第185話 いざ神社! いざ祭り! いざ巫女さん!
「あ、お兄――ハイリアさんも。
……明日の夕方5時、〈北宿八幡宮〉に集合だから。忘れないでね」
――それは、昨夜の夕食後のこと。
俺たち全員分のお茶を淹れてくれた亜里奈が、席に戻るや、いきなりそんなことを言ったのだ。
「北宿の……八幡さんか? なんでまた――」
当然、どういうことかと問い直そうとして……はたと思い至る。
……そう言えば、あの神社の夏祭りって……他よりも早かったよな。
「ああ……夏祭りに連れてけってことか? 別に構わねーけど……。
けどそうなると、タンスの奥に仕舞い込んだ去年の浴衣、引っ張りださなきゃなんねーな……」
さすがに今回は急な話でムリだとしても……後日、別の夏祭りに鈴守を誘うことを考えると、今のうちに浴衣用意しとくのもアリだよな。
……とか、思ってたら――。
「んー……多分、浴衣まで用意する余裕はないと思うから、普段着でいいよ。
逆ならともかく、お兄だけ浴衣ってのは……イマイチ絵にならない気がするし」
むしろ、『夏祭りなんだから浴衣ぐらい着れば?』とか言いそうな亜里奈が、そんな真逆の意見で、俺の考えをあっさり一蹴してしまった。
「なんだ亜里奈、せっかくの夏祭りなのにお前、浴衣着ないのか?」
浴衣が無い……ってわけじゃないだろう。
この夏に着るように――って、ばっちゃんが、亜里奈だけじゃなく、アガシーの分の浴衣も用意してくれてたからな。
で、2人ともノリノリでお礼言ってたし……着たくないってことでもないと思うんだけど。
「まあ……ちょっとね。
あたしもアガシーも、今回は浴衣はナシかな」
「またの機会のお楽しみ、ってやつですねー」
「ふーん……そうなのか」
うーん……?
着るのは、ここぞというときに、ってことなのか?
てっきり、『機会があれば当然着る!』――ぐらい、前のめりだと思ったんだけど。
「あ――でも、お兄?
お兄は普段着って言っても、ちゃんとしたのを着なきゃだよ?
……くれぐれも、部屋着の延長みたいなだらしない格好で出てきちゃダメだからねっ?」
「わ、わーってるよ……」
いや、そりゃ一応俺も、そこまでテキトーな格好で行くつもりはなかったけどさ。
……まったく、お年頃の妹ってのは色々と難しいなあ……。
――と、いうわけで……今日、7月23日、夏休み4日目。
どうやら、亜里奈とアガシーは約束の時間まで他の用事があるらしいので……。
俺とハイリアは、夕方まで〈天の湯〉の手伝いをして過ごした後――。
自転車で行ける距離ではあるものの、祭りとなれば置く場所もなさそうだからと、徒歩と電車で指定の神社――〈北宿八幡宮〉へとやって来た。
ここの夏祭りに来るのは久しぶりだけど……。
近付くにつれて、浴衣を着た人とか、家族連れとかが増えてきて……今でも結構盛況なのが分かる。
「ふむ、なかなかの賑わいだな……その神社は、大きなものだったりするのか?」
「いや、神社自体はそれほどでもねーかな。
ただ、歴史は古いみたいで、祭りとなると……ほら、こうしてわりと盛り上がるんだ」
もの珍しげなハイリアに、俺は沿道のお店を示しながら説明する。
――駅からこちら、いわば参道沿いの大抵のお店が、軒先にちょっとした露店を出したりしていた。
それがまた、いかにもお祭りって雰囲気だ。
「……なるほど……これは面白い」
「ああ、あと……ここの祭りは『神楽舞い』が一つの目玉だったりするかな」
「ほう……確か、神に奉納する巫女の舞いのこと……だったか」
「そうそう、専用の神楽殿なんかもあってさ。
――あ〜……もしかしたら亜里奈のやつ、それが見たかった――いや、アガシーに見せたかったとか、そういうことなのかも」
そんな憶測を話しながら、少しずつ密度が増していく露店の数々を目で追いながら、参道を進む。
……しかし、うーん……。
ハイリアのヤツが、興味深そうにしてるのも悪い気はしないけど……。
そうだなあ、やっぱり……。
ここは、浴衣姿の鈴守と露店巡り――とかが良かったなあ……なんて。
「――フッ、おスズでなくて悪かったな?」
そんな、俺の心情を見抜いたようなハイリアの一言に――。
「こっちこそ、亜里奈じゃなくて悪かったな?」
俺も皮肉を込めて返し――そして、ニヤリと笑い合う。
――そのときだ。
「お、や〜っぱりだ……!
――その身長に銀髪、すーぐハイリアって分かったぜ!」
聞き覚えがありすぎる声が、背後から聞こえたかと思うと……。
見覚えのありすぎる連中が、俺たちの方へと駆け寄ってきた。
「……よう――って、なんだ、まるまる昨日のメンツじゃねーか」
そう、イタダキに衛に……テンテンを肩に乗っけた武尊と、凛太郎まで。
――そこには奇しくも、昨日の〈勇者軍〉と〈魔王軍〉が勢揃いしていた。
「で……お前らも祭りに来たのか? 揃って?」
「いや、っつーか……オレ様は見晴に呼ばれてンだよ」
「僕は、おキヌさんに号令をかけられてね」
「オレと凛太郎は、軍曹からなんだ。
とにかく5時に来い!……ってさー」
イタダキたちの答えに、俺とハイリアは思わず顔を見合わせる。
……なんだ、どーゆーことだ?
亜里奈と一緒だったアガシーが絡んでる以上、偶然――ってことはないよな……?
女子は女子で、何人か固まってるってことか?
いやでも、挙がった名前の中に、いわばイベント魔のおキヌさんがいたのが気にかかるが……。
「――ハッ!? これは……アレだな! 間違いねえ!
女子たちが、オレ様へのおもてなしとして、みんなで巫女さんに変身ってイベントで……!」
「アホか。しかもお前個人向け、かつ、おもてなしとか……。
どんだけ都合良い夢見てるんダッキー……」
「ダッキー言うな!……ってか、神社でイベントとかそれしかねーだろ!」
イタダキのザンネン過ぎる妄想にツッコミつつ、行けば分かると、境内に繋がる石段の下まで辿り着いた俺たちを迎えたのは――予想外の人物だった。
「――よお、来たな、男子諸君! 待っていたよ!」
そう、それは……。
スーツを颯爽と着こなした、ドクトルさんだったのだ。
「さあ、こっちだ――案内しよう!」
俺たちが何かを問う間もなく、先に立ったドクトルさんは石段を――やっぱりどう見ても60歳とは思えない軽快な足取りで上り始める。
一瞬俺たちは顔を見合わせるも……仕方なく、その後に続いた。
「……なあ、師匠。
あのおばちゃん、たまに〈天の湯〉でアリーナーと楽しそうに話し込んでる人だよな?」
「ああ。おばちゃん……っつーか、『おばあちゃん』だけどな。
――俺の彼女の」
武尊の問いに、苦笑混じりに答えてやると……案の定、「マジでっ!?」と驚く。
「う、うちのかーちゃんより若いと思った……」
「しかも元女子プロレスラーで、研究者で、多分……お金持ちだ」
いやまあ、ドクトルさんに、特別お金持ちっぽいところはないんだけど……。
なんせ、海外で特許いくつか取ったって言ってたもんな……無いわけないよなー……お金。
「な、なにそれ、マジで!? スッゲえぇ〜〜ッ!」
「はっはっは! 実は、残念ながらそれほどでもないんだがね」
俺たちの会話が聞こえていたのか、ドクトルさんは肩越しに笑顔で振り返る。
「……信用のおける慈善団体への寄付やら、いろいろな研究の費用やら、ジムの運営費やらで、大半が消えるからねえ……とりあえず食うには困らない程度の、小金持ちってところか。
――ま、そんなわけだから、遺産には期待しないでくれよ、赤宮くん?」
「い――いやいや、俺、そんなつもりで言ったんじゃないですって!」
反射的に、大慌てで否定する俺に……ドクトルさんは、豪気な大笑いで応えた。
「すまんすまん、ちょっと意地悪だったか!
大丈夫だよ、キミがそんな人間じゃないことぐらいは承知してるさ!
――いや、しかしキミは……もう千紗と結婚出来る気でいるのかい?」
「ぅええっ!? あ、いや、その……っ!」
「はははははっ! いや、これも意地悪だったな、すまない!
――しかし、本当に、キミをからかうのはこれぐらいにしておかないとな……。
あとで千紗に知れたら、アタシが本気で怒られる」
結構怖いんだこれが、と、大ゲサに肩をすくめてみせるドクトルさん。
……まったくもって、この人の冗談は心臓に悪ィよ……。
いや、でも――。
こうやって冗談にしてもらえるだけ、認められてるってことなのかな……。
――そんなやり取りをしながら、後をついていくと……。
やがて、境内に入ったところで、ドクトルさんは拝殿へ向かう方から脇に逸れる。
祭りの熱気に背を向け、喧噪を離れて進んだその先にあるのは――社務所だ。
なんでまた社務所なんかに――と、思ったその瞬間。
「さあ、本番までまだ時間あるし、ちょっとお散歩しようじゃないですか!」
入り口の引き戸を開けて、ぴょんと勢いよく、金髪の巫女さんが飛び出してきて――って。
――金髪の巫女さん?
……ってか、いやいや、コイツは――ッ!
「あ、アガシぃ〜っ!?
お、お前、なにそのカッコ――!」
「……おおう?
おっ、来ましたね~、兄サマがた!」
俺の素っ頓狂な声に反応した、巫女さんなアガシーがくるりとこちらを振り返る。
さらに、その間に――。
「あ、お散歩ぉ〜、わったしもぉ〜!」
「ちょ、ちょっとアガシー、見晴ちゃん!
あんまり動き回って装束汚したりしたらどうするの――!」
続けて……見晴ちゃんが、そして亜里奈が。
社務所から駆け出してきた。
――みんなして……ちゃんと、巫女さんの格好で。
「――って、お兄!? ハイリアさんっ!?」
「あ、お兄ちゃんたち~、やほ〜」
驚く俺たち――いや、ハイリアは至って冷静に「ほう」などと宣ってやがるし、凛太郎はいつも通りだが――とにかく、概ねはビックリして言葉をなくす俺たちの前に。
「……お、ついに赤みゃんたちが来たのかい――?」
今度は満を持して、やはり巫女さんのおキヌさんまでが威厳たっぷりに現れた――。
……と思ったら、玄関口で裾踏んで豪快にコケた。
「ぶみゃっ!」
「あ〜あ〜、もう、なにしてるんだか……」
さらにその後から、同じく巫女さんの沢口さんが出てきて……おキヌさんを抱き起こす。
……って、おいおい、コレはマジで……!
「……ほらな!? どーよ!
オレ様の言った通り、巫女祭りじゃねーか!」
「お、おう……そうな……」
いつもなら、鬱陶しいと一蹴しただろうイタダキのドヤ顔にも、他のことに気を取られている俺は素直にうなずくばかり。
いや、だって……ここまで来たら、つまり……!
「あ! ほれほれラッキー、センパイたち来てるよ!」
「ちょ、押さないでってば美汐――!」
次に出てきたのは、メガネの巫女さん――って、おお、白城か!
それと、もう1人は……。
白城とよく一緒にいる、友達の子の――確か、塩花だ。
これで……なんと、総勢7人。
みんな、それぞれ可愛かったり、凜々しかったりと……思わず見とれてしまうほどに、雰囲気のある巫女さんだ。
そう、身内の亜里奈やアガシーでさえ、感嘆の息がもれるぐらいに。
だから……俺は、期待せずにいられない。
もう1人。一番見たいもう1人を……。
「……ほらほらー、赤みゃんが息するの忘れて待ってるぞー?
そうやって恥ずかしがってるうちに窒息しちまうぞー?
オンナはどきょーだ、腹ぁくくって出てこい――おスズちゃん!」
社務所を振り返ってのおキヌさんの呼びかけに、俺は心臓が跳ねるのを感じた。
そして――
「う、うん……っ!」
……俺はホントに、一瞬、息を忘れた。
恥ずかしそうに、頬を赤らめて玄関口に出てきた巫女さん姿の鈴守は……もうどうしようもなく、可愛かった。
いや、ただ可愛いばかりじゃなくて――。
本当に、似合っていた。
そして、それが……。
ビックリするぐらい巫女さんの格好が自然なのが、ただ雰囲気と合ってるからってだけじゃなく。
両親の下を離れ、広隅へやって来た理由――。
神事と関係あるっていう『家業』を、ずっと一生懸命頑張ってきたからなんだろうな――って、そう思うと……。
俺は、本当にその姿を……。
鈴守らしくてキレイだな、って――心から感じずにはいられなかった。