今でも夢がある、今だからこそ叶えたい夢は夢じゃない、望む自分の未来の姿なのだから。
14.思い描く未来
「ねぇアメリカにいるんでしょ?どこに住んでるの?」
今までとは全く関係のない話題を七海は興味津々といった様子で聞いてきた。
「ボストン、ボストンバッグのボストンだよ」
「えー、それ本当?」
俺は七海が大げさに驚いてみせているのが白々しく思った。
「ボストンバッグのボストンはボストン大学のボストンからきているんだ、ボストン大学の学生が重い教科書類を丈夫な布のバッグに入れて歩いていたのが日本にボストンバッグとして入ってきたんだ」
なぜか七海の疑問に答えたのは、隼人だった。
「隼人の言うとおり、さすが隼人だね、僕は向こうに行って日本人の先輩から教わった」
隼人の説明に七海は“ふ~ん”と答えている横で俊希が隼人に笑いかけていた。
「でも鵜飼君は数学の先生なんだよね?」
七海は昔から社交的で男女問わすに友達がいた。俺もその1人で、小学校の低学年までは学校でも放課後も一緒に遊んでいた気がする。中学に入るころにはさすがに一緒に遊ぶということはなくなったが、周囲の男子が“庄野さん”“庄野”と呼ぶにも関わらず、長年の習慣は恐ろしく“七海”と呼んでしまいそうな瞬間が何度かあり、じゃあ“庄野”とでも呼べばよかったのに、そのうち名前を呼ばなくても済むよう意識していた気がする。
「隼人は数学が得意だったけど、勉強もよくしていたから、いろいろなことを知っていたよね」
大樹が隼人が博識なのは当然だと解説をした。
「そんなことはないよ」
隼人は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな顔をしていた。
「庄野さんの妹、バスケ頑張ってるみたいだね」
俺は“ばかみたいに喜んでいた”と表現した庄野にえらく和やかに対応する隼人を白々しく思うと同時に大人なのかもしれない、とも思った。
「そうなんだよね~部活のついでに学校に行ってるみたいだよ、勉強しないとバスケの強い高校に行けないよって葉っぱかけてるけど」
「妹さんはスポ薦狙いなの?」
「うーん、一般入試をするにはね成績がさぁ、一般推薦も、あの調子じゃ無理、そうなるとスポ薦って選択になるかな」
「妹さん、成績は悪くないと思うよ、ただ、提出物とか、課題提出とか・・・・・・」
隼人はまるで保護者と面談をしている担任のような口ぶりになっていた。
「それじゃ、圭太だな、ハハハ」
光が大笑いをして俺の肩を叩いた。
「圭太ほど勉強ができたら、一般推薦をすすめるよ」
七海から久しぶりに“圭太”と呼ばれた気がする。俺が“七海”と呼ばなくなったように七海も“圭太”といつのころからか呼ばなくなっていた。
「俊希と大樹の前でそれ言われると恥ずかしいからやめろよ」
「ごめーん、でも圭太がんばってたのをみんな知ってたよ、私も実は刺激されてたし」
「俺が七海に刺激を受けていたとは驚きだな、ていうか、褒めるのがうまいのは変わらないな」
俺は七海の言ったことをとても素直に受け止められなかった。いつも上から目線だった七海がそんなことを思っているとは思えなかったからだ。
「うん、そうだと思う、僕も同じ塾で隣で圭太がいると自然と集中できたし、1人じゃないって、心強かった」
俺が素直でない反応をしたことに、俊希が大人の対応で俺をカバーしてくれた。
「黒川君はいつまでアメリカにいるの?」
七海は知希のスマートな返しにニコニコしながら話しかけた。
「うーん、あと1年かな、今の滞在は単位交換ができる留学ではないから、こっちで司法試験を受けるためには戻って遅れを取り戻さないといけないからあまりのんびりするのも、と思いながら、まだまだ知りたいことがあって、帰るに帰れないよ」
「まだ1年もいるんだ、さみしくない?」
七海がいい年をした男子にさみしくないのか、と聞くのか、と違和感があった。
「時々に日本語でおもいっきり大声出したくなることがるよ、初めて行ったは必死だったから言葉とか、さみしいというより、思い通りにならない怒りみたいなことに日々苛立っていたかな。今はうーん、日本語とか日本が懐かしくなって叫びたくなる感じかなぁ、やっぱりそれってさみしいってことなのかもね」
俺は俊希が大学2年の時にボストンに短期のホームスティに行った時の、“何もかもが必死だった”と言った言葉を思い出した。その時のお土産にもらったTシャツを実は今でも愛用している、それを渡された時に“もっと買い物とかも行きたかったけど、あんまり外に出られなかった”と残念そうだったことも覚えている。俊希が初めての海外で思った以上に困ったり、迷ったりしたのだろうと想像した。でもさすが俊希で、時を置かずにまたアメリカに行った。今度は大学で派遣する交換留学生として姉妹校の大学に行った、しかも留学してから半年は留学生寮でインド人と2人部屋で過ごしたらしい。俺は俊希が寮を出て、学生専用のアパートで1人の生活を始めたことを聞いて、初めての海外旅行に行った。その時には俊希は朝から晩まで忙しくしていた、それはただ時間的に忙しいのではなく、大学での勉強、友人との交流、自活生活、と自分の力で生活することの手間や、壁を一つ一つつぶしていくことの充実感があるように見えた。俺が遊びに行ったのをとても喜んでくれて、観光はもちろん、留学生の友人にも会わせてくれたり、その友人たちとも町を練り歩いて時間を過ごした。
院生となってまたすぐ渡米した俊希、もうすっかりアメリカの生活に馴染んでいる大人の俊希がいまさら“さみしい”なんてことがあるのだろうか、と思っていたから七海への答えは意外だった。
「俊希でもそんなだぁ、楽々生活なのかと思ってたけど」
何事にも順応な俊希を知っている塔野の正直な感想だと思う。
「今は楽々ではないけど、るんるん生活ではあるかな、大変なことも含めて経験して吸収できるほうの喜びが大きくなってきたから」
「そういうことかぁ、私も大学行けばよかったなぁ、専門って短いし、アッという間に終わったなぁ」
七海は本当にうらやむように話した。
「大学も目的を持っていかないとただに時間の浪費だよ」
七海ののんびり口調とは違う隼人の強い口調に俺は驚いた。
「専門でも、大学でも何を学ぶか、っていう生活には変わりなくて、目的がはっきりしない生活は不毛だよ」
隼人が何を言いたいのか俺はにわかにはわからなかった。
「まぁ、そうだろうけど、俺なんかは勉強が嫌いだったし、学力も低かったから、そういう意味で大学は選択肢になかった。何を学ぶかっていうより、俺は何を身につけたら社会で生活できるかった考えて専門を選んだな」
光がめずらしくまともな事をいうのに驚いた。
「俺は美容を学びたいっていうより、生活するためだけに専門に行った、その時に目的とか目標があったわけじゃない、でも働き始めてから目標ができて、そのために日々が頑張れる、確かに隼人のいうとおり目的がはっきりしないのに大学に行くのは不毛かもしれないけど、時間を持て余すくらいに時間をとって将来を決めていくのは無駄じゃないと思けどなぁ」
これが中学の時は一次関数も科学記号も衆議院の議員数も言えなかった光なのだろうか、というくらい最もな話だ。
「光は今何がしたいの?」
大樹が嬉しそうに聞いた。
「あー、嬉しいことを聞いてくれるね、実は去年、専門の先輩から人が辞めて手が足りないからって、ドラマの撮影のヘアメイクの手伝いをさせてもらったんだ、といっても本当に荷物持ちで、時間もあってないような過酷な労働、次から次にメイクを終わって入ってくる役者さんの髪をセットして、片付けて、またセットして、その間に現場での手直しに入ったり、急な変更でメイクからやり直したり、重たい荷物を持って走り回るような仕事だったんだ」
「すごいじゃん、誰のドラマ?」
七海と塔野、こういうことに女子は敏感なようだ。
「武田諒子のやつだよ」
「あー、あれ?私、観てたよ」
「それ、おれも観てた、面白かったよな」
七海と大樹がシンクロした。
「あれに高橋君が絡んでいたの?」
「いや、俺は全くの手伝いだから、先輩はヘア担当で名前が出るけど」
「でも、そういうことに関われたってのが楽しかったってこと?」
大樹が光に聞いた。
「うん、楽しかったというより、衝撃的だった、こんな仕事があるんだって、労働としては過酷すぎるけど、自分の技術がひとつの作品を作り上げる要素になるっていうことに驚いたな」
そう話す光は俺が知っている屈託のない笑顔の光だった。
「それで、すぐには無理でも今の店でスタイリストとしてデビューして、経験を積んだらゆくゆくはその先輩の手伝いをしながらいつかは映像に関わる仕事をしたいなって」
「すごいよ、光、すごいよ」
大樹は大きな声で光を称えた。大樹ほどではないが、俺も光を“すごい”と思った。生活の手段だと思っていた自分の技術を仕事として技術として磨いていきたいと思って毎日を過ごせることは確かにすごいことだ。
「いや、まだ夢だよ、夢」
「仕事に夢を重ねられるのがすごいんだよ、さすが光だ」
大樹は本当に優しくて素直だ、光が夢を思い描いて仕事ができることをすごいと思っても、そこまで素直に共感することはできない、むしろそれができる大樹が“すごい”と思う。
「今はスタイリストとして独り立ちできるように練習だから」
光は少しばかり照れくさそうにはしていたが、満足そうにビールを飲み干した。
「ねぇ、練習ってことは時間外にカットしてくれるの?」
七海がそこに反応する。
「そうか、練習ってそういうことか」
塔野も食いついてきた。
「ああ、来店してくれればやるよ、だた、カットとカラーとっていうと終電ギリギリになることがあるけど」
「じゃ、今度連絡する、連絡先教えて」
そういうと七海と塔野は光と連絡先をさっさと交換した。光は仕事柄もあってか人と連絡先を交換して人脈を広げていくという営業をこまめにしていて、連絡先を交換して欲しいという要求を拒むことはしないらしい。ただ七海や塔野がどれだけ光の営業成績を伸ばせる人材になるのかは全く不明だが、何かのきっかけになることはあるかもしれない。
「ねぇ、鵜飼君も連絡先教えてよ」
七海が光の連絡先を聞くと同じタイミングで隼人にも連絡先の交換を持ちかけてきた。
「えっ?僕?」
「うん、だめ?」
「いや、いいけど・・・・・・」
隼人は七海からの誘いに動揺しているのか俺や大樹の方に目が泳いだ。
「・・・・・・」
その頼りない隼人の目線に七海の鋭い勘を働かせた。
「鵜飼君は、ほら妹のことがあるから黒川君とか長谷川君経由じゃなくて、直接交換しようって思って」
七海の説明に隼人は納得したようで
「あ、ああ、そういうことか・・・・・・、僕が庄野さんから妹の関することで買収されたりすると問題だけど、姉の同級生が学校に教師だったてことは全く問題はないし」
「そう、じゃ交換していい?」
同級生の連絡先の交換だけの話なのに、軽いノリの七海と正論の隼人の会話は少しばかり滑稽にも思えた。
「隼人は本当に真面目だな」
「それ、大輝が言うか?」
光が大輝の台詞を突っ込んだが、俺もそう思った。真面目が服を着て歩いているのは大輝だ、それに隼人は真面目というより“頑固”という言葉が当てはまると思う。
「俺は真面目じゃないよ、ただ気合いがないだけだよ」
大輝は褒められてもさりげなく謙遜する、俺からすると本当に出来た奴だと思った。
「気合いって、何と戦ってるの?」
塔野が面白がっていた。
「意志の無さとかな、僕も隼人みたいな気合いのある真面目さとか、圭太のような突き進むような気力が欲しいよ」
俺は飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
「あー、確かに、圭太の突進力は規格外だからな、うん、時と場合によっては欲しい!」
「おい、光、それは褒めてるのか、貶しているのか、どっちにしても素直に喜べないよ」
「はは、喜んでいいよ、褒めてるから」
「そうかなぁ~」
俺は光が“褒めてくれている”ことはよくわかっていた。光も俊希も小学校のころから俺が規格外であることを俺らしさとして受け止めてくれていた。2人ともタイプは違っても俺にとっては成長させてくれた友達だ。
「圭太は良い意味で規格にとらわれないから、その結果が楽しみになるんだよ、他人でもワクワクするものがあるよ」
「そうそう、俊希、ワクワクって良い表現だね」
俊希の表現に大輝も楽しそうに応えていた。
「中学の時に3人で成績競争した時なんか、僕は定期テストのたびにドキドキもしたけど、3年生のころにはワクワクするようになったよ、なにしろ最後の教科の1点勝負だったこともあったし、圭太のむき出しの闘志が受験のすごい刺激になった」
俺が時々思い出す3人の思い出を大輝も覚えていてくれたことがわけもなく嬉しくなった。
「あー、それ覚えてる、俺が覚えているのは2年生の2学期の期末テストで圭太の成績が驚異的に上がって、成績表が配られた時に圭太の周りの子たちが驚愕の声を挙げていたな」
「そうだったっけ」
そう言いつつ俺は光が言った光景を覚えている。稲部学習会に入って初めての定期テストで俺はど真ん中の席次から3分の1の席次にまで這い上がった。皆が成績表を見せ合っている時に近くに居た女子が俺の成績表をのぞき込み“すごーい!”と言ったことで俺の成績表をめぐり、光のいう驚愕の声を上がったのだった。
「その後の学年末ではついに圭太が400点を超えて、僕はモルトのアイスをプレゼントしたんだよ」
「うん、そうだった、それは覚えてる」
「学年末の時は学習会でもHPに匿名で稲部先生が“学習する力がつきます”って圭太の成績を載せたんだよ、稲部先生のとっても驚異的な伸びだったんだろうね、塾の営業に使うくらいだから」
「そういえば、そうだったね、懐かしいなぁ」
塔野と俊希は、あの時の稲部先生が俺の成績をしっかりと塾の宣伝に活用していたのを覚えていた。俺も稲部に入会してからの成績を忘れてはいない。それまで俺のこと“バカな圭太”と見下していた奴やに成績の席次も勝ったことは、たった14年間の人生ではあっても味わったことがない充実感があった。
「まぁ、でも高校は残念だったよね」
隼人が少しばかり嫌みな言い方をしてきた。
「ああ、そうだね、北野に受かったのは隼人と岸だけだったね、がんばったよな」
俺は隼人の言い方を不快に思わなかった訳ではないが、もう“今さら”だ。
「でもあの時、稲部先生が、圭太は誰よりもがんばった、誰よりも勉強した、本番で思った力が出せなかっただけだって、言ってたのも覚えてる」
それは俊希がよく俺に聞かせてくれる話だ。俺も隼人も成績では全くのイーブン、でも隼人は通知表が良かった、つまり内申点が高かったのだ。俺はその内申点が低い分、当日の点数を高く取らないといけなかったが、思ったほど伸びなかった。3人が受けて俺だけが不合格になった結果は当時の俺にはかなり堪えた。
「圭太は規格外の気力もあるけど、本質は優しくて、最後は譲ってしまう損な性格なんだよ」
俊希はよく俺のことを“優しい”と評するが、自分では全くそう思ったことがない、なぜ俊希がそう言うのかよくわからない。
「譲るって、受験を譲る必要はないだろ、圭太は望みすぎたんだよ、無理せずに芦田高校にするっていう判断ができなかっただけだろ」
俺はその隼人に言い方にギョッとした。俺の見通しが甘かったという話だけのつもりであっても“無理せずに芦田高校を”という言い方は大輝にとても失礼だ。芦田は大輝が進学した高校で、大輝もギリギリまで俺と隼人と同じ“北野高校”を希望していたが、願書を出したのは芦田だった。俺は俺や隼人より明らかに成績も通知表も良い大輝がレベルダウンした受験をすることに驚いて、その理由を聞いてみたと思う。確か“無理して合格しても高校生活がきつくなるから、余裕のある高校で推薦をつかって大学に行こうかと思ったんだ”と大輝が説明したくれたと思う。俺はその時も大輝がレベルダウンの受験ができるのも、つまりは自分の学力に自信があるからなんだと中学生ながらに“勝者の余裕”を感じた。
「おいおい、芦田にしとけばって、隼人、それは大輝に失礼ってもんだろう」
光がうまく空気を読んで、大輝をフォローした。俺はあの光がこのタイミングでうまいフォローを入れたことに驚いたが、よく考えてみれば学生の俺や、今は働いている大輝よりも光は早くに社会に出て色々なことを経験したのだろう、ましてやサービス業なのだ、場の空気を読んで対処する術を身につけてきたのだと思う。
「あっ・・・・・・」
光の指摘に隼人も自分の発言に配慮がなかったことに気がついたのだろう、バツの悪そうな顔をしていた。
「いいよ、僕は全く気にしてないよ、負け惜しみでもなく、僕はあの時、自分で進学先を決めた、親や先生の助言もあったけど、最終的には自分で決めた。だから後悔もしてないし、北野高校に進学してたら、ということを考えたことはないよ」
大輝は本当に大人で穏やかだ、誰を責めることもなく、淡々と自分の意見、意志を人に伝えることができる。
「でも、圭太のような絶対に折れない意志の強さが欲しけどね」
「へ?」
俺は大輝の望みに驚いた。
「確かに、圭太の頑固さはオムツしてるころからだもんね」
七海が余計なことを言い出した。
「そうだったんだ~」
塔野までが七海の話題にのってくる。
「そうそう、保育園の時、牛乳って食事が終わることに先生が出してくれるんだけど、圭太は牛乳が早く欲しくて食事が始まると早々に先生に“ぎゅうにゅうは?”って聞いていて、食事が済んでからだからってよく注意されて、渋々食事を食べていたけど、食事が終わりに近づくと教室の端で先生が牛乳をコップに入れ始めるのが見えたとたんに“あれ、あれ”って言って牛乳を指さして、そうなるともうそっちに夢中で食事はそっちのけ、先生に怒られても、“牛乳欲しい!”って食事中に強引に牛乳を取りに立とうとしてさぁ、先生にめっちゃ怒られてたっけ」
本当に余計なことを七海が言う。
「あー、ありそう、圭太の意志に強さは保育園のころからなんだな」
光がそれを面白そうに聞いている。
「おい、七海、余計なこと言うなよ、保育園の時に牛乳を欲しがって怒られたくらいのことが俺の人格のすべてのように言うなよ」
俺はあきらかにすねたような言い方をした。保育園の頃の思い出なんてものは多くは恥ずかしいものと相場は決まっている、それをあっさりと皆の前で言ってしまう七海は本当に失礼な奴だ。
「全て、とまでは言わないけど、光の言う通り、意思の強さは筋金入りってこと!」
七海のやつはあっさりと言った、しかも俊希がそれに大きくうなずいた。
「そうだよ、圭太にとっては不愉快なことだったりしても、庄野さんと圭太の関係からすると、僕は聞いていると微笑ましいとも思うよ」
「あっ、ありがとう、黒川くん」
俺がすねて、俊希が取り無してくれたことになぜか七海がよろこんだ。
「そうなの、ふふっ、ついあの圭太がって、思うと、言い方がついねぇ~」
「ついって、七海はそれで良いかもしれないけど、俺は迷惑だ、七海は昔からいつもそうだ、俺の歴史は七海に泣かされた日々だ」
「えー、いつ泣かせた?」
「毎日だった!」
俺は思いっきり七海に向かって口をとがらせた。
「あー、もしかして、保育園の廊下に放置してあったモップが犬嫌いの圭太には犬に見えて、それにおびえた圭太を私がモップに方へ引きずって行こうとしたこととか?それとも圭太を抱っこしていた先生に私が用事をお願いして、先生が圭太を膝から降ろそうとして、圭太が大泣きをして先生にしがみついたこととか?」
「おい、七海!」
俺はさすがに声が大きくなってしまった。
「ははは、本当に微笑ましい話ばかりだな」
大樹が俊希の言葉をなどった。
「微笑ましいもんか、嫌がらせだ、七海、本当に失礼なやつだな、言った奴は忘れても言われた本人は忘れないって知ってるか?」
七海には悪気は全くないのだろう、でもわかっていても七海の奔放な言動に俺は嫌な思い出が多すぎた。
「庄野さんはよく覚えているよね」
隼人は庄野が俺との記憶を良い意味で覚えているように解釈したようだ。
「まぁ、圭太とはずっと一緒だったから、頑固だったけど、泣き虫圭太が可愛かったってことかな」
「今でも、可愛いから!」
俺は話しを締めるように言い切った。
「庄野さん、そろそろ圭太を勘弁してやってよ」
俊希がさすがに俺の顔色が変わってきていることに気がついて話しをまとめてくれた。
「塔野さんは?今どうしてるの?」
大樹も空気を変えるように塔野に話しを振った。
「私はね、OLよ、車の会社、メルタセルで総合」
さらっと言ったが、外資系の大手だ、俺はもちろんだが、皆の目が大きくなった。
「すごいね、がんばったんだ」
「長谷川君に言われてもピンとこないけど、外資系の方が女子にはお得なことも多くて、給与形態とか、結婚後のこととか考えるとね、日本企業はまだまだ男子優位だし、勤勉が求められる公務員は向いてなかったし」
塔野は自分を褒めてくれた大樹をさりげなく褒め返していた。
「そんなこと・・・・・・僕はつまらないよ」
「大樹はなんで公務員だったんだ?確かに真面目な性格は公務員にはピッタリとは思うけど」
光が大樹の希望理由を聞いてきた。
「僕、公務員になりたかった訳ではなかったんだ、でも学生の時に見学で鑑別所に行ってみて」
「鑑別所?」
俺には耳慣れない言葉だった。
「18歳未満の子どもが、触法行為で家庭裁判所で裁判を受けるまでの間、その処遇をどうするか、一定期間収容してその子自身を鑑別する所だよ、教職課程のどこかでは習うと思うけど」
なぜか隼人が解説をしてくれた。確かに聞き覚えが全くないわけではなく、授業で夢ごごちで聞いた記憶があるような・・・・・・
「そう、それで、うーん、子どもの福祉に関われたらって、都の福祉を受けたんだ」
「でも、触法ってことは犯罪ってことでしょ?福祉なの?」
塔野も疑問を振ってくる。
「18歳未満の子どもで、おおむね12歳以上の子どもには少年院という法的処遇もあるが、福祉施設で罪を振り返るっていう方法もあって、犯罪を犯した子どもを鑑別所で見極めて、最後に家庭裁判所で少年院、福祉施設か、もしくは保護観察か、と処遇が検討される、その中で福祉施設っていうと、児童自立支援施設といわれるところに措置されるんだ」
スラスラと説明をしてくれたのは俊希だった。
「そう、さすが俊希だよ」
大樹が補足はない、とばかりに俊希の肩を叩いた。
「もちろん、犯罪を犯した子どもを庇うつもりはないけど、生きるために盗んだ、親に虐待されて安易に他人を頼って犯罪に巻き込まれたとか、犯罪を犯す子どもを責める前に大人とか社会も考えないと、って思わせられるケースがあって、法律で裁く側でなくて、法律のテーブルにのる前の子どもに関わっていけたらって」
「大樹らしいな」
光が感心するように言った。俺もそう思った、昔から優しくて、人に優しかった大樹はその性格そのものを生かせる仕事を選んでいた。
「本当に大樹らしいね、羨ましいな」
七海が少し考え込んでいるのがわかった。
「庄野さんは違うの?」
隼人は七海にそんなことを聞いた。
「鵜飼君さぁ、受付がやりたいことだったの?って聞きたいの?それって嫌み?」
「そ、そういうつもりじゃあ・・・・・・」
七海がにらみをに隼人はたじろいでしまった。でも俺は隼人に心の中で同調し同情した。俺にこれまでさんざん失礼なことを言ってきたのに、自分に不本意なことを聞かれると切れるってどういうことだよ、実際、隼人の疑問は当然だろう。希望の高校へ合格してこの世の春と言わんばかりだったんだ、さぞかしその学歴を生かしたんだろうって、言いたくなるさ、と俺だったら言い返していたかもしれないが、隼人はたじろぐだけで、口をつぐんだ。
「へへ、別にやりたいことじゃないけど、楽しいよ」
「ああ、そうなんだ、ごめん」
「だから、謝るのおかしいでしょ、隼人君!はい乾杯!」
七海は隼人が気まずい思いをしているのがわかったのだろう、七海は自分のビールを隼人のビールにタッチさせ、カチーンといい音を出して、笑った。隼人も安心したような顔をした。
「圭太は?卒業したらどんすんだ?」
「そういえば、そうだな、俊希は司法試験が目標ってきまっているけど、そういう意味ではこの中で未来を自由に選べるのは圭太だな」
大樹が聞いてきた。確かにこの中で学生は俊希と俺、俊希は学生とはいっても司法試験の合格というはっきりした将来の目標がある、みんなも仕事をしている、俺はまだ学生だ。大樹の言う通り“未来を選べる”のだ。
「まだ、特に・・・・・・」
「教師にはならないの?」
塔野が聞いた。
「教育実習生に聞いても、すぐに“教師になる”、と答える実習生はほとんどいない、実習はあくまで教職課程の単位取得のためだけ、まぁ熱意がないなら単位を取ったら終わりにしてくれって思うな」
隼人の言い方に、塔野は少し呆気にとられていた。
「鵜飼君は違ったの?」
俺は七海がさっきの仕返しなのかと思ったが、その口調は案外真面目だった。
「僕?」
「うん、実習の時には教師になるって決めてたの?」
俺もそう思った。俺の知っている隼人は賢いし、教師受けも良い、でも大樹のような真面目で温かいかというと、どちらかというとドライかもしれない、生徒の指導に魅力を感じるだろうか。
「教育学部に入ったんだから、教育者を目指すのは当然だろ?」
「教育学部だったの?」
七海は不思議そうに聞き返した。
「ああ」
「隼人は数学に興味があったんじゃないか?」
俊希が当然のように聞いた。俺もそう思った、隼人は小学校の時から算数が得意で、小学校のお勉強は全くできなかった俺にしてみれば天才的にできるように見えた、そして中学になっても隼人は数学が得意だった。そんな隼人だから大学ではきっと理系、きっと数学の勉強をするのだろうと確信していたからだ。
「そうだな、もっと数学をやりたかったけど」
「けど?」
七海がうまく合いの手を入れてきた。
「教育学部だったら、教員免許を取れるし、就職もある」
隼人の理由はわかりやすく、そしてつまらなかった。
「それだけ?」
七海は他に理由があるように思っていたのか、確認するように聞いてきた。
「そう」
「そうなんだ、以外だな」
「以外って?」
「数学が好きで、好きで、って数字を楽しんでいる生徒だったように記憶しているから」
「・・・・・・」
七海が俺達が思っていたことを聞いてくれた。でも隼人は何も答えなかった。
「黒川君はいつから法学部を志したの?」
七海は隼人から俊希に話題をうつした、俊希も隼人の顔色を読んで、七海と何やら話を盛り上げて話しはじめた。
そんな2人を横目に俺は隼人がなぜ数学の道に進まなかったのか気になった。俺が入れなかった高校に進んだ隼人とは受験を機に疎遠になっていった。でもあの時、隼人は間違いなく俺に勝ち、勝者の余裕を見せていた。なぜなら、俺のクラスで隼人と同じ委員のクラスメイトを委員会だと言ってわざわざ誘いにきたり、配布プリントが足りないけど1組で余っていないかと聞きに来たり、その都度俺の方をみて反応を探るようにしていた。俺は隼人と目を合わせることはなかったが、隼人が俺の方を見ていることは背中に感じていた。
勉強でまだ俺がまったく隼人にかなわなかった中学1年の頃、試験が終わるとよく俺に話しかけては試験の答えあわせをして俺に正しい答えを教えてくれていた。それが中3になり、毎回俺の点数を上回りはじめると話しかけてくることが格段に少なくなった。数学にしても能力別のクラス分けで5クラス中の3クラス目だった俺が1クラス目に上がり、つまり隼人と同じクラスになってからは試験の後、話かけてくることがなくなった。でもあの時、勝者である隼人は俺に話し掛け、”おまえは間違った選択をしたのだ”ということ、“バカな圭太が無理をしたからだ”という正解を俺に話したかったのかもしれない。
隼人がなぜ自分の希望の分野に進まなかったのか、俺は余計なことと思いながらも考えた。実習中で隼人を見ていてもやる気がないようには思えないが、楽しそうではないように思う。
「もう、こんな時間かぁ」
光が時計を指さした。
「次行く?」
七海と塔野がみんなを見回して聞いた。
「いいね、僕はつきあえるよ、明日は休みだし」
大樹は七海たちの誘いをうけ、俊希もいいよ、とうなずいた。
「俺は明日仕事だから、今日はもう遠慮しとくよ」
光が残念そうにバッグから財布を取り出して支払いの準備をはじめた。
「圭太はどうする?」
俊希が聞いた。
「俺も行こうかな、明日休みだし、もう少し飲みたいし」
来るときは決してノリノリではなかったが、大樹も塔野も会えばやはり懐かしいし、話は尽きない。
「僕も行くよ」
隼人も行くこととなり、結局、光以外は次に行くことになった。光は名残惜しそうだったが、サービス業にとって土日は繁忙日だ、と言いながら店を出た。
「今度、カットよろしくね」
店を出たところで塔野が改めて光に約束をしていた。
「ああ、連絡してくれよ、友達を紹介してくれてもいいし」
「うん、楽しみにしてる」




