第172話 鈴守家の、バナナ豆乳とあれやこれやの雑談な夜
「いや、まっっったく、今夜の戦いは大変だったな!」
――お風呂上がり、リビングで。
おキヌちゃんからもらったバナナ豆乳を楽しみつつ、まったりしてたところに……。
テーブルの向かいにドカッと座り込んだおばあちゃんが、興奮冷めやらぬ、っていう感じで話しかけてきた。
……うん、まあ、大変やったんは事実やけど……。
「……なんでそんな楽しそうなん?」
ウチは、ジトーッとした目でおばあちゃんをニラむ。
……言うても、理由なんか分かってるけど。
「そりゃあ、まさか新たな『魔法少女』が出てくるなんて、夢にも思ってなかったからねぇ!」
……ほら、やっぱり。
「……どーせウチはお仕着せのニセモノですから。
そんなに気に入ったんやったら、ウチの代わりにスカウトしたらええやん」
「おっと、なんだい? もう、妬くな妬くな」
「妬いてへんし」
ウチが口尖らせても、おばあちゃんはいつも通りのどこ吹く風。
「はっはっは。そもそも、アンタが劣ってるなんて言っちゃいないだろ?
――いや、それどころか今日は良く頑張った、上手く立ち回ってたじゃないか。
もちろん、あの魔法少女について、どういうチカラを持っているのかとか、その原理はどうなっているのかとか、やはり異世界と関わりがあるのかとか、興味は尽きないが……それはそれ。
――千紗。
アンタは、春にシルキーベルとして戦い始めた頃からすれば、格段に進歩してる。
もう立派に、名実ともに魔法少女だよ……負けてやしないさ」
感慨深そうにそんなことを言いながら、ウチの手からバナナ豆乳をひょいと取って一口。
やっぱりおキヌちゃんとこの豆乳は最高だなあ、とか満足げに鼻を鳴らす。
別に、名実伴った『魔法少女』にはならんでええねんけど……労ってもらえるのは、単純に、嬉しい。
「そら、ウチも……お役目果たせるように、って頑張ってきたんやし」
「ああ。そしてそれは、確実に実を結んでるってことさね。
……千紗、アンタは本当に良くやってるよ」
「……うん」
「本心じゃ、もっと赤宮くんとイチャついてたいだろうにな」
「うん…………って、ちょ、なに言わすん!?」
「なんだ、一緒にいたくないのかい?」
「おりたいけど!
そうやなくて、言い方! い、イチャつくとか……っ!」
「ふむ。――じゃ、キャッキャウフフ?」
「おんなじようなもんやん!」
……て言うか、60のおばあちゃんが、なんちゅう言葉使うんよ……。
「……もう……。
ほんで、それはともかくおばあちゃん、能丸さんの変身スーツの修理はどうなん?
ハルモニアも出てきたし、さすがに1人で戦うんはキツいねんけど……」
「ん? ああ、それなら大丈夫だ、もうほとんど済んでるよ」
いつもの調子でそう言うて、おばあちゃんは……。
なんやろ、なんか、考え込むような仕草を見せた。
「――なあ、千紗。
改めて確認するが、能丸がやられたとき……そう、この間の小学校のときのことだ。
お前は近くにはいなかったんだよな?」
「え? うん……前にも言うたけど、結界のせいか、空間がヘンな繋がり方してたから。
小学校入ってすぐにはぐれてもうて、結局、その後は合流出来へんかったんやけど……」
ウチはおばあちゃんの質問に、以前にも話したことを、もう一回繰り返す。
――ウチらの行動は、基本的にスーツが映像を記録するし、おばあちゃんもそれを通してモニターするんやけど……。
あの小学校の結界は、結界そのものが強力やったせいか、それとも内側の瘴気が濃すぎたせいか――映像の記録もモニターも出来へんくて、何があったか、あとでウチらが口頭で報告するしかなかったから。
「そうだったな。
――で……だから、能丸がやられたところは見ていない?」
「うん、そうやけど……。
――え、なんなん?
能丸さん、不意を突かれたっていう話やったけど……それがまた、今までと違う敵の可能性がある、とか……?」
そもそもこの事件、問題の中心が、あの今までにない魔剣やったみたいやし……。
他にこれまでと違うイレギュラーがあってもおかしくない。
でも……おばあちゃんは、ゆるゆると首を横に振った。
「いや、ああ……違う敵、というか……。
修理をしていて、少し、気になることがあったもんでねえ……。
まあ、その場にいなかったアンタに聞いても仕方なかったな。
今度、改めて能丸に聞いてみることにするよ。
――なに、些細なことさ。アンタが気に病むようなもんじゃない」
「あ……うん……」
なんか納得いくようないかへんような、曖昧な気分そのままの生返事を返すウチ。
でもおばあちゃん、さすが天才って言うか、ウチみたいな凡人やとホンマにどうでもええような些細なことにこだわったりするからなあ……。
確かに、あんまり気にしててもしゃあないかも。
大事なことやったら、ちゃんと報告してくれると思うし。……多分。
「いや、ヘンなことを聞いて悪かったよ。
――ああ、それはそうとだ、千紗。
話は変わるが、北祇町の方に、〈北宿八幡宮〉って神社があるんだが……」
「……? うん」
またいきなり何の話やろう――って思いながら、ウチは小さくうなずく。
一瞬、おばあちゃんが、赤宮くんのお父さんたち――市役所の職員さんと連携しながら進めてる、地元の夏祭りの話かな……とも思ったけど。
場所が北祇町いうことは、それとも違うみたい。
「……そこの夏祭りは、ここらのものよりも時期が早くてね。
毎年、夏休みに入ってすぐぐらいに行われるんだ。
まあ、小さな神社だから、それほど規模の大きなものでもないんだがね、神楽の奉納なんかもやるんだよ。
ところが今年は、その舞い手が足をケガしちまって……夏祭りまでに治らないらしい」
「ふうん……」
それ大変やなあ……とか思いながら、バナナ豆乳をすするウチ。
「そこで、だ……千紗。
アンタに、舞い手の代役をこなしてもらうことになったから」
「うん…………って、ええっ!?」
思わず、口の中のバナナ豆乳を吹き出しそうになった。
「なな、なんでウチがっ!?」
「ああ、実はその神社、管理してるのがアタシの古い友人でね。
相談を受けたから、それなら――ってアンタを推したってわけさ。
……ああ、大丈夫。
確かに神事は神事だが、神サマと、訪れた参拝客に楽しんでもらおうって類のものだ、そこまで堅っ苦しく考えなくていい。神楽の経験があるアンタなら問題ないよ。
……ちゃーんとバイト代だって出してもらうからさ」
「そ、そーゆー問題やなくて……!」
……確かにウチは、お母さんがもともと神社の娘で巫女さんをやってたこともあって、神楽について、普通の人よりも知識と経験があると思う。
でも、やからって……!
「良い話じゃあないか?
白衣に緋袴の巫女さんスタイルというだけでなく、千早を羽織って凜々しく舞う姿を見せることで、赤宮くんの好感度をこの上さらにどうしようもなく爆上げすることが出来るんだぞ?」
「なな、なに言うてるんっ!?
そっ、そんなん、恥ずかしいやん……っ!」
「大丈夫だよ、アタシの取った統計によれば、巫女さんがキライな男子なんてこの世にもあの世にもいやしないからねえ。
……まあ、赤宮くんの場合は、アンタが着ぐるみ着てても好感度上がりそうだけどな……」
しみじみと言うおばあちゃん。
……って、おばあちゃん、赤宮くんのことなんやと思てるんよ……もう。
そんな非難の意味を込めてジトーッと見てると、それに気付いたおばあちゃんは、タメ息混じりに小さく首を振った。
「いや、同じようなもんかねえ……」
「……なんなんそれ、どういうことっ?」
「だから、アンタもってことさ。
――赤宮くんの女装とか、どうだい?」
「めっちゃ見たい」
反射的に即答してもうて――ウチはハッとなる。
「ちゃ、違うから! あ、赤宮くん顔立ちキレイから、女装したら結構イケそうって、クラスの女の子で話題になったことあって!
だから、そんで……!」
おばあちゃんは、ニヤリと笑ってた。
「はいはい、そういうことにしておこうかねえ。
――ま、安心しな、赤宮くんの女装となると、アタシも結構見てみたい。
いや、それを言うなら、赤宮家のあの4兄妹は揃いも揃って実に良い素材だ……。
そうだね、いずれ機会があれば、まとめてコスプレでもしてもらって――」
なんかそんなアホっぽいことを言うてたおばあちゃんが、急に押し黙り――
眉間に深くシワを刻んで考え込みだした。
……なんやろう……悪い予感しかせえへんねんけど……。
「……いや、待てよ……? コスプレ……?
そう、どうせなら……。
――うむ、そうだ!
千紗、さっきの神楽の話だけど、良いことを思いついたよ!」
いきなり、子供みたいに目をキラキラさせながら、勢いよく立ち上がるおばあちゃん。
あ……ヤバい。
もうこれゼッタイ、『良いこと』と違うパターンやん……!
でも……聞けへんわけにはいかへんし……。
「良いこと、って……何する気なん?」
すでに、そもそもウチにとっては『良いこと』でも何でもないねんけど……。
この上、どう『悪く』なるんやろうって思ったら。
おばあちゃんはドヤ顔で笑って――とんでもないことを宣言した。
「せっかくの機会だ……! いっそのこと、巫女さん祭り!
神事だけに、女装男子ってのはさすがに無理だが――。
縁のある女の子を8人集めての、〈八乙女舞〉にしようじゃないか!」