第169話 激突? 切腹系武者ロボ VS 不忠系使い魔ネコ!
「……おーい、ししょー! こっちこっちー!」
2人乗りの自転車をかっ飛ばす俺の前方――。
街灯の明かりの下に、ぴょんぴょん跳ねながらこっちに手を振る人影が見えた。
……間違いない。武尊だ。
あれだけ動いてても気にせず、すまし顔で肩に乗ってるインコなんざ、テンテンしか知らんし。
俺は、ラストスパートをかけ……ギリギリのところで急ブレーキとともに、後輪を滑り出す。
それに合わせて――
「とうっ!」
後ろに乗っていたアガシーが、荷台を蹴って飛び出し――宙で一回転して、スカートをふわっとさせながら、キレイに足を揃えて着地した。
「うおお、軍曹やるな! かっけー!」
「ふふふん。まあ、この程度、当然ですね!」
武尊の賞賛に、得意気に胸を張るアガシー。
それはいいが、くれぐれもスパッツ穿いてないときにはやるなよ……と言いたい。
亜里奈に叱られたりで、だいぶマシになってきたけど、コイツ未だにその辺、無防備というか無頓着なところがあるからなあ……。
「……で、武尊? なんか、大変大変連呼するから急いで来たってのに……。
まるで大変そうじゃないのはどーゆーこった?」
俺は自転車を道の端に停めると、武尊を振り返る。
……そう、きっかけはついさっきのこと。
俺のスマホに、いきなり武尊から連絡が入ったと思ったら――
『あ、師匠! 大変、大変なんだよ!
とにかくすぐ来てくれよ!』
……なんて、まくしたてるもんだから。
それと前後して、アガシーが察知していた結界の気配については、ハイリアに任せることにし――。
俺はアガシーを連れて自転車を飛ばし、大急ぎで指定の場所までやって来たわけなんだが……。
――きょろきょろ。
「……なんにも、どこにも、大変そうなことなんて起こってないんじゃないか?」
「ち、違う違う!
大変は大変なんだけど、そーじゃなくって……えと、ほら!」
俺にイタズラか何かだと疑われてると思ったのか、慌てて武尊は、すぐそこの小さな公園の方を指差す。
それを目で追うと……ベンチにちょこんと姿勢良く座る子供が。
んん? あれは……凛太郎、か?
「……マリーンじゃないですか。
なんです? 『海兵隊式、下品なアダ名の付け合いごっこ』とかやってて、マジのケンカになっちゃったから助けて!……とかじゃないでしょーね?
――そんなくだらん理由で上官呼びつけるとか、良い度胸だなアーサー! シット!」
「ちち、ちげーって!
ンな、わけわかんねーことするかよ、軍曹じゃねーんだからさ!」
「……ああ〜ん? アーサー、キサマ……。
さりげなく上官をディスるとか、エラくなったもんだな、おい!」
「――あ〜、はいはい、じゃれ合うのはまた今度な〜」
俺はアガシーと武尊の間に入ると、お互いの頭を手でぐいっと抑え込む。
そして――。
いかにも何か言いたげに、武尊の肩を離れ、俺の目線までパタパタと浮かび上がってきたテンテンと目を合わせた。
「――で、テンテン、凛太郎がどうかしたのか?」
《うむ、それがじゃな……。
――ぅおーい、凛太郎ー! こっちへ来てくれぬかー!》
……? テンテンのヤツ、凛太郎を呼びつけたけど……。
いや、でもそれ念話なんだから、意識して呼びかけたところで、一般人の凛太郎にはインコの鳴き声にすら聞こえない――。
聞こえない――ハズ、なんだけど……。
顔を上げた凛太郎は、そのままひょいとベンチから立って……スタスタ迷い無く、俺たちのもとまでやって来た。
そして、一言。
「……ん。来た」
思わず、弾かれたようにテンテンに視線を戻す俺。
テンテンは、宙に浮いたまま……うなずいていた。
《……とまあ、こういうわけでな。
どうも、凛太郎のヤツ……常人と比べて感覚がよほど鋭いのか、『念話』が聞き取れるらしいんじゃよ》
「――――っ!?」
同時に、今度は凛太郎を見直す俺とアガシー。
《え、じゃあ……。うおっほん!
――えっと、実は、この裕真兄サマは……彼女を未だに名前呼びも出来ないヘタレなんですよ〜?》
アガシー、テメー、言うに事欠いて何を――!
……と、反射的に文句を言おうとしたら。
「ん。知ってる」
そうするヒマもなく、凛太郎に断じられてしまった……。
――いや、って言うか……。
「……マジに聞こえてますね」
「……だな」
信じられないとばかりに顔を見合わせる俺たち2人に対し、凛太郎は――
「……ん。軍曹もその話し方出来るの、驚き」
……と、言葉とは裏腹に、まったくゼンゼン驚いた様子もなく――。
いつもの無表情で、こくんとうなずくのだった。
* * *
「――行って!」
炎のオオカミにまたがったハルモニアが、その背を叩くと――。
駐車場に、燃える轍のような足跡を刻みながら、こっちへスゴい速さで突進してくる!
そうして、その勢いのままに……
「てぇぇいっ!」
ハルモニアのジェット噴射付きハンマーが、真っ正面から襲いかかってきた。
受けるか、避けるか――!
一瞬の判断を突きつけられたウチは、半ば無意識に、受けるのは危ないと感じて――とっさの横っ飛びで回避する。
駅のホームで急行列車が通り過ぎていったあとみたいに、カタマリみたいな暴風が一瞬遅れてウチの身体を薙いでいった。
しかもそれは――ヤケドしそうなぐらいに、熱い……!
「さすが、素早いね……シルキーベル!
でも、まだまだ……っ!」
振り返る、って言うよりは、車とかでスピンターンするみたいに、盛大に炎を散らしながら改めてこちらに向き直る、オオカミとハルモニア。
――これは……どう戦ったらええんやろ……。
将を射んと欲すれば――で、まずはオオカミの動きを止めるのがセオリーやと思うけど、鐘の音を使って縛り付けるヒマはなさそうやし……。
かといって、真っ正面からあの突進を受け止める――いうんは、まあ、多分、はねられて終わりやし……。
とりあえずは、突進をかわしつつ、足下とかを狙って転ばせる――のがええかな……?
そうなると……。
あんまり大きくかわすと、反撃の余裕がなくなるから……ギリギリを見極めて最小限の動きで避けていかな……!
自分で考えときながら、その難しさに、冷や汗がにじむ。
でも――やるしかない。
……まずは深呼吸を一つ、気を落ち着かせる。
ちょっと離れたところで、多分、魔法の撃ち合いでもしてるんやろう、クローナハトとサカン将軍がハデな音を立てて戦ってるけど……その辺の情報もシャットアウトして。
意識を――ハルモニアたちの動きだけに、集中させる。
「続けていくよ、フラマルプス!」
ハルモニアの呼びかけに、炎のオオカミは一声吠えて応え――すぐさま、もう1回ウチに向かって突っ込んでくる。
合わせてまた、真っ正面からハルモニアのハンマーが……!
でも――見切れてる!
ウチは、即座に反撃を繰り出すために、ハンマーをギリギリでかわす――ハズが。
「――飛っべぇぇーーーっ!」
ハンマーが一気に、ありえへんレベルの加速をして――刹那のうちに、目の前に迫ってきた!
「――――ッ!!」
あのジェット噴射や、って思い至った瞬間、ウチはもう反撃とか考えられへん必死の回避に切り換えるけど――。
「あぐ――っ!」
――ゴッ、って重い振動そのものの音が、身体中を走り抜ける――。
そう感じたときにはもう、ウチは――駐車場のアスファルトの上を、ハデに何度もバウンドしながら、ごろごろと転がっていた。
「い――ったぁ……っ!」
痛みに顔をしかめながら……織舌を支えにして、すぐに立ち上がる。
直撃やなかったんと、かろうじて織舌の防御が間に合ったお陰もあって、なんとかこの程度で済んだみたい……。
身体中、痛いは痛いけど……無防備に直撃食らってたら、それこそキラッとお星さまになってたかも知れへんと思ったら……ラッキーやった。
――とか考えながら、顔を上げたウチが見たんは。
ウチに向かって……大きな口を開けて、火の球を吐き出してくるオオカミの姿で……!
「うそ……」
打ち払う、かわす――必死に対処を考えても、さっきのダメージが残る身体は、とっさに動いてくれへんくて……!
……アカン、まともに食らう……!
そう、思わず身を硬くした――その瞬間。
「そそそっ、そうはさせじィィ〜〜ッ!!!」
微妙に裏返ったテノールの声が響いたと思ったら――。
目の前の空間に何度も、線を描く光が閃いて――襲い来る火球が、次々に斬り裂かれて霧散していく……!
そうして……ウチをかばうように、改めてふわりと宙に立ちはだかったんは……。
「カネヒラ……っ!」
「おおお、ひひ、姫ェ〜……! ごご、ご無事でございますか〜……!?」
そう――カネヒラやった……!
「ありがとう、カネヒラ……! 助かったよ……ホントに!」
「おおお、おお〜! なな、なんと有り難きお言葉ぁ~……ッ!
拙者、これで思い残すことはございませぬぅ〜……ッ!
――嗚呼、もはや一片の悔い無しッ!」
「……ちょっ、それ、わたしには残るから! 悔いとか色んなの!
だからダメだって!」
満足しきった感じでお約束の切腹をしようとするカネヒラを、素早く引っ捕まえて止める。
「……ちょっとキャリコ、あのロボ使い魔くん、抑えててくれたんじゃないのっ?」
一方……ハルモニアは、彼女の方にふわふわ戻ってきた三毛猫に文句を言ってた。
で、三毛猫はというと……。
ひとつ、アクビをしたと思うと――器用に空中で丸くなる。
「んむ、やるべきことはこなしまくり。
ただ、そう……働き過ぎはよろしくないと思いまくり。
ワガハイ、疲れまくり」
「また!? こンの、薄情者ぉ〜!」
「ネコに忠義を求めまくってはいけない」
ハルモニアの文句もどこ吹く風、マイペースに答える三毛猫は……。
あっという間に……浮いたまま、寝てもうた。
――マンガみたいな鼻ちょうちんを膨らませて。
「キャ~リ~コぉ〜……!
も〜っ、あとでお風呂に入れてシャンプーしまくってやるからね……っ!」
……ああ、あの子、使い魔っぽいけど、普通のネコみたいにお風呂とシャンプーキライなんや……。
妙にほのぼのしたやり取りに、思わずウチがそんなことを考えてもうてる間に。
「でも……もう次はないよ、シルキーベル……!
そのロボ使い魔くんといっしょに、まとめて吹っ飛ばしてあげる!」
ハルモニアは……ハンマーを両手でギュッと握り直してた。
うん、これは……次で一気に決める気やね……。
なら――こっちも……!
「カネヒラ。後方待機」
「なんとっ? しし、しかし、姫ェ〜……!」
「いいから。お願い」
「……いい、いえす御意〜……っ!」
ウチは、かばうように前に出てくれてたカネヒラを後ろに退げると――。
「――行きます――っ!」
構えた織舌に霊力を集中しつつ――
こっちから、ハルモニアに向かって地面を蹴り出した!