第195話 かき氷にはミルクと宇治金、ごはんにはふりかけ、旅行には……
「うむ……やっぱり、夏と言えばこれだよな!」
店内BGMのメタルに負けじとばかりに、運ばれてきた注文の品を前に、おキヌさんの嬉しそうな声が響き渡る。
――ショッピングモールで、水着とかいろいろな買い物を済ませたあたしたち4人は……。
せっかくだから、いっしょに午後のおやつタイムしよう!……と、高稲から堅隅まで足を伸ばして、〈世夢庵〉にやってきていた。
で、みんなで頼んだのは……そう、夏の定番、かき氷!
それも――白玉ミルク宇治金時のアイス乗せ! 超豪華なやつだ!
おキヌさんみたいにハデな喜び方はしてないけど、抹茶スイーツ好きな千紗さんは目をキラッキラさせてるし、あたしも当然、大興奮。
――だって、普段、こんなスペシャルなメニュー、高くって頼めないもん!
そしてこれも、昨日のバイト代あってのこと。
今日水着とか買っちゃったから、あとは貯金に回すけど……。
でも昨日の今日だし、1回ぐらい、自分へのご褒美的なメニューを頼んだっていいよね!
と――あたしたち3人が大興奮の中、残るアガシーは。
「なーんか、緑だったり茶色だったりで……色合いとしては、アレな感じですけどねー」
――とかなんとか、かき氷が運ばれてきてすぐはテンション低そうだったのに。
あたしたちに勧められて、抹茶シロップ、あんこ、そしてミルクを、ふわっふわの氷といっしょにすくいあげて、口いっぱいに頬張ると――。
「ふ……おおおおっ!? なな、なんですかコレ! なんなんですかっ!
――甘い、冷たい、ウマい、ふわふわ……幸せ!!!」
ポニーテールが逆立ちしそうな勢いで仰天して……そのまま、へにゃりと言葉通りに幸せそうな表情で息をついていた。
「うう……『のりたんま』ばかりでなく、さらにこんなものまで存在するとは……!
ああ、日本に来て良かったああ……!」
「……大ゲサだなあ」
『のりたんま』――それはもちろん、ふりかけの定番中の定番、のりとたまごのアレだ。
この間、久しぶりにママが買ってきたんだけど――。
それに「なんですかコレ?」と、興味を持って使って以来、アガシーはすっかりハマっちゃって……ほぼ毎食、ご飯にふりかけてたりする。
……で、そのままCMにでも出来るんじゃないの――ってぐらい、いつもいつも大絶賛するのだ。
今日だって、自分用として、『のりたんま』のキャラ(ニワトリさん)の形をした、専用ふりかけケースをウキウキしながら買ってたぐらい。
うん……気持ちは分からなくもないけどね。
『のりたんま』は確かにおいしいし、あたしも大好きだから。
あ、でも、そう言えば……あたしたちだけじゃなく。
あのハイリアさんですらも、「試しに」って使ったとき、お箸の動きが3倍ぐらいに加速してたような気がするなあ。
魔王と聖霊を揃って虜にするなんて、『のりたんま』……恐るべし。
――まあ、それはさておき。
実に幸せそうなアガシーを見やりながら、あたしたちも白玉ミルク宇治金時(アイス乗せ)を頬張って……。
「いやあ、最ッ高だなあ……!」
「ホンマ、最ッ高やねえ……!」
「はいっ、最ッ高ですね……!」
同じく、存分に幸せを満喫するのだった。
――そうして。
みんな、ひたすら夢中になって、ペロリとキレイにかき氷を平らげて。
そのあとは、のんびりと食後のお茶をいただきつつ、まったり、今日の買い物のこととか話してると……。
「……ん〜?
なんだ、マテンローのヤツからメッセージ来てら」
首を傾げたおキヌさんが、お茶をずずーっとすすりながらスマホをいじって……。
「ほっほーう?」って声を上げた。
「イタダキくん、どうかしたん?」
「んむ、それがだねい……。
ほれ、終業式のあと、ファミレスで夏休みの予定の話で盛り上がって……みんなで旅行に行こうかって案も出たろ?
つっても、さすがに夏休み入ってから泊まるところの予約取ったりするの難しいかなー、とか思ってたんだけどさ……」
「どっか、大丈夫なトコ、見つけたん?」
千紗さんが重ねて尋ねると、おキヌさんは芝居がかかった動きで肩をすくめる。
「――ヤツんちの別荘」
「ふぇっ?」
完全に予想外の答えだったみたいで……千紗さんが珍しく、小さい子みたいな気の抜けた声を上げてしまっていた。
……てゆーか、かわいいなあ。
自分のヘンな声に気が付いて、今さら赤くなってるところも。
うん……お兄が見てたら悶絶したかも。
「別荘だよ、べっそー。摩天楼家の。
……どうも、マテンローのヤツが『旅行行くのにどっか良いトコないか』ってパパさんに聞いてみたら、『うちの別荘使えばいい』って即答されたらしいんだ。
――いっやー、しっかしだ……!
まさかここにきて、ヤツの『実家はお金持ち』キャラが役に立つとはね〜!」
「ほんでも、別荘て……」
そう言って驚く千紗さんも、あたしなんかにはわりとお嬢さまに見えるんだけど……。
つまり、見晴ちゃんちはそれ以上ってことかー……。
「何にせよ、こちとらフトコロ事情にゃ余裕のない、こーこーせーだ。
別荘使わせてくれるんなら、宿泊代が浮いて大っ変にありがたい。
予約の手間も必要ないしなー」
「見晴ちゃんちの別荘、ってことは……えっと、〈贈李島〉ですか?」
あたしが聞くと、そうそう、とおキヌさんはうなずく。
「良く知ってたな〜。妹ちゃん、お邪魔したことあるのかい?」
「いえ、それはないですけど……話は聞いたことあったから。
それに、最近は穴場の観光地として知られてきてる――って話ですし。
確か……えっと、昔、将軍家や朝廷に献上するぐらい上質の李が採れたのが名前の由来……なんでしたっけ」
「あ、その話ならわたしも覚えてますよー。
我らが担任なっつんセンセが、社会の時間に雑談で教えてくれましたよねー」
あたしの言葉を、アガシーも支持してくれる。
うん、あたしの記憶力だけじゃ確実性に欠けるけど、アガシーがそう言うならやっぱり間違いないね。
「……ほほ〜、そうなのか。妹ちゃんズ、よく知ってるじゃねーの。
ともかく、その贈李島で間違いないと思うよ。太平洋の方のまあまあ大きい島だねい。
そう、つまりはとにかく島なんだよ……ってことは、海も山もあるわけだ!
しかもわりかし近場だ、片道5〜6時間ぐらいらしい。
交通費ってのもバカにならんからな……近いってのはありがたい!」
「へぇ〜……どこ取ってもええ話やん。イタダキくんと親御さんに感謝せんとね」
「そーだなあ……。
あ、でも、パパさんの方はともかく、マテンロー本人については……ほどほどにだよ、おスズちゃん。
アイツを調子づかせたところで毒にも薬にもならんけど、とにかくウザいからな」
一転して冷めた調子で言って、おキヌさんはずずーっとお茶を一口。
……そして、あたしたちに話を向けてくる。
「――と、いうことになってきてるんだが……どうだい、妹ちゃんズも一緒に?」
「マジですかっ! はいはーい、もちろん参加――!」
即座に手を挙げ、身を乗り出そうとするアガシーを……あたしは頭に手を置いてぎゅっと抑え込む。
「……日程とか、大まかでも予定、分かりますか?」
「ん〜? そーだなー……。
お盆はさすがに、みんな家の予定とかあるかもだから、避けるとして――。
お盆の後はちょっと遅いし……まあその前、8月上旬には、ってところかなー」
「ですよね……じゃあ、やっぱり、あたしたちは辞退します……残念ですけど。
〈天の湯〉、お盆はさすがにちょっと休業しますけど、逆にその分、お盆前はしっかり営業するから……。
お兄やハイリアさんだけじゃなく、アガシーにあたしまで旅行に行ったら、お手伝いがなくなってママたちが大忙しで大変になっちゃうので。
――だから……今回は、高校生の皆さんで楽しんできて下さい」
……近場に日帰りで遊びに行くだけならともかく、泊まりがけともなると、やっぱりあたしたち、明らかな『子供』に対しての、年長者の責任はずっと大きくなっちゃうはず。
それだけでも負担になるのに、この人たちは優しいから、加えて、あたしたちも楽しいように――って、アレコレ気を遣ってもくれるだろう。
もちろん、それはそれでお互い楽しむためだろうけど……何て言うかな……。
やっぱり、そんなことでも、ちょっとした負担の上乗せになるのは間違いないと思うんだ。
だから――うん、まあ、お手伝いの話もウソってわけじゃないし。
ここは、せっかくの泊まりがけの旅行なんだし……。
お兄たち高校生だけで、気兼ねなく楽しんでほしいんだよね。
……乗り気だったアガシーには、ちょっと悪いと思うけど……。
もしかしたら、むくれてるかなあ――って隣の様子を窺うと……。
アガシーは、案外あっけらかんとしていた。
「……うーむ、それならしょうがないですねえ。
まあ、亜里奈が行かないのに、わたしだけ行っても意味ないですしねー。
――ええ、ここはむしろ、兄サマに兄上が旅行でいないのを良いことに……亜里奈と家で2人っきり、イイコトをして過ごすとしようじゃないですか……ぐへへ」
「はいはい、イイコト――ね。
夜のゲームの時間、お兄もハイリアさんもいなかったら、あたしたちで好きなゲームを好きなだけ出来るからね」
「ふっふっふ……兄上と対戦中の〈ハミコン坊主〉、向こうのターンも勝手に動かして、いつの間にやら取り返しのつかない状況に――ってしてやるんですよ! ぐへへ〜」
「……セコいズルするな」
あたしは、ゴス、とアガシーの頭にチョップを入れる。
……まあ、お兄ならいざ知らず……ハイリアさんだと盤上のこと全部覚えてるだろうから、勝手に動かしたのすぐバレるだろうけどね……。
――って、それはともかく……。
あたしは一度ペコリと頭を下げてから、改めておキヌさんを見た。
「えっと、そういうことなんで……ごめんなさい。
せっかく誘ってくれたのに」
「いんや、気にしないでおくれよ。わりと突然の話だったしな〜。
……ま、そんじゃ、また次の機会に、気軽に日帰りで行けるトコとかにみんなで遊びに行こーな!」
おキヌさんが笑顔でそう言ってくれるのに合わせて、千紗さんも「せやね、そうしよな!」と、同じく笑いながらうなずいてくれた。
うん……せっかく誘ってくれたのをお断りしておいてなんだけど……。
やっぱり、お姉さんたちにこんな風に言ってもらえるのは嬉しいなあ。
「あ〜、どうもすいません……!」
――ここの店長のケーゾーさんの、その体格通りの大きい声が聞こえたのは……そんなときだった。
なにかあったのかな、と入り口の方に視線を向けると……。
どうも、お客さんに謝ってるみたい。
だけど、ケンカだとかクレームだとか、そんな感じじゃない。
「うちの抹茶プリンは、数量限定で……今日の分はもう売り切れなんですよー……」
ケーゾーさんの、ホントに申し訳なさそうな声。
ああ……なるほどね、大人気の抹茶プリンを買いに来たお客さんか〜。
あれはこの時間じゃ、まず残ってないもんね……。
「そうですか……それは残念だ。
こちらの抹茶プリンは絶品と聞いたので、抹茶好きの娘への土産にしようと思ったのですが……」
お客さんの……いかにも紳士、って感じの品の良いスーツ姿のおじさんも、困ったような口調で、丁寧にそれに応じていた。
とりあえず、言いがかりをつけるようなお客さんじゃなくて良かったな……と思って、テーブルに視線を戻すと。
「…………ッ!」
ガタン、と椅子を蹴立てて――正面の千紗さんが立ち上がっていた。
そして、その音が結構大きかったせいか、抹茶プリンを買おうとしていたおじさんもこっちを見て――。
「お父さん――っ!?」
「千紗――?」
視線が交わった2人は、同時に、驚きの声を上げていた。