友達なのか、仲間なのか、ライバルなのか、俺にとってアイツはなんだったんだろう
10.進路 ~隼人~
「G大の数学科を受けたい!」
俺は高校3年の夏休み前、学校で親も交えた進路面談を明日に控えたある日、母親に自分の希望を伝えた。これまでも進路調査のたびに伝えてきたつもりだったが、
「第一希望は国立にして、どうして最初から私立なの、仮に私立だとしてもG大よりH大学のほうがレベルが高いし、H大の教育学部ならレベルも就職もいいかもしれないけど、N大学はねぇ~、でもまずは国立を目指してちょうだい」
夕食を終えた食卓で、俺と母親は面談用の進路調査票を挟んでかみ合わない会話を繰り広げていた。弟と妹はリビングでテレビをみてくつろいでいる。
「どうしてG大じゃだめなの?確かに私立はお金はかかるけどバイトをするし、高校はがんばって希望の都立に入ったんだから大学は選ばせてくれても・・・・・・俺は好きな数学をもっと学びたいし・・・・・・」
「だから、お金の問題じゃなくて、偏差値の問題なの」
「偏差値?」
「そう、中学受験は経済的なもので諦めたけど、高校も大学も偏差値で振り分けられて、就職やその後の社会生活でなにかとどこの大学の出身か、と言われる。国立だってピンキリだけど首都圏で国立卒業ならまぁ問題ないし、さらに教育学部なら教師になれるのだからこれほど良いことはないの、だから首都圏の国立で、学部は教育がいいと思うの」
「国立は嫌だよ、今だって文系の教科は授業についていくのが精一杯なんだ、社会とか現代文が全く追いつかない、センタ-対策に時間を取られて、それで私立の対策のできなくなったらどうにもならなくなるじゃないか」
「センターで高得点を取れば、結局はどこでも受けられるわけでしょ?」
俺は母親の話を聞きながら、以前にも感じたことのある心に違和感を思い出していた。中学受験を諦めたのは経済的ではなかったはずだ。5年の終わり頃、俺が塾に行くのを渋りだし、しばらくは親の顔色を伺いながら通っていたが、成績は思うように上がらず、6年の夏休みだった思う、親から“やめよう”と言われて塾通いをやめた。俺は単純に“塾をやめさせてもらえた!”“友達と好きなように遊べる”と喜んだが、その時に“私立中学に行った子に負けない高校、大学に入ればいいのよ”と静かに言われたのだ。
あの時の母親の冷静さは、まだ先のある余裕だったのか、俺へプレッシャーだったのか、でも母は“何”かを諦めたのだろうと思う。中学生になり、俺はトップクラスとはいかなかったが成績の良い子ではあった。それでも中学受験を諦めた母親はきっと満足ではなかったのだろう。そして中学3年、再び俺は受験をむかえた。
俺は高校入試の前から母親に大樹や圭太に負けるな、とさんざん煽られていた。でも自分にはまだそれほどの危機感はなく、ハーゲンダッツを賭けた定期テストで圭太と得点争いをして負けたことを僕は何の意図もなく無邪気に母親に話すと、母親の顔色が一気に変わり、
「圭太君に負けるなんて、なんでちゃんと勉強しなかったの!ふざけないで、圭太君に負けるようじゃ高校になんていけないわよ!」
すごい剣幕で怒られた。でもまだ幼かった俺にはなぜ怒られたのかよくわからなかった。ただ、圭太に負けるのはいけないことなのだ、と単純に解釈してしまった。
俺たちは3年生になり、圭太とはクラスが別、もう得点争いをすることはないだろうと思っていたが、圭太が3年生1学期の中間テストで理科と社会で学年の最高得点を取ったと聞いた。試験返却時に学年の最高得点が発表され、圭太は『俺、最高だったんだぁ~』とあっちこっちで大声で喜んだため、学年中で噂になった。それは悪意の噂ではなく“あの圭太が”という小学校からの圭太を知っている同級生の驚きも含まれていた。その時もまだ俺にはくやしい気持ちもあったが、みんなと同じように“あの圭太が”という驚きの思いのほうが大きかったと思う。でも母親は違った。おそらく大樹の母親あたりからその情報を聞きつけたのだろう、俺が6月のある日、部活から帰ると、母親は今座っている全く同じ椅子に座って僕を待ち受けていた。
「圭太君、今回また成績あがったみたいね」
母親の声が鉄のように重く、冷たく聞こえた。
「うん、そうらしい、ねぇ、お腹すいた、何かない?」
俺は母親の言葉に同意しつつ、いつもの部活帰りの台詞を発した。
「よくそんなのんびりしたことが言えるわね、圭太君に負けてるのになんで部活なの?悔しくないの!」
母親はテーブルを叩き付けて俺をにらみつけた。その怒りに俺は思わず鞄を落としてしまった。
「で、でも数学は僕のほうが良かったよ、英語だって」
そんなことで母親に怒りが収まるはずはない、逆に母親の怒りを増幅させてしまったのだろう。
「部活もゲームももうやめなさい!いい、ゲームや携帯をいじってばかりいるから成績が下がるのよ」
俺には母親の怒りの原因がよく理解できなかった。なぜなら、中間テストの結果を見せて、前回より総合点が10点上がった、と母親も喜んでくれていたのがつい2日前のことだ。なぜ今になって圭太のことをきっかけに怒られるのだろう、何がいけないのだろう。
「・・・・・・わかった・・・・・・、でも部活はもう次の試合で引退になるし・・・・・・」
結局、俺はその日からゲームを取り上げられ、携帯は母親に必要な時間だけ渡してもらうことになり、圭太や光の連絡を削除させられた。でも圭太も、自分の携帯電話とはいっても持っているのは母親の携帯で、必要に応じて母親から借りて僕たちと連絡を取っていたので、俺が連絡先を削除したことをしばらくは知らなかったらしい。
母親の怒りを収めるには言う通りにすることしか僕にはできなかった。中学生の俺にとっての親はまだ絶対的な存在で、俺自身も親の言うことを聞いておけば大丈夫、と思っていた。実際に俺は希望の都立高校に合格した。合格した時には嬉しかった、大樹は都立に合格はしたがレベルを下げたし、圭太は学力点は僕と変わらなかったかもしれないが、内申点つまり通信簿の点数が低くて、その合算で圭太は不合格だった。俺は自分の合格を母が喜んでくれたことも覚えているが、それ以上に『圭太君、まぁ残念だったけど、2年生程度から慌てて成績あげても意味がないってことよね』とすごく満足気味に言った顔が忘れられない。俺は母が俺の合格より圭太が不合格だったことを喜んでいるように思えた。俺はいつまで圭太と一緒なんだろう。
俺はそんなことを頭で思いながら母の熱弁を他人事のように聞いていた。
「どうして無理なの?隼人は高校入試の時も最後の模試まで合格ラインぎりぎりだったけど、入試では成績を伸ばして合格したじゃない、ずっと負けてた圭太君を見返してやれたじゃない!」
「圭太は関係ないだろ」
「関係あるわよ、あの子、少しばかり成績が上がったからって、いい気になってるから本番で失敗するのよ、ママは隼人が最後は圭太くんに勝てるって信じてたから、大学だってきっと!」
「今はそんなことじゃないだろ!高校入試とは全く違うんだ!いつまでも高校入試の時、高校入試の時って、うんざりだよ!!!」
俺は立ち上がってテーブルを叩き付けた。3年前、母親が俺に怒りをぶつけたように今、同じ場所で俺はあの時の母親のように怒りをぶつけた。“ふざけるな”その言葉が俺の口から出そうになった時、テレビをみていた妹と弟が驚いてこっちを振り返った。2人と目が合って俺はハッと我に返った。母親は固まって呆然としていた。おそらくあの時の俺もそうだったのかもしれない。
次の日の三者面談に母親はこなかった。僕は2者面談をしながら、未定で調査票を提出し、次の年の4月にはN大学の教育学部に入学した。大学に入ってしばらくして大樹と会った。その時に“圭太は国立大学に合格したらしい、都立に失敗したときも飄々としてたけど、あいつはやっぱり不思議なやつだな”と大樹は笑って話してくれた。おそらく母親にもその噂は届いているのだろう、でも母親は俺に何も言ってはこなかった、俺はそんな母親が気になっていたが僕から聞くことはしたくなかった。
バス停に着き、時間を確認すると、バスが来るまでには少し時間があるようで、大石先生はバス停の椅子に座って、ハンカチで汗を拭いた。
「6月とはいってももう夏だな」
確かに昼になってくると気温も上がり、汗ばんでくる。大石先生や本田先生、隼人もスーツを着慣れているだろうが、俺はスーツは大学の滅多に着ない。スーツは苦行だ。
「アメリカのどこにいたの?」
本田先生は部活で暑さになれているのか、あまり汗をかいて暑がっているようにみえない。
「ボストンです」
「へー、一人暮らし?」
「いえ、友達が学校の寮に入っていて、そこに居候していました。寮といっても留学生用の契約アパートなので友達に少し家賃を払って住まわせてもらいました」
「友達って?もしかして俊希?」
隼人が思い出したように聞いてきた。
「うん、あいつは早くから長期休暇を利用して旅行したり、ホームスティしたりして、留学準備をしていたし、2年になってすぐ大学推薦の交換留学をして、俺をアメリカに誘ってくれたのも俊希だから、それで」
「・・・・・・やっぱり、大樹から俊希が留学してるって話しは聞いていたから、そうかなって」
「あっ、やっと来たな」
大石先生はそう言いながらゆっくりと立ち上がった。俺たちもバスに乗って俺たちは保育園にむかった。




