第178話 それは声なき声、勇者に突きつけられる宿題か
「……っらあっ! 烈風閃光疾風けーーんっ!」
光の刃を伸ばした宝剣で、高速の突きを繰り出してくる武尊――もとい、烈風鳥人ティエンオー。
――だがそれは、疲れのせいか、あまりに考えのない……良く言えばまっすぐ、悪く言えば雑な攻めだった。
俺は見え見えのその一撃を寸前でかわしざま、宝剣を狙って叩き落とし――返す刃で、胴を薙ぎ払う。
くぐもった呻きを上げて、吹っ飛んだ武尊は――さすがに限界が来たんだろう、受け身も取れず、そのまま背中から地面に転がった。
「いっででで〜……」
「……ここまで、だな。
残念ながら、今日も俺への有効打はナシってわけだ」
「ちっきしょー……まだダメかぁ〜……」
俺の完全勝利宣言に、倒れたまま悔しがる武尊。
「お前はそもそものセンスは良いんだが……今日はちょっと集中を欠いたな。
特に、疲れてからの動きが雑だった。
まあ、気持ちは分かるが……疲れてるとき、追い込まれてるときこそ、ますます冷静に、歯ぁ食いしばって踏ん張らないとな。
――それが、ヒーローってやつだろ?」
俺は武尊の手を取り、起き上がらせてやる。
その間に、武尊はティエンオーとしての変身を解いた。
そして――
「あ、ありがとうございましたぁ〜……!」
ダメージそのものはそれほどでもないはずだが、さすがに疲労があるんだろう、フラフラしながらも……律儀に深々と頭を下げる。
で、そのまま、ヒザに手を突いて荒い息を整えていた。
「おう、なかなか殊勝じゃないか。
……やっぱりそういうところ、衛が剣道やってた影響か?
そう教えられたとか?」
「衛兄ちゃんが、っつーか……。
――あれ? 師匠、知らないんだっけ? 衛兄ちゃんの家、剣道の道場やってんだよ。
で、じいちゃんが先生で……すっげー厳しくて、すっげー強えんだ!」
「へえ……そうなのか」
……つまり、むしろ祖父さんの影響ってわけか。
衛が剣道強かったってのも、そんな祖父さんに鍛えられたから――なんだろうな。
「あ~……オレも、じいちゃんに剣道習っとけば良かったかなあ……」
「でも、衛だって強いんだろ?
自主練もしてるんなら、衛に教えてもらったらどうだ?」
事前に、ヒマなときは素振りとかしてる、と聞いていた俺は、そう提案するが……。
武尊は、さして考えることもなく――うつむけた首を横に振った。
「ん~……やめとく。
やっぱり衛兄ちゃん、あんまり剣道のこと話したりしたくないみたいだしさ」
「…………。
そっか、それならしょうがないな」
……衛のヤツ……基本的に社交的だけど、逆に、だからこそっていうか――。
思うことがあっても、誰かに打ち明けたりせず、一人で溜め込んで悩みそうなところがあるからな……。
前、体育祭の打ち上げの――うちの風呂で話を聞いたときは、そこまで深刻そうでもなかったんだが……。
今度機会があったら、その辺、また改めてちょっと聞いてみるか。
本当に話したくないようならムリには聞けないけど……話すだけでラクになるって面もあるだろうし。
……やっぱり、放っとけないもんな。
「……ところで師匠、それ――変身、解かねーの?
呪いで体力減っていく……とかじゃなかった?」
「ん? ああ……ちょっと、な」
武尊の問いに、俺は曖昧な答えを返す。
――というか、曖昧な答えしか返せない。
先日、ハイリアに言われたこと――この、もとは謎の魔剣士の装備だった〈クローリヒト変身セット〉の呪気が、純粋な悪意ではなく、『希望』の裏返しのようなもので……。
それだけに、その『呪気を祓える』可能性があるのでは、という説。
それを信じて、なにかしてみようとは思うものの……。
そもそも何をしたらいいかが分からないので、とりあえず体力のギリギリまで装備したまま、精神集中でもしてみるつもりなのだった。
そう……たとえるなら、対話でもするような心持ちで。
「……さて、と。それはともかくとして……」
――俺は視線を、縁側で見学していた凛太郎の方に向ける。
やっぱりというか、相変わらず無表情な凛太郎だが……。
微妙に前のめりになってるような気がするのは、やっぱり俺たちの模擬戦に、男子として多少なりと盛り上がったから……だろうか?
それとも、気のせい?
「おおっ!? 凛太郎、『だいこーふん』って感じだな!
だよな〜、やっぱ師匠のスッゲー強さ見てっと、アツくなるよな〜!」
「……んっ。コーフン、大」
武尊の言葉に、縁側に腰掛けたまま両手足を広げて『大』を表現しつつ、コクコクうなずく凛太郎。
……あ、やっぱり興奮してたのか。
――ってか、武尊のヤツ、良く分かるな……さすが付き合いが長いだけある。
「……じゃあ凛太郎、俺たちの戦い――というか、俺が魔法を使うのを見ていて、どうだった?
魔力――そう、見えないチカラの流れ、みたいなもの……感じ取れたか?」
「……ん〜……」
俺が問うと凛太郎は、ことんと首を傾げる。
「そこはかとなく、そうだったらいい……かも知れない?」
「…………。
つまり、あんまり分からなかった――ってことだな」
凛太郎ならもしかしたら……とも思ったが、さすがに、いきなり見ただけで『魔力』の流れを認識するってのは無茶な話か。
だけどそれでも、何かしら引っかかるものを感じたとするなら、充分優秀だと言えるだろう。
それこそ、ハイリアぐらいの巧者が教えれば、すぐにでもコツを掴みそうだな。
「まあ大丈夫だ、最初に言ったように気にしなくていい。
いくら何でも、いきなりはムリ――」
「でも、聞こえた。『声』っぽいの」
「…………は?」
凛太郎が平然と言ってのけた奇妙な言い回しに……俺は思わずヘンな声を出してしまう。
……なんだ? 『声』って……。
「ん。――コレ」
俺が困惑してるのに気付いたのか、トコトコと近寄ってきた凛太郎は――。
俺の身体を、ちょんちょん突っついた。
「コレ――って、まさか、この防具? 〈クローリヒト変身セット〉……?」
「……ん。聞こえた。
泣いてる――みたいな。
欲しがる――みたいな。
憧れる――みたいな。
……そんな、多分、『声』。
〈勇者〉って言ってた…………かも知れない」
「……マジか……」
……俺はもちろんのこと、これの呪気の性質に気付いたハイリアでさえ、そんなものは聞いていないのだ。
だが、凛太郎はウソや冗談を言っている感じじゃない。
どう判断したものかと考えていると……テンテンが、俺の肩に飛んできた。
《……凛太郎が、儂らの念話を聞き取れたのは、高い魔力の素養を持つからだと思っておったが……。
あるいはこやつ、そもそもそういう『体質』なのではないか?》
「体質、って……」
《『声なき声を聞く』……つまりは一種の〈巫覡〉としての特異な才能があるというか。
単に魔力が高いだけではない、っつーことじゃな》
「……マジか……」
俺はさっきと同じセリフをバカみたいに繰り返しつつ……改めて、凛太郎と目を合わせる。
「……なあ、凛太郎。
これまでにも、こういう……普通の人には聞こえてないような『声』、聞いたことってあるのか?」
ん、と凛太郎は素直にうなずく。
「多分、ゆーれーの声とか。
でも、気にしないようにしてた。あんまり。
……その方がいいって、おじいさまが」
「――うっそ、マジでっ!?
オレ、ゼンっゼン気付かなかったよ……!
でも、さっすが凛太郎!
スッゲーよなぁ、かーっけえぇ〜っ!」
武尊が目をキラキラさせながら、凛太郎の前で大はしゃぎする。
凛太郎はやっぱりいつもの調子で、「ん」とうなずいているが――。
心なし、嬉しそうにも見えた。
――それから。
汗もかいたんだし、うちの風呂入ってサッパリしていけって、小銭を渡して武尊たちを帰らせた俺は……。
1人、その場に残り……変身したまま、どっかと地べたに座り込んでいた。
――結局あの後、凛太郎に改めて尋ねてみても、この呪われた防具について、先に聞いた以上のことは聞けないようだった。
だけど、そうした『声』が実際にあるっていうのは、俺にとって大きな手掛かりだ。
残念ながら、その後ずっと、それを意識してみても、俺にはまったく聞こえなかったけど……。
方向性が見えたのだから、根気よく続けていれば、いずれは何か掴めるだろう。
それにしても――
「……〈勇者〉っていう声……か」
凛太郎が口にした、そのセリフから思い出されるのは……。
この装備に身を固めていた、ハイリアによれば実は魔族ではなかったという――それでも、何度も俺の前に立ちはだかってきた、あの謎の魔剣士だ。
ヤツは、ほとんど何も話さなかったが――唯一、〈勇者〉という単語だけは、はっきりと確かに口にしていた。
それは、恨みがましいような、憎しみの籠もったものだったけど……改めて、ハイリアの解釈や凛太郎の言葉を聞いた今だと、何かを求めるような、願うような――そんな響きもあったような気もしてくる。
……そう言えば、ようやく倒したとき、この装備だけを残して、中身がまるっきり消滅していたのは……。
そのときは、そういう実体の無い魔族で、さっさと逃げたからだと思ってたけど。
もしかしたら……そもそも初めから、中身なんてなくて。
この装備そのものが動いていただけなのかも知れない。
そう……籠もりに籠もった、『希望』の裏返しだっていう呪気によって。
そして――もう1つ。
以前、テンテンが指摘してくれた、本来の〈創世の剣〉としてのガヴァナードについては……。
なるほど、意識してチカラを引き出そうとすると――どこまでも深く、底が見えないような……そんなイメージを今回、感じ取れた。
――ちなみに、もしかしたらグライファンのように意志があるかと思って、凛太郎に聞いてみたけど、こっちの方からは『声』は聞こえなかったらしい。
使う者を『選ぶ』以上、意志が無いってことはないだろうが……明確な意識ってのはないのか、それとも、ただ黙っているだけなのか――。
とにかく、感じ取ったイメージからすれば、ガヴァナードは確かにこのままでも、俺の予想をはるかに超える、途方もないチカラを秘めていそうなんだが……。
なにせそれは、はっきり把握出来ないほどのものだ。
やろうと思えば、その一部を引き出すぐらいはすぐにでも何とかなりそうなものの、それを上手く制御出来るかと言えば……正直、分からない。
少なくとも、武尊を相手にしての模擬戦で、おいそれと試すわけにはいかないだろう。
もう少し、俺自身が慣れてからでないと……危なすぎる。
「……しっかし……」
そもそもの〈世壊呪〉さえ、はっきりと分からないことだらけなのに。
それを巡る戦いに決着がついたわけでもないのに。
装備のことも……こうして糸口は見えたものの。
なんだかそれは、アルタメアで勇者やったときからの宿題のようにも感じられて……。
「――って、ああ……。
学校の宿題だってあるんだよなあ……」
さらに、絶望的なことを思い出してしまった俺は。
そのままごろりと大の字になって、まだまだ陽の高い夏空を見上げ――
「夏休みになっても、やっぱりお変わりなく前途多難ってやつか……」
分かりきったことを、ついグチってしまうのだった。