第163話 それは小学生男子の憧れにして、ヒーローの必須
「……お兄……っ」
さっきのお兄の、あたしに向けた視線は、『黙ってろ』って言わんばかりだった。
だからあたしは、大丈夫かなって心配してても、それ以上なにも言えなくて……そうつぶやくしかなかったんだけど。
「……あれが、勇者なりの優しさだ」
それが聞こえたのか、ハイリアさんが前を向いたまま、あたしにだけ聞こえるように応えてくれた。
……でも、優しさ、って……。
「――にしてもアーサー、想像よりもはるかに動きが良いですね。
ガヴァナードが認めたとはいえ、ここまで適性が高いとは思いませんでした」
さらに続けてアガシーが、マジメな顔で感想をもらす。
それに応えたのも……やっぱりハイリアさん。
だけど、その視線は――あたしの方を向いていた。
「……だからこそ、勇者も適当にあしらうわけにはいかぬのだ。
真っ向から相手をし、その強さでもまだまだ未熟なのだと――教えるために。
――亜里奈、お前には厳しすぎるように見えるかも知れんが……。
これは、『チカラ』を持った者にとっての通過儀礼のようなものなのだ。
……この先、チカラに溺れ、取り返しのつかない失敗をしないための」
「ハイリアさん……」
「心優しいお前には酷かも知れんが、信じて見守ってやれ。
――どちらも、な」
* * *
「――ぅぅらあーーっ!」
再度宝剣の光の刃を延ばし、気合いとともに斬りかかってくる武尊。
本人が言うように、先の俺の一撃によるダメージは大してなさそうだ。
動きはまったく鈍っている様子がない。
だが……。
俺は矢継ぎ早に襲ってくる斬撃を、先程のようにガヴァナードで受け、払いながら――様子を窺う。
そして――
「おいおい……正々堂々はごリッパだが……。
正面から力押しとか、ナメるなって言ったよな?」
ちょっとキツい1発を食らわせてやろうと、まずは宝剣を弾いて体勢を崩すべく、ガヴァナードを強く薙ぎ払う――が。
「――っ!?」
その瞬間――宝剣の光の刃が掻き消えた。
目標をなくした俺の剣は、見事に空を切り――。
同時に飛び退っていた武尊が、ナイフに戻った宝剣を投げつけてくる!
しかも、宝剣はその魔力で2つの分身を生み出し――都合3本のナイフが、近距離かつ多方向から、体勢を崩した俺に襲いかかってきた。
刹那、俺に目に映ったのは……笑みが浮かんだ武尊の口もと。
コイツ――俺の行動まで読んだ上で仕掛けやがったのか。
まったく、大したヤローだ……やってくれる!
思わず、俺も鏡に映したように笑い返す。
そして――
「――ふっ!」
呼気一つの間に――左手の手刀で1つを、ガヴァナードの柄でもう1つを叩き落とし、そして最後に本体の宝剣を、刀身で後方に弾き飛ばした。
「ッ! マジかよ――くっそ、ライトニングバレット!!」
さらに距離を開けながら武尊は、立て続けに――背の翼から10を超える無数の光弾を放ち、それを一斉に俺に撃ち込んでくる。
畳みかけてくるな…………だが!
「〈閃剣――竜熄〉!」
瞬間的に闘気を乗せたガヴァナードを、大上段から一気に地面に叩き付ける。
衝撃波となって放たれた闘気は、すべての光弾を巻き込み相殺、ともに消滅した。
渾身の攻め手を防ぎきった俺、そこに投げかけられる武尊の声は――しかし、落胆の悪態などではなく。
――自信と、確信に満ちていた。
「――かかった、今だッ!」
その一言に合わせ――俺は。
ガヴァナードの柄を逆手に持ち替えつつ……その刀身を背中に回す。
――ギィンッ!
瞬間、ガヴァナードを通じて走る衝撃と――響き渡る、鈍い金属音。
合わせて、背後からクルクルと回転しながら頭上を飛び越えてきた物を――俺は、顔の前で掴み取る。
「ぅっそ――ッ!?」
今度こそ……武尊は、本心からの驚愕を露わにした。
「この程度の奇襲、気付けなきゃ……勇者なんてやってられないんだよ」
掴み取った宝剣を手の中でもてあそびながら、うそぶく俺。
……まあ、背後から宝剣で奇襲をかけるって作戦も、そこまでの流れも、悪くなかったけどな。
「そら、返すぞ――」
俺は武尊に、ひょいと宝剣を投げ返し――。
同時に、地を蹴って一気に肉薄する。
「――ッ!」
武尊が、受け取った宝剣ですぐさま防御しようとするのを、先んじてガヴァナードの柄で外側に弾き飛ばし……続けざま手首を返し、同じく柄でアゴをカチ上げてやる。
そして、浮き上がった武尊の襟首を捕まえると――。
「歯ぁ……食いしばれッ!!」
――ガヅン……ッ!
振りかぶってからの頭突きを盛大に食らわせてやってから、手を放す。
「ぃっづぅぅぅ〜……ッ!?」
目の奥で星でも散ってるんだろう、フラフラとたたらを踏んで後ずさる武尊。
しかしもちろんそれも一瞬、そのままではマズいと、必死に体勢を整えようとするが――。
そもそも、追撃する気のない俺は黙ってそれを待つ。
「……さあ、これで2機死んだぞ。
ラスト1機……どうする?」
「――――っ!
……まっだまだぁぁっ!」
武尊は、己を鼓舞するように声を上げ、今までで一番のスピードで突進しながら――再度、俺に宝剣を投げつけてくる。
「――――!」
そして、突進の勢いが乗り、凄まじい速さになった宝剣を反射的に弾こうとガヴァナードを薙ぎ払った瞬間。
武尊は――恐らくは意図して、宝剣を自らの手元に引き戻していた。
同時に、光の刃を延ばし――瞬間的にガラ空きになった俺の胸元目がけて最短距離、一直線に突きを繰り出してくる!
シンプルだが……それだけに確実性も高い、見事な必殺の一撃だ。
ただし……あくまで戦いの初心者にしては、だけどな――!
俺は、剣を薙いだ勢いをあえて殺さず、むしろ活かして身を翻し……背中をかすらせるように突きをかわして――さらにもう一回転。
武尊の突きの下をくぐらせたガヴァナードで、無防備極まりないその胴に、カウンターの一撃を叩き込み……。
あまつさえ、そのまま思い切り振り抜いて――小さな身体をハデに弾き飛ばした。
「ぅぐっ――! ごっ――! がっ――!」
地面でバウンドするたびにうめきをもらしながら、大きく跳ね飛んだ武尊は。
最後に、ゴロゴロと転がり……力無く大の字になって、ようやく止まる。
「……残機数ゼロ。
ゲームオーバーだ、武尊」
「………………」
気絶はしていないはずだが……仰向けのまま武尊は動かない。
ややもすると、その〈ティエンオー〉の変身も解け……インコモードのテンテンが、頭の横の地面にちょんと舞い降りる。
しかし、それでも……武尊は動こうとしない。
「……ちょ、ちょっと、朝岡……大丈夫なのっ!?
――ねえ、お兄っ……!」
さすがにガマン出来なくなったらしい亜里奈が、声を張り上げるが――。
ちょうどその瞬間、武尊は……いきなり、やたらと明るく大笑いを始めた。
そして、ひとしきり笑ったあと、大の字のままつぶやく。
なんか――嬉しそうに。
「すっげー……つぅええぇ〜……! メ〜ッチャメチャ、強えぇ〜……!
うっひー、なにコレ、マジで強過ぎだろ……!」
それから、急にむっくり上体を起こしたと思うと……晴れやかに俺に声を掛けてきた。
「……わーったよ、裕真兄ちゃん……!
オレ、結構やれるって思ってたんだけど……ホントに、まだまだゼンっゼン弱かったんだな……!
――うん、だから……。
兄ちゃんの言うこと聞いて、勝手に変身したりしねーようにするよ――」
「……そっか。まあ、分かってくれたならいいんだ」
やたら物分かりがいいな……とか思いつつ、でも、武尊らしいかも知れない……とも思いつつ、俺も変身を解く。
……で、結構ボコボコにしたことを一言詫びようかと考えていると――。
ニカッと笑った武尊が、奇妙な一言を口にした。
「……うん、強くなるまでは!」
「…………は?」
思わず、バカみたいな声を上げてしまう俺。
「だーかーら! 『もう大丈夫』って、裕真兄ちゃんからオスミツキもらえるぐらいに強くなるまでは、勝手に変身したりしない、ってこと!」
「いや、でもお前……強くなるっつってもだな――」
……筋トレとか木刀の素振りとかやりまくるつもりか?
まあ、そうして基礎体力鍛えるのもそりゃ大事だけど。
この場合の『強さ』は、それだけじゃどうにもならない領域っていうか……。
「分かってる。
だから、兄ちゃんに鍛えてもらうんだ! 『修行』だよ!」
目をキラッキラに輝かせながら……俺を見上げて。
武尊は、とんでもないことを言い出した。
「へ? しゅぎょ――って、はああ!!??」
「なあ、頼む! オレがちゃんとしたヒーローになれるように、鍛えてくれよ!
裕真兄ちゃん――ううん、『師匠』ッ!!」
その場で座り直した武尊は、ガバッと、勢いよく俺に頭を下げる。
……お、おいおい、なんでそうなる!?
さすがにこの反応は予想外だぞ……!?
「い――いやいや、ちょっと待て! 落ち着け! 俺は……」
ただ、お前を諭したかっただけ――そう説明しようとしたら。
いかにもそれを邪魔するように、ハイリアが縁側に座ったまま、魔王らしい高笑いを被せてきた。
「最後の最後、予想外の反撃で一本取られた――といったところだな、勇者よ。
いいではないか、アーサーのその熱意に免じて相手をしてやれ。
……ここで頑なに断ると、それこそ此奴、何をしでかすか分からんぞ?」
ハイリアの言葉に、改めてちらりと武尊の様子を窺うと……。
ニッと、イタズラ坊主満開の笑みが浮かんだ顔を上げる。
……こ、こンのヤロ〜……!
「――おいハイリア。
そう言うからには、お前も協力するんだろうなっ?」
「フム……まあ、良かろう。
――喜べアーサー。魔王たる余が直々に、キサマの『修行』とやらに手を貸してやる」
「え……マジでっ!?
師匠――はややこしいな、うん、じゃあ……リアニキ! よろしくな!」
「しょーがないですねえ……じゃ、わたしも一枚噛みますか……」
さらには、アガシーまでが……これ見よがしに盛大なタメ息をつきつつ、手を挙げた。
「――いいかアーサー、このわたしがシゴく以上、泣き言はゆるさんぞ!」
「い、イエシュ、マム!
よろしくお願いするであります、軍曹!」
座ったまま敬礼を返す武尊。
……って、エセ軍人相手が一番畏まってるってどういうわけだ……。
そして――改めて。
魔王に聖霊、そしてなりたてヒーローが、揃って俺に視線を集めてくる。
……ったく……。
こうなっちまったら、返事なんてもう一択じゃねーか……。
「――武尊」
「お、おうっ!」
「俺の言いつけはちゃんと守れ。勝手なことはするな。
もし、調子に乗ってそれを破るようなマネをすれば……宝剣とガルティエンに封印をかけてでも、お前からチカラを取り上げる。
――分かったな?」
俺は真剣に、武尊の目を真っ直ぐに見据える。
応じる武尊も、今なら素直にそれを受け止められるのだろう――。
マジメな顔で、神妙にうなずいた。
「――よし。
なら、俺も……お前の『修行』に付き合ってやるよ」
「おお……マジでっ!?
やった! ありがとう、師匠っ!!
――オレ、頑張るからっ!」
「……まったく、調子のいい――」
ニッコニコの笑顔になる武尊に、早速悪態をつきそうになるが――そのとき。
「…………」
縁側に座っていた亜里奈が、それを有無を言わせぬ圧力で遮って……ツカツカと、無表情のまま武尊のところへ近付いたかと思うと。
――ゴンッ!
「いっでぇっ!?」
いきなり、武尊の脳天に強烈なゲンコツを落とし――
「……あたし、お手伝いに戻るからっ」
と、一言だけ言い捨てて、なんかプリプリしながら〈天の湯〉の方に戻っていった。
「いぃ――ってえぇ〜……。
ったく、なんなんだよ、アリーナーのヤツ〜……」
俺にやられたときよりもよっぽど痛そうに、両手で頭をさすりながら口を尖らせる武尊。
いや、俺としてもなにがなにやら……と、思っていたら。
揃って疑問符を浮かべる俺たちに――なにやら愉快そうに喉の奥で笑うハイリアが、答えを示す。
「……仕方あるまい。
あれだけ心配させておいて、結果がコレだ……バカバカしいと腹も立とうよ」
そうして口に出したことで、なおさら面白くなったのか――。
改めてハイリアは、今度は普通に声を上げて笑った。




