第167話 どうやら何やらご令嬢らしき人、ご降臨
「よーし、ここならちょうどいいよな……!」
――夜。
晩メシを食ったオレは、前に衛兄ちゃんからもらった木刀を持って、近所の小さな公園にやって来た。
公園って言っても、鉄棒とベンチがあるぐらいで、ボール使った遊びなんて、キャッチボールしか出来ないよーな狭さだ。
だけど、だからあんまり人も来ないし、素振りとかにはちょうどいい。
裕真兄ちゃん――じゃなかった、師匠とか、リアニキとか、軍曹には、いつもいつも相手してもらえるわけじゃないんだし……。
やっぱ、自主トレぐらいやっとかねーとな!
《……その心意気は良いが、約束は約束じゃからな。
調子に乗って変身しようとするなよ?》
鉄棒の上に留まったテンが、羽根をバタバタさせて言う。
「わーってるよ。
……あ、でもさー、アレってテンのチカラ使ってんだから、テンがダメって思えばムリなんじゃねーの?」
《そうもいかんのじゃ。おぬしは儂の主ということになっておるからな。
つまり、拒否出来んこともないが……わりと大変なんじゃよ。
……で、儂、大変で面倒くさいのイヤ。
ゆえに、まず何よりおぬしの方で気を付けるのじゃ、おーけー?》
「お、おう……おっけー」
《……うむ、よし。
では、気分だけは正義の変身ヒーロー・烈風鳥人ティエンオーとなって、脳内悪役を相手に素振りに励むが良いぞ。
――とりあえず、100億万回な》
「おう、100億万回な!……って、どれぐらい?」
《…………。
なんしか、メッチャいっぱい》
「おっし、いっぱいな! 初めからそのつもりだってーの!」
《…………。
こやつにまず真っ先に必要なの、学力じゃないかのう……》
テンのヤツがなんかブツブツ言ってるけど、いつまでも相手してたら時間なくなっちまうからな!
オレは木刀を構えると……とりあえず素振りを始める。
……ん? なんか、思ってたよりカンタンに振れる気がするんだけど……。
あ、もしかしてオレ、レベルアップして強くなってるとかっ?
《そりゃまあ、そういう面もちょっとはあるじゃろーよ。
特におぬしは成長期じゃしな。
じゃが……あくまで『ちょっと』。
あの勇者のような動きを変身もなくやろうと思えば、そもそもの『身体の使い方』を身に付けねばならん。まだまだおぬしには早い話よ。
加えて、この世界で普段からあんな動きをするのは良くなかろうしな》
「うん、まあ……そうだよな。秘密にしなきゃいけねーんだしな」
でも、とりあえず身体を鍛えといて損することもねーだろうし……。
テンだって賛成してくれてるんだし……。
とにかく素振りだ!
……オレは、びゅんびゅん木刀を振りまくる。
でも、ただ真っ直ぐ振ってるだけじゃつまんないから、ときどき、この前学校で戦ったヤツらとか、師匠の動きとかを思い出したりしながら、それに合わせるようにしたり。
……まあ、師匠の動きは速すぎて、思い出しても何されたかよく分かんねーことの方が多いんだけど。
「うりゃー! 烈風閃光台風けーん!」
《まったく……マジに勢いだけで変身したりせんじゃろーな、こやつ……。
――っと、むう……?》
……テンがなんかヘンな声を上げて、公園の入り口の方を向く。
釣られて、オレもそっちを見て……なんかビニール袋を提げた見知ったヤツが近付いてくるなーって思ったら。
「お、凛太郎じゃねーか!」
「……ん」
《うげげっ。どーりでイヤな予感がすると思った……っ!》
どうもテンは凛太郎がニガテみたいで……。
オレの近くにいた方がヘンなちょっかいかけられずにすむって思ってるのか、あわててオレの肩に移ってきた。
「お使いかなんかか?」
「……んん。お風呂。〈天の湯〉、行こうと思って――」
凛太郎が見せてくれたビニール袋の中には、お風呂グッズが入ってた。
「そしたら、声、聞こえてきたから」
「おう、まあ、ちょっとな!
修行――ってか、うん、身体鍛えとこうと思ってさ!」
《……おぬしみたいな小学生男子は、フツーに『修行』でも問題なかろうに。
それこそ、『烈風鳥人ティエンオーとしての修行なんだ!』とかバカ正直にぬかしたところで、単なるアホの子ってことで、ゼンゼン大丈夫じゃないかのぅ?》
凛太郎に答えてると、テンがオレをおちょくってくる。
……さすがに、それに声に出して文句を言ったら凛太郎にヘンに思われるからな。
このヤローって思いながらニラんでやると――。
「………………」
なんか、凛太郎もオレと一緒に、じっとテンを見ていた。
……なんだろ? またなんかちょっかいかける気なのか?
よしいいぞ凛太郎、今コイツオレのことアホとか言いやがったからな、なんかビビらせてやれ!
……とか、思ってたら――。
「……武尊?」
「おう、どした?」
「れっぷーちょーじんてぃえんおー、って、なに?」
「《 ……は? 》」
オレとテンのマヌケな声が重なった。
……え?
オレ、凛太郎の前でその名前、言ったことあった……っけ?
「凛太郎、それ、どこで聞いたんだ?」
「……ん」
いつもの無表情のまま、凛太郎はすっと……。
オレの肩――に乗っかった、テンを指差した。
「……今、テンテンが言ってた」
「《 ………………………… 》」
オレとテンは、何も言えなくて……。
お互い何度も、顔を見合わせて。
も一回、凛太郎を見て――。
《……凛太郎……儂の声、聞こえるの?》
「ん。聞こえてた、ずっと。ワシの声」
……まったくゼンゼン、驚きもしないで、当たり前みたいにスッゲー普通に。
凛太郎は、こくんとうなずいた。
* * *
――それは、ホンマに偶然やった。
特訓上がりに、ジョギングで締めて――と思って、ちょっと遠出して走ってたウチは。
変身せんでも、おばあちゃんからの連絡がなくても、自分だけでもすぐに分かるぐらい近場に、結界の反応を感じ取って……。
一応、変身アイテムの神楽鈴は常に携帯してるから、シルキーベルになってすぐに向かったら――。
夜になってガランてしてる、工場の広い駐車場に……〈救国魔導団〉がおった。
能丸さんは、おばあちゃんによると変身スーツの修理に時間がかかってるらしいから、そもそも今はまだ動かれへんねんけど……。
クローリヒトたちも、まだ来てなくて。
つまりウチは、一番乗りっていうカタチで……サカン将軍と、虎みたいな魔獣と相対することになった――。
「……今日はまた一段と早い参上だな――シルキーベル君。
この場所に当たりをつけていた……と、そういうことかな?」
うん、まあ、実は思いっ切り偶然なんやけど……。
もちろんそれぐらいは分かります、っていう感じでおった方が、牽制になるかな……。
「ええ、それは、もちろ――」
「ひひ、姫は、そなたらのような悪党を懲らしめるべく、天によって導かれたのであるー!
かか、覚悟めされよー!」
「!? ちょ、カネヒラっ!?」
……いつもなら悲観して自爆しそうになるはずのカネヒラが、こういうときに限ってヘンにやる気を(裏返った声といっしょに)出してもうた。
ウチは、思わずチラリと将軍の様子を窺って……。
「…………」
「…………」
「……つまり、偶然かね」
「カネヒラぁ〜……っ!」
思わずカネヒラを掴んで、ブンブン振り回してた。
「ををを〜、ひひ、ひィィめェェ〜、なーにーゆーえー……!?」
「ログ見て自分で考えなさいっ」
目が回った(?)んか、フラフラになったカネヒラをひょいとそのまま宙に浮かせて……ウチは、改めて将軍に向き直る。
「ついこの間、あの謎の魔剣が大きな騒動を起こしたところなのに……やっぱり、諦めるつもりはないんですか。
まだそうして、〈霊脈〉の汚染を続けるんですか」
「むしろ、その魔剣が、〈世壊呪〉に流れるべき穢れを吸い上げてしまったから……とも言えるがね。
結局のところ、私たちの目的のためには、〈世壊呪〉そのものが必要なのだから」
落ち着いた声で答える将軍は、堂々としてて……ウチはちょっと気圧される。
うん――気ィ、引き締め直さな……!
実際、将軍は強いんやから。
前に戦ったときも、クローリヒトの助言がなかったら、そのまま負けてたかも知れへんのやし……。
「……私と戦う気かね?」
「このままあなたが、その魔獣とともに帰るのでなければ」
ウチは〈織舌〉を構える。
でも……将軍の方は、特に動きを見せへん。
「正直を言うと、キミを見ているとどうも娘を思い出してしまってね。
今は――うむ、特に……な。
ゆえに、そう……出来れば、痛い思いをさせたくはないのだ。
――そこでだ、シルキーベル君……。
キミの方こそ、仲間もいないようだし、このまま退いてはくれないか?」
「それならなおさら、もう一度、その言葉をそのままお返しします。
それに……あなたが強いのは確かですが、わたしだって、退けない理由があります」
ウチが決意を述べると、将軍は小さくタメ息をついた。
「……そうだったな。キミもまた、己の正義を掲げる戦士だったな。
先の発言、侮蔑と感じたのなら謝罪しよう。
だが――それでも。
キミではまだ、私には勝てない」
バサリと、将軍はマントで覆っていた両腕を出す。
その手に、武器はないけど……そもそも、この人がそんなん使わへんのは分かってる。
ウチの、霊力と変身スーツを使った、『それっぽい』もんとは別の――。
多分……本物の『魔法』。
それが、この人の武器や、って……!
高まる緊張感から、思わず、ウチが〈織舌〉を握り直した――そのとき。
「だが――1人増えれば、その限りではあるまい?」
いきなり、そんな男の人の声が聞こえたと思ったら……。
すぐ側の暗闇が形を取るみたいに――長い銀髪をなびかせた、黒衣の男の人が姿を現した。
「! あなたは……クローナハト……!」
「……〈霊脈〉の汚染は、我らとしても望むところではないのでな。
ここは手を貸そう、シルキーベル」
……ウチよりずっと背が高いから当然なんやけど、ウチを見下ろしてサラリとそんなことを告げてくるクローナハト。
口元には、余裕を持った笑みが浮かんでるけど……仮面があるから、瞳の奥――なにを考えてるか、までは分からへん……。
「あなたを信用しろ……と?」
初めてこの人と遭遇したとき、能丸さんと2人、あっさりあしらわれたことを思い出す。
ま、まあ、あのときは確か体調悪かったし、今やったらあそこまで一方的にはやられへんと思うけど……。
「まあ、出来ぬというなら、それも良かろう。
彼奴……サカン将軍の『魔法』には興味があってな。
――余1人でも、相手をしてやるだけだ」
ウチが考えてるうちに、クローナハトは将軍に向かって歩き出してた。
そんで、将軍も……「ほう」て、興味深そうな声を上げる。
「キミとこうして対峙するのは初めてだな、クローナハト君。
キミの戦い振りも……河川敷の折か、遠目に見ていただけだが、実に興味を引かれたよ」
「フ……あるいは、似た者同士であるのかも知れんな?」
「確かに。
――だが、キミに加えてシルキーベル君まで控えているとなると……。
いかんせん、私でも少々荷が重いか?」
言うてる言葉そのものとは裏腹に、余裕の態度を崩さへん将軍。
……ここはやっぱり、クローナハトに力を貸した方がええかな――。
そんな風に、考えを決めてたら。
「――なら……もう1人増えればいいでしょ?」
今度は、そんな女の子の声がして――同時に。
「「「 ――――っ! 」」」
ウチ、クローナハト、将軍の3人は……弾かれたみたいに、空中の――まったく同じ一点に視線を向ける。
そこには、なんかスゴいチカラが集まってて……!
なんやろう、まったく別の空間が、トンネルみたいに繋がってきてるイメージで――。
それで、そう、見てる間に、ホンマにそのトンネルが開通したみたいに空中に穴が開いたと思ったら――!
「よっし――間に合ったね!」
さっきと同じ声がして――穴の中から、1人の女の子が飛び出してきた!
でも、その姿は……!
動きやすさ――それも『戦うこと』を想定したような作りの、でもきらびやかで愛らしいドレスっぽいスーツに身を包んで。
真っ白な長い髪には、凜々しさもあるティアラをつけて。
顔には、歌舞伎とかの隈取りに似た、戦化粧みたいなものを施した――。
ウチとは、そもそも根本的なデザインがまるで違うけど、雰囲気に共通点があるっていうか――つまりこれって……!
「さて、と……」
その女の子は、驚いたままのサカン将軍の側に降り立つと――ウチとクローナハトの方に向き直る。
「ちゃんと名乗り、上げるべきかな? キャリコ」
「まあ、礼儀は大事でありまくるゆえに。
ワガハイ、賛成しまくり」
女の子の問いに答えて……その肩の上に、背中から駆け上がるように、蝶ネクタイをした三毛猫が現れる。
「そっか。じゃあ……」
女の子は、右手――ドレスとは一見不釣り合いな……でも奇妙なほど調和してる、虹色に輝く厳つい籠手をした右手を掲げて。
それを、勢いよく薙ぎ払い――夜の闇にきらめく虹を描きながら。
「……魔法王国ティラティウムより、ここに……!
〈魔法王女・ハルモニア〉――降臨!」
凜とした良く通る声で、堂々と、名乗りを上げた――。