ、中学生のころから変わらない。
「うーん、わかんないなぁ、だって合格したし」
「そ、そうだよね、あの時クラスで一般の推薦受験で合格したの庄野さんだけだったし、成績がよかったんだよ」
俺は隼人が全身で動揺しているのが手に取るようにわかった。そして隼人のフォローになっていないフォローを聞き少し呆れた。隼人は“たかが小山高校くらいで”と俺に言ったその口で七海に確かな学力があったと言っているのだ。動揺しているからか、大人の対応なのか、全く理解ができない。
「ふふふ、いいよ、無理しなくても、学力があれば一般受験してたよ、しかももう少し学力のお高い高校、でも私は小山ならバスケができるし、成績に少しが余裕あるし、でも推薦ならやっぱ学校貢献の評価は重要だからね、行事は狙っていたよ」
女子は怖い、いや、俺たちなんかよりよほど逞しいし、いや、逞しかったのだろう。だって七海はその日は“受験アイテムの獲得チャンス”を逃した日だったことになる、でも丸井さんにモヤモヤした気持ちを持ちながらも何事もなかったかのうようにその時間を過ごした、だから俊希も隼人も記憶に残らない日になった。記憶に残さない潔さ、今はそれを笑いながらも少しばかりの恨み節を添えて記憶を蘇らせ話題にする笑顔、そして受け答えを最初から準備していたかのように的確に呼応してくる塔野もさすがだ。これが“女子力”ってやつなのだろうか。
「僕は少しだけ覚えてるかな、でも俊希と隼人じゃなくて・・・・・・」
大樹は少し言いよどんだ。
「何?長谷川君は何を覚えてるの?」
七海が大樹にせっつくように言った。
「女子って立派だなぁって」
大樹が遠慮がちに言ったつもりだったのだろうが、俺は心の声をトレースされたような気分だった。
「なにそれ~」
塔野と七海が顔を見合わせて笑った。
俺は姉を母親に間違う男子を一刀両断した女子を思い出していた。そして大樹も俊希も隼人も1年の運動会か、これまでに出会ったかもしれない“立派な女子”を頭の上に描いているのが見えた気がした。
「それ、素直に喜んでいいのかなぁ」
七海が鋭い視線を俺たち男子に向けた。
その鋭い視線に答えてくれたのは俊希だった。
「女子は精神年齢が男子より2歳程度は上だって言われてるし、中学生の頃の男子は女子にとって子供に見えたんじゃないかな、女子が立派というより、男子が幼すぎたんだよ」
俊希の的確な説明に俺たち幼い男子組は全員がそろって首を立てに振った。
「まぁ、そういうことにしといてあげるかぁ」
塔野が仕方ないか、という言いたげだったが、七海もそれ以上は突っ込んでこなかった。
「おい、圭太、歌おうぜ」
大樹が入れた曲だったが、大樹はデュエットしよう、と俺を誘ってくれた。なんとなく雰囲気を変えたいこともあったから俺と大樹でアイドル歌手のヒットソングを2人で歌った。
俺たちがカラオケ店を出たのは夜中の2時を過ぎていた。といっても地元の俺たちは終電なんて関係なく、みんな歩き始めた。それぞれの自宅に帰る途中には俺たちが通った小学校、そして中学校がある。
「小学校に入学したのって、もう18年も前なんだな」
小学校の正門の前を通り過ぎようとしたときに隼人が立ち止まった。
「そうだな、まぁ入学式の時のことはさすがに覚えてないけどね」
大樹も隼人の後ろで立ち止まり、真っ暗な小学校の校舎を見上げながら言った。
「入学式は覚えてないけど、小学校って楽しかった思い出が多いな、私は」
七海も立ち止まっていた。
「逆に記憶がはっきりしていなのって、辛い記憶がないってことでもあるよね」
俊希と俺は少し遅れて正門前にいる七海たちに追いついた。
「でも卒業式は覚えてる、この正門のところでいっぱい写真撮ったことも!」
七海が正門に触れて懐かしそうに言った。
「ねぇ、このまま中学校にも行ってみようよ、隼人と圭太は懐かしくもないだろうけど、私は卒業してから行ってないし」
静かな空気が流れていたところに塔野が塔野らしい提案をしてきた。
「あー、僕もそうかも、近くとはいってもわざわざ行かないしね」
「私も」
大樹と七海がその提案に乗ってきた。塔野が言うとおり、俺は実習で、隼人にいたっては職場な訳だから懐かしいも何もないものだ。
「うん、いいよ」
隼人が同意したことに俺は少し驚いた。てっきり“俺はいいや”と言って一人帰るかと思っていた。
「よーし、じゃあ酔い覚ましにランニングしながら行くか!」
俊希がアキレス腱を伸ばしながら声を張った。
「真夜中のランニング!いいアイディアだ」
そう言って大樹も準備体操を始め、七海と塔野もすっかり走る気満々で2人で組み合いながら体を伸ばし始めた。
「ほら、圭太も」
七海がそう言って俺にも準備体操をするようにせかした。せかされたからという訳ではないが、少し酔っている俺たちがいきなりの運動は怪我をしてしまうかもしれない、軽いランニングとはいっても本当に走るなら少し筋肉を伸ばしておかないといけないのは理解できる。俺も俊希に倣ってアキレス腱を伸ばし、足首、膝の筋肉を伸ばした。
「小学校の正門から中学校の正門までのランニングか、まるでヒストリーランだな・・・」
隼人が体をほぐしながらなんとも洒落た言い回しをした。
「隼人、すっごく良いよ、その言い方」
おそらく隼人は何気なく言ったのだろう、七海の感動ぶりに逆に驚いていた。
「よーし、いいか、じゃあヒストリーラン、スタート!」
俊希の号砲で俺たちは小学校の正門を後にして走り出した。
10分もかからず俺たちは中学校の正門に到着した。もちろんトップは俊希、社会人バスケをしている七海が2番手だった。そして3番手は隼人、その後に俺と大樹、塔野が最後にゴールをした。
「はぁ、はぁ、うーん、久しぶりに・・・・・・走ったから、やばい・・・・・・」
塔野は頭を下げ、膝に手をあてて、息苦しそうにしていた。
「僕もだよ・・・・・・」
大樹も正門に着くと同時に座り込んで呼吸を整えようとしていた。
俺も1週間前だったら心臓が飛び出しそうになっていたかもしれないが、実習に来てから部活に参加していたせいか、思ったほど苦しくなかった。日頃生徒と一緒に走っているだろう隼人もスピードこそないが軽快に走っていた。そして俺は走りながら、ここでも俺は隼人の背中を追うポジションなのかと思いながら走っていた。
「七海は・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・やっ・・・・・・ぱりすごいね」
元々スポーツも得意だった上に、今でも定期的に運動をしている七海は俊希には及ばないがアッサリとして塔野を待っていた。
「奈美はスカートだし、日頃走ってないんだから、それで追いつかれたんじゃ私の立場がないよ」
「そうだけど・・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ」
「中学の時、運動も勉強もできる奈美が羨ましかったんだから、せめて大人になって運動不足の奈美には勝たせて欲しいなぁ~へへっ」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・、そんなもの、今さら何言ってんの、やばっ、まじキツい・・・・・・」
「あのころ、ランニングに後とか、部活帰りにここで話してたよね」
七海は懐かしそうに中学校の正門を眺めていたが、塔野はひどく苦しいのかあまり七海の話が耳に入っていないようだった。
「懐かしいな」
大樹が立ち上がって閉まっている正門に近づいた。
「うん、そうだな、懐かしい」
隼人が大樹と同じように正門に近づいた。その言葉に驚いたのは俺だけではなかった。
「あそこの桜の木、みんなで入学式の日に写真撮った」
隼人は正門の先に広がるグランドの入り口に鎮座する桜の木を指さした。
「俺達の入学式って雨だったな」
俺も隼人につられるように思い出に浸るようになった。
「ああ、大垣先生が雨女だったって入学して知ったよな」
「そうそう、大垣先生が関わる行事は雨が多くて困るって話」
「大垣先生は1年生の学年主任だったから、新入生に雨が降ったって話」
「理科の先生なのに、非科学的な噂で雨女伝説になってたね」
「その雨女伝説を確定させたのは、大垣先生が行事担当を外れた俺たちの修学旅行がピーカン晴れだったって話」
俺、大樹、俊希、七海も塔野も好き勝手に大垣先生の無責任な話をリレー会話で盛り上がった。
「雨だったから、傘をさしたまま皆で写真を撮ったんだ」
隼人はそんな俺達の会話には全く感心を示さずジッと桜を見ていた。
「入学式をよく覚えてるんだ」
七海がそんな隼人に話した。
「うん、雨で寒かった」
隼人は七海の方を見ることなく答えていた。
「でも、隼人は毎日来てるのに、懐かしくもないんじゃない?」
大樹が俺達の疑問をまとめて聞いてくれた。
「今ここから見える景色が僕の知っている中学だ、部活をしたテニスコートも、昇降口も、僕たちがいるのが見える」
俺はそう言う隼人を見ながら少し気味悪くなった。
「そうだね、僕も制服を取りに戻るのに体育館から飛び出してくる自分が見えるよ」
俊希までが隼人と同じように話すのを聞いてぎょっとした。
「私はこの景色を見ながらはやく大人になりたいって思っていた」
呼吸が整った塔野が2人の話に加わった。
「大人になれば、誰からも文句言われることもなく、好きなことができて、思うことが実現できるって、信じてた」
「なりたかったって、過去形なの?今は?」
大樹が塔野に聞いた。
「・・・・・・」
「大人の世界は思った世界と違ったってこと?」
「そう・・・・・・だね」
塔野は大樹の質問に静かに答えた。
「子どもの世界は残酷だけど、まっすぐだった・・・・・・」
大樹と塔野の話が聞こえているだろう隼人は黙って桜の木を見つめ続けている。
「子どもが残酷なのは正直に生きる力があるからだ、でも嘘がないわけじゃない、嘘もつく、それは生きるためだ、その時にその嘘がないと先に進めなかったり、追い詰められたり、そして後悔しながら成長していく」
大樹の言葉が俺には新鮮で心に染みてきた。
「おい、不審者たち!」
俺達の後ろから突然声が聞こえた。
「光!」
明日も仕事だからと先に帰った光が現れた。もちろんみんな大合唱になった。
「まったく、寝ようかと思ってたら中学校の正門に集合ってメールがきて、何事かと思ってきたら」
「えっ、誰が光を呼び出した?」
俺は突然現れた光に驚いて目を見開いてしまった。
「あ・た・し」
全く悪びれることのない塔野に俺達は注目してしまった。
「全く、ヒストリーランだの、タイムスリップトラベルだのって横文字ばかり並べられても訳わかんないから」
どうやら塔野は中学の正門に行くと決めた時に光にLineを入れたようだ。明日が仕事で帰った光をこの時間に呼び出すとは・・・・・・俺にはできない。でも光は口では不満を言いながらも洗いっぱなしの髪で来てくれたところを見ると嫌嫌というわけでもなさそうな様子だった。
「でも、こんなおもしろい企画、参加しない手はないな、と思ってさ」
光はズンズンと正門に向かってきて、並んでいた俺達の間に入り込むと締められた閂に手をかけた。
「あー、閉まってるか」
当然のことを良いながら笑った。
光は変わった、いや俺が近すぎてわからなかっただけで、光は昔から人と合わせることができる気遣いの奴だったのかもしれない。良い意味でも悪い意味でも・・・・・・・。
「光、明日大丈夫か?」
そんな心配をしてくれるのは大樹だ。
「あー、無理かも、遅刻したら塔野のせいだからな」
塔野に不満げな顔を向けながらも光の目は笑っていた。
「大丈夫、明日私がモーニングコールしてあげるから!」
「あっ、それ良い案、奈美は朝は強いもんね」
七海がなぜか自慢げに言い、
「そうそう、任せて」
塔野は全く光に悪いことをしたとは思っていない様子だ。
「正門、やっぱり中学でもここはフォトスポットだったね、こうやって撮ったよね」
そう言って七海は正門を背中にしてピースをした手を頬にあてた。
「そうそう、そのポーズ」
飲みからのカラオケ、そしてランニングと男子は少し疲れもあり、しみじみと思い出に浸っている隣で女子の2人はまだまだ元気いっぱいだ。その元気に光は巻き込まれて、寝込みを襲われたのだ。
「この正門が外周ランニングコースのゴールだったな、部活の朝練で走らされて、クタクタになって倒れ込んで更衣室まで這うようにして行ったのを覚えてる、今もクタクタだ」
光のうまい言い方に俺は思わず吹き出してしまった。確かにそうだ、あの時はランニングでクタクタになり、今日は塔野に呼び出されてクタクタってことなのだろう。
「なんだか、気になる言い方だけど」
「いや、懐かしい気分に浸っているだけで問題ない」
塔野は光の言葉の意味に気がついたのだろう、でも光もうまくかわした。
女子の元気な声でかき消されたためにはっきりと聞き取れなかったが、その時に正門からグランドを眺めていた隼人が何かつぶやいたのがわかった。
「な・・・・・・で・・・・・・・だろう」
俺は気になったが、独り言だったのだろうと思い、聞き返すことはしなかった。




