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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
15章 変身してなくても、相応の強敵が立ち塞がるのが勇者
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第193話 3度世界を救おうと、こんな事態は未体験



 ――〈(あま)()〉の畳敷きの待合所、その隅っこ。


 そもそも時間的にお客さんもそれほどいないから、ある意味じっくりと話をするには良い状況ってやつで……俺は、鈴守(すずもり)のオフクロさんと向かい合っていた。



 ――俺と話をしたいっていうオフクロさんの要望に、うちの母さんが「どうぞどうぞ」と笑顔で快諾したためである。



 ……いやまあ、仮に母さんが反対したところで、俺と話したい――って言ってくれてるのを、断るわけにはいかないんだけど。



 だって、そりゃあ……やっぱり、義務みたいなモンだろ。


 オフクロさんにとって、何より大切な一人娘と付き合ってるんだから。

 逃げ隠れするわけにはいかないよな。



 ――なんて、一応、覚悟を決めちゃいるものの……。


 うん、まあ、正直なところはやっぱり――いったい何を言われるんだって、内心おっかなびっくりだ。



 異世界でさんざん、生きるか死ぬかの戦いは経験してきた――けど。


 これはまた、まるで別種の緊張感だもんなあ……。




 一方、オフクロさんはというと――。



「やーっぱり、お風呂屋さんのお風呂上がりは『みかん(すい)』やねえ〜」



 そんな俺の心境を知ってか知らずか……。


 実にいい顔で、お風呂上がりのみかん水を堪能している。



 ――ちなみにみかん水ってのは、ぶっちゃけ……ほのかな甘みと酸味で味を付けただけの、クリアな黄色をした瓶詰めの『水』である。


 みかんっぽい味をイメージして作られたってだけで、当然無果汁。


 昔ながらの、いわゆるジャンクドリンクで……かつては駄菓子屋とかの定番アイテムだったらしい。



 今となっては、生産しているのも大企業とかじゃなく、地元の小さな会社が細々と……な具合だったりするので、普通のお店に出回ることはまずなくて……。


 もはや、うちみたいな昔っからある銭湯の、いわば『銭湯ドリンク』としてしか、なかなか目にする機会はないようなシロモノだ。



 もちろん、ジャンクドリンクなので、いかにもなチープな味だが……。


 それがまた、風呂上がりとかだとさっぱり飲みやすいというか……案外ウマい。



 亜里奈(ありな)なんかは、果汁100%のオレンジジュースより、こっちの方がよっぽど好きだったりする。


 ……さすが銭湯の看板娘――ってところか。どうでもいい話だけど。




「は〜〜……おいしかったなあ〜」




 見かけによらず、結構豪快に瓶を空けたオフクロさんは……。


 ニコニコと大層ご満悦な様子で、ほうっと息をついた。



「こういう、いかにもお風呂屋さん〜いう感じのドリンクがまだ残ってるん、懐かしゅうて嬉しいわあ。

 普通のお店やと見かけへんような、色とりどりの瓶が冷蔵庫に並んでるのんって、見とってワクワクするんよねえ……!」



「あ、ありがとうございます」



 その真意がどこにあるにせよ……だ。


 こう、子供みたいな無邪気さで家業を褒められて、悪い気はしない。



 反射的に、俺は素直に頭を下げる。




「……うん、ホンマにこの〈天の湯〉は……ええトコや。

 なるほどなあ……。


 ――って、ほらほら裕真(ゆうま)くんも! それ、飲まなアカンで?


 なんちゅーか、この状況が『コワい先輩に体育館裏に呼び出されてもーた! どないしよ!』……みたいな感じで、緊張するんも分かるけど、ちゃーんと水分補給せなアカンねやから!」




「あ、す、すいません……それじゃ失礼して」



 オフクロさんの勢いに圧倒されるように、俺は脇に置いていたペットボトルで喉を潤す。



 うーん……これが、関西のおばちゃんのパワーってやつなんだろうか……。



 いやでも、オフクロさんは、鈴守の歳の離れた姉――でも充分通用しそうなぐらいで、ハッキリ言っておばちゃんって感じじゃないんだけどな。



「……うん、良し。ほんなら――裕真くん?」


「あ――はいっ」



 改まって名を呼ばれた俺は。


 いよいよ本題か……と、気を引き締め、居住まいをただす。



「いきなり、単刀直入に聞くで?

 裕真くんは、ちぃちゃんのこと……どう思てるん?」


「! それは――」



 ホントに、いきなり単刀直入にきたな……と驚きつつも。


 むしろ俺は――答えられる質問で良かった、とも思っていた。



 これなら、ただまっすぐに――鈴守への想いを打ち明ければいいだけなんだから、と。




「鈴守は……ホントに、スゴい子です。真面目で、一生懸命で。

 それも、あの子がやらなきゃって決めたこと――そう、こっちに来るきっかけになった『家業』のことですけど……。

 それについて、俺は詳しく知らされてないんですけど――でも、俺には手伝えないみたいで。

 だから鈴守……1人で頑張ってて。


 ――そうなんです、まだまだ自分じゃ力不足だから、って……。

 ホントに、一生懸命に……頑張ってるのだけは分かって。


 でも――それでつらそうにしたり、弱音を吐いたりなんてことは、ほとんどなくて。

 一応、一度は悩みを打ち明けてもらったりもしましたけど……それぐらいで。

 基本的にはいつも、俺や、友達……周りのみんなのことも考えて、穏やかに笑顔でいてくれる姿は、ホントに立派で。


 きっとこの子は、そうやって自分を凜と律することで、俺たちみんなが和やかにいられる場を――そこにいる俺たちのことを、守ろうとしてくれてるんだなあ、って感じて。


 ……俺は、そんな――。


 そんな、気高いぐらい優しくて、頑張り屋で――でもきっと弱いところもある鈴守の、その隣に立つのに相応しい人間になりたい、って……そう思ってます。


 俺も……まだまだ未熟で、弱いところも情けないところもいっぱいあるから。


 だから――彼女と、支え合い、助け合い、弱いところを補い合えるように。

 こうして、彼女のことを尊敬するぐらい……彼女からも尊敬される人間になりたい、って。


 そのために、俺ももっと頑張ろう――って。

 そう、思ってるんです」




 正直、上手く言えてる気はしないけど……。


 でも、真剣に、まっすぐに――俺自身の言葉で想いを伝えて。



 そうして、改めて俺は……。


 じっと静かに、一切の口を挟まなかったオフクロさんを見る。




「………………」




 オフクロさんは……なんと言うか……。


 意表を突かれたような、呆けたような顔をしていた。



 ……もしかして、俺の言い方がヘタ過ぎて、うまく伝わらなかったのかな――なんて、不安に思ったその瞬間。


 一転して、さもおかしそうに……くすくすと笑い始める。



「まさか――なあ?

 『どう思てる』て聞いて、『好き』って単語が1つも出てけえへん答えが返ってくるやなんて、思わへんかったわあ〜……。

 『こういうところが可愛くて好き』とか『優しいところが好き』とか、そんな話になると思てたんやけどねえ……」



「――――っ!

 あ、あの、それは!

 すす、すいません、俺にとって、鈴守のことが好きなのは、もう当たり前すぎちゃってって言うか……!」



 し――しまったああッ!!!



 鈴守を好きなのが、あまりにも当然すぎて――!


 勝手にそれを大前提にした上で、その先ばっかり語っちまったああっ!?




 これはヤバい、なんとか挽回を――!




 ……なんて必死に頭を働かせながら、対面の様子を窺うと……。



 オフクロさんは、怒るでも呆れるでもなく――。


 優しいものになった笑顔のまま……静かに、うなずいていた。




「ホンマに――大した子ぉやわ」




「…………へ?」



「――そら、あのお義母(かあ)さんが認めるわけやなあ。

 ちぃちゃんもまあ、エラい子ぉを選びィの選ばれェのしたもんやで……ホンマに」



 ……ど、どうやら、俺のトンチンカンな答えで怒らせたとか失望させたとか、そういうんじゃなさそうだけど……。


 でもこれって、単純に、褒められたとか認められたとか、そう受け取ってもいいのか……どうなんだ? どっちなんだ?



「……実はなぁ、裕真くん。

 ウチは……まだちぃちゃんにも、お義母さん――そう、ドクトルさんにも、裕真くんのこと、ほとんどなんも聞いてへんねん」



「……え? あ、はい……」




「なんでか……言うたらな?

 前もっての先入観ナシに、『赤宮(あかみや)裕真』くん――て男の子を見てみたかったからやの。


 ……でも、言うても、そないに詳しく知れるなんて思てへんかったよ?


 この〈天の湯〉で、どんな環境で育ったんかに触れて……。

 ほんで、もしお手伝いとかしとったら、遠目に、普段どんな感じなんか見れたらええかな〜、ぐらいの気持ちやったんよ。


 あ、けど、もしウチに気付いてくれたら、こうやってちょっとお話してみよ――とも、ちょびっと思てたけどな?」




 穏やかな調子でそう言いながら、オフクロさんはゆったりと周囲に――。


 〈天の湯〉そのものを見ようとするように、視線を巡らせる。




「でもなあ……これがまた、思てた以上に情報が入ってくるんやわ。


 お風呂に入ってたら、男湯の方から、お客さんと裕真くんの親しげなやり取りが聞こえてくるし……。

 それ聞いて、ちょっと近くの常連っぽいおばあちゃんに話しかけたら、その方だけやなくて、他の常連さんも混ざってきて、まあアレコレと色々教えてくれはるし。


 ――皆さん言いはるんよ?

 妹さんはまだ小学生やのにすっごいしっかり者やけど、お兄ちゃんは冴えへんなあ……みたいなことを。

 ――ホンマに、ええ笑顔で……そらもう楽しそうにねえ」




「…………え?」




「……皆さん、自分の子供とか孫を、悪態混じりに自慢してはるみたいやったわ。

 そういうところに触れて、『ああ、あの子は周りに愛されてるんやなあ』って理解したし……。


 この〈天の湯〉の、(あった)こうて居心地のええ雰囲気にも……ああ、経営してる赤宮家の人柄がそのまま出てるんやなあ、って実感出来たし……。


 それでな、少なくともあの子は、ちぃちゃん(たぶら)かそうとするような悪党どころか、ちゃんとしたええ子なんやなあ、言うんは……確信出来たんよ。


 でも……なあ?」




 そこでいったん言葉を区切って……オフクロさんは、まっすぐに俺を見た。


 そして――ニヤリと、イタズラっぽく笑う。




「まさか、狙ったわけやなくて()ぅで、あないな答え返されるやなんて、思いもせえへんかったわあ。

 しかも、ちぃちゃんと同い年の……まだ高校生の男の子にねえ。


 ……それに――や。


 お母さんの真里子(まりこ)さんも……大したお人やなあ」




 俺たち2人の様子を窺うでもなく、番台で、いつもどおりに仕事をしている母さんの方を……チラッと見やるオフクロさん。




「さっきな、ウチが、裕真くんとお話させてもらえますか〜、言うてお願いしたとき……何の躊躇もなく、二つ返事でオッケー出しはったんはなんでやと思う?


 ――真里子さんはな、確信してはったんよ。


 裕真くんと話せば、それで、ウチが知りたがってるようなことはすべて分かる――て。

 自分が何か言うよりも、それが一番手っ取り早い――て。


 裕真くんの人間性をちゃーんと信頼してはる、いうことやねえ。


 ……それはある意味、親としては当然のことやけど……。

 でも、ここまでキッパリ行動で表せる人やなんて……そうそうおるもん(ちゃ)うからなあ。


 ――ここだけの話……。

 真里子さん、実は学生時分とか、男の子はもちろん女の子にも、よおモテはったんと違うっ?」




 いきなり茶目っ気たっぷりに、顔を寄せてヒソヒソと尋ねてくるオフクロさんに、俺は……戸惑いつつ、コクコクとうなずき返すばかり。



「あの……父さんによると、母さんはむしろ女子にこそ人気だった――とか」


「あ、やっぱり?

 ……そうやんなあ、うんうん、そうやと思たわぁ〜」



 なんかすごく楽しそうに何度もうなずきながら……。


 そうかと思うと、オフクロさんはいきなり、すっくと立ち上がった。




「――え? あ、えっと……もういいんです――か?」




 その予想外の行動に、思わず、間の抜けた声が口を突いて出る。



 結局、俺は……鈴守の相手に相応しいって認めてもらえたのか?

 まるでダメだと突き放されたのか?



 いや、やり取りからして、まるでダメ――ってほどのことはないと思うけど、でも、明確に良しとも言われてないわけで……。



 どうしたもんかと思う俺に……オフクロさんは、ニコニコと答える。



「もともと、ちょっとだけ、いう約束やったもんね?

 うん――思てた以上に、裕真くんのこともよう分かったし」



 そうして――番台の母さんのところへ行って、挨拶すると。


 そのままスタスタと、玄関口の方へ歩いて行くので……俺はあわてて、見送りに外まで後を追った。





「ひゃぁ〜、さすがにこの時間はあっついなあ〜……」



 ギラギラとした昼下がりの日射しに顔をしかめながら、オフクロさんは日傘を開く。



「あの……今日は、ありがとうございました!

 〈天の湯(うち)〉を利用してもらったこともですけど、その……俺と、話をしてくれて」



 結果として、オフクロさんの俺への評価がどうなったにせよ――だ。



 俺という人間をハナっから否定するわけじゃなく、コミュニケーションを取ろうとしてくれたんだから……そこは感謝するべきだと思って、頭を下げる。



「ウチの方こそ、お手伝いで疲れてたやろうに、ちゃーんと相手してくれて……おおきにね。

 直にお話出来て、ホンマに良かったわあ」


「いえっ、俺の方こそ、その――」



 ……思わず俺は口籠もる。


 いや、っていうか……オフクロさんのこと、なんて呼べばいいんだ?



 おかあさん――は、いくらなんでも早過ぎるって怒られそうだし……。

 おばさん――は、なんか、そんなイメージじゃないし……。


 このまま、口に出してオフクロさん――は、さすがに失礼な気もするし……。



「――百枝(ももえ)さん、て呼んでくらはったらええよ?」


「……へ?」



 俺の迷いを察したらしく――。


 オフクロさんはころころと笑いながら、そう言った。



「――あ、でも、略して『モモさん』言うんはアカンで?

 うん、ウチは別に構へんねんけどな……トオさんのウチの呼び方がそれやから。

 トオさんがヤキモチ妬いて、エラいことになるかも知らへんからね?」



「うぇっ!? き、気を付けます!

 今日は俺も、お話出来て良かったです! その、えっ――と……百枝さんっ!」



「……うん、それでええよ。

 ――まァ……おかあさん、言うんも(わる)ぅないけど――ね」



「……え? 今、なんて――」



 オフクロさん――百枝さんが言葉の途中でくるりときびすを返したので、傘越しになってよく聞こえなかった部分を尋ね返すも。


 百枝さんもそれが聞こえなかったのか、あるいは聞き流したのか――。




「ほんならねぇ、裕真くん。

 ――また、いずれ……な?」




 傘の陰から覗き見るように俺を一度振り返り、上品に手を振って、そんな挨拶だけを残し――。




 炎天下の中を、背筋を伸ばしたキレイな歩き方で立ち去っていった。






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[良い点] めちゃいいすね☆彡 人前で読むのが恥ずかしいくらいに……【愛】すばらしい!! もう、東アジアバージョンは『純情勇者』でいきますか? (*´▽`*) 中学校の教科書でもいいと思います (`…
[一言] これぞ真の勇者……! ぶっちゃけなろうに出てくる勇者って、勇者とは名ばかりの暴君が多いイメージですが(←)、そんな中で裕真は自信を持って勇者と呼べる貴重な人材ですよね! これには百枝さんもニ…
[良い点] 裕真くん…… まっすぐすぎて…… だぁぁぁぁっ まぶしいぃぃぃぃっ! 眩しすぎて砂になるぅぅぅぅぅぅっ! ………………………… (砂礫の浄化が完了しました) ………………………… [一言…
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