あいつはやっぱり真面目だ、真面目すぎるんだよ、だからうざいし、羨ましかったりするかも
11.正しいこと、間違ったこと
次の日、部活の朝練はなかったが、早めにきて昨日の職場体験の提出された実習記録を整理しようと思った。本田先生と隼人は今日も生徒の巡回に行っている、俺は実習生ということもあり、今日は学校で待機、その時間で記録や授業案作成をしておくように言われた。1学年分の生徒がいない学校は妙の静かだ。実習も2週目を終わろうとしている、この控え室も最初は落ち着かない感じだったが、今は1人になれる空間としてとても居心地が良い。記録類をするにはもっとこいの場所だ。今日は生徒がいないので給食指導はなし、ここで給食もゆっくり食べることができた。昼休みに少し昼寝をして、午後のチャイムが鳴ったのを聞いて、授業案の参考資料を探そうと職員室に行くと、だれもいない職員室になぜか隼人が座っていた。
「隼人、どうしたんだ?」
俺はデスクに座ってパソコンを打っている隼人に声をかけた。
「吉田先生、何か?」
明らかに呼び方が違うだろう、と言わんばかりだ。
「あっ、ごめん、鵜飼先生、今日は1日巡回だったんじゃぁないですか?」
俺は慌てて言い直した。
「3丁目のコンビニで、事情が変わって、生徒をそのまま置いておけなくなったから連れて帰ってきた」
「事情って?」
「体験中は店主が常に在店してくれる予定だったのが、今日突然に休みになって、生徒とアルバイトだけになっていたって、っていうことだ・・・・・・ふぅ」
隼人は大きくため息をついた。
「それって、まずいだろ、何かあるとその状況はまずいな」
「何かなくてもまずいだろ、そもそも、中学生の体験を引き受けておいて、行ってみたらアルバイトと生徒だけでした・・・・・・って」
「生徒は?」
「事の大きさに気がついていなかったと思うよ、楽しく店番をしていたよ、生徒達もアルバイトさんも」
隼人は呆れるというよりは腹立たしげな様子だ。
「早々に大石先生に連絡をして、連れて帰るって伝えて、さっき戻ってきたところさ」
「そうだったのか・・・・・・」
俺は不満気に苛つく隼人を前にも見たことがある。
小学生5年の夏、俺と光、隼人と3人で学校の近くの公園で鬼ごっこをして遊んでいた。公園とはいっても住宅街の一角にある、ブランコを砂場と、3人掛けのベンチが2脚ほど設置してあるような、近所の子ども達が散歩のついでに寄るようなこじんまりした公園だった。その日はもう5時を過ぎていたせいか、小さい子どもは見当たらず、俺たちだけだった。それなら、と俺たちは鬼ごっこなのか、ただの追いかけっこなのか、何が楽しいのか、誰かを追いかけて捕まえてはまた追いかける、そんな繰り返しの遊びを楽しんでいた。俺が光を追って公園内を駆け抜けていると、
「公園内で走るな!」
と怒鳴り声が聞こえた。
慌てて振り向くと、散歩で公園に入ってきたおじさんがすごい形相でこっちを睨んでいる。
「ちょろちょろ走り回るな、邪魔だし、うるさい!」
おじさんは俺たちに近づいて目の前でもう一度怒鳴った。俺と光は黙ってしまった。おじさんは俺たちを睨み付けて動こうせず、かといって俺たちもいきなりの出来事に動けなくなった。
「公園で走っちゃダメって、どうしてですか?」
少し離れたところにいた隼人が戻ってきておじさんに聞いた。おじさんは今度は隼人を睨みつけた。
「なんだと?」
おじさんはとても低い声で隼人に話しかけた。
「迷惑をかけてないのにダメですか?」
確かに俺たちは肝散としていた公園で鬼ごっごのようなことしていただけ、何も怒られるようなことはしていない。
「僕たちがここで鬼ごっこをしてはダメな理由を説明してください!」
隼人は臆せずにその睨み付けたおじさんに説明を求めた。
「邪魔だからだ!子どものくせに大人に文句を言うのか!」
そのおじさんは隼人に殴りかかりそうな勢いで怒鳴った。でも隼人はおじさんが前のめりになる動きをしてもジッとおじさんから視線も体も動かさなかった。
俺も光も怖かったがこのままでは隼人が殴られるのではないかと思い、意を決して近づこうとした時、犬を連れたおじさんが公園に入ってきた。犬は俺たちの周囲にあった不穏な空気を察したのか、公園に入った途端にワンワンとうるさく鳴き始め、さらに飼い主のおじさんを引っ張って俺たちの横に来ると、俺たちを睨み付けているおじさんを威嚇し始めた。飼い主のおじさんは、こらこら・・・と犬を宥めながら俺たちの方を申し訳なさそうに見て、
「悪いね、そんなに吠えることはないんだけど・・・」
飼い主のおじさんがそう言って、俺たちに話しかけると、同じタイミングで俺たちを怒鳴りつけていたおじさんは不機嫌そうに舌打ちをするような音を立てて公園から出て行った。
俺たちとおじさんの空気に気がついたのか、そうでないのかはわからないが、犬を連れたおじさんも俺たちに「じゃあ」といって公園の奥の方へ犬を連れて入っていった。
「犬に救われたね」
光はそう言って笑った。
「確かに、面倒なネタを犬が食べてくれた、犬様々だな」
俺もおかしくなって笑ったが、その横で隼人は憮然とした表情のままだった。
「隼人、むちゃするなよ、こっちが冷や冷やしたよ」
光が隼人を心配すると
「あんな大人になりたくない、自分の機嫌や都合で人を注意するとか!」
難を逃れてホッとしている俺は隼人の怒りが少しばかり面倒な気分になっていた。
「だから、これから2人には主事先生の校内業務を体験してもらうことにした」
隼人はパソコンを閉じて、資料をまとめると席を立った。
「俺にできることある?」
突然の変更となると隼人も予定していた業務を調整しなければいけないだろう、もちろん実習生が変われる業務があるとは思えないし、余計なことだとは思ったがなぜか聞いた。
「いや、特に」
隼人は少し意外そうな顔をしていた。
「そうだよな、・・・・・・」
「・・・・・・」
隼人が黙り込んでしまい、微妙な空気を感じながら頭を搔き、控え室に戻ろうとすると
「圭太!」
隼人が俺を呼び止めた。こんな時なのに、俺はその声がとても懐かしかった。
「いや、あのさぁ、きっと、店主さんにも事情があったんだと思うけど・・・・・・でも」
「でも?」
「・・・・・・言って欲しかったな、昨日にでも、いや今朝でも、電話をもらえれば僕も調整できたし、アルバイトの人も熱心に教えてくれていたし、主事先生に突然に無理を言うこともなかったし」
「そうだよなぁ・・・・・・、無責任だよなぁ」
俺は隼人が何を俺に言いたいのかよく理解できないまま、なんとなくオウム返しをした。
「小島先生のところにはあったんだよ・・・・・・」
「へっ?」
「6組の生徒のコーヒーショップで、やっぱり店主の予定が変更になって、どうしたらいいかって連絡が今朝あったらしい」
「あっ・・・・・・」
俺は職場体験の資料に、生徒の指導が困難になる時について、という記載があったことを思い出した。
「言い忘れたんだよ・・・・・・打ち合わせの時」
隼人は何となく後ろめたい表情で俺を見た。
「でも、言い忘れたとしても、書いてあるわけだから、それは隼人のミスではないと思うけど」
「でも・・・・・・」
「鵜飼先生、手が空きましたので、打ち合わせをしましょう」
職員室に主事先生が入ってきて、隼人はハッとしたように主事先生に振り返った。
「あ、ああ、すみません、ありがとうございます、え~とすぐ行きます!」
「打ち合わせなんて10分程度でサッと終わらせて、早く生徒を連れてきてもらって、できるだけ日頃は入れないような場所での環境整備なんかもさせましょう」
「ありがとうございます、えーとじゃあ・・・・・・生徒にも声をかけてきて・・・・・・」
隼人はおそらくこれからの訪問先の資料をコピーするつもりだったのだろう、といって主事先生を待たせるわけにもいかないのか、慌てて資料を机に戻そうとした。
「鵜飼先生、僕、生徒に声かけてきますよ、体操着着用させて、昇降口に連れて行きます、いいですか?」
俺は挙動不審になっている隼人に声をかけた。
「あ、ありがとう、じゃあ1組で待たせてるから、佐藤と中村の2人、連れてきてくれると助かる」
「了解」
そう言って俺は右手で敬礼のようなポーズをして職員室を出ていった。
その日は午後ずっと授業案作りに勤しみ、夕方近く休憩がてらグラウンドに出て、縁石で耽っていると体験を終えた生徒達が正門から戻ってくる姿がみえた。
「圭太く~ん、ただいま~」
4組の生徒が俺を見つけると笑いながら手を振った。
「おかえり!せめて吉田と呼んでくれ」
俺も彼らに手を振り返し、ファーストネームで呼んだことに釘を刺した。
「は~い、圭太君」
彼らは俺からの指導を鼻にもかけずに昇降口へと向かって行った。これがベテランの教師なら彼らは同じような態度をとっただろうか、俺は考えてみたが、結論ははっきりしている、それは『ない』だろう。ベテランでもなければ、学校の教師でもない、実習生の俺は彼らにとっては自分達と同じ学習者という位置づけだろう、同じ空間にいる同じ学習者であって、指導者ではない。まぁ、それはそれでも構わない、しょせんは3週間だけの関係だ。かえって妙な関わりは「面倒なだけだ」俺はそう言った隼人の言葉をそっくり頭にトレースしていた。
控え室に戻ると隼人がいた。いつの間に巡回から戻ってきたいたのか、隼人はいつも俺のいないときに控え室に入っては俺の使っている椅子に座って待っている。
「何か用だった?」
「指導案?」
俺が机に広げていたままの指導案を指さした。
「ああ、昨日、本田先生に直しをしてもらってさっき仕上げたんだ」
「ふーん」
「なんだよ」
「いや、授業案は設計図だから正確に作られているはずなのに、生身の生徒は人形じゃないから設計図にぴったりとはまってくれない・・・・・・」
隼人が俺の指導案をパラパラをめくっていた。
「中村達は無事に終わったのか?」
俺は指導案の話題をはぐらかした。
「ああ、さっき、主事先生がクラスに戻してくれた・・・・・・助かったよ」
「よかったな」
「あ、あぁ」
隼人は上の空のような返事をして、指導案を机に戻すと、軽くため息をついた。
「圭太、今日、これから時間ある?」
「えっ?」
「大樹と、光と会うんだ、庄野七海・・・と、俊希から聞いてないか?」
俺は実習が始まった頃に七海が俊希に連絡をとってきていたことは思い出したが、今日会うことまでは・・・
「あ、前にそんな話を聞いたような」
「そうか」
「今日?」
「ああ、庄野が声をかけたって奴らがどれだけいるかは知らないけど、さっき今日集まるって大樹が連絡してきた、庄野からの伝言で、圭太も連れて来いって」
「連れて来いって・・・・・・今日?」
俺は同じことを聞いた。
「そう、今日」
隼人も全く同じように返事をした。
「確かに今日は絶妙なタイミングだよな、金曜日で体験最終日、全部活が休息日、放課後の時間を使えば集合時間までに仕事もかたづけることができる」
隼人は俺に有無を言わせない視線を向けた。
「絶妙過ぎるだろ」
「妹からの情報だろ」
「なるほどね」
「つまり、僕たちには拒否権はない、っていう七海からの無言のメッセージだな」
俺は深くため息をついた。
「わかった、集合場所は?」
「駅前、マリン、19時半集合、庄野七海の名前で予約してあるらしい」
そう言うと、隼人は椅子から立ち上がり、控え室を出て行こうとした。
「用件って、そのこと?」
「・・・・・・別に、それだけじゃないけど・・・・・まぁそういうこと」
隼人は出て行くと俺はリュックから携帯を出して俊希に連絡を入れた。
<今日、七海と会うって本当?>
俊希からの返信がきた。
<ごめん、俺にも今朝連絡がきた、来るのは光と塔野と大樹らしい、光や塔野との調整ができたって、圭太は隼人から誘ってもらうって、連絡だった、朝から手が離せなくてで圭太に連絡できなかった>
<俊希は行けるの?>
<用事はさっき終わったから、これから帰るから行ける>
<俺も行ける>
<よかった!光も来るし、塔野も、なんか大樹も来れるらしい!>
<そうなんだ、急だったからびっくりしたけど>
<前に、七海から都合の良い日は聞かれていたから、近いうちかな、とは思っていたけど、今日になるとは、実は俺も驚いた>
<わかった、マリンで集合だ>
<了解>
俺は俊希との連絡を終えると指導案の用紙をまとめてクリアファイルに入れ、机の引き出しに入れた。19時半まではまだまだ時間がある、職員室で提出されている生徒の体験日誌を読んでおこうかと考えていると、本田先生が控え室の扉をノックして入ってきた。
「吉田先生、いいかな?」
「はい、大丈夫です、指導案のことでしょうか?」
「いや、今日のコンビニのことだけど」
俺はなぜ隼人の担当のことを俺に話すのか不思議に思った。本田先生は立てかけてあったパイプ椅子を広げて座ると
「鵜飼先生、さっきここに来てたみたいだし・・・・・・」
本田先生には隼人が自分のミスで、生徒が希望した体験学習を途中変更しなくてはならなかったことにずいぶん責任を感じているように見えたのだろう、それは正しい推測で、おとなしそうに見えても頑固で、少しばかり面倒な男子である隼人にとっては悔やまれる事態だったに違いない。おそらくそれが気になって、隼人が俺に何か言ってきていればと思ったのだろう。
「そうですね、何も言わなかったから、話すことがあったら聞いておきます」
「そう、頼むね」
「でもどうして、本田先生がはや・・・・・・、鵜飼先生のこと・・・・・・」
本田先生は少し笑って
「確かにね、僕は彼とは同僚であって、教務指導にあたる主任ではないから、でも指導者でないからこそ、見えるものがあったりして、ついおせっかいとしたくなるかな、ははは」
「指導者でないからこそ?」
「そうだね、同僚、仲間として」
「仲間・・・・・」
俺はその意味を分かりかねるように首をかしげていると、本田先生は思わす吹き出して笑った。
「さっき、彼に声をかけたら“圭太”に助けられたって、言ってた、だからここに来るかなって思ったんだよ」
「助かった?」
「そう言ってたよ、何があったかは知らないけど、よほどホッとすることがあったんだろうね、真面目な鵜飼先生が思わず職員室で“圭太”だからね・・・・・・」
「・・・・・・」
俺が呆気にとられていると、本田先生は笑いを抑えるようにして椅子を畳んだ。
「今日はもう帰るの?」
「えっと、まだ時間があるので、日誌を少し読んで帰ろうかと思っています」
「そう、体験レポートの展示も学習発表会も実習が終わった後になってしまうど、大学との調整ができたら来るといいかもしれない」
「発表会をですか?」
「ああ、展示も発表会も土曜日の学校公開に合わせてやるから、個人の時間でも大丈夫じゃないかな?」
「たしかに、そうですね」
俺は自分が関わった学習の足跡を確認することができるのかと思うと無性に楽しみになってくる感じがした。




