第179話 集いし八乙女、明かされる神楽の真実!?……的な何か
来る夏祭りで、神楽を舞う――。
そのために集められた、あたしたち小学生も含む女子8人は……あらためて、社務所の畳敷きの一室でドクトルさんの説明を受けることになった。
「いや〜、なんかワクワクしますね、アリナ!」
「そりゃあ、あなたは見た目も物覚えもいいから、そうだろうけどさ……」
他の人たちはどうか知らないけど、あたしは基本的に裏方気質って言うか、こういう表立って舞台に立つようなことがニガテだ。
だから、どうしようってちょっと困惑してたんだけど――。
「……最初にキッパリ言っとくが、あんまり難しく考えないでほしいんだ」
そんなあたしの不安を見透かし、なだめるように……。
ドクトルさんは、穏やかな表情でそう切り出した。
「もっと全国的に有名な神社の神楽でも、地元の小学生が舞ったりすることもあるんだからね。
どうしても、神楽って名前から、難しくて大変そうなイメージを抱きがちかも知れないが……そこまで厳格なものばかりじゃないんだよ。
特に、今回やってもらう神楽については、神事だからカンペキにこなさなきゃいけないんじゃないか……とか、そんな心配はしなくていい。
コンセプトとしては、神サマと参拝客に楽しんでもらおうってものだからね。
多少動きがズレようが、間違えようが、ま、ご愛嬌ってやつさ。
だから、緊張しすぎるぐらいなら、こっちもいっそ開き直って、楽しんでくれればいいんだよ――。
乙女として神楽を舞うなんて、人生でそうそう無いんだから、貴重な経験と割り切ってね!」
強い声で言い切って、ドクトルさんは豪快に(オトコ前に、とも言う)笑う。
……さすが、って言うか……。
その言葉を聞いて、その笑顔を見てると――不安そのものが消えるわけじゃないけど、ホントに大丈夫な気になってくるからスゴい。
でも、まあ、そうだよね……。
たった数日で、素人が本格的な神楽をカンペキに舞うなんて、出来るわけないし……。
「ただ、手を抜くのはダメだぞ。やるからには一生懸命に。
その上で間違えたり失敗したりは愛嬌で済むが、やる気がなくて適当なのはそれだけで見る人を不快にさせるからね。
――まあ、みんなならその辺り問題ないと信じているが、一応……な?」
そう続けて、笑顔のままさりげなく拳の骨を鳴らすドクトルさん。
うん、これは……適当にやってたら沈められるね。マットに。
まあでも、この8人はそもそもがドクトルさんの人選なんだろうし、そんな心配もいらないと思うけど。
「……で、だ。今回みんなにやってもらうのは、出雲流とか呼ばれたりもする、演劇的な側面をもった神楽だ。神話をなぞらえたりするような類のものだな。
――ちなみにだが、この中で……うちの千紗以外に、神楽舞いを経験したことのある子はいるかい?」
ドクトルさんのその問いには、みんな思い思いに首を横に振っていた。
……そう言えば、千紗さん、そもそも家業で何らかの神事をこなさなきゃいけないから、関西から広隅に来たんだ――って、お兄も言ってたっけ。
やっぱり神楽の経験もあるんだ……。
うん、家業の話を聞いてなかったとしても、イメージ通りっていうか……なんか納得。
巫女さんの衣装とかめちゃくちゃ似合いそうだし。
でも、経験者がいるって思うと……また安心出来るかな。
しかもそれが千紗さんなら、なおさら、ね。
――それから。
ドクトルさんは、実際にあたしたちが舞う神楽の説明のために……。
部屋にあったテレビにパソコンを繋いで、動画を流しながら解説してくれた。
ただこの動画っていうのが、てっきりこれまでの神楽を録画したものだと思ってたら……。
なんと、CGを使ったムービーだった!
そう、最近のゲームのイベントシーンみたいな、クオリティの高い……!
「……ああ、これかい?
今回の神楽舞いは一種のオリジナルだから、それに合わせて作ったんだよ。
うちのジムの練習生たちに実践してもらって、それを録画するってテもあったけど……マッチョなヤローどもの舞いなんて見たくないだろう? イメージもしにくいだろうしさ。
……なんで、まあ、CGのモデリングはフリー素材のやつとか借りてきて……それを調整して組み合わせ、動きを付けて、CGムービーにしてみたわけだ。
時間もなかったし、ちょっとやっつけ仕事だけどねえ」
呆然とするあたしたちに向かって、サラリと言うけど……。
画面の中のアニメ調のキャラクターたちは、神楽囃子――って言うんだったかな、笛や太鼓の音に合わせて、リアリティのある質感をもった、滑らかな動きをしていて……とてもやっつけ仕事なんかには見えない。
……っていうか、あたしたちへの説明用――なんてレベルじゃなくて、もう、これだけで一つの動画作品だ。
さすがドクトルさん……なんていうか、スゴすぎる……。
――そんなクオリティの動画だったから、結局あたしたちは、それが説明用だってことも忘れて、1周まるまる見入っちゃって……。
ドクトルさんの説明を聞ける余裕が出来たのは、2周目からだった。
……で、その説明によると……。
この神楽は、古くから伝わる説話をもとにしたものみたい。
――各地で行われる悪い儀式の影響で、穢れが世に満ち、大きな災いを為そうとするのを、巫女が祓い清めて事なきを得る……。
大まかに言えば、そんなお話。
まあ、神楽の題材として珍しいかどうかまでは分からないけど、お話としては、わりとどこにでもありそうな感じで、分かりやすい。
もっと、色んな知識とか理解が必要な、小難しい題材だと思ってたから……こんなところでも、ちょっとホッとした。
アガシーなんて、こういう分かりやすいの特に好きなんじゃないかなあ――って、隣を見ると……。
「………………」
……なんだろう。
てっきり、目をキラキラさせてるって予想してたんだけど……。
アガシーの顔は、いつになく真剣で――。
そしてそうかと思うと、それを覆い隠すみたいに、一転して……にこやかに手を挙げる。
「――はいはーい! 質問でーす!
このお話って、広隅特有の昔話なんですか?
それとも、日本の神話とかなんですかっ?」
「ん? なんだ、アガシーちゃんは神話とか昔話に興味があるのかい?」
「ええ、そりゃもう、ロマンですからねっ!
……そこへ近代兵器を持ち込んだらどーなるかとか、モーソーするのがまた最高なんですよ〜、ぐへへ……。
――闇夜に紛れて忍び寄り、敵の喉笛を食い破る最強のアサシン、イヌ!
――上空より偵察と測量を行うキジとコンビを組み、樹上から一撃必殺を狙う百発百中のスナイパー、サル!
そして――無敵の強化外骨格に身を包み、高周波ブレードで敵を両断する、もはや鬼を超えた鬼神、桃太郎!
……とか何とか!」
………………。
いや、それ、イヌは一切兵器使ってないし、桃太郎に至ってはむしろSFだから。
いきなり何を言い出すのやら、と呆れるあたしに比べて……みんな結構ウケていた。
もちろん、ドクトルさんも含めて。
「はっはっは! いいねえ、面白い発想だねえ!
強化外骨格に高周波ブレードとか、ロマンだよなあ……。
基礎理論なら以前組み上げたハズだし、今度ヒマがあったら実際に作ってみようかねえ……」
「おばあちゃん、論点ズレてるよ……」
「ん? おお、すまんすまん!
――えー、このお話のもとがどこにあるのか、って話だったね。
実は、ここ、北宿八幡宮は歴史が古い神社で、昔の書物なんかも結構残っててね……その中から見つけたものをベースにしてるんだよ。
一応、やっぱりここで行う神楽なんだから、もとにするのもこの神社縁のお話の方がいいだろうと思ってね。
だからまあ、言うなれば、これは広隅のどマイナーな昔話ってことになるかな」
「ほほほう〜……。なるほどなるほど〜。
――ありがとーございます、勉強になったであります!」
しゅたっ、と敬礼するアガシー。
……まったく、いったい何が聞きたかったんだか……。
…………。
うん、この子のことだから、ホントにただ聞きたかっただけって可能性もあるけど……。
一瞬見せたあの真剣な顔は、それだけじゃないような――?
うーん……。
まあ、なにか大事なことだったら、また教えてくれるかな……。
「……そいでドクトルさん、細かいキャスティングはどーするんです?」
アガシーの話が一段落ついたのを見計らったのか、次にそんな質問を出したのはおキヌさんだ。
キャスティングも何も、みんなして巫女さんやるだけなんじゃ――って思って、すぐ、おキヌさんの言わんとしてることに気が付いた。
――そう。
この神楽、お話がベースになってるから、全員が同じ動きをする、ってわけじゃないんだ。
……もちろん、完全に『演劇』をやるんじゃなくて、あくまで舞いだから……動画を見た感じ、みんなで揃って同じように動くところは結構多いんだけど。
それでも、明確に違う役割の舞い手が2人、いた。
多分、最終的に穢れを祓い清める『巫女』の役だろう2人。
クライマックスで、争うように、調和するように、対になって舞い合う――主役の2人が。
特に、この2人を誰がやるのか……ってことなんだ、おキヌさんが言いたいのは。
「……正直、これが1人なら、経験者のおスズちゃんで決定して終わりでしょーけど……。
これ、どう見たってもう1人、中心になる舞い手がいりますもんね?」
「うむ、おキヌちゃんの言う通りだ。
……まあ、その辺どうするかは、みんなで相談して決めてくれて構わんぞ?」
任せる、と言わんばかりのドクトルさんの態度を受けて――
「はーい、了解でっす!
――つーことで、1人目はおスズちゃんでいいとして……もう1人はどうするよ皆の衆?」
進行役を引き継ぐみたいな形で、おキヌさんがあらためて、あたしたちみんなの方を向いて座り直した。
「べ、別に、ウチもやらんでええねんけど……」
「いーや、そりゃダメだ。一番デキるヤツが中央張らんでどーするかね。
……そもそも誰か、1人はおスズちゃんであることに異議があったりするかい?」
おキヌさんの問いかけに、みんなして思い思いに首を横に振る。
……まあ、そりゃそうだよね……。
「ほい、ご覧の通り満場一致で決定な。
――で、問題のもう1人は……」
「それこそおキヌ、アンタがやればいいんじゃないの?
おスズとおキヌの町娘ーズ、ってことで」
「……なに言ってんだよウタちゃん、アタシの運動神経、知ってるだろ……?」
「そりゃね。
逆上がり出来ない、ハードル全倒し、幅跳び踏み切れない、ボール蹴れない、バットに振られる、砲丸に潰される、跳び箱飛べない、後転出来ない――」
「い、いちいち並べ立てるんじゃないやいっ!」
畳を両手でばんばん叩くおキヌさん。
……かわいい……とか言ったら怒られるかな。
「ええい、そんなことより役決めだ役決め!
……ほれ、誰ぞおらぬのか!
おスズちゃんとともに、最も注目を集める主役をやってやろうって勇者はっ!」
…………?
今、おキヌさん……チラッと一瞬、誰かに目配せした……?
あれは――
「じゃ、じゃあ、わたしやりますっ! やってみたいです!」
その視線を追うのと、それが示していた人――。
白城さんが、力強く手を挙げるのは……ほとんど同時だった。
――それからは。
本番まであまり日もないってことで、早速、あたしたちは夕方まで、神楽を奉納する舞台――神楽殿で、みっちりと練習することになった。
ちなみに、もう1人の主役は、立候補した白城さんですんなり決まった。
もしかしたら、アガシーなんか『やりたい』って言い出すんじゃないかと思ったけど……。
なんか、『脇から主役が霞むほどの輝きを放ってこそスタアです!』……だとかで、特に執着はないみたい。
まあ、ホントに主役を食おうとヘンなコトするようなら、全力で止めるけどね。物理的に。
……ともあれ、そうして……。
知り合いの男どもには、本番で驚かせるべく絶対ナイショって盟約を交わし――。
あたしたち女子8人の、ヒミツの特訓が幕を開けたのだった。