第197話 その夜の、魔法少女と、魔法少女と勇者の戦い
――鈴守のオフクロさん、百枝さんと話したその日の夜……。
2日振りに〈呪疫〉の反応が感じられたとのことで、手が空いていた俺が一人やって来たのは……高架下の空き地だった。
……懐かしい場所だ。
確か、初めてシルキーベルに出会ったのも、この辺りだったよな……。
思えば、あれから3ヶ月……か。
ちょっと助太刀――ぐらいのつもりでシルキーベルを助けてから、〈世壊呪〉なんてものを巡る戦いに巻き込まれて……もうそんなになるのか。
……いろいろなことがあったよなあ。
――すべてのきっかけになった3ヶ月前は、俺の周りをひらひら飛んで……戦うときにはガヴァナードと同化していたやかましいアガシーも……。
今は何の因果か、〈天の湯〉の番台に座って、うちの手伝いの真っ最中だ。
……そんなわけだから今日も、テンテンが言っていたように――。
俺だけで本来のガヴァナードのチカラを引き出すべく、アガシーは召喚していない。
これで、このまま俺が、一人でガヴァナードをより巧く扱えるようになれば……。
アガシーはそれこそ、完全に赤宮シオンとして生活出来るようになって……一番いいんだからな。
――俺は、そんなことを考えながら……。
まだ、アガシーがいるときより馴染んだ――とは言い難いガヴァナードを握り締め、蠢く黒い影と対峙する。
今回も、あの魔剣グライファンが現れたときの大量発生に比べれば、なんとも穏やかなもので……湧いて出やがった〈呪疫〉はたったの3体。
……うん、まあ、気楽と言えば気楽なんだけど……。
それが逆に……今の俺にとっては、私生活における問題を考えてしまうだけの余裕が生まれてしまう、というか……。
……そう……。
差し当たっては、改めて鈴守のところに挨拶に伺うべきなのかな――とか。
それとも、今はヘタに動くより、ちょっと様子を見るべきなのか……。
いやでも、早いうちに動いて真摯さを示すべきなんじゃないか……なんて。
……ついつい、考えちまうんだよなあ。
早い方がいいなら、迷ってるヒマももったいないわけだし。
だから、出来ればこうやって〈呪疫〉を相手に戦うときぐらい、そっちに集中したかったんだけど……。
「さすがにこれじゃなあ……」
油断大敵、ではあるけれど――。
グライファンのときに出てきた、あの赤い〈剣疫〉とかでもない……ごく普通の〈呪疫〉だからな……。
しかも、以前の大群に比べれば、たったの3体――さすがにちょっと気も抜ける。
しかし、そうは言っても……放っておいていいものでもない。
とりあえず――俺は。
凛太郎が教えてくれた、クローリヒト変身セットの『声』が聞こえるか、心を研ぎ澄ませ……。
そして同時に、ガヴァナードのチカラを引き出せるように……と、それら2つへ特に意識を集中しつつ――戦端を開いた。
まずは、一番近い1体の脇を抜けざま――その凝り固まった影のような胴を、一刀のもとに両断する。
続けて、文字通りに飛びかかってきた2体目は――。
その一撃を避け、横から回り込んで反撃――というセオリー通りの動きではなく。
あえて、それを正面から……裂帛の気合いとともに、ガヴァナードを振り上げて迎え撃つ。
わずかに光をまとう刃は、〈呪疫〉の攻撃を受け止め――そのまま、その体を空とともに完全に断ち割った。
……ハッキリ言って、弱い。予想通りに。
チカラを引き出しきれていないガヴァナード……どころか、その辺に落ちてる棒切れでも、充分何とかなりそうなレベルだ。
だが――なんだ?
微妙に……手応えに、違和感がある……?
弱いは弱いが……これまでさんざん斬ってきた〈呪疫〉に比べて……。
なんて言うか……そう、密度が濃い……ような……?
気のせい……といえばそうかも知れない曖昧な感覚に、最後の3体目ではっきりするかと、改めて残る〈呪疫〉に対峙した――そのとき。
「――――っ!」
上空に、いきなり膨れあがる魔力を感じた俺は、とっさに後ろへ跳んで距離を取る。
――次の瞬間。
そこから、一振りの細身の槍が稲妻のように降ってきたかと思うと――〈呪疫〉を貫き、そのまま地面に突き立った。
そして――さらに、その後を追って。
真っ白な長い髪と、ドレスのようなスーツを闇に広げ――
「……〈魔法王女ハルモニア〉――降臨!」
砕け散る〈呪疫〉を背に、一人の『魔法少女』が降り立った。
そう――。
かつて俺が、初めて魔法少女って存在と出会った、この場所に。
* * *
その日の鈴守家の夕食は、いつもみたいに、ウチとおばあちゃんだけやなくて。
久しぶりに会うお父さんとお母さんも一緒で……ホンマやったら、嬉しいはずやのに。
お母さんとおばあちゃんは普段通りって感じやったけど、ウチとお父さんの間に微妙な緊張感があるせいで、和気あいあいな団欒――ていう形にはならへんくて。
どんな献立やったかも、味すらもよう分からへんまま食べ終えて――。
お母さんが、食後のお茶を淹れてきてくれたところで。
「さて……それじゃあ、改めて話をしようか」
……ついに、お父さんが、そう切り出した。
ウチは、思わず心で身構えながら……続く言葉を待つ。
「まずは、私とモモさんが、盆休みの前だと言うのにこちらへ来た理由だが――」
お父さんは、チラッと隣に座ったお母さんを見る。
お母さんは……緊張感をもったお父さんと違って、いつも通りに、のんびりとお茶をすすったりしてた。
「実は私とモモさんは……急な話だが、数日後、仕事の関係でアフリカへ行くことになってな。
大学の夏休み期間中は恐らく戻ってこられないだろうし……結構な奥地で、連絡もそうそう取れないかも知れないんだ」
「アフリカ……っ!?」
ウチは思わず、大きな声を上げてまう。
完全に予想外の話に……純粋に驚いて。
「そんなん……! お仕事でも、いきなりそんなトコて……!」
……お父さんが京阪大の准教授として専門にしてるんは、基本的には世界民俗学で、いろんな世界の伝承とかを研究してるんやけど……。
単にそれだけやなくて、同じ題材を、考古学と神秘学も絡めた視点で同時に追求していくのが、お父さんのやり方。
それは要するに、一般的な民俗学的見地からの研究と同時に、伝承や言い伝えに出てくるような『超自然的な事物』を、比喩とか見立てやなくて、『実在する』と仮定して調査するもので……。
つまり、もっとカンタンに、かつ極端に言うなら……。
魔術とか、魔物とか……そうしたものも真面目に捉えて研究してる――いうこと。
そしてその研究成果は、科学と魔術の融合で生み出されたっていう〈シルキーベル〉の『魔術』の面において、大きく貢献してるみたいで……。
おばあちゃんも前、お父さんの研究がなかったら『こうまで上手くはいかなかった』みたいなことを言うてた。
見ようによっては、一人娘のウチが、世界を守るための〈鈴守の巫女〉なんて重大な役目を背負うハメになってるのに、それを助けるでもなく――。
現地にたった一人で送り出して、挙げ句、自分の仕事に専念する冷たい父親……みたいにも見えるけど。
お父さんが、こうした研究を仕事として進めてるのは……〈呪〉を祓うっていう鈴守家の――〈聖鈴の一族〉の役目を、〈巫女〉だけに押し付けずにすむよう、その負担を軽くするよう……他のやり方を模索してるからで。
それはつまり、お父さんなりのやり方で、間接的にでもウチのサポートをしてくれてるみたいなもんやから……。
ウチはそんなお父さんを、むしろ誇りに思てる。
先々を見据えて、ウチのためだけやなくて、さらに先の〈鈴守の巫女〉のことも考えてるんや――って。
――それで、そんなわけやから、お父さんが研究のために海外に行くこと自体はそんな珍しくもないんやけど……。
でも、アフリカの……連絡もつかんような奥地に、1ヶ月以上て……。
「まあ、そんなわけでな。
だから出発の前に、千紗、お前の様子を見に来た――ということなんだが」
戸惑うウチを前に、お父さんは、長く息を吐いて……ゆっくりとお茶をすすった。
そして――ウチを真っ直ぐに見る。
「……千紗……責任感が強過ぎるぐらいに強いお前が。
意に添わない形で押し付けられたようなものとはいえ、〈鈴守の巫女〉としての大役があるにもかかわらず……。
まさか、男の子と付き合っているとは思わなかった」
お父さんのその物言いに……。
ついさっきまでのアフリカ行きへの心配が、反射的に、反抗心みたいなもんに塗り変わる。
「! なんなん、それ……。
ウチには大切なお役目があるんやから、それ以外はなんもしたらアカン言うことっ?」
「そうは言ってない。
むしろ、お前が役目に囚われすぎず、充実した高校生活を過ごしてくれているならそれが一番だし……私はそんなお前の姿を見に、こうして広隅へ来たと言っても過言じゃない。
だが――恋人となると、話は別だ」
そんな風に言われると、また厳しく反論しそうになるけど……。
そのお父さんの表情に、微妙に出てる感情が――。
怒りとか、あきれとかやなくて……。
なんか、困ってるとか、ツラい、みたいな感じやったから……。
ウチは、つい口を突いて出そうやった噛み付くようなセリフを……飲み込んでまう。
でも……。
お父さんに、どんな考えがあるんやとしても。
赤宮くんのことを、絶対に認めない、〈巫女〉としてのお役目の邪魔にもなる、別れろ――いうような話やったら……。
それこそ、ウチもゼッタイに受け入れられへんねんから――!
だって、赤宮くんがいてくれるから……!
やからウチも、〈巫女〉のお役目を頑張れてるんやもん……!
今日、亜里奈ちゃんが勇気を出して、お父さんに抗議してくれたみたいに。
ウチも、断固として戦わな――! って、改めて覚悟を決めたところで……。
――ポンっ!……て。
小気味良い音が、いきなりリビングに響く。
なんやろ、って思ったら……。
お母さんが、ニコニコと笑顔で、手を叩いた音やった。
「……なあ、トオさん?
トオさんの気持ちも分かるんやけどね、ひとまず、ちぃちゃんの話も聞いたげたら?
いくら正論でも、なーんも言いたいこと聞いたげんと、押し付けるだけやったら……反感買うだけ違いますか?
……実は、大事な大事な一人娘に嫌われたい――とか、酔狂なこと思てはるんやったら、止めしまへんけどなぁ?」
そう冗談交じりにお母さんに言われて、お父さんは、むぅ……とうなる。
そうして、小さくタメ息をついて……お茶をすすった。
「……モモさんの言う通りだな。
教職にある人間として、それぐらいは分かっていたはずが……つい、熱くなってしまったか」
「……と、まあ、トオさんもじっくり聞く気になってくれはったみたいやし――?」
お母さんは、今度はウチに、にっこりと笑いかけた。
「ちぃちゃんが、彼のこと、どんだけ想てるかを……。
ちぃちゃんの口から、ちゃーんと、トオさんに話したげぇな?」