第182話 八者八様に変身する乙女たちの、きっと麗しい一幕
――神楽特訓最終日の今日、3日目。
一応、通しで最後まで舞い切ることが出来るようになったあたしたちは……。
本番に向けて、ついに巫女さんの格好をすることになったのだった。
初日に会議をした、社務所の畳敷きの部屋で、あたしたちそれぞれに装束が渡されて……早速着付けを教えてもらう。
ちなみに、教えてくれるのは、ドクトルさんと……千紗さんだ。
千紗さんのお母さんは、もともと神社の人で、ドクトルさんの息子さん――つまりは千紗さんのお父さんと結婚するまで、ずっと本業の巫女さんをやってたみたい。
だから千紗さん、神楽も経験あるし、巫女装束にも詳しいんだね――納得。
「装束も一応神聖なもんやから、みんな、丁寧に扱ってな?
『投げない』『置かない』『跨がない』って3原則があるぐらいで」
「それ、どーゆー意味なんですか、センパイ?」
「あ、うん……。
『投げない』は決して脱ぎ捨てない。
『置かない』は脱いだらすぐ丁寧に畳む。
あと、『跨がない』はそのまま、神様に対して失礼になるから、跨いだりしてもあかん――っていうこと」
「……だってさ。聞いた、アガシー?
あなたが家でパジャマとか制服とかにやってるようなことは、ゼッタイしちゃいけないんだからね?」
「え? おっかしいですねえ……どっちもいつの間にか、ちゃーんと畳まれてたり、ハンガーにかかってたりしますけど?」
きょとんとした表情で、当たり前みたいに言ってくれちゃうアガシー。
……こんにゃろ~……!
「……そ・れ・を、だーれがやってやってると思ってるんだ軍曹?
脱ぎ散らかされた服が勝手に動いてるのか? あ〜ん……?」
「しゃ、シャー! すべて閣下のおかげであります、シャー!」
あたしがギロッとにらんであげると、アガシーはあわてて背筋を伸ばす。
「――では、くれぐれも千紗さんが今言ったことを守るよーに」
「いい、イエシュ、マムっ!」
――さて。
今回あたしたちが着る装束は、いかにも巫女さんといった感じの、標準的なものだ。
ずばり、『白衣』と呼ばれる白い小袖と、その名の通り赤い袴『緋袴』。
そこにさらに、神楽を舞うときは、装飾が施された薄手の白い衣『千早』を羽織り……『前天冠』っていう、ティアラみたいな冠を頭に付けるみたい。
ちなみに、髪の毛については……本来はいろいろルールがあるみたいだけど、今回はそのまんまでいい、ってことになった。
まあ、黒髪じゃないとダメってなると、それこそ生粋の金髪のアガシーなんて、カツラ被るしかないわけだしね。
――で、肝心の着付けについては……。
下着は着けたままでいいみたいだけど、その上から、腰巻と肌襦袢――いわば和装の下着にあたるものも身に付ける必要があるから、慣れてないと結構ややこしい。
ただ、幸いにして……って言うのかな。
あたしはおばあちゃんに着物の着付けとか少し教えてもらってたから、わりとすぐに呑み込めた。
……っていうか、気付けば一番に着替え終わってた。
「あ、亜里奈ちゃん、もう着替えられたんや? さすがやなあ。
……うん……きちんと着れてるね。
亜里奈ちゃんは姿勢が良いし、何より所作がキレイから、すごい似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……!」
チェックする千紗さんが、素直な笑顔でそう言ってくれて、あたしはちょっと気恥ずかしくなる。
……でも、嬉しいは嬉しい。
それに……あらためて姿見を使って自分の姿を確認すると、ホントにちゃんと『巫女さん』になってて……ちょっとテンションが上がる。
――で、最初に着替え終わったあたしは、他のみんなの様子を見ていることにした。
見晴ちゃんは……うん、予想通りの可愛い感じになってた。
凜としたイメージ……は、あんまりないけど、その分優しくニコニコ、ほんわかしてて、参拝客との距離が近そうな巫女さん。
売店の売り子さんとか、すごく似合いそう。
美汐さんは……ちょっとチャラっとした感じの人だけど、実は結構姿勢も良いし、背も高い方だから、見晴ちゃんとは逆に、凜とした巫女さんだ。
……まあ、早速スマホで自撮りしたりしてるあたり、いかにもバイトの巫女さんって感じだけど。
でも、それがイイ具合に気安さに繋がってるかなあ。
話してみると、見た目ほどチャラい感じでもなくて、親切で面白いお姉さんだし。
凜とした……っていうと、ウタさんはまさにそれ。
スタイルもいいし、落ち着いてるし、一番のお姉さんって感じだ。
……まあ、落ち着いてて控えめなのは、本人によると目立たないためらしいけど……。
確か、モブが一番――なんだっけ。
人前で神楽を舞うとか、モブとしては本来遠慮するところなんだけど――って、タメ息混じりに言ってたなあ。
あ、そう言えばこの中で『一番のお姉さん』なのは……実はおキヌさんなんだっけ。
かわいらしい見た目とか、ウタさんにからかわれたときの子供みたいな反応とかはそれっぽくないけど……。
巫女装束に身を包んで、キリッとした表情をすると……かわいいばかりじゃなくて、こう、カッコイイ感じもある。
体育祭のときとか、結構ハチャメチャなことやってたけど……逆に言えばそんな型破りな人だからこそ、こういう身を引き締めるような服が似合ったりするのかも。
うん、でも、まあ……。
早速、裾を踏んづけてコケたりしてるところは、やっぱりちょっとかわいい。
……で、うちの妹分、アガシーはっていうと……。
うん、分かりきってたことだけど――ビックリするぐらい似合ってた。
本来なら巫女さんにあるまじき金髪も、この子だと、それが正しいんだって有無を言わさないような説得力に変わる。
……もう、黙って真剣な表情をしていると、かわいいとかいうレベルじゃない。
そもそもが〈聖霊〉だからなのか……ひたすら神秘的で、美しい。
「ほらアリナ、どーです!?
巫女さんに二挺拳銃、相性バツグンだと思いませんか!」
リュックサックから取り出したエアガンを構えて、悦に浸るアガシー。
……うん……これがなかったらね……。
そして……千紗さんの相手役を務める、白城さんは。
うん、メガネの印象でちょっと目立ちにくいけど、素顔はバッチリ美人さんだし……似合わないことはないって分かってたけど……。
あらためて見てみると――メガネを外したその姿は、予想以上に似合っていてビックリした。
なんだろう……服に合わせてうまく気持ちを切り換えてるのかも知れないけど、雰囲気そのものも着替えてる、とでも言うか……。
まるで、まさに『変身』でもしてるみたい。
で、単に気を引き締めてるってだけじゃなくて、いかにもこうしたものを着慣れてる感じもするっていうか……。
あ、もしかしたら――。
子供の頃から家の手伝いでウェイトレスさんしてたみたいだから、仕事着になったらスイッチが入る――っていうのが、自然で上手いのかも。
「あ〜、やっぱりメガネ無いとゼンっゼン見えないよ……。
――あ、ゴメンなさいおキヌセンパイ、そこのわたしの荷物からメガネ取ってもらっていいですか?」
「――え?」
「……ぅおい後輩ちゃん、またやりやがったなテメー!
それは亜里奈ちゃんだっ!
よりによってこの中で一番小柄な子を選ぶとか、良い度胸してるじゃねーかチクショー!」
「ごご、ゴメンナサイっ!」
『また』ってことは、以前にもあったんだ、こんなやり取り……。
「もう……おキヌちゃん、それはそれで亜里奈ちゃんに失礼ちゃうん?」
そう言って、おキヌさんをなだめながら前に出てきた千紗さんを見て――あたしは目を見開いた。
あたしたちみんなの着付けを手伝ってから、最後に着替えた千紗さんは……。
なんて言うか――ホンモノだ、と思った。
似合うとか似合わないじゃない、これしかない、っていう感じ。
すごく自然なんだけど……それだけに。
白城さんと同じく、そのまとう空気――雰囲気からして、磨き上げられてるようなイメージが際立つ。
それが、その優しい表情と相まって……凜として清楚で……本当に綺麗だって感じた。
しかも、この格好で、優美に神楽を舞うんだから――。
これは……うん、お兄、魂抜けちゃうね……間違いなく。
あたしは、「すまん妹ちゃん、悪気はなかったんだー!」って手を合わせて頭を下げてくるおキヌさんに、ゼンゼン気にしてないって伝えながら――そんなことを考えていた。
そうして――
「――よし、いいね、みんな似合ってるじゃないか!
じゃあ、早速このまま練習といこうか!」
ドクトルさんが号令をかけるのに合わせて、みんな続々と部屋を出て行く――んだけど。
「お、おうっ!?
――ちょちょ、ちょっと待って下さい、強引に追加装備したホルスターが〜!」
「……もう、なにやってるの……。
あ、大丈夫です、すぐに追いかけるから先に行ってて下さい!」
姿見の前で、二挺拳銃を使ったカッコイイポーズとかやってたアガシーが、緋袴の上から着けたベルトをあわてて外そうとするのを……。
みんなには先に行ってもらって、タメ息混じりに手伝ってあげる。
この子がエアガンを常備してるのは、『いざってときのため』らしいから、それをやめろとは言えないわけだけど……。
…………。
……いざってとき、か……。
「ねえ、アガシー。
もしかして、この神楽……なにか引っかかることでもあるの?」
ちょうど誰もいないタイミングだし――。
あたしは、前から気になってたそのことを聞いてみる。
するとアガシーは、エアガンとホルスターをしまいながら、ちょっと考えて……答えてくれた。
「引っかかるって言うか……。
――ねえアリナ、この神楽のお話……何かに似ていると思いませんか?」
お話、って……。
悪い儀式で溜まった穢れが、世の中に害を為そうとするのを、巫女さんが祓う――ってだけの……。
それだけの……――って。
――世の中に、害を為す、穢れ――?
「! まさか……」
フッと、1つの考えが浮かんだ。
普通に昔話としてありそうなお話だったから、気にしなかったけど――!
「……ええ、そうです。
わたしもありがちな昔話かとも思いましたけど……。
ドクトルばーさんは確かに言いました、『これは広隅固有のもの』だって。
だから――」
アガシーは手の中、最後にしまおうとしていたエアガンを――
指に引っ掛け、ひゅんっと回した。
「このお話、実は――。
〈世壊呪〉のことなんじゃないか、って思うんです」