第180話 男子どもの、男子どもによる、夏休みの過ごし方
――夏休み3日目。
その過ごし方についての、心の底からの希望を言えば――近所の公園でまったりするだけでもいいから、鈴守と一緒にいたい俺だけど……。
ここ数日は鈴守に予定があるとのことで、そうもいかず。
夜にちょっと電話するぐらいでガマンして――。
結局、初日は武尊たちの修行の付き合い、昨日の日曜日は家の手伝いと部屋に籠もってのゲーム三昧で過ごしていた。
で、今日もすでに昼前だが……ベッドの上で何をするでもなく、ゴーロゴロ。
……まあ、ハッキリ言って平和だ――鈴守と逢えずにいることを除けば。
――いや、こういうダラ〜っとした生活も、いかにも俺が望んでいた普通の高校生っぽい過ごし方だし、実際、満喫してるわけだけど……。
いかんせん、春からこっち……アルタメアで大冒険して、帰ってきたらきたで〈世壊呪〉を巡る戦いに巻き込まれて……と。
ずっと何かしら忙しくしてたせいか、こうのんびりしてると、妙な罪悪感めいたものを感じなくもない。
それなら宿題でもやってろって話になりそうだが……それはそれだ。
そう――なにせ勇者は、追い込まれてからが本領発揮だからな!
……って、亜里奈の前ではとても言えないセリフだけど。怒られるし。
――まあ、でも、アレだ……。
宿題なら、鈴守に時間が出来たら、図書館とかで一緒にやればいいのさ!
うん、鈴守って、ゼッタイ図書館の雰囲気に似合うと思うしな!
いかにも知的な文学少女っぽく、図書館に映える鈴守の姿……。
それを見ていれば、俺もやる気がみなぎって、宿題もバリバリガンガン進んで――!
………………。
……なワケねーよな。
雑誌裏のアヤしい広告じゃあるまいし。
大体、ンな状況になったら絶対、鈴守に見とれて宿題なんざ手に付かないに決まってる!
――ああ、大いに自信があるね!
でもそれじゃ、鈴守にも怒られるな……。
いやしかし、それはそれで、そんな表情がまた可愛らしくてたまらんと言うか……。
「……って、真っ昼間からゴロゴロしつつ何を妄想してるんだ俺は……」
ベッドの上で大の字になりながら、ニヤけていた顔をぐにぐにとほぐしつつ……思わずタメ息をつく。
――枕元のスマホが鳴ったのは、そんなときだった。
もしかして鈴守!?……と、期待を込めて手に取るも、表示された相手は――。
「……お〜、来た来た」
〈天の湯〉の前まで出てくると……そこには、俺を呼び出した連中が待っていた。
それは、涼しげな服装で日傘を差した鈴守――なんかじゃ、もちろんなくて。
毎度おなじみの野郎ども……イタダキと衛である。
さらに遅れて、俺の後ろからはハイリアもやって来る。
最近、めっきり和装にハマってる感じのハイリアだが……今日は薄手のジャケットを基調にした、ラフな洋装だ。
しかしラフと言えば、同じような格好の衛や、Tシャツにジーパンの俺とイタダキも同レベルのハズなのに……。
なんか、いかにもワンランク差を付けられてるように感じるのは、やっぱりイケメン補正ってやつなんだろうか……。
……まあ、それはさておき。
イタダキが、わざわざ俺たちを呼び出した理由はと言えば……。
「おう、これから〈嵐運動・斬〉にでも行こーぜ!」
……と、いうことらしい。
――さて、〈嵐運動・斬〉というのは……。
ボーリング場を基本に、様々なスポーツを手軽に楽しめる設備のほか、ゲーセンやらカラオケやらのアレコレも備えた、いわば複合アミューズメント施設ってやつだ。
学割が利くし、何でもあるしで……俺たちみたいな高校生が遊びに行くにはもってこいの場所である。
「ほう……それは、どういうところなのだ?」
「ああ、ハイリア、行ったことないんだ?
ほら、テレビでもCMやってると思うけど――」
首を傾げるハイリアに、衛が丁寧に説明してくれる。
「……で、おキヌさんとかとも待ち合わせだったりするのか?」
一方で、俺がイタダキに尋ねると……ヤツは「いんや?」と首を振る。
「一応、いつものヤツらには声をかけたんだけどな……女子勢はみんなして用事がある、ってよ。
じゃあ見晴でも連れてってやるかと思ったけど、こっちもなんか約束があるみたいでな」
「ああ……それ、うちの妹たちじゃないか?
亜里奈とアガシーも朝から出かけてったからなあ」
「ふーん……案外、おキヌたちとも一緒になって女子会でもやってんじゃね?」
「まあ、無い、とは言い切れねーけど……それならそれでそう言うだろ」
「――おっ!
おーい、ししょーっ! リアニキーっ!」
俺たちが話してると……。
そんな元気な声とともに、通りの方から誰かが駆け寄ってきた。
……テンテンを頭に乗っけた武尊と、凛太郎のコンビだ。
「ん、武尊?
……って言うか、ししょー? リアニキ?」
衛が武尊から視線を移し、俺とハイリアの顔を見比べて……頭上に疑問符を浮かべる。
「え? ああ――」
……そりゃまあ、従弟がいきなりこんな呼び方してりゃ気になるよな。
でも、さすがにここで『ヒーローの師匠やってます』なんてことは言えないので――。
「この間、遊びに来たときにレトロゲームに付き合ってたら、なんか俺たち2人、尊敬されちまってさ。
武尊なりの敬意を込めて、師匠にリアニキ、って――な?」
そんな風に適当にそれっぽいことを答えながら、武尊の方に視線を向ける。
まさか、バカ正直な反応したりしないだろうな……と、ちょっと心配したものの――。
頭の回転そのものは速い武尊は、俺の意図を察したらしく……。
「おう!」と、勢いよくうなずいていた。
「師匠は、オレたちが知らねーようなレトロゲーもいっぱい知ってるしさ!
リアニキは、とにかくゲームうめーしさ!
……2人とも、スゲーからな!」
合わせて、隣で凛太郎もこくこくとうなずく。
「ああ、そう言えば裕真のお父さん、筋金入りのレトロゲーマーだって言ってたっけ」
「そうなんだよ。ま、そのせいで俺も、そっちの方にはわりと詳しくてなー。
ハイリアも同じく、父さんのゲームに付き合ってるうちに、あの運動神経と学習能力がもれなくレトロゲームの上達に向けられちまった……ってわけで」
特に疑問に思う様子もなく衛が納得してくれたことに、ひとまず内心胸を撫で下ろす。
別に呼び方が変わったからって、すぐにどうにかなるってわけでもないだろうけど……やっぱり、身内に妙に思われたりするのは極力避けた方がいいだろうしな。
……まあ、とりあえずは問題にならなかったようで、結果オーライってとこか。
「……で、武尊。
こうやって師匠扱いしてる裕真のとこまで来るってことは――。
『修行だ』とか言って、遊ぶのに付き合ってもらってたりするんじゃないの?」
おお……さすが衛、お見事。
従弟のことがよく分かってるなあ。
いやまあ、一応は、ホントに修行ではあるんだけど……。
「ま、まあね〜……へへっ」
はにかむ武尊。
それを見て、衛はふう、と小さく一つタメ息をつく。
「まったく、しょうがないな……。
――裕真、もし武尊が迷惑をかけるようなことがあったら、いつでも僕に言って。
僕の方から、叔母さんに報告するからさ」
「まあ、大丈夫とは思うけど……一応、分かった。
――にしても、仲良いよなあ、お前ら」
「お互い一人っ子だからかもね。従兄弟ってより弟みたいなものだし。
……でも、それを言うなら裕真、キミのところだって再従兄弟だけど、ホントの兄妹みたいだろ?」
武尊の頭を適当にくしゃくしゃと撫でながらの衛の言葉に――。
俺はハイリアと視線を交わし、苦笑する。
「……確かにな」
「――お、そうだ!
……なあ、お前ら、裕真んトコに遊びに来たってことは、ヒマなんだろ?
これからオレたちと一緒に〈嵐運動・斬〉に行こーぜ!」
割り込んできたイタダキがそう提案すると、武尊と凛太郎は顔を見合わせた。
「――え、一緒に行っていいのっ!?」
「おう、構やしねーよ。人数多い方が面白いじゃねーか。
――お前らだって、別にいいよな?」
「俺もその気だったしな」
「もちろん、僕もいいよ」
「うむ。よかろう」
こちらを振り返るイタダキに、俺たちは三者三様で賛成する。
「でも、お金ない。あんまり」
一方、凛太郎がちょっと残念そう(多分)に、半ズボンのポケットを叩くが……。
イタダキが、何言ってるんだ、といった顔で手を振った。
「あん? チビどもがンなこと気にすんじゃねーよ。
――コイツらの分は、オレら4人で分割負担だ、それも構わねーよな?」
……イタダキの提案に再度、俺たちは思い思いに了承の意志を見せる。
「だけどイタダキ、そこはお前、頂点に立つオトコとしては『オレ様に全部任せとけ!』じゃねーのかよ?」
「フッ……甘えぜ裕真。
優しいオレ様は、たまには頂点たるオレ様と違ってザンネンで低標高のお前らにも、この頂点からの景色ってやつを拝ませてやろうと思ったのさ……!」
「……あ〜……分かった分かった、そーゆーことにしといてやるよ」
俺は、降参、とばかりに両手を挙げて……。
イタダキへのそれ以上のツッコミはやめておくことにする。
俺たちの懐具合なんて、みんな似たようなモンなんだし……。
ここであんまり『カネがない』的なやり取りをし過ぎると、武尊と凛太郎が気にしちまうかも知れないからな。
「――ぃよっし、ンじゃ、さっさと行こうぜ!
このまま立ち話してても、あっちーだけだからな!」
「へいへい。……高稲の方だよな?」
「なんでもあるっつったらあそこだろ。
――さーて、行ったらなにすっかな……!」
そうして、駅に向かって賑やかに動き出す俺たち6人。
――そんな中、俺はなんとなく、最後尾につくハイリアの隣に並ぶ。
「……顔、ニヤけてるぞ?」
「そうか?
まあ、仕方あるまい。事実、楽しみだからな」
実際は、ニヤけて……にはほど遠い、いかにもさわやかで自然な笑みを浮かべたまま、ハイリアは俺の指摘を素直に認める。
「そういや、お前、このテの場所に行くのは初めてだったか」
ハイリアとは、亜里奈たちも連れての買い物でショッピングモールとかには行ったが……アミューズメント施設ってのは、家族・友人どちらともまだ行ってなかったな。
「ゆえに楽しみなのだ。
――せっかく『こちら』へ来たのだ、ならではのものを堪能せねば――な」
「なら、ちょうどいいじゃねーか。
今は夏休みなんだ……アレもコレもと堪能する時間はめいっぱいあるぜ?」
釣られて、つい俺も頬を緩める。
そうして、前を行く連中も楽しそうに話しているのを見ていると。
鈴守と逢えないのは残念だけど――。
それとはまた関係なく、俄然、俺も気分が盛り上がってくる。
「よっし……!
ひさびさに『勝負』といくか? ハイリア!」
「ほう……良かろう、受けて立ってやる」
……そうして、俺たちが不敵に笑い合っていると――それを聞きつけた他のヤツらも混ざってきて。
「お? なんだなんだ、夏休み初めにして、早くも勇者と魔王の最終決戦勃発か?」
「いいね、面白いね。
――じゃ、今日はなにをやるにしろ、勇者軍と魔王軍に分かれてのチーム戦にする?」
「え、なにそれ!
はいはいっ、んじゃオレ、ゼッタイ勇者軍っ!」
「忠勤に励むのみ……どちらでも」
まだ駅にもついてないのに――。
俺たちはそんな風に、バカみたいに盛り上がり始めるのだった。