第170話 決着!? 清純系の武闘派 VS 令嬢系の使役派!
「其の名、聳焔! 燔燎の塞、炮烙の顎、藩の啖……!
――〈火園ノ焚城〉!」
「――〈百騎為す氷槍〉!」
余が生み出した炎の壁と、サカン将軍の繰り出した氷の槍衾が正面からぶつかり合い、打ち消し合い――文字通りに霧散する。
――先程から、概ね、我らの戦いはこうしたやり取りの繰り返しだった。
余も、グライファンとの厳しい戦いも経て、少しずつこの身体に魔力が馴染んできてはいるのだが……。
さすがにまだまだこのサカン将軍――異世界の〈勇者〉であった男を、正面から圧倒出来るほどではない。
だがそもそも将軍の戦い方は、余を倒すためというより、牽制に終始していて……本気を出していないのは明白だ。
しかし、それも当然というものだろう。
彼らの第一の目的は〈霊脈〉の汚染であり――魔獣がそれを果たすまでの間、持ち堪えられれば良いのだから。
余を倒すつもりでない以上、目的を達成するための最低限のチカラだけを使い、今後の戦いも見越して、ヘタに手の内は見せない――。
それは極めて合理的な思考だ。
余とて、同じ立場なら似たような戦術を選ぶだろう。
だが……将軍がその戦術に徹しているのは、どうも合理性だけが理由ではないらしい。
「…………っ」
時折、戦闘中にもかかわらず、あからさまに将軍の気が逸れるときがあった。
そしてその理由を察するのは……特別な技術も能力も必要ない。
――そう、『親子』という関係性さえ知っていれば充分だ。
どうやら将軍は、『娘』だという彼女――〈魔法王女ハルモニア〉の戦いが、『父』として気になって仕方ないらしい。
この余、魔王ハイリア=サインを相手にして気もそぞろとは、舐められたものだ――という腹立たしい思いもないではないが……。
現状においては、むしろ好都合だと言えるだろう。
落ち着いて、ヤツの使う〈メガリエント〉とやらの魔法も観察出来たし――。
「……む。その笑み……まだまだ余裕がありそうじゃないか、クローナハト君」
「さて――どうであろうな?」
無意識に唇の端に浮かんでいた笑みを、そうと指摘された余は、ことさらに強調してみせる。
――そう。こちらも、第一の目的は1つなのだ。
将軍が、余との戦いより娘に気を取られているというなら――
……その油断、しっかりと利用させてもらわなければ――な。
* * *
――カネヒラを退がらせて、ウチは自分からまっすぐ、ハルモニアたちの方へ突っ込む。
「――っ!」
ウチがそんな行動に出るとは思ってなかったみたいで、ハルモニアが驚くのが見えたけど……それも一瞬。
さすが……って言うたらええかな。
ハルモニアは、慌てたりすることなく、すぐさま――ウチを迎撃するためにハンマーを振るう。
突撃するウチに対しての、カウンターとなる一撃。
あのハンマーを扱う上で、この状況への対応として……多分、一番正しい選択。
でもそれは……ウチがこのまま、攻撃に移るからこそのもの。
カウンターが成立せえへんかったら、さっきみたいなオオカミの突進力が上乗せされへん、とっさの反応で繰り出されただけの――確実に、前の攻撃よりも『軽い』一撃。
――そう。
それこそ、ウチが『呼び込んだ』一撃――!
「飛べぇっ!」
ウチは、ハンマーが動くのを見た瞬間、突進にブレーキをかけると……
「――はあぁっ!」
ありったけの霊力を込めた織舌を、ジェット噴射によって驚異的な速さで迫るハンマーに突き出す!
ハンマーの面と、織舌の点が激しくぶつかり合って――!
互いに反発し合う炎と霊力が、一瞬鬩ぎ合ったあと……爆発めいた勢いで、弾ける!
「――くぅっ!?」
「っ!」
ハルモニアのハンマーは、きっと予想もせえへんかったその衝撃に、大きく跳ね返され――
そして――ウチは。
予想通りに……身体ごと後方に吹っ飛ばされる。
「――カネヒラ!」
「いい、いえす御意〜っ!」
ウチの意図を察したカネヒラは、即座に身を丸めて防御。
吹っ飛びながら一回転したウチは、そんなカネヒラを蹴って三角跳び――!
その勢いを活かして、一気にオオカミの背の上……スキだらけのハルモニアへと飛びかかった!
「――させない……っ!」
まだ腕に痺れぐらいあるやろうに、歯を食いしばって、改めてウチを叩き落とそうとハンマーを薙ぎ払うハルモニア。
その動きは予想よりも速くて――織舌の間合いに入る前に、風を圧して襲いかかってくる……!
けど――そもそも。
「それは――」
ウチは、ハンマーに打たれる寸前、織舌でオオカミの背中を突いて――棒高跳びの要領で、さらに高く跳ね上がる。
残った織舌だけが、甲高い金属音をなびかせてハンマーに弾き飛ばされた。
――そう、そもそも……。
ウチの狙いは、正面突破と違うからね……!
「え――?」
「こっちの台詞です――!」
完全に思考の虚を衝かれたみたいで、無防備なハルモニア――。
上から降ってきたウチは……その身体に、肩車してもらう形で乗っかる。
そして――両足で首をロック。
「――いきますっ!」
そのまま……バク転の要領で、ハルモニアの身体を引っこ抜いて。
オオカミの上からの落差を利用して、空中で1回転、2回転――
ハルモニアがハンマーを手放すのも構わず、そのまま回って――!
「〈雪崩式マッド・フランケン……エクスキューション〉!」
最後、4回転めで……一気に、頭頂部からアスファルトに叩き付ける!
「いぎゅううっっ!!??」
――すっごいヘンな声をもらして、うつぶせのまま、ぐったりとなるハルモニア。
彼女の首をロックしてた足を外したウチは、そのまま前転して少し距離を取る。
「うぉっほ〜……なんと、まあ……。
大人しそうな雰囲気をして、何ともえげつない技を繰り出しまくる武闘派お嬢さんでありまくることよ……。
ワガハイ、もうビビりまくり」
いつの間にか起きてた三毛猫が、『生きてる?』って聞くみたいに、倒れたハルモニアを前足でちょんちょんと突っつく。
――うん、まあ、普通の人相手にやったら、大事故間違いなしやけど……。
当然、全身を霊力のフィールドで覆ってるハルモニアには、そこまで大きなダメージにはなってない。
でも、こんな技を食らったんは初めてやろうし……衝撃そのものが消えるものでもない。
「いぃ~……ったあぁ〜……」
頭が相当揺さぶられたみたいで、ハルモニアは……首をフラフラさせながら、震える手に力を込めつつ、ゆっくり身を起こして――
「……っ、フラマルプス!」
「――っ!」
……ウチも、完全に油断してた。
ハルモニアの呼びかけが意味するところを悟ったときには、もう遅くて――。
「あぐぅっ!?」
ウチは、オオカミの後ろ足に、思い切り蹴り飛ばされて……同じように、地面を転がるハメになった。
「ひひ、姫ェ〜っ!」
「だ、大丈夫……っ!」
慌ててウチを心配して飛んできたカネヒラに応えつつ、身体が軋む痛みに耐えつつ……身体を起こす。
ちょうどその頃には、ハルモニアも立ち上がってて――。
その代わりに、時間切れかなんか分からへんけど、あのオオカミは炎に戻って……そのまま姿を消した。
それと同時に、ハルモニアの髪色は白に、籠手の輝きは静かな虹色に戻る。
「……まったく、もう……!
まさかこっちでも、わたしに立ちはだかるのが、清楚系肉体派の女だなんてね……!」
口元で苦笑しながら……ハルモニアは、またポーチに手を伸ばす。
! まさか……また、なんか別の魔獣を……!?
しまった、織舌は弾き飛ばされたままやのに……!
ウチが内心焦りつつ、視線を離れた場所に転がってる織舌に向けたそのとき――。
「――もういい、そこまでだ」
空から、ハルモニアの隣に降り立ったサカン将軍が……そう言って、ハルモニアの手を抑えた。
「ちょ、お父さん!? なにを――」
「見なさい」
将軍は、言葉少なに後方を振り返る。
ウチも揃って、そっち側に目を向けると……そこには。
夜空に散っていく……無数の金色の粒子があった。
あれは――もしかして、〈霊脈〉の汚染を進めてた、魔獣……?
「――! トラっ……!?」
「……安心しろ。追い払っただけだ、殺してはいない」
そう言いながら……今度はクローナハトが、ウチの近くにふわりと舞い降りる。
「今回は、私たちの負けというわけだ。
――お前の心配をしているスキを、見事に突かれてしまったよ……すまん」
「お父さん……っ!」
素直に小さく頭を下げる将軍に、ハルモニアは勢い込んで何か言おうとしたけど……。
すぐに、それを押し止めて……タメ息混じりに、同じく「ごめん」って謝った。
「そりゃあ、心配にもなるよね……ごめん。
それに、わたしも――。
シルキーベルと戦うのに精一杯で、周りに注意なんて向けてられなかったしね」
そして……ウチの方をまっすぐに見据える。
「……思ってたよりずっと強かったよ、シルキーベル。頭に来るぐらい。
この先、考えを改めてくれて、もう戦わなくてすむなら……それが一番いいんだけど」
「それは……わたしも同じです」
ウチが応えると、ハルモニアは小さく苦笑した。
「……だよね。
じゃあ――次は、ちゃんと決着をつけるから」
「ええ。
わたしも……負けるわけにはいきません」
「クローナハト君。私も、キミを侮ったわけではないが……今日は失礼をした。
次こそは、真剣に相手をさせてもらうこと――約束しよう」
「……良かろう。楽しみにしている」
ウチらに続いて、将軍もクローナハトと言葉を交わすと――。
別の場所に転移する魔法なんか、聞き覚えの無い言葉をつぶやいて。
ハルモニアと2人揃って、宙に溶けるように……姿を消した。
「……ふぅ……」
それを見届けたウチは……思わず力が抜けそうになるのを堪えて、今度はクローナハトと向き合う。
「その……今日は助かりました、クローナハト。お礼を言います」
「それには及ばん。もとは利害の一致で……その上、お前の奮戦があってこそ、余もサカン将軍を出し抜けたのだからな」
「まったくであるな。父娘揃ってなんとも甘い。
ワガハイ、心配しまくり」
「「 ……………… 」」
ウチとクローナハトは、揃って、足下にちょんと座っている三毛猫を見下ろす。
三毛猫は、不思議そうにウチらの顔を見比べた後、ゆっくりと周囲を見回して……。
そんで、毛を逆立てながら大きく跳ねた。
「……おおおっ、なな、なんとっ!?
もしかして…………ワガハイってば、置いてかれまくりっ!?」
「おい、シルキーベル。此奴……どうする?」
「どうしましょうか?」
「せせ、切腹! 切腹にござるぅ〜!」
珍しく、カネヒラが飛び回ってカゲキな自己主張をする。
うーん……よっぽどこの子と相性悪いんかなあ……。
「あ、あ〜……いやいや、諸君?
ネコは『肉食』であるが、『食肉』ではないので、お間違えまくらぬよう。
つまり、おいしくない。食べてはいけない。うむ、分かりまくるね?
――うむうむ、では、納得しまくっていただけた、ということで……。
ワガハイ、ケツまくって逃げまくりっ!」
三毛猫は、じりじり後退ったと思うと……ジャンプしてクルンと宙返り。
これも何かの魔法なんか――そのまま、手品みたいに一瞬で姿を消してもうた。
……まあ……無事に戻ったら戻ったで、あの子には、ハルモニアによるお風呂とシャンプーの刑が待ってるみたいやけど。
「……さて……余も去るとしようか。ではな」
しばらく、三毛猫の消えた後を興味深そうに見ていたクローナハトが、やおらウチにそう告げてきびすを返す――ところで。
「あ、あの……っ!」
思わず、ウチは……彼を呼び止めてた。
そんで……。
「クローリヒトは……どうしたんですか?」
つい、そんなことを――聞いてもうてた。
それに対して、クローナハトは、一瞬考えたあと……口元に、微かな笑みを浮かべて。
「……なに。単なる野暮用だ。
何かがあったというものでもない。心配するな」
「! し、心配って……!」
それだけ答えて、ウチが反論する間もなく……。
そのまま、闇の中に飛び去ってしまう。
「心配って……別に、そんなの……」
そうして、行き場のなくなったつぶやきを。
ウチは、自分に返すみたいに……口の中で、繰り返してた。