第184話 勇者も魔法少女も、だからイコールに出来なくて
「これで――おしまいっ!」
霊力を込めた〈織舌〉を振るって、最後の〈呪疫〉を討ち祓う。
――今回現れた〈呪疫〉は3体だけ。
それも近場やったこともあって、ウチは他の誰かが来る前に、1人で祓い終えた。
あの魔剣の騒動のときとか、この前のハルモニアとの戦いに比べたら、あっさりしたもんやけど……。
明日は神楽の本番なんやし、ゆっくりさせてほしかったなあ……もう。
………………。
……神楽舞い、かあ……。
そのための練習をヒミツでやってたこともあって、ここんところ、赤宮くんと逢えてへんねんなあ……。
言うても、ほんの3日ほどやけど……それに、明日には逢えるんやけど……。
逢えたはずやのに逢われへんかったんは、やっぱりちょっとツラいっていうか……。
――逢いたい、な……。
「おっと……なんだ、もう片付いちまったのか」
「――えっ?」
ウチの心の声に、当の赤宮くんが反応してくれたみたいに感じて……反射的に振り返る。
でも、そこに現れたんは、もちろん赤宮くんやなくて――クローリヒト。
やのに、ウチは――。
赤宮くん違うのに、ウチは……。
なんか、嬉しいような気持ちに……なってる……?
「よう、シルキーベル……お前と会うのは小学校での戦闘のとき以来――か。
何か、久しぶりに感じるな」
「そ、そう――ですね。
10日ぶりぐらい……でしょうかっ」
なんでこんな気持ちに――って……そう、そうやん!
この間、ハルモニアが現れたときは、クローリヒトは出てこなくて……。
それで、もしかしたら何かあったんかな、って……。
こうやって戦いがあるときは、しょっちゅう顔を合わせてたから、珍しくて、つい心配――してもうて。
クローリヒトも……根っこは、そんな悪い人やないと思うから。
うん、やから……。
悪い目に遭うたりするんは、ウチもやっぱり気分悪いから……。
やから、こうやって元気そうな姿を見て、ちょっとホッとしたって――。
そう! それだけのことやん……うん!
「……? なんだ、調子が悪いのか? ケガでも――」
「な、なんでもありません、大丈夫です!」
クローリヒトが一歩近付くのに合わせて、反射的にウチは同じだけ退がってしまう。
それで、改めて、一回深呼吸してから……向き直った。
「あ、あなたこそ……この間は見かけなかったけど、大丈夫だったんですか。
クローナハトは、何でもないって言ってました、けど……!」
「ん? あ、ああ……別に、ちょっとした用事があっただけだ。
――なんだ、その……心配、してくれたのか?」
「す、少しだけ――少しだけです!」
ウチは……自分でも思う以上に強い声を出してた。
それは、むしろ――クローリヒトに、っていうよりも。
……自分に、言い聞かせるみたいで――。
「じゃ、じゃあ、わたしはこれで……っ!」
ウチは慌てて、その場に背を向けて……夜空に飛び上がってた。
……なんやろう、ふっと、赤宮くんに逢いたいって想いを、そのままクローリヒトに重ねてもうてるみたいな気がして……!
確かに、ちょっと似たところのある2人やけど……。
けど、そんなん、どっちにも――。
赤宮くんはもちろん、クローリヒトにも……失礼やんか……!
「……っ! っ!」
――ウチは何度も、頭を振った。
そう……これは。
これは、ただ、クローリヒトを心配する気持ちと、赤宮くんに逢いたいって気持ちが、ヘンな形でごっちゃになってもうただけなんや、って。
そんな風に――納得して。
「うん……そうやん、明日は間違いなく、逢えるんやし……!
やから、その気持ちが先走っただけで――」
余計なこと考えるぐらいやったら、明日のことに集中せな――。
人気の無い空き地に降り立って、変身を解いたウチは……。
そう思い直して――でも、まだ何かモヤモヤして。
「…………」
まるで、助けを求めるみたいに――。
ポーチから、スマホを取り出してた。
* * *
「……〜っ……!」
飛び去っていくシルキーベルをただ見送り……気配を感じなくなったところで変身を解いた俺は。
何とも言えない心持ちで……言葉にもならないヘンなうめきをもらしていた。
……一瞬、多分――いや間違いなく。
嬉しい、って……思っちまった。
ちょっと久しぶりにシルキーベルに逢ったことが――元気そうなことが。
あと、俺を少しでも心配してくれていたらしいことが。
……いや、それ自体は別に間違ってもないし、悪いことでもないだろう。
確かに俺たちは敵対してるけど、少なくとも俺は、彼女は本来マジメで優しい子だと思ってて――。
まあ、そのマジメさゆえにぶつかり合うことになってるんだろうけど……だからこそ、出来れば戦いたくはないんだし。
……そんな風に、憎んだり嫌ったりするどころか、好意的に認めてる人間のことなんだから。
元気でいることも、こっちを心配されたりすることも……嬉しいと思って、間違っちゃいないはずだ。
間違っちゃいないはず…………なんだけど。
「……でも…………俺は」
半ば無意識に、歩道脇の柵の上に、どっかと腰を下ろす。
……俺は……。
鈴守に逢いたいって気持ちを、シルキーベルに重ねてやしなかったか……?
そんなことない、そんなわけないって思いつつ……。
でも、そうだったかも知れないって気持ちが――拭いきれない。
「もし、そうだとしたら……俺、最低じゃねーか……」
似てるところがあるからって、シルキーベルに鈴守を重ねて、逢いたいって気持ちを満足させるとか――。
勝手に他人を重ねられるシルキーベルに対しても、もちろん鈴守に対しても……失礼だ。
――失礼で、最低だ。
当然、そうじゃないって思ってる、思ってるけど……!
「ああ、くっそ……こンの、大バカヤロー……ッ!」
俺は思わず――自分のヒザに、ガツンと額を叩き付ける。
ヒザと額、どっちも、鬼人族ぐらいは余裕でオトせる一撃だ。もちろん痛い。
しかも、こんなことしてどうにかなるわけでもないのに……本当に大バカだ。
俺が好きな、たった1人は……鈴守千紗、彼女だけなのに。
「……鈴守……」
最低なことを考えた――って、そう決まったわけじゃないけど。
でも、そんな可能性があるって時点で……なんだか居たたまれなくて。
明確に説明なんて出来ないけど、謝らなきゃいけないんじゃないか――。
そんなことを考えながら、スマホを取り出した瞬間。
「……えっ……」
――まるでその瞬間を待っていたように……スマホは、鈴守からの着信を告げた。
「えっと……! も、もしもしっ?」
頭にあった罪悪感のせいか、ほんの一瞬、ためらって……でもすぐに俺は電話に出る。
『あ――赤宮くん……っ? うん、赤宮くんや――っ』
「あ、ああ、うん、俺だけど……どうかした……?」
電話口に聞こえる鈴守の声が、妙にホッとしたような、喜ぶような――普段と調子が違うことに、つい、何かあったのかと心配になるけど……。
『あ、ううん! ご、ゴメンな、赤宮くんの声、聞きたくて……。
ほんで、こうやって聞けたら、その……思った以上に安心、して……!』
「――そ、そっか!
あ、いや、こっちこそ……うん。良かった。
良かったよ……えっと、鈴守の声が……聞けて、さ」
安心した、という言葉通りの鈴守の声音に……。
同じく俺も、ホッと安堵していた。
……なぜなら今の俺は、さっきよりもずっと、本当に――嬉しくて、穏やかな気持ちになってたから。
だから、やっぱり俺が好きなのは……逢いたいのは、鈴守だけで。
シルキーベルに面影を重ねようとしてたんじゃないんだ、って……あれはカン違いだって……。
今度こそ、心にわだかまってたものを、切って捨てられたから。
『……なんか、ウチら……同じような反応してる?』
くすくすって、控えめな鈴守の笑い声に――
「……みたいだ」
気付けば俺も、釣られて笑みをこぼしていた。
* * *
「……今日は……このあたり、か」
――夜中。
興味のあった深夜枠の映画を見終えた僕は、寝る前の散歩がてら、コンビニに向かおうとして……。
〈霊脈〉の要となるポイントが近いことに気付いて、ちょっと寄り道をしていた。
「……そう言えば、グライファンを〈霊脈〉に沈めたときも……コンビニに行く途中だったっけ」
――あれは確か、僕の部屋で鍋パーティーをした後だった。
今よりは……もう少し遅い時間に……。
そう、目を覚ました裕真とちょっと話して、それで……。
「……〈勇者軍〉……か」
そのときの裕真との会話を思い出し、ネタ的に勇者って呼ばれてる裕真が、本当に勇者に相応しいような考えでいることを思い出し――。
そして、それらの絡み合った上に、今日の昼間のことを思い出す。
思想からして勇者らしい裕真、なんだかんだで真っ直ぐな勇者気質の武尊、そして――
……真に〈勇者〉たる、僕。
別にそうなるように細工したわけでもないのに、本当に〈勇者軍〉になったのは、面白い偶然だな……って、つい、頬が緩む。
「――さて、じゃあ僕も、改めてこの世界でも〈勇者〉であるために……為すべきことを為そうかな」
小さな月極駐車場の一角、僕は――僕とともにある、異世界のものだけを好きに出し入れ出来る、いわば〈異次元アイテム袋〉から……穢れに満ちた呪いの剣を一振り取り出し、〈霊脈〉へと沈める。
前回のグライファンの騒動で、下手に意志を持つようなものは使うべきじゃないと学んだから、今回は普通の――というのもおかしな話だけど、さしたる特徴もない、どこの世界で拾ったかもイマイチ覚えがない呪いの剣だ。
何か使い道があるかと、このテの装備も一応アイテム袋に眠らせていたわけだけど……まさかこうやって、ゲーム的に言えばラスボスになる〈世壊呪〉を覚醒させる役に立つなんて――ね。
実際、それまでにどれだけの数が必要かは分からないけど……。
とりあえずってだけでしまいこんでいた呪いの装備なら、結構な数がある。
さすがに〈霊脈〉そのものを破壊する恐れもあるから、それを一度にいくつも沈めるようなマネはしない方がいいだろうけど……。
きっと、数そのものは充分すぎるぐらいのはずだ――。
「…………ん?」
――そうして、これまで何度かやって来たように、今回も呪いの剣で〈霊脈〉の汚染を終えた僕だけど……。
なにか、これまでと――。
そう、いわば『感触』が違った気がして、つい首を傾げる。
……なんだろう……これまでよりも、妙にスムーズだったっていうか……。
まるで、『吸い込まれた』ような……?
「……ふーん……?」
それが何だったのか、仮説はいくつか立てられるけど、結局はまだデータ不足。
推測の域を出ない。
そもそも、まだ『違和感』という程度のものだし。
とりあえずはあまり気にせず、このまま続けていくのがいいかな――。
そう結論付けた僕は、きびすを返し、改めてふらりと、コンビニへの道に足を向ける。
そうして、良く晴れた夜空を見上げながら。
今日は――いや今日も、みんなと良く遊んだなあって、思いながら。
そんなみんなと、この世界を守るためにも。
そうして僕が、〈勇者〉として、真の強さを得るためにも――。
「……この夏休み中に、ケリをつけたいところだね……」
決意を新たにする僕は。
ギュッと……無意識に、拳を握り直していた。