第186話 凜々に美々 舞えや八乙女 舞えや舞え
――午後5時30分。
〈北宿八幡宮〉の神楽殿の前には、多くの見物人が集まっていた。
その中で、最前列に陣取っているのが……ドクトルさんから招待(?)された俺たちだ。
彼女に妹に同級生に後輩と――知り合いの女の子が8人も巫女さんになってるってだけでも驚きなのに、さらに、これからみんなで神楽を舞うという。
……どうやら、夏休みに入ってこの3日ほど、女子たちが軒並み用事があるって話だったのは、このためらしい。
要するに、一種のサプライズってやつである。
――そんなわけで。
どんな舞いが見られるのかって期待と、本当に大丈夫なのかって不安がない交ぜになって、どうにも落ち着かない気持ちで待っていると……。
やがて、ついに、厳かな笛と太鼓の音――いわゆるお囃子を伴って。
神楽殿に、8人の巫女さんが静かに姿を現し……神楽舞いが始まった。
――神楽について詳しい知識があるわけじゃないけど、確か、以前聞いたところによると……。
その基本となる題材なんかはある程度固まっていても、同じ題材でも神社ごと(地域ごと)に結構内容には差があったりして、厳密に『こういうもの』という明確な型はないらしい。
その辺も踏まえて、今回の神楽は、ドクトルさんがこの8人のために、既存の舞いを……この広隅の古い伝承をもとに、アレンジしたものだという。
でも、じゃあだからいかにも現代風だとか、簡単なものになってるかっていうと、そんなことはゼンゼンなくて――。
「………………」
俺はもちろん、一緒の男子たちも、そして……一般の見物人も。
みんな静かに、固唾を飲んで見入っていた。
専門的な意見はさておき、それは――。
俺たちの目には、確かに。
神前に捧げる、厳粛で優美な舞いと映ったからだ。
手に榊の小枝を持った、亜里奈、アガシー、見晴ちゃん、おキヌさん、沢口さん、塩花の6人と――。
両手に神楽鈴を持った、鈴守と白城の2人。
揃って、和製ティアラって感じの前天冠を被り、動きとともにフワリと翻るさまが美しい千早を、巫女装束の上から羽織ったその8人が――。
まずは、鈴を鳴らす2人を先頭に、2つの列に分かれ……ゆるやかに、けれど流れと止めを意識したキレのある動きで、神楽殿をぐるりと回る。
続けては、中央に集まり――時に輪になり、時に並び、時に渾然と。
向かい合ったり、背を合わせたり……笛と太鼓の神楽囃子の音に合わせて、身体全体の大きな動きを使って、みんなで舞台上に軌跡を描く。
そうして見ていて、間違いないと気付くのは……。
この神楽の中心――いわば主役になっているのは、神楽鈴を持つ鈴守と白城の2人だということ。
お囃子に合わせて、全体の動きのリズムを、タイミングを取るように、手の鈴を迷い無く、キビキビとした所作で振り鳴らし……場を引き締めている。
そのさまは、特に――美しかった。
2人ともが……いや、きっと、2人だからこそだ。
時に鏡合わせのように、時に互いを補うように舞う姿は、本当に見事で――思わず息が漏れる。
……それにしても、鈴守は本当に、所作から何から、飛び抜けて凜として綺麗で――もうさすがって感じだけど……。
そんな鈴守の動きにキチッと合わせてるんだから、白城も大したものだよな。
練習する時間なんてあんまりなかったはずなのに……神事については詳しいだろう鈴守に負けず劣らず――いや、むしろ互いに引き立て合うほどに、しっかりと舞い手を努めている。
きっと、よっぽど真剣に取り組んだに違いない。
そんな、一種の気迫すら感じられるのに加えて、この本番のためにメガネを外してるのもあってか……白城は、普段と雰囲気が違って……ずっと、凜々しく輝いて見えた。
いやまあ、普段よりも――と言えば、他のみんなだってそうなんだけどな。
俺の周りの……こんな『神事』なんて、まるで興味なさそうなイタダキや武尊ですら、余計なお喋りをしたりせず、場を抜け出すでもなく、ジッと見入ってるのは……それだけこの8人が――この舞いが、見事だってことだろう。
……に、しても――。
俺はついと、意識を亜里奈の方に向ける。
――性格上、こんな舞台に上がったりするのは苦手なはずの妹は……けれど、まるでそんなことを感じさせないぐらいに、しっかりと舞い手としての役目をこなしていた。
いや、もちろん、能力的には出来るって信じてはいたけど……。
こうやって、大勢の人の前で、巫女として一生懸命に舞う姿は――いつもよりずっと大人びて見えて。
ああ、こいつも……。
まだ身体は小さいけど、大きくなったんだな――って。
つい、当たり前と言えば当たり前のことで……感慨深くなっちまった。
そして、それと同時に――。
『亜里奈とて一人の人間、いつまでもキサマの庇護下にある子供ではない』
以前、ハイリアから、亜里奈への想いを告げられたときの――そのときの口論の際、言われたことを、ふと思い出す。
それぐらい、分かってるつもりだけど……。
こうやって、いちいち実感しちまうあたり……俺もまだまだ割り切れてないってことなんだろう――な。
「……? なんだ勇者、どうした?」
思わず、横目でチラリと見ちまったことで、ハイリアがそう尋ねてくるが……。
「……いんや、なんにも」
鼻から息を抜いた俺は、小声でそれだけ答えて――改めて舞台の上に意識を集中する。
――中央でひとしきり舞った後、神楽はまた大きな動きを迎えていた。
榊を持った6人が、3人ずつ左右に分かれ……それぞれが舞台の角へ端へと散る。
そして、まるでその場を清めるように、榊の枝を振るう6人。
鈴を持った2人は、鏡合わせに舞いながら、そんな6人のもとを――そう、さながら力を合わせて、場の1つ1つを清めていくように、順に巡っていく。
その後中央に戻った2人が、改めて優美に鈴を鳴らすけど……。
先の清めは不充分だったと言わんばかりに、6人はゆらりと場に伏せた。
それからそのまま、6人は鈴守と白城の背後に集まり――。
まるで、それぞれが目に見えない『何か』を持ち寄り、捧げ、一つに寄り集めるかのごとく……一斉に榊の枝を振り上げる。
――合わせて。
ここからがクライマックスとばかりに、お囃子も……調子を大きく乱すようなことはしないものの、笛も太鼓も、響きが力強くなった。
で、その感覚は間違ってなかったんだろう――。
静かに中央から退き、大きな半円を形作った6人に代わって、その半円の、そして舞台の中央に移った鈴守と白城は――ひとたび、大きく神楽鈴を鳴らして。
それがまるで、戦いの火蓋を切る合図とばかり……。
演舞ではなく、『演武』を思わせる、対になった舞いに入った。
もちろんそれは、お囃子のリズムを崩すような激しいものではないけれど……。
動きは大きく、力強く――そして、凜々しく、美しく。
互いに伸ばされ、交差する腕の先で、神楽鈴がシャンと鳴るたび――その透き通った音色はだけど、打ち合わされ、火花を散らす刃を彷彿とさせた。
本当に……すごい迫力だ。
――それはきっと、さっき寄り集まった、よくない『何か』を祓い清める……まさに『戦い』だからなんだろう。
互いに打ち合うように鈴を振り鳴らしながら、何度も立ち位置を入れ替えつつ。
『何か』を挟み囲うようにぐるりと巡り――。
やがては、その『何か』を、空へと解き放とうとするように。
向き合った2人が、ゆっくりと掲げていく鈴を、高さに応じて徐々に強く……そして最後、最も高くに、ひときわ強く振り鳴らしたところで。
すべてが終わったとばかりに、舞台の動きが――止まった。
そうして……しばらく。
その後、8人は、ゆるやかな動きで神楽殿の奥に居並び……。
揃って神社本殿の方へ、手に持ったものを献げるように一礼。
その後、俺たち見物人へも一礼し――退がっていった。
……そうして、後に残されたのは、もちろん――
俺も含めて見物人みんなの……割れんばかりの大きな拍手だった。
……うん――うん! そりゃそうだろう!
とても、この3日程度で習熟したなんて思えないぐらい、本っ当に素晴らしい舞いだったもんなあ……!
当然、俺にとって一番は鈴守だけど、鈴守さえ見てれば満足ってわけじゃなくて……!
この舞台そのものを見ずにはいられないって、そうなるぐらい、ホントにみんな凄かった――美しかった!
「いやあ、ホント、すげえもの見せてもらったよなあ……!」
もう、そんな感動をとにかく表現したくて俺は、一般の見物人が思い思いに場を離れ出すのにも構わず――。
なおも力いっぱいに拍手しながら、同意を求めるようにハイリアを見たんだが……。
「――ふむ……」
一応、俺と同じく未だ手は叩きつつも……心ここにあらずとばかり、ハイリアは何かを考えているような、真剣な表情をしていた。
……なんだコイツ、どうしたんだ――って、まさか……!
昔、魔王サマとして一級品の舞台やら何やらをさんざんに見てきたから、批評家としての血が騒いで――とか、なんか面倒くせーことになってるんじゃないだろうな……!
「……おいハイリア。
これはそもそも神事だし、プロの舞台じゃないわけだからだな――」
「……ん? 何の話をしている?」
「え? いやお前、なんかミョーに険しい顔してたし……。
あれが足りない、これが未熟、それが甘い……とかなんとか、エラそうに今の神楽にイチャモンつける気なんじゃないだろうな〜、って……」
「キサマ、余をなんだと思っているのだ……この『どどあほ』が」
呆れた、とばかりに鼻を鳴らすハイリア。
「亜里奈は当然ながら、皆、まことに素晴らしかった。
――もちろん、神楽を見るのは初めてだが……他と比較するまでもなく、実に見事な舞いであったとも」
「? じゃあ、さっきのは……」
「……つまり、お前は気にならなかったというわけか……ふむ」
……逆に言えば、コイツにはなにか気になることがあったってことか?
しかも、神楽の出来に文句がないなら……別のことで?
「それは――」
「おーい裕真、ハイリア!
ドクトルさんから、社務所に戻れって連絡だよ!
みんな戻ってきてるから、ってさ!」
俺が問い直そうとしたそのとき、少し離れたところから……。
周囲の見物人の賑やかさに負けないようにだろう、衛が声を張り上げて俺たちを呼んだ。
それを聞きつけたハイリアは、気を抜いたように相好を崩す。
「――だ、そうだぞ?
ひとまず行くとしよう……まずは、大役を成し遂げた巫女たちを労わねばな?」
「あ、ああ……」
さっきのことは気にかかるけど……まあ、確かに場所も場所だしな。
俺たちの変身後の活動に関係あることなら、おいそれとは話せないか。
それでも、急を要するようなものなら伝えてくるだろうし……そうじゃないってことなら、あとで家に帰ってから聞けば良いだろう――。
そう思い直して、俺もハイリアと衛たちの方へ向かう。
――そう、まずは……。
女子のみんなへ、お疲れさまの一言と、あれだけのものを見せてくれたことへのお礼が先――だもんな……!