第171話 赤宮家の、ゲームとおやつと情報交換な夜
――夜の10時過ぎ。
夕食も終え、風呂にも入った俺たち赤宮兄妹4人は、リビングに集まっていた。
父さんと母さんが揃って〈天の湯〉の方で仕事をしているこのタイミングで、俺とハイリア、お互い今夜起こったことを話し合うため…………だったんだけど。
「ちっ、結構HP減っちまったな……。
アガシー、まだ回数残ってたろ、回復魔法使ってくれ」
「なんですと? 上官に命令とは良い度胸だな! シット!
……てか、それよりもこっちは、アンデッド滅殺活動に忙しいのです!
うりゃー、ターンアンデッドぉ! 『アメリカGO〜』!」
「……そのボイス、空耳だけどね。
イントネーションあやしいけど、一応、日本語で『我に加護を~』って言ってるらしいよ?
――あ、回復薬落ちてる。まだHP余裕あるけど拾っとこ」
「おお、余も拾っておくか……余裕どころか最大だが。点数になる」
「――いやお前ら、余裕あるなら俺に回せよっ!
特に満タンのヤツ! 俺の命は点数以下かっ!」
……と、いうわけで。
やいのやいの言いながら、俺たちは一昔前に流行ったというアーケードゲームの、現行のゲーム機による復刻版を、ソファに並んで座って4人同時プレイ中(コンティニュー御法度)だったりする。
ベルトスクロールアクションと言われる類の、横スクロールで敵を倒しながら進んでいくタイプのゲームだ。
その名も〈ダンジョン群とドラゴンたち〉。
剣と魔法の世界が舞台で、アクションながらRPG的な要素も取り入れられていて、オールドゲーマーな父さんによれば、その奥深さで当時大人気を博した……らしい。
……まあ、それをプレイしてる4人中3人が、聖霊に元・魔王に元・勇者と、リアルにそんな異世界と関わりがあるメンツ、ってところがなんとも奇妙な感じではある。
ちなみに、ゲーム内で使っているキャラクターは……。
アガシーが、鈍器を振り回す筋肉ムキムキおっさん僧侶。
ハイリアが、いかにもテクニカルな眼光鋭い魔法使い。
亜里奈が、剣も魔法もこなす可愛い万能型のエルフ。
……で、俺が、それじゃあ前衛系もいるだろうと、オーソドックスな戦士――を選んだわけだが。
なんか、回復魔法は使ってもらえないし、回復アイテムはかっさらわれるしで、不遇な扱いを受けてる気がするんだけど……もっとギリギリまで身を粉にして戦えってことか?
ヒデーなコイツら……。
いいよいいよ、頑張りますよ……ブラックな労働環境は勇者やってるときに慣れっこだからな、ちくしょー。
「で――勇者よ。アーサーの呼び出しは何だったのだ?」
俺が攻撃を加えているモンスターの背後に回り、死角から容赦なく『毒針』(基本、威力は無いが、たまに凶悪過ぎるダメージが出る)でブッ刺しながら、何食わぬ顔で聞いてくるハイリア。
……いやまあ、ゲームだからね。いいんだけどね……。
「おう、まあ……それがな――」
俺は、亜里奈をチラリと見て……。
どうやら、凛太郎が『念話』を聞き取れるらしい――ということを説明した。
ハイリアのようなヤツはともかく、亜里奈は驚くかと思ったんだが……。
意外や意外。
我が妹は「あ〜……」と、さもありなん、という声を上げる。
そして一言断ってポーズをかけ、テーブルに置いたオレンジジュース(果汁10%)をストローで吸った。
「なんか……真殿くんなら、分かるかも。
それどころか、むしろ自然な感じがしちゃう――っていうか」
「ですよね〜……。
わたしも最初驚きましたけど、妙に納得しちゃいましたもん」
アガシーもウンウンうなずきながら、テーブルに広げたお徳用の〈コアラどもの進軍〉を、ポイポイと口に放り込む。
「……で……それについての対応はどうするつもりなのだ?
凛太郎はただのクラスメイトどころか、アーサーにとって相棒や親友というような、近しい立ち位置だっただろう?
その上で『念話』を聞き取れるとなると……こちらのことを誤魔化し通すのも難しそうだが」
超絶イケメンには良く似合う、真剣な顔付きでそんなことを尋ねてくるハイリアだが……。
その間にも、手はアガシーに負けず劣らずの勢いで〈コアラどもの進軍〉をかっさらっている。
……コイツ、実はなんだかんだで甘いモノ大好きだからなー……。
「まあ、俺も迷ったんだが……」
俺も無くならないうちにと、〈コアラどもの進軍〉を一つ口に放り込む。
「誤魔化すにせよ、記憶を封じるにせよ、『念話』を聞き取れるのが一種の才能なら、そんなことしたって根本的な対処にならないわけだし……。
それに凛太郎のヤツ、びっくりするほど剛胆っていうかなんていうか……とにかく無闇に驚いたり混乱したりする様子もないし、誰かにペラペラ話すようなタイプでもなさそうだしな。
……まあ、だから、武尊と同じく、おいおい事情をきっちり話すことにしたよ。
武尊にしても、身近な人間が事情を知ってくれてるってなったら、気が楽だろうしさ」
「……それでいいんじゃないかな。
真殿くんって、不思議っていうか、読めない人だけど……信用は出来ると思うし。
あと、『念話』が聞こえないとしても、真殿くんてばカンも良いから、いつもいっしょにいる朝岡の秘密に、いつ気付いてもおかしくないもん。
……なんせ朝岡、雑だから。いろいろ」
「まったくですね! 上官の顔が見たいってモンです!」
「……なら鏡を見ればいいだろう、軍曹?」
際限なくお菓子を取りそうなアガシーの手をピシリと叩き、ニラむ亜里奈。
アガシーは大慌てで、コントローラー持ったまま敬礼を返す。
「しゃ、シャー! 自分の監督不行き届きであります、シャー!」
そんなアガシーの様子に小さくタメ息をつきつつ、ハイリアは――
「……まあ、分かった。
とりあえず勇者、余もその意見には賛成だ」
落ち着いた声でそう言って、全員を見回し、確認を取ってからゲームのポーズを解除する。
――プレイ再開と同時に早速、俺は群がる犬鬼どもを叩きのめしまくるが……。
しかし調子に乗ってるところに、新たに現れた半魚人が身体から噴き出す毒霧を受けてマヒ、動けないところをボコボコにされてしまう……!
「うげげ、やっちまった……っ! マズい……!」
「ち、しょーがないですねえ。
このヒゲでマッチョなおっさん僧侶が癒やしてあげましょう!」
「お、おう、さんきゅ。
言い方はアレだが……助かった」
そうこうしている間に、亜里奈のエルフとハイリアの魔法使いが、電撃魔法で半魚人どもを一掃してくれた。
「しかし……凛太郎についてだが。
巻き込んでしまうとなると、万が一のときのため、なにか緊急時に使える道具でも作って渡すか……。
最低限、身を守るための魔法の一つも、教えておかねばならんな」
「それなら、ちょうどいいかも知れませんねえ。
マリーン、わりと魔力は高いようですし……アーサーなんぞに比べると頭も良いから、詠唱もすぐ覚えるでしょうし。
それに、あの、何があっても動じない性格……魔法を使うには最適ってもんでしょう」
「……言いたいことは分かるけど、くれぐれもやり過ぎるなよお前ら……」
ほっとくと、凛太郎をガチの魔法使いにでも仕立て上げそうな2人にクギを刺す俺。
――そうこうしているうちに現れた、ステージボスのサソリ人間に対し……亜里奈から指示が飛ぶ。
「お兄、そいつダウンさせてっ」
「はいよ」
……実はこのゲームでは、たとえボスだろうと、ダウンしたところにアイテム『火炎瓶』で上手く追い打ちをかければ、ハメることが可能なのだ!(一部除く)
いやまあ、だからって俺はやらないんだが……。
亜里奈はその辺、あまりこだわらない。勝つためには遠慮なしだ。
ちなみにハメるといっても、わりと位置取りやタイミングなんかは難しく、それなりの熟練を必要とするものの……。
なぜだか亜里奈は、初めからそれがバツグンに上手く……。
「――ほい。――ほい。――ほい」
……と、俺がダウンさせたモンスターに、作業的に、絶妙のリズムで火炎瓶をポイポイぶつけて容赦なく燃やす姿を見てると――。
うむ。兄はちょっとビビっちまうぞ、妹よ……。
さすがは、その名も〈レッドアリーナー〉。
……この先の快適なゲームプレイのためにも、決して口には出さないが。
「……それで、ハイリア。
そっちは何かあったのか?」
――そもそもが、通してプレイすると、クリアまで軽く1時間はかかるゲームである。
その後、また適当なタイミングで休憩を挟んだところで、俺は……今度は逆にハイリアに、今夜あったことを尋ねていた。
さらに、その休憩を利用して、亜里奈がキッチンに向かい、冷蔵庫からアイス――。
そう、真ん中から2つに『パキン』と折って食べるのが通例である、あの〈チューペッコ〉を2本取って戻ってくる。
そして、1本をハイリアに差し出した。
「……ああ、ありがとう亜里奈。
――何か、と言えば確かにあった。実は――」
ハイリアは、受け取ったチューペッコの真ん中下を、親指と中指だけで持ち……。
親指に添えた人差し指で弾くようにして、その動きだけでチューペッコの上半分をへし折りつつ、俺に向かって飛ばしてきた。
まあ、俺も小さい頃、ヌンチャク折りとかアホな折り方したもんだけど、まさかこんなスタイリッシュなやり方があったとは……なんて思いながら、それを受け止める。
ちなみに、ちょっとだけお得な、か細い先っぽがついているのはハイリアの方だ。
……抜け目ないヤツめ。
「……〈救国魔導団〉陣営に、新たな――『魔法少女』が現れた」
「ま――魔法少女っ!?」
――パカンッ!
「ぷぎゅっ!」
ハイリアの言葉に超高速で反応して振り返る亜里奈、その手のチューペッコが――隣にいたアガシーの顔面をモロに直撃していた。
「あ! ごご、ゴメンアガシー!……だいじょうぶっ?」
「な、なんの……愛のムチ、ごっつぁんですよ……」
よっぽど勢いがついていたのか、アガシーの顔面に張り付くように折れていたチューペッコ……。
そのズリ落ちてきた片割れをキャッチし、泣き笑いでサムズアップするアガシー。
それがちょっとだけお得な方であるのは、せめてもの救いか。
「あ! そ、その、魔法少女だからどうしたってわけでもないけど!
シルキーベル以外にもいるんだな、ってビックリしちゃって! うん!」
口ではそう言いながら、どっからどう見ても興味津々に前のめりな亜里奈。
手にしたチューペッコを、もう折れ目もないのに、さらに2分割しそうな勢いで握り締めている。
……まあ、その辺ツッコむとムキになるし、あげく、明日の俺のメシがどうなるか分からんのでスルーするが。
ハイリアも、そんな亜里奈の様子をサラリと微笑で流しながら――知り得た情報を、理路整然と語ってくれた。
「……魔法王国ティラティウムから来た、〈魔法王女・ハルモニア〉……!」
亜里奈が、目をキラキラさせながら、鼻息荒く繰り返す。
「話を聞く限り、単なる魔法使いってよりは、〈召喚者〉とか〈使役者〉って感じだな」
「……ああ。なおかつ、喚び出す存在によって武器も変わるとなれば、なかなか厄介だ。
今回は白兵戦用の武器しか見なかったが……それだけ、ということもあるまい。
手の内はまだまだ見せきっておらぬだろうしな。
――しかし、その召喚のメカニズムが何とも面白い……!
アルタメアはもちろん、サカン将軍のものともまた違う魔法のようでな……!
実に興味深い……!」
ハイリアが、亜里奈とは別の理由で……珍しく興奮している。
……コイツ……もう、アレだな。
魔法オタクって言って差し支えねーな……。
「うーん……!
しゃべるネコが使い魔ってのは王道っぽいけど、そんなギミック持ってるとか、結構特殊だし……! んん〜……っ!」
「……アリナ、モーレツに実物見たそーですねー……」
「そりゃね! 大して興味ないけど!」
……何だそれ、どっちだよ……。
――しっかし、ここに来てさらに、異世界帰りの魔法少女が参戦……か。
サカン将軍も驚いてたらしいってことは、自分から娘を異世界に送ったってわけじゃなく……たまたま、そういう事態に巻き込まれた……のか?
だとすると……俺も含めて、そのテの人間多いなあ、広隅市……。
まあ、〈霊脈〉の特殊性が示すように、世界のチカラの中心かも知れないから――さらに〈世壊呪〉があるから――ってことなのかも知れないけど。
この短期間にこれだけ出会ったとなると、クラスメイトとか、意外に身近な人間にもそうした経歴のヤツがいるんじゃないか、とかちょっと思っちまったり……。
――まあ、さすがにそれはないか。
広隅市の人口いくらだと思ってるんだよ、ってな話だよな。
だいたい、出会った連中がみんな広隅在住とも限らんわけだし。
「……ふーむ……」
しっかしまあ……。
次から次へと、なんとも厄介事が盛り沢山なことで……。
鈴守とほどよくイチャつきながらの、穏やかな学生生活を送れるようになるのは、いったいいつになることやら……。
「せめて、この夏休みぐらいは満喫させてほしいとこだけどなー……」
俺は誰にともなくつぶやきながら、チューペッコをかじった。
――ちなみにその後、プレイしていたゲームは……。
なんで僧侶は刃の付いた武器はダメなんですか〜、と再三文句を言いつつも、モンスターを撲殺しまくりで血の雨を降らせるアガシー……。
なぜ魔法使いを名乗っておいてこんなに魔法の使用回数が少ないのだ、と再三苦言を呈しつつも、スゲえ立ち回りでモンスターを毒針のエジキにしまくるハイリア……。
普段は弓矢で後方支援メインなのに、ボスがダウンするや、即座に貯めに貯めた火炎瓶を投げまくってハメ殺す亜里奈……。
そんな大暴れする3者に引っ張ってもらうような形で、俺もほどほどに活躍していたものの――。
結局クリア目前で、「いつまで遊んでるの! まだ明日も学校あるでしょ!」と母さんに怒られて、お開きになってしまったのだった。