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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
14章 そして幕を開ける、勇者にとって一番長い夏休み
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第176話 純喫茶〈常春〉、看板ネコとともに営業中



「ふう……今日は結構忙しかったんじゃない?」



 ――この〈常春(トコハル)〉も、なんだかんだで一応は飲食店。


 お昼どきは、近所で働いてる人とかがやって来るから、ピークらしいものもあったりする。


 ……もちろん、駅近くにあるような定食屋さんとか、商業ビルの中の専門店とかに比べたら、ゼンゼン大したことないんだろうけど。



 まあ、基本、昼間はわたしは学校で、お父さんが1人で切り盛りしてるわけだから、あんまり忙しくても回らなくなるだけで……それぐらいでいいとも思う。


 一応、黒井(くろい)くんなんかは料理も出来るし、手伝えるときは手伝ってくれるものの……あちらも身分は大学生、いつもいつもってわけにはいかないしね。



 ――でもって今日は、夏休みに入ったことだし、わたしも張り切って朝から店のお手伝いだった。



 ようやく昼のお客さんもはけて、一息ついたわけだけど……予想よりも忙しかったなあ、とか思ってたら。



「……そうか? 今日はマシな方だったと思うぞ。

 (めい)、『向こう』に行ってる間に、なまったんじゃないか?」



 お父さんは洗い物をしながら、苦笑混じりにそんなことを言う。



「げ……そうなのっ?

 一応、向こうにいるときでも、カフェの女給さんとか、お店の店員さんとか、お屋敷のメイドさんとか……。

 お仕事の感覚は忘れないように、多少はバイトもしてたんだけどなあ」



 まあ……〈ティラティウム(向こう)〉は魔法が当たり前の世界だったから、当然いろいろと勝手は違うんだけど……。



 うーん……物心ついたときからこなしてきた、この〈常春〉のウェイトレスとしての腕がなまってるとしたら、ちょっとショックかも……。




「うむうむ、しかし勤労は良きこと、素晴らしきことではないかお嬢。

 額に汗して働きまくるその姿に、ワガハイ、胸打たれまくり〜」




 ――店の奥、お客さんの邪魔にならない場所に設えられた台(先日、器用な黒井くんがブツブツ言いながら作ってくれた)の上で、アクビしながらそんなことをのたまってくれちゃうのは……キャリコだ。


 ……あ、どこで誰が聞いてるか分からないし、一応、普段使いの名前ぐらいは別に用意しておこうってことで……今はその名も『キャラメル』だけど。



 この子は茶色い部分が多めな三毛猫だし、それがいかにもキャラメルっぽい色だから、わたしがそう名付けた。


 そもそもの『キャリコ』も、単に『三毛猫』って意味で、通称みたいなものだしね。



 ちなみに、キャリコの本当の名前、真名(まな)は――。



 知っているのは誓約を結んだわたしだけで……そしてそんなわたしでも、滅多なことじゃ呼ぶわけにはいかなかったりする。




 ……それはさておき。


 キャリコは、こちらの世界に来てまだ数日だって言うのに、早くもお店の中を我が物顔で闊歩するから、イヤがるお客さんがいたら立ち入り禁止にしてやろう、とか思ったものの……。



 〈獣神の王〉としての、そのプライドはどこにやった――って呆れちゃうぐらい見事な、いかにもネコっぽい甘えっぷり&気まぐれっぷりを発揮して。


 常連さんはもちろん、初めてのお客さんにもたちまち人気を博し……しっかりうちのマスコットとしての地位を確立してしまっていた。




 ……で――。


 本人はきっと、ありがたーいお言葉――とか思ってるだろう、勤労を讃える一言を頂戴したわたしは。


 ツカツカと、キャリコ――ならぬ看板ネコ『キャラメル』に近付くと、そのごリッパなおヒゲを、抜けない程度に左右にぐいぐい引っ張ってあげる。



「……そ。勤労は尊いんだよ〜、『キャラメル』ぅ?

 だ・か・ら、次に戦うときはちゃーんとしっかり勤労してね〜……っ?」


「わ、ワガハイ、ちゃんと働きまくりっ!

 …………推定給料分ぐらいは」



 もちろん、この場合の給料っていうのは、ごはんやおやつのグレードのことだ。



「そんなこと言ってると、歩合制にするからね?

 しかも、基本給ナシの」


「なんとぅっ!? 横暴でありまくるぞお嬢!

 ろーどーしゃの権利を守りまくるよう、ワガハイ、声を上げまくりっ!」



「そーゆーキミがそもそも、有産階級(ブルジョワジー)のお貴族サマでしょー……がっ」



 トドメに、鼻を軽く摘まみ――。


 フガフゴと、もがくさまを堪能してから解放してあげた。



 そんなわたしたちの様子に、控えめな笑い声を上げているのは……1人残ったお客(一応)、質草(しちぐさ)くんだ。



 ちなみに、このお昼の忙しい時間にいつものテーブル席を占拠されると、さすがに迷惑が過ぎるので、今はカウンターの端っこ――黒井くんの指定席に移動してもらっている。


 でも、注文は結局いつも通りの、ケチャップ多めのオムライスにコーヒーだけだ。



 ……だから、ケチャップ多めとか言うならもう一品ぐらい頼みなさいっての。



「……まったく、仲が良いですね」


「まあねー、質草くんと黒井くんぐらいにはね」



 ちょっと皮肉っぽい答えを返しながらわたしは、これまで忙しいから放っておいた、質草くんのオムライスのお皿を片付ける。



 で……そのとき気が付いた。



 場所柄、いつものようにパソコンを使ってないのは分かるけど、その代わりに、なんか古そうな、ゴツめの本をヒザの上で開いてることに。



「質草くん、それは?」


「ん? ああ……今後の講義のために、まあ、予習的なことをしておこうと思いましてね。

 ちょっと専門的な歴史書の類ですよ」



 言って質草くんは、細かい字がびっしりと書かれたその本を、チラリとこちらに見せてくれた。



 ……うっわー……さすが専門書。


 わたし別に活字嫌いでもないけど、これはちょっとキツいなー……。



 そんな風に感じたところで……同時に、ふと思い出す。




「そう言えば……お父さんのところに〈世壊呪(セカイジュ)〉の話を持ち込んだのって……質草くん、だったよね」




 ……そう。

 匿う魔獣たちが増えてきたから、地下の〈庭園〉を構成する魔術式への負担が大きくなってきてて――。


 このままだと空間を維持するのも難しくて、新しい迷い子を迎え入れるのはもちろん、そもそも今年一年保たないかも……って、お父さんが悩んでたところに。



 もっと強力で新しい魔術式の基盤に使えるんじゃないか――と。


 〈世壊呪〉について記された古書を質草くんが持ち込んだのが、春先のこと。



 ――以来、お父さんを中心に、わたしたちは〈救国魔導団(きゅうこくまどうだん)〉として活動しているわけだけど……。



「あのふっるーい本、確か〈うろおぼえ〉で見つけたんだよね?

 もっと他にも……それこそ、ズバリ〈世壊呪〉の正体について書いてあるようなヤツ、あそこに置いてないのかな?」



 〈うろおぼえ〉って言うのは、店自体が骨董品みたいに古い、こじんまりとした古書店の店名だ。



 そこは、基本的には普通の古書店なんだけど……。


 実はその裏で、魔術書とか、奇書とか呼ばれるような、そうそう世には出ない希少な本も扱ってるらしい。



 で、お父さんは、そこの店主のお爺さんとは、前のお仕事の頃――。


 西浦(にしうら)さんと一緒だった〈諸事対応課(しょじたいおうか)〉の関係で知り合って……それ以来、何かと親しくしているみたい。



「……それなら、もう三海(さんかい)さんに頼んであるんだよ」



 わたしの質問に答えたのはお父さんだった。


 ……三海さんっていうのは、〈うろおぼえ〉店主のお爺さんだ。



「もし、他に〈世壊呪〉について書かれたものが見つかったら、教えてくれるように。

 ただ……今のところ、まるで見つからないらしいがね。

 ――そもそも、質草くんが持ってきてくれた古書だって、本当に店にあったかどうかって、首を傾げるぐらい目立たないものだったらしいからなあ」



「……それ、ただ単に、店名通りに『うろおぼえ』ってだけじゃないの?」



 あのお爺さん、微妙にとぼけたところがあるからなあ……。



 わたしの発言に、「確かに」と、質草くんが笑う。



「まあ、だからと言うわけではないですが……。

 さすがに三海さんお一人では大変でしょうし、僕やおやっさんもときどき、本を探すのを手伝いに行ってるんですよ?」



「え、そうなの?

 ――なんだ、言ってくれたらわたしも手伝うのに……」



「そのお気持ちは嬉しいですけど……。

 お嬢、草書で書かれた古語とか、読めます?」



 草書って……確か、英語でいうところの筆記体みたいな、すっごい崩して書いてある字体のことだっけ?


 しかもその上……古語ぉ?



 ……質草くん……わたしの古典の点数、知ってる?



「あ〜……うん、それはムリだね……あきらめる」



「ええ、だから適材適所ということで。

 お嬢は、それ以外のところで頑張って下さいね」



 質草くんのその一言……。


 フォローなのか、微妙にバカにしてくれちゃってるのか……むむむ。




 ――カランカラン。




 ……そんな風にわたしが唸っていると、入り口のベルが鳴った。


 反射的に――いやもうホントに反射的に、笑顔で「いらっしゃいませ!」って振り返るけど……そこにいたのは。



「や! 来たよ〜、ラッキー」



 にこやかに手を挙げる、パッと見はちょっとハデめでチャラい感じの女の子。


 わたしの友達――塩花(しおばな)美汐(みしお)だった。



 ――って言うか……!



「え、もうそんな時間っ?」


「ああ、まだだいじょーぶだよ。ちょっと早めに来たからさー」



「……ん? なんだ鳴、約束があったのか?」



 お父さんが、美汐とわたしを見比べて聞いてくるのに、うなずいて答える。



「うん……ちょっとね。学校の先輩と」



 ――そう。


 数日前から、約束があったんだ……絹漉(きぬごし)センパイと。



 ちょっとしたバイトをお願いしたいから、今日の昼過ぎ、指定した場所に来てくれって。



 ……で、なんなら友達も呼んでいいってことだったので、美汐を誘って……。


 その美汐が、今、まさにこうして約束通り迎えに来てくれたってわけである。



「ッ! せせ、先輩って……鳴! まままさか、男の――」


「女の先輩だから。

 ……もう、美汐も一緒に行くのに、どーしてそうなるの」


「あ、ああうん、そうだな、そうだよな……はっはっは!」


「――あははっ!

 もう、ラッキーのおじさんてば、可愛すぎ!」



 取り繕うように笑うお父さん……の姿に、美汐も無邪気にからから笑う。



 ……ああもう、恥ずかしいなあ……。



「あ、じゃあ美汐、ちょっと用意してくるから、待っててくれる?」


「ゆっくりでいいよー。

 アタシ、キャラメルと遊んでるからさー」



 わたしに手を振って、美汐は早々に奥の台で寝転ぶキャリコのもとに向かう。


 ……美汐も、うちの看板ネコ(オスだけど)の振る舞いにしっかりダマされた人間の一人だ。



 あ、でも、美汐は昔ネコを飼ってたことがあるらしく、ネコの扱いが上手いから……。


 案外、文字通りに遊ばれているのは、キャリコの方なのかも知れないけど。



「塩花さん、アイスコーヒーとアイスティー、どっちがいいかな?」


「あ、ありがとうございまーす! じゃ、アイスティーで!」



 お父さんと美汐のやり取りを横目に、わたしはエプロンを外しつつ店から出る。



 ――途端、昼下がりの日射しと熱気が、クーラーの冷気に代わってわたしを包み込んだ。



「うわー、やっぱり暑いなあ……」



 わたしは、手をかざしつつ、恨みがましく太陽を見上げて。




『赤みゃんを諦めないなら、これをやらないテはないぞ後輩ちゃん!』




 ――って。


 絹漉センパイが、そうまで言ってわたしを誘うバイトって何なんだろう……。




 ほんの少し、そんなことを考えていた。






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― 新着の感想 ―
>もう、美汐も一緒に行くのに、どーしてそうなるの いやいやぁ~? 結構モンゲーな事をするのかもしれんぞ男女1:2で(ォィ そんで……そういう稀覯本のある店気になりますねぇ。 どういうところにあったり…
[一言] >「まあね、質草くんと黒井くんぐらいにはね」 ぶるうちいず先生「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」 キャリコのキャラに癒されまくり! そして例のバイトキターーーー!!!! ユニ…
[一言] 看板ネコ『キャラメル』が可愛いっす☆彡 歩合給に怯える雰囲気も素敵です (∩´∀`)∩~♪ 自分は学生時代はバイトしてないのでフムフムみたいな感じです (*´艸`*) 次の展開も期待ですね…
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