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体験学習から何を学ぶ、僕たちは何を学んできただろう

9.体験

「ここは、4組の佐藤、相澤、岡本だな」

ここら一帯の最寄り駅のロータリー、バスが行き交う通り、その通り沿いにコンビニをはじめ飲食店や携帯ショップなどが建ち並ぶ中に少し小洒落た洋食屋がある。

「そうですね」

その前に立ち止まり大石先生の横にいた本田先生は鞄から名簿を取り出し店名と体験している生徒の名前を確認した。でも横からその表を俺は二度見をしてしまった。本田先生の見ている名簿は店名や施設名もそこにいる生徒の名前も一部だけが記載されている表だった。俺の視線を感じたのか

「体験に協力してくれている施設や、生徒の個人情報を持ち歩くわけにいかないからね、でもどこに誰がいるのかわからないと、訪問しても記憶だけだと生徒個々の詳細な記録を残せないし、こうやって自分だけにわかる表を作成するんだよ」

と俺と隼人にその表を見せてくれた。

「2人ともこの方法は参考にあると思うから、覚えておくといいよ、おかげで本田先生と一緒の時の僕は、ほら手ぶらだよ」

一緒にいる大石先生は両手をブラブラさせて笑った。

「個人情報の管理ってことですね」

隼人が手帳を出してサッとメモ書きをした。

「そうだね、生徒の情報管理でもあり、でも結局は支援でもあるかな」

本田先生はそんなことを言いながら鞄に表をしまって時計を確認した。10時少し前だった。

「10時の約束ですから、ちょうど良い感じの時間ですね」

「そうだなぁ」

大石先生と本田先生は店の外から中の様子を伺いながら、営業中の札がぶら下がった扉を開けた。

「いらっしゃいませ~」

大きく、元気の良い声が響いた。声のする方をみると、黒のパンツに白のTシャツを身につけた一見して店員ではないとわかる、とても緊張した表情の中学生3人がカウンターの前にいた。店内はカウンターと6つほどの2人~6人掛けのテーブル席があり、けっして広々としてはいないが、ヨーロッパの家庭のリビングを思わせるような暖かい装飾が施されて落ち着ける空間が演出されていた。

「あっ、先生!」

生徒たちは俺たちをみると、その表情が一気にゆるんだ。

「おはようございます。明石中学の大石です」

大石先生と本田先生は、生徒に目配せをしながらも、その奥にむかって声をかけた。

「おはようございます」

店主であろう、俺たちとそう歳が変わらない細身で真面目そうな男性が、エプロンを外しながら厨房から出てきて頭を下げた。俺と隼人も慌てて頭を下げた。

「今年もお世話になります、今日は大勢で押しかけてきてすみません」

「いえいえ、確か初めての先生と実習生の方でしたか?」

「はい、よろしくお願いします」

俺たちが一緒に訪問することを店側に事前に連絡をしてくれていたのか、大勢で来たことを全く気にしてはいない様子で、店主は俺たちを店の奥のテーブルに案内してくれた。俺たちは生徒の前を通り、案内された席に座った。俺と隼人が壁側で、向かいに大石先生、隣に本田先生が座り、俺達の隣に店主が座った。本田先生は生徒の前を通る時に「よぉ」と言って笑いかけ、そのタイミングの良さ、スマートさにここでも本田先生のセンスの良さを見せられた気がした。

「毎年、生徒さんが来てくれるのが楽しみですよ」

店主は満面の笑みをみせてくれた。

「そう言っていただけると助かります、飲食店は生徒の中でも人気の体験施設なのですが、どうしても受け入れていただけるお店も少なくて」

「そうなんですかぁ、お店にとっても新鮮でいいと思いますけどねぇ」

「そう言っていただけるお店はあるのですが、どうしても・・・・・・」

「どうしても?とは、お店になにか問題でもあるんですか?」

「いえ、お店側に問題があるのではなく、生徒がお店に迷惑をかけて、それで次の年からは断られて・・・・・・とかもありまして・・・・・・」

「あぁ、そっちですかぁ」

「はい、お恥ずかしい話です」

大石先生が気まずそうに話していると

「どうぞ」

佐藤君が紅茶を持ってきてテーブルの横から俺たちの前に並べ始めた。5人分の紅茶は重いのだろう、トレーが揺れて、少しでもバランスを崩すと紅茶がひっくり返って通路側に座っている本田先生とその向かいの店主にカップごと落ちてしまいそうな様子だ。俺は思わず手を出そうかと思ったが、奥から手を出すのは逆に危ないし、本田先生も店主もニコニコしながらジッと佐藤君が給仕し終えるのを待っている、俺もドキドキしながら佐藤君が給仕を終えるのを待った。

「ありがとう」

5人分の紅茶が並び終わると、本田先生は佐藤君にお礼を言った。同時に店主が

「緊張したかい?」

と聞いてきた。

「はい、とっても」

何を言われるか不安だったのかトレーを胸に抱き込んで答えていた。

「接客はお客様に粗相なく、気持ち良く食事をしてもらうことが目的だから、緊張して当然だよ、佐藤君はとてもきれいに並べられたと思うよ、今度は配膳する時にお客様に断って、テーブルにトレーを置かせてもらって、自分も膝立ちをして給仕をすると自分も安定して給仕ができるし、お客様も安心して待てると思うから試してみるといいよ」

店主は穏やかな口調で接客の心得と方法を教えてくれた。

「はい」

褒めてもらえた佐藤君ははじけるような笑顔で、俺たちにお辞儀をして仲間の待つカウンターの方に戻っていった。

「どうぞ」

店主が改めて俺たちに紅茶を勧めてくれた。

俺は飲んでいいものか少し迷ったが、大石先生も本田先生も隼人も飲んだのを見て、俺は紅茶をゆっくりと一口飲んだ。カップからはとても良い香りが漂ってきた。

「僕が紅茶党なものですから、どうしてもコーヒーより紅茶の種類を増やしたくて、何度かイギリスに行って、やっとこの春から仕入れることができるようになりました、料理よりそっちに凝ってどうするんだって、妻から叱られてますけどね」

「はははぁ、でもわざわざイギリスまで行かれたんですか?」

大石先生が笑いながら店主に聞いた。

「ええ、店を始めてからの夢でして、紅茶の本場のイギリスで自分の気に入った紅茶を仕入れて、それをお店で食後に味わってもらいって思っていたので」

「夢が叶ったんですね」

本田先生は店主に笑いかけた。

「はい」

確かに香りがとても良い紅茶であることは俺もわかった。

「でも実はそんなかっこいい話じゃなくてね」

店主は少し声を潜めるような仕草をした。

「商談ですから1ヶ月くらい滞在したんですが、言葉が通じなくて、本当に困りました。それまでは旅行なんかでも妻がなんとかしてくれていたのですが、その時に限って子どもが小さいので一緒に行けなくてね、でも言葉なんてなんとでも・・・・・・・と思って一人で乗り込みましたが、結局現地で通訳を頼むことになり、それに時間とお金がかかりましたよ」

「はははぁ!」

「最近はこのあたりでも海外からの観光客が増えて困っていますよ」

「そうですねぇ、道を聞かれて困ったという話を聞きますね、ははは」

大石先生は豪快に笑った。

「やっぱり、英語ってやっておくべきでしたよ」

店主は頭を掻いて困った表情をした。

「本当にそうよね、だから義務教育の英語は大事だって、言ったでしょ」

俺たちのテーブルの横にいつのまにか1歳くらいの子どもを抱えた女性が立っていた。

「いらっしゃいませ」

その女性が俺たちに挨拶をすると、店主が立ち上がりその女性の横に立った。

「あっ、妻と子どもです、昨年は実家にいたのでご挨拶ができなく、今日、先生方が来られるなら挨拶がしたい、というので」

「それは、ご丁寧にありがとうございます。大石と言います、それと担任の本田、2年担当の鵜飼と実習生の吉田です、生徒を毎年受け入れていただいて本当に感謝しております」

大石先生が俺達を紹介してくれた。

「いいえ、お礼をいうのはこっちです。主人ったらこの時期が本当に楽しみみたいで、毎年、どんな子ども達がくるんだろうって」

そんなことを言う奥さんに店主は顔を紅潮させていた。

「もういいだろう、早く保育園に行ってこいよ」

そう言って店主は奥さんをせき立てていて、俺はその光景を映画のワンシーンのように呆然とみていた。

「すみません、全く・・・・・・」

「いいえ、やっぱり新婚さんですね、仲が良くて羨ましい」

大石先生は本当に羨ましそうな顔をしながら言った。

「いやぁ、もう今さらですよ、中学からの知り合いですから」

「えっ」

「ぷっ!ゴホッ!」

大石先生が驚いて、なぜか隼人も紅茶をむせ込んだ。

「おい、隼人、何をやってんだよ」

隼人がむせて俺のほうに向かって咳をしてきたので、つい素の反応をしてしまった。

「って、わざとじゃないし」

「おいおい、鵜飼先生も吉田先生も」

本田先生が思わず口を入れてきた。

「すみません」

俺たちはハッとなり、即座に本田先生と店主の方を向いて謝った。

「失礼しました。実はこの2人も中学の同級生なんですよ、奥様とご主人と同じで・・・・・・」

大石先生がフォローになってないような言い訳をしたが、店主は気にしてもいない様子で

「構いませんよ、そうですか、同級生なんですね。・・・・・・思い出しますね、中学の同級生なんて、ちょっとしたことがきっかけで仲良くなったり、言い合いになったり、喧嘩したり、実は僕も彼女とは決して当時から仲が良かった訳ではなくて、むしろ悪かったくらいですね」

「でも結婚されて・・・・・・」

隼人が店主に質問をするようなことを言った。

「同窓会で再会したんですよ、僕はどちらかというとやんちゃな中学生で、お勉強は全くできなくて、親や先生とはしょっちゅう喧嘩して、高校にはなんとか行きましたが途中でやめてしまって・・・・・・大人をさんざん困らせましたよ。で、当時の彼女はクラスの委員長をやる優等生、嫌な奴だってお互い嫌ってましたね」

俺はこの真面目そうで、どちらかというと気弱そうな印象の男性からその話を聞かされてもにわかに信じられなかった。店主は少し照れたように

「だから来てくれる中学生の子どもたちがうらやましいし、嬉しくなります。自分はもう戻れないけど、もし戻れたらって思いながらお受けしているんです」

ジッと話しを聞いていた本田先生が静かに店主の方をみて笑い返した。

店が少し賑わい始めたのをみて、店主は俺たちにゆっくりと生徒さんを見ていってください、と言って席を離れた。

「優等生と問題児の同級生の結婚って、まるでドラマだね」

大石先生はちょっとばかり腑に落ちない言い方をした。

「過去を証明するものはいないとは言いますけど、この場合は奥さんがいますからね、証明者がいる過去をねつ造はできませんよね・・・・・・」

本田先生が最もな理屈でその話を終わりにした。


「え~と、これはオムライスで、えーと、えーと」

俺たちは出された紅茶を飲み終えて、そろそろ次へと店を出ようとした時に岡本君の困った声が聞こえてきた。どうやら外国人の2人連れがメニューを見て何やら相澤君に英語で質問をしているようだった。店主も慌てて厨房から飛び出し、相澤君のところに駆けつけてくれたが、どうにも話が通じていない。

「おい、あいつもう出かけたのか?」

店主はどうやら奥さんを探しはじめたようで、厨房に戻って店員に聞いている。

「さっき、保育園に行くって」

「あー、やっちまった」

店主はがっくりと項垂れてしまった。

「しかたない・・・・・・」

そう言いながら店主は厨房の奥から辞書のようなものを持ち出して、厨房からテーブルへ向かっていった。

テーブルでは変わらず相澤君が外国人の言葉を今にも泣きそうな顔をしてただただ受けており、2人連れのお客の方も同じくらい不安そうな顔をしていた。そして心配した佐藤君、岡本君も黙っているものの駆け寄ってきて相澤君の後ろに立っていた。

「ちょっと待ってください」

俺は店主が相澤君に声をかけようとしたのを制止して相澤君の横に歩み寄った。

自信があったわけではない、その2人の外国人に思い切って話しかけてみた。

「何かお困りですか?」

俺が英語で話しかけたことで、その外国人は言葉が通じることに安心したのか、それでも片言の言葉に不安もあったのか身振り手振りも交えて話してくれた。


「すみません、このオムライスのセットメニューで豚肉を使った料理がありますか?」

俺が店主に聞くと

「豚肉?」

「はい、この方たち、宗教上の理由で豚肉は食べられないそうです。サラダの材料とか、付け合わせとかに豚肉を原材料にしているものは入ってますか?」

「ああ、そういうことかぁ」

店主は納得したように表情を明るくした。

「大丈夫、レタスとトマト、きゅうり、クルトンの生野菜サラダだから、ドレッシングは和風を選らんでもらっていいし」

「わかりました」

俺はそれを外国人の2人連れに説明すると、2人は嬉しそうに注文をした。

「オムライスのランチセットとダージリンの紅茶、ホットのレモンをつけてほしいそうです」

改めて俺は後ろで立ち尽くしていた店主に注文を伝えた。

「ありがとう、えーっと、名前・・・・・・」

「吉田先生です」

店主が俺の名前を思い出せずにいるのを見て、岡本君が店主に教えた。

「そう、吉田先生、ありがとうございます!」

そういうと、俺の手をとって頭を下げてきた。

「あ、あの、大丈夫ですから・・・・・・」

俺はいきなり手を握られたことにも驚いた。でもそれよりも困っている外国人の通訳がなんとかできたことにホッとしている気持ちのほうが大きかった。しゃしゃり出たあげくに通訳にならなかったでは、恥をかいた上、店の営業妨害にもなりかねない。今、背中に嫌な汗をかいているのがわかった。

無事に食事がその2人のもとに運ばれてきた。その給仕をしたのは体験中の3人で、さっきまで泣きそうな顔でそこに立っていた相澤君がオムライスを膝立ちで並べ終えると、その後ろから佐藤君がサラダを並べ、さらに岡本君が店主自慢の紅茶を並べた。外国人の2人連れにすればその3人がどうしてここにいるかなんて、そんなことはわからないとは思う、それでも給仕を終えた3人に片言の日本語で『ありがとう』と言って笑いかけ、3人が片言の英語で『サンキュー』といった。その会話に俺は笑った。『ありがとう』に『ありがとう』はないだろう、『どういたしまして』だし、『どういたしまして』は中学1年生で習う『You’re welcome』だ、でもなぜかお互いに笑顔で会話が成立している。その姿をみているとスティを始めた当時、俺は俊希に言われたことを思い出した。


 大学を休学して、以前から交換留学で滞在していた俊希を頼ってなんとなくアメリカに行った。見知らぬ土地で、言葉もわからず、俊希がいるので不安はなかったが、思ったほど生活意欲もわいてこなかった。行ってからしばらくは俊希が滞在している学生専用アパートの部屋で何をするでもなく窓から空をみて過ごし、どうしても出かけたい用件ができると俊希を誘って出かけ、その時だけ思いっきり羽を伸ばして外の空気を吸う、という毎日を過ごしていた。退屈しないわけではなかったが、そもそも何か大きな目的があってきたわけでもなく、語学研修という実態にないような留学、つまり自分で何かを見つけなければ時間とお金の無駄遣いをしているような生活なのだから当然といえば当然の結果といえた。そんな俺を見かねた俊樹はある時、休学して海外にきたのに、こんな生活じゃ何も意味がない、と俊希はいつになくプレッシャーをかけてきたことがあった。

「俺がいなくても、外出してみればいい、英語が喋れなくても言葉は通じればいいんだよ」

「言葉が通じないから困ってるんだろ!」

俺は俊希の言っている理屈があまりにおかしく、納得できなかった。

「違う、逆だよ、意思や気持ちを伝えようとすることが大事だって言ってるんだよ、伝えたい気持ちを言葉にしてみろってこと、そうでないと言葉も気持ちも通じないよ」

「・・・・・・」

俺は少しだが、俊希の言いたいことが何となくだが理解できた。言葉はあくまで気持ちを伝えるための道具だと、気持ちという入れ物に物が入ってこそ、言葉は意味を持つのだと言うことだろうか。きっと俊希も最初は悩んだのかもしれない。

俺はその時をきっかけに少しづつ一人で外出をするようになった。といっても最初は近くの公園に行ってやっぱり空を眺めていた。部屋が公園になっただけの変化だったが、俊希は喜んでいた。それから午前中は公園で日本から持ってきた本を読み、昼になるとスーパーへ行き、毎日安いランチを買うようになった。そして公園内を軽く走るようになると同じようにランニングをしている人から話かけられ、身振り手振りで喋るようになり、そんな生活を2ヶ月~3ヶ月も続けていると毎日が意外に忙しくなった。そうして持参金も心細くなってついにアルバイトを探すまでになった。最初はアパートの近くにあるハンバーガーショップでやろうと思って訪ねてみたが、留学中の学生が多くて今は人手が足りていると断られた。それを俊希に話してみると、

「じゃあ、俺の研究室でバイトしない?」

「何それ?」

「この間まで、事務作業をしてくれていたエジプト人の事務員が家族の具合が悪いからって国に帰ってしまって、困っているんだ」

「エジプト人って・・・・・・俺にできることなの?自慢じゃないけど喋りは片言、読みには辞書が必須だし」

「うーん、そのうち慣れるんじゃないかな、なんとかなるよ」

と、迷っている俺にお構いなく俊希はケロッとした様子で即決した。そうして俺は俊希が留学している大学の研究室で事務のバイトを始めた。

俊希が所属する研究室は法律関係だけに俺には解読不能な文章が次から次へと研究室中のデスクに積み上げられていく、でも別に俺がそれを読む必要はなく、機械的に印刷したり、冊子にすることや、研究会の準備、後片付け、研究室の掃除、慣れてくると研究室を訪ねてきたお客さんを席に案内し、研究員が前の仕事から戻ってくるまでの話相手をして時間をつなぐことも俺に仕事になってきた。そうして言葉の壁を感じることは多々ありながらも、日常的な会話には困らなくなり、バイトも慣れてくると時間に余裕も持てるようにった。そこで空いた時間に俺は興味のある科学、物理関係の授業をしている教室に入り込んでなんとなく授業を聴いていた。俊希と俺は共同生活をしながらも、お互いに個々スケジュールでの生活をするようになり、俺はこうして2年近くをアメリカですごした。


 店を出て、大石先生、本田先生について俺と隼人はバス停に向かって歩いていた。

「いやー、吉田先生、驚いたよ」

大石先生は振り返って俺に話しかけてきた。

「お役に立てたならよかったです」

「いやいや、お役に立つどころか、すごいじゃないか、英語がぺらぺらだったとは」

ぺらぺらという表現は今時ないだろう、と俺は思いながら

「日常会話に必要な程度ですから、ぺらぺらではないかと思います」

「いやぁ、日常生活に困らないってのがすごいよ」

大石先生がひたすら感心するのに俺は素直に喜んでよいのか迷った。

「もしかして、休学したのって、海外留学だったの?」

本田先生も聞いてきた。

「はい、アメリカに2年、でも留学なんてもんじゃなかったかもしれません、ただ行ってただけで」

「交換留学とかではなくて?」

「はい、大学とは全く関係なく、だから休学して・・・・・・」

「そうだったんだ、学生時代にしかできないことだからね、休学の理由をきくつもりもなかったけど・・・・・・留学かぁ」

いつもの静かな口調だったが、本田先生のその言葉は俺に話しているのか、独り言なのかよくわからなかった。

「確か、山本先生も大学の時に留学したって言ってたな、でも彼は採用が確か本田先生と同じだと・・・・・・」

「そうですね、オーストラリアに行ってたようですね、彼の場合も私費留学でしたけど、彼は留学先の大学と単位交換も可能で休学も留年もせずに済んだ、言ってましたね」

「ああそれでか」

今のご時世で留学は珍しくない、大学にはいくらでも留学制度があるし、公費留学はかなり狭き門だが、私費留学は受け入れてくれる大学があればそんなに考え込む必要はなく留学のチャンスがある。ただ、私立大学は休学でも一定額の学費の支払いを求めるので、その場合は原籍校と留学先の両方に学費を納めなければならず、2重に学費がかかることなり、経済的な負担は大きくなる。さらに遊びにいくわけではないので授業になんとかついていくくらいの語学力は必要で、留学前に国内外のどこで語学学校に入学して言葉を学んでから留学をする学生もいる。それにもお金がかかる。そう考えると多くの留学制度はあっても“ちょっと留学してくる”というわけにはいかない。結局、俺が2年間も海外生活ができたのは、単なる海外渡航で、大学への学費がかからなかったこと、俊希という友人の部屋に潜り込めたこと、言葉の壁を乗り越える時間を十分に与えられたこと、つまりは休学して海外に行ける条件がクリアできたからだ。いや、やはり俺の場合は留学ではなく単なる休学だったのだろう。

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