第181話 三人で姦しいのだから、八乙女はひたすらに賑やか
――夏休み3日目……つまりは、神楽の特訓も3日目。
この3日間、神社での練習だけじゃなくて、家にいる間も、スマホでドクトルさんの作った動画を何度も見つつ、部屋でアガシーと復習したりもしてきて……。
早くも、明日の夕方が……本番だ。
……なので、今日は朝イチで一度、最後まで通しでやってみよう、ってことになったんだけど――。
「……あれ? アガシーちゃんは?」
社務所に荷物を置いて着替え、神楽殿に集まったのは――7人。
あの一番目立つ金髪聖霊だけがまだだった。
……ちなみに、神楽舞いの練習なんだけど、みんなの格好は……あたしたち小学生が体操服、高校生の人たちはジャージと、普通の動きやすい服装だ。
――っていうか、実は、まだ巫女さんの格好はしたことがなかったりする。
あんまり詳しくは知らないけど、練習とかでおいそれと着替えたりしちゃいけないのかも。
ううん、そんなことより――
「あたし、ちょっと呼んできます!」
――せっかくみんなやる気になってるのに、年少のあたしたちが水を差すわけにはいかない。
なんとなく心当たりがあるあたしは、手を挙げて一言断りを入れてから、そちら――社務所の裏手の方へと走った。
そっちには、蔵みたいな――宝物殿と呼ぶには小さいけど、多分そういった感じの……この神社にとって大事なものをしまってるんだろう建物がある。
アガシーは前から、そこを興味津々に見に行っては、宮司さんにいろいろ質問してたから、きっと今日も――。
そんな風にあたりをつけて行ってみたら……大正解。
蔵の前で、宮司さんとアガシーが楽しそうに談笑していた。
――ここの宮司さんは、実はドクトルさんとは遠い親戚で、ついでに同級生だっていう、優しいお爺さんだ。
……うん、そう、こちらはお歳通りのお爺さん。
美魔女ならぬ、美魔男(?)だったりはしない。
アガシーの、いきなりだったり失礼だったりするような物言いとか質問とかにも、ニコニコ楽しそうに笑って、丁寧に付き合ってくれる。
……なんでも、アガシーみたいないかにも外国人の、しかも若い子が、神社のこととかに興味を持ってくれてるのが嬉しいんだって。
で……やっぱりっていうか、今回も、アガシーの話に付き合ってくれてたみたい。
「……アガシー!
なにしてるの、練習始まるよ!」
「おおうっ? もうそんな時間でしたか!」
あたしは、アガシーと揃って、穏やかに手を振ってくれる宮司さんにペコリと一礼すると……すぐさま、神楽殿へと取って返す。
「もう……宮司さんだってお仕事があるんだから、邪魔しちゃダメでしょっ?」
「いや〜、ごめんなさいです。
ドクトルばーさんが言ってた、今回の神楽のもとになったっていうお話の書かれた本……。
それ、なんとか見せてもらえないかなーとか思って、親交を深めつつ、さりげなく交渉を繰り返してるんですが……」
「そんなの……学者さんとかならともかく、あたしたちみたいな小学生にはさすがに見せてくれないんじゃない?
古い本なら、それだけ貴重だろうし」
そもそも見せてもらっても読めないんじゃ――って、そこはアガシーならなんとかなるのかな。
……というか、初めてこの神楽の話を聞いたときにも思ったけど……。
アガシー、なんか妙にこだわってるなあ。
単に、この子の知的好奇心をくすぐってるってだけなのか、それとも――なにか、気にかかることがあるのか。
やっぱり、あらためて聞いてみた方がいいかも――。
まあでも、それはひとまず後回し――だね。
今はとにかく、通しの練習のことを考えて気を引き締めなきゃ……!
――で、その本番を見据えての、いわばリハーサルはどうなったかと言うと……。
あたしもこの3日間、結構頑張ってきたと思うけど――やっぱり他のみんなも、負けず劣らず、マジメに頑張ったんだろう。
そもそも経験者の千紗さんや、天才級に物覚えがいいアガシーはもちろんのこと――。
あたしに見晴ちゃん、おキヌさんにウタさん、白城さんに、白城さんの友達の美汐さん(そう呼んでって言われた)……。
みんな、目立った失敗もなく、ちゃんと一通り最後まで舞い切ることが出来たのだった。
「おお〜……素晴らしいぞ、みんな!
あとは今日一日かけて細部を詰めていけば、明日の本番はカンペキだな!」
神楽殿の外からあたしたちを見守っていたドクトルさんが、力強い拍手とともに褒めてくれる。
それでみんな、ようやく、ホッと息をついて……休憩。
思い思いに座り込み、汗を拭きつつ、ペットボトルのお茶や水で喉を潤わせる。
……それにしても……。
ホントに3日程度で出来るようになるのかな、って不安に思わなくもなかったけど……なんとかなるもんだなあ。
まあ、演劇と違ってセリフ回しは無いし、舞いといってもダンスみたいに激しくなくて、比較的ペースとしてはゆっくりめだから何とかなった……ってところもあるのかな。
もちろん、ドクトルさんがそういう風に調節もしてくれたんだろうけどね。
「いんや〜……しっかし、もうちょ〜っと全体のテンポが早かったり、動きが激しかったりしたら、足がこんがらがってコロコロ転んでるね、アタシ! 間違いなく!」
タオルで額の汗を拭いつつ、そんなことを言って笑うのは、あぐらをかいたおキヌさんだ。
対して、ウタさんが扇子で襟元をパタパタあおぎながら、呆れた様子でタメ息をつく。
「そんなコロコロ転がれるんなら、後転ぐらい出来るでしょうに。
なんであんな、『起き上がりこぼし』みたいになるんだかねー……」
「う、うっさいやい!
ありゃアタシだって一生懸命転がろうとしてるのに、身体が勝手に戻るんだい!」
首にかけていたタオルを振り回しながら、ぶーたれるおキヌさん。
…………。
マットの上で『後ろに転がろうとしては元に戻る』を何度も繰り返すおキヌさんか……。
……うん。
なんか、鮮明に想像出来るその光景のほのぼのさに、思わずほっこりしちゃった……。
「あ〜……『起き上がりこぼし』かあ。
おキヌセンパイって、重心、上に無さそうだもんなあ……」
そこへ、言っちゃいけなさそうなセリフをのんびりした調子で口にしたのは、美汐さんだ。
当然、瞬間的に反応するおキヌさん。
「――ぅおい、後輩ちゃん2号! そりゃどーゆーこった!
言うに事欠いてアレか、アタシの上半身にゃ、『こーゆー重量感』がないからってことか! ああんっ!?」
「……はいはい、さり気なく人の胸に手を突っ込もうとしない」
ウタさんが、畳んだ扇子で胸元に伸びるおキヌさんの手をパシンと叩いた。
「うーむ……後転しようとして元に戻る……?
どういうことなんでしょうアリナ、後転ってこれですよね?」
言って、ひょいと軽々その場でバク宙してみせるアガシー。
「……戻りようがないと思うんですが……」
いやアガシー、そんな真顔で言われても。
「うん、それ、微妙に違うからね……」
「――おキヌ、今のアガシーちゃん、見た?
アンタの問題はレベルが低すぎたみたいだよ……」
「ふ、甘いなウタちゃん……。
バク宙ぐらいこなせるってんだよ………………おスズちゃんは!」
「え。そこでウチに振るんっ!?
――ていうか、やらへんからねっ?」
…………。
出来ない、じゃないんだ……さすが千紗さん。
「ちぇ~っ、なんだよぅ~。
ここはビシッと、小学生たちに我ら高校生の威厳ってやつをだな〜……」
「いや、そのチャチな対抗意識がそもそもお子ちゃまでしょーよ」
「ち、違わいっ! お子ちゃまってゆーな、ちっちゃいだけだ!
――いんや、ちっちゃいのも今だけだーっ!」
あ、おキヌさんがまたジタバタしてる。
――基本、なにかと頼りになるアネゴ肌だけど……ウタさん相手だと結構キャラ崩壊するんだなあ……。
「……で、結局、後転しようとして戻るって、どういうことなんでしょう?」
「アガシーちゃんアガシーちゃん、それ、後ろでんぐり返しのことだよ〜?
ほらほら、こーやってね〜…………えいっ」
――ごっちん!
「い、い〜だ〜い〜……」
「ちょっ、見晴ちゃん、大丈夫っ? スゴい音したよっ!?」
アガシーに実例を見せようとした見晴ちゃんは、豪快に後頭部を木の床で打ち付けて……コロコロと、どこかのどかに悶える。
それをいち早く救助してくれたのは、白城さんだ。
ちなみに見晴ちゃんは、白城さんに頭ナデナデしてもらって、あっさりと復活していた。
「いやはや……さすが、お年頃女子が8人も揃うと、姦しいどころじゃなく、圧巻の賑やかさだねえ……」
ふと視線をあたしたちの輪の外に向けると……そこでは、ドクトルさんが苦笑いしていた。
――そしてそうかと思うと、大きく手を叩いてあたしたちの注意を引く。
「――さて、みんな!
神楽は一通り形になったことだし、今日はこれから本番に向けて……いよいよ、その装いから引き締めていくとしようか!」
「え、それって――」
「……ああ、そうだ。
実際に動くとなると、やっぱり慣れておく必要もあるからね。
――というわけで……今からみんな、巫女装束に着替えてもらうよ!」