第198話 だから勇者は、変身してもしなくても一騎打ち
「――あなたが……クローリヒト」
〈呪疫〉を貫き滅ぼし、そのまま地面に突き立っていた槍〈力ある棘〉を引き抜き、その形を解いて魔力へと還しながら――黒い人影と対峙する。
角がない代わりに片翼の翼が後ろに流れる、鬼面じみた、頭をすっぽり覆うマスク。
変身ヒーローみたいな、要所だけがプロテクターに守られた、動きやすそうなスーツ。
ボロ布を巻き付けただけのような、野趣溢れるマフラーと腰布……。
黒一色のその装いに加えて――不似合いなはずなのに調和して見える、仄かに光り輝く美しい剣を握る、その姿は。
――間違いない、クローリヒト……。
そう、赤宮センパイかも知れない人――だ。
「そう言うお前は……確か、あのサカン将軍の娘――なんだよな? ハルモニア」
問いかけてくるクローリヒトの声は、確かにセンパイに似てるようにも思えるけど……認識を阻害する魔法とかぐらい使っているだろうから、どっちにしてもあまり参考にならない。
「はい――あ、っと……!
え、ええ、そう。わたしは〈救国魔導団〉、サカン将軍の娘」
センパイかも――っていう意識があるせいか、ついつい敬語になってしまいそうになるのを抑えつつ、うなずく。
「――クローリヒト……ようやく会えた。
会ってみたかったんだ……あなたに」
「ふむぅ、ではこれで目的は達しまくった――ということで。
ワガハイ、見たいテレビありまくるから、さっさと撤収の方向でお願いしまくり!」
わたしの肩に駆け上がったキャリコが、肉球で後頭部をぽむぽむと叩いてきながら、早くもやる気のないことを言い出した。
……当然、即、却下。
「なに言ってるの、まだ来たばっかり、ここからでしょっ!?
――今日こそはしっかり働いてもらうからねっ?」
「ぬぬぅ……っ?
お嬢、ワガハイに、楽しみにしまくっていた『永久保存版! 今世紀のにゃんこ映像3000連発!』を見逃しまくれとっ?
そこにはワガハイの将来を捧げまくりな、可憐なお嬢さんが出演しているやも知れぬのにっ!?
おーぼーである! ワガハイ、権利を求めて抗議しまくりっ!」
……なにその、むやみやたらに規模が大きすぎる動物番組……。
どっからそんな情報仕入れたんだろ――って、もしかして……黒井くんが見ようとしてたのを聞いた……とかかな。
黒井くん、あれで動物番組好きだからなあ……。
「――っていうか、婚活のカタログじゃあるまいし……。
どこの国の、いつ撮られたかも分からない映像でお嫁さん探したってしょうがないでしょうが……。
今度ペットショップ連れてってあげるから、それでガマンして」
……あくまで見に行くだけだけど。
「うぬぬぅっ!
ワガハイのように高貴な者には、相応しいお嬢さんを幅広~く探しまくる必要がありまくりっ。
ゆえに、街のペットショップごときでは――!」
「…………洗うよ?」
いい加減イラッときたわたしが、引きつった笑みとともに、思いっ切り冷たくそう言い切ってあげると……。
キャリコは大慌てで、わたしの肩から飛び降り――取り繕ったように、クローリヒトに向かって、毛を逆立てての威嚇ポーズを取る。
「………………。
シルキーベルの武者ロボもそうだが……あれか?
魔法少女の使い魔ってのは……その……そういうのが基本なのか?」
「さ、さあ……どーなのかな〜……」
あきれたようなクローリヒトの言葉に、わたしはつい視線を逸らし――って、いやいや、そんなことより本題本題……!
わたしは一度咳払いをすると、気を取り直してクローリヒトと向かい合う。
「――え、えっと、クローリヒト、改めて聞くよ?
わたしたち〈救国魔導団〉に協力する気はない?
……何なら、〈世壊呪〉について知ってることを教えてくれるだけでもいい。
わたしたちは、そのチカラを絶対に悪用なんてしないって約束するから」
「……ハルモニア。
そうやって、まず話し合いをしよう――ってその姿勢には好感が持てるし……俺は、お前の親父さんはチカラを悪用なんてしないだろうと思ってもいる。
だけどな――」
クローリヒトは……小さく首を振った。
「……その大義が、〈世壊呪〉の犠牲の上に成り立つこと――その前提がある限り、俺はお前たちに協力するわけにはいかないんだよ。
俺は――〈世壊呪〉も含めたその上で、誰も犠牲になんてする気はないんだからな」
「そう――。
やっぱり、考えを変える気はない……かあ」
キッパリと言い切るクローリヒトに、わたしは小さくタメ息をもらす。
彼のマスクの目は赤く光るばかりで、実際の眼差しがどうかは分からないけど……。
それでも、その奥に……信念を宿した強い眼力は感じられる気がした。
そう――赤宮センパイが備えてるような、『本当に強い人』の眼力を。
……いっそ、もっとはっきりと、彼が赤宮センパイかどうかを確かめられるようなことを直接的に聞ければいんだけど……。
さすがに、それはいろいろと危険だから出来ない。
当たりならいいけど、もし間違っていたら……。
その質問から逆算するみたいな形で、わたしの周りの――こうした戦いに関係のない人たちが、巻き込まれてしまうかも知れないから。
そうなると……〈世壊呪〉のことを聞き出すためにも、そして、正体を確かめるためにも、確実な手段は――ひとつだ。
「なら――」
わたしは腰のポーチを叩き、その中で眠る獣神の1体――〈炎狼フラマルプス〉のチカラを赤の宝珠として喚び出すと、右手の籠手〈虹の書〉に装着した。
身体中に――炎の力が満ちる……!
「互いの信じる道のために、正々堂々と戦いましょう、クローリヒト!
――〈執行〉!」
わたしの魔力と混ざり合い、渦巻く炎が実体化したフラマルプスにまたがると――さらに右手に炎の力を集中。
ロケットハンマー、〈燃ゆる飛槌〉として具現化したそれを、大きく掲げる。
「……わかった、いいだろう――」
対するクローリヒトもゆるりと……一見、どこかやる気なさそうに、けれどスキ無く――その剣を構えた。
「お手並み拝見といこうか」
* * *
――想いを聞いたげて……って、お母さんにサポートしてもらったウチは……。
赤宮くんのことを……どれだけ想てるかを、丁寧に、お父さんに話していく。
そんなん、もちろん、ホンマにすごい恥ずかしいことやったけど……。
でも――ここはちゃんと話さなアカンところや、って、勇気を振り絞って。
赤宮くんが上辺だけやなくて、本当の意味で、優しくて、強くて――尊敬出来ること。
そんな男の子に、好きって言うてもらえたから……。
ウチも、隣に並ぶのに相応しいように、お互いに支え合えるように、立派になりたいって思うこと。
やからこそ、自分を磨くためにも、彼を守るためにも、お役目を頑張れること――。
どれだけうまいこと言えたか分からへんけど、とにかく一生懸命に、ウチは想いを打ち明けた。
赤宮くんが好きで、一緒にいたいことを……もう、とにかく一生懸命に。
お父さんはそれを、途中で口を挟んだりせんと、ただ黙って、目をつむって……。
お茶だけを飲みながら、じっと聞いてくれた。
「……むぅ……」
湯呑みを強く握ったまま……うなるお父さん。
その様子に、お母さんが、たまりかねたように小さく吹き出した。
「ぷっ。イヤやわもう、トオさん、それとっくにカラと違いますの?
……ほら、新しいの淹れてきましょ」
「ん、あ、ああ、ありがとう……」
席を立ったお母さんに湯呑みを渡して……お父さんは一度タメ息をつく。
「……ずいぶんと昔……。
お世話になった教授のお嬢さんが結婚されるとのことで、お祝いに伺ったとき、言われた言葉を思い出すな……」
「…………?」
なんのことやろう、って首を傾げるウチに、お父さんは苦笑してみせた。
「……『娘のノロケ話を聞かされるのは精神衛生上、大変よろしくないが、キミもお嬢さんがいるんだから覚悟しておけ』――とね。
千紗、確かお前が3つの頃のことだ。当然、そのときは、そういうものかと笑い話程度に聞いただけだったが……。
――なるほど、これかと……まさに今、実感しているよ」
「それだけ、千紗も大きくなったってことさ」
これまでゼンゼン口を挟まへんかったおばあちゃんが、お茶を片手に、オトコ前な微笑を浮かべる。
「……それについては認めざるを得ないな。
千紗、お前はこの1年ほどの間に、人間として随分成長したようだ。
そして……その成長において、彼――赤宮くんの存在が大きかったのも確かだろう。
だが――千紗、お前が語ってくれたことは、基本的にお前の主観だ。その思い入れが、少なからず言葉に影響しているはず。
赤宮くんが悪い人間でないのはさすがに疑う余地はないが、それ以上は客観的な意見が――」
「ん〜? それやったらウチ、昼間、その裕真くんと会うてきましたけど?」
お父さんに、新しいお茶を淹れて戻ってきたお母さんが……いきなり、とんでもないことを口にした。
ウチとお父さん、揃って絶句しながら視線を向けると、お母さんはコロコロと笑いながら席に着いて……話してくれる。
――おばあちゃんから〈天の湯〉のことを教えてもろて、赤宮くんの様子を見に行って……〈天の湯〉のお客さんとか、真里子さんに話を聞いて……。
そんで、ちょうどお手伝いしてた赤宮くん本人と直接会ったことを――。
「……にしても、ホンマ、今のちぃちゃんのお話、聞いてて面白かったわあ。
相手が尊敬出来る人で、やから支え合えるよう、相応しい人間になりたい――って。
ちぃちゃん、裕真くんとおんなじこと言うんやもんなあ」
お母さんはまたコロコロと笑う。
「お義母さんが認めはったんもよう分かります。
……あの子――裕真くんは、ちぃちゃんを女の子としてだけやない、一人の人間として真っ直ぐに見て、想うてくれてる。
ええ歳した大人でも、その大事なことに気付かれへん者の方がずっと多いのに……色恋だけやない、愛情のいっちばんエエ形を――あの子は理解してるんですわ。
それも……頭で考えた末に、とかやなく……心から、自然に」
「ほう、さすがモモちゃんだねえ……アタシが言うことがなくなっちまったよ」
お母さんに続いて、おばあちゃんも笑顔でそんなことを言うてくれた。
ウチは思わず……口添えしてくれた2人の顔を交互に見る。
「お母さん、おばあちゃん……!」
「……それはただ、彼の口が巧かっただけ――と、いうことはないだろうな。
モモさんと母さん、この2人の目を騙せるとしたら、それはそれでむしろ大したものだが」
やれやれ……って、そんな風にお父さんはつぶやく。
……これって……!
「ほんなら、お父さん……!」
ウチは期待を込めて、お父さんを見るけど……。
お父さんは、依然として、厳しい顔のまま――「だが」って、そんなウチの視線を跳ね返した。
「……私たちは〈聖鈴の一族〉、そしてお前は当代〈鈴守の巫女〉だ。
この先、お前が〈世壊呪〉を祓って……それですべてが終わり、というわけじゃない。
つまり……分かるな?
普通の友人ならともかく、お前と真剣に交際するということは……一般人の彼を、いずれはこちらの世界に関わらせてしまうことなのだと。
……私の場合は、モモさんがそもそもそうした方面にも関係のある神社の娘だったから、さして問題にはならなかったが……彼は違うだろう?
赤宮くんが、まれに見る好青年だとしても、これはまた完全に別の問題だ。
――千紗。
どうだ、お前は……その覚悟があるか?」
「……ウチ、は……」
お父さんの言い分に、ウチは……言葉を詰まらせる。
だって、それは――ウチ自身、何度も考えたことやったから。
赤宮くんに一緒にいてほしいって願いながら、でも、巻き込みたくないって思ってもいて……。
悩みながら、覚悟ってほどのもんも持たれへんで、先送りにしてたことやから……。
「彼を関わらせることを望まないなら。
そして、彼自身が関わることを望まないなら……。
これ以上、互いの想いが深くなる前に、手を切るのが賢明だろう――」
「――――っ!」
「だが――」
うつむいてた顔を、思わず跳ね上げたその瞬間――。
お父さんは、自分の発言に被せるみたいに、二の句を継ぐ。
「私はまだ、赤宮くん自身から何も聞いていない。
あるいは彼の方に、口先だけでない覚悟があるなら……もはや私が口を挟む余地はないかも知れんな」
「! お父さん、まさか……!
赤宮くんに、全部話すん――!?」
「それこそまさかだ。
もし彼に相応の覚悟があるとしても……〈聖鈴の一族〉のことは、実際に一族の一員となるときまで、決して、話すわけにはいかないのだから。
そう、だから、そのあたり――彼の覚悟は、別の形で確かめるしかないな」
「つまり、トオ……。
アンタも、直接赤宮くんに会って見極めようって……そういうわけかい?」
おばあちゃんが、そう確認すると……。
お父さんは、静かに――大きくうなずいた。
「どうやら……そうするだけの意味はあるようだからね」