第162話 すでに悪役っぽいから憎まれ役もひとまとめ
うちの赤宮家と〈天の湯〉の裏手には――ちょっとした空間がある。
それは、じいちゃんとばあちゃんが住み、今はハイリアも居候している英家の縁側に面した場所で……〈天の湯〉の裏口にも通じているため、庭ではあるものの、植え込みや装飾もあまりない、まさに開けた『空間』だ。
しかも、家の敷地内だけに、塀やらの遮蔽物に囲まれていて人目にもつかない。
つまり――『手合わせ』なんかをするにはうってつけの場所ってわけだ。
そこに、俺と武尊――だけじゃなく。
家の手伝いに一段落つけた亜里奈にハイリア、アガシーも集まってきていた。
ちなみにギャラリーには、とりあえず、『武尊の実力を確かめるための手合わせ』とだけ告げてある。
「……すまんハイリア。
外にバレたりしないよう、この辺に結界を張っておいてくれるか?」
俺が、近くに寄ってそう頼むと……。
ハイリアは、「分かった」とうなずいてから、苦笑混じりに小声で続ける。
「……しかし、損な性分よな?
わざわざ憎まれ役を買って出るか」
――さすが、コイツにはお見通しか。
……まあ、『手合わせ』に持っていったのはそういうことだ。
俺も含めて、男ってのはこういうところでバカだからな。
一度イタい目に遭わなきゃ分からない――ってヤツだ。
はっきり言って、武尊は物分かりが悪いどころか、良い方だと思う。
普段なら、キチンと諭せば――俺たちの戦いに関わらないって、聞き入れてくれたに違いない。
だが……『チカラ』を得て、しかもそれを使ってピンチを乗り越えた今は。
やっぱり、武尊自身がそうと自覚してなかったとしても、『何でも出来る』――そんな一種の万能感の方が強い感じがする。
……『何とかしてみせる』と『何でも出来る』は、似て非なるものだ。
そして――『何でも出来る』は危険だ。
それは、根っこの意識が浮ついてるからで……それゆえに、足をすくわれて思いもよらない失敗に繋がる。
……で、失敗してようやく、自分のバカさ加減に気が付くんだ。
――俺だって、そうした苦い経験があるから分かる。
その『気付き』に至るのが、取り返しの利く小さな失敗ならいいが……むしろこういうときは、皮肉にもそうじゃない可能性の方が高い。
だから……そうなる前に。
誰かが一度、武尊の自信を叩き割っておく必要があるってわけだ――。
「……ま、しょーがねーだろ。
その憎まれ役を誰がやる……ってなったら、やっぱり俺しかいないしな」
「――キサマらしい」
フッ、と鼻で笑い――。
俺が頼んだ通りに手早く結界を張ると、それ以上は何を言うでもやるでもなく、亜里奈やアガシーと同じく、縁側に腰掛けるハイリア。
……なんか、ちょうどいい観客席って感じだな。
「あたしには、戦いのことなんてよく分からないけど……。
お兄も朝岡も、無茶なことはしちゃダメだからね?」
「安心しろ、加減は心得てる。
……さて――」
俺は亜里奈に応えると――〈クローリヒト〉に変身してみせる。
まあ、その必要もないんだけど……今の戦装束みたいなもんだからな。
一応、正装をもって対する――礼儀ってやつだ。
……って、ん? 武尊のヤツ、なんか驚いたような顔をしてるな。
正体を隠すためにも変身してる、って話はしたはずだけど……。
「……か――」
「……か?」
「か、かぁぁっけえぇぇ……っ!
くっそ〜、それもかっけーなあ……っ!」
「お、おう……そうか?」
そうか……この格好、小学生男児の心にゃ刺さるのか……。
いやまあ、俺だって別にカッコ悪いとは思ってないんだけどね?
でも、さすがに禍々しいからなあ。
しかしそんなところがまたツボ、ってことなのかなあ。
……とりあえず、正直言って悪い気はしない。
なんせ、魔法少女大好きっ子の亜里奈からは、『ビミョー』という評価を頂戴していたからな……。
「でも――いっちばんカッコイイのはオレの方だからな!
いくぜ、テンっ!」
《うむ、心得た――。
……生命運ぶ風のチカラを、我が主に!》
一見するとオモチャのようにも見えるナイフ――〈宝剣ゼネア〉を掲げての武尊の声に、肩に止まっていたテンテンが応えたと思うと。
その小さな身体が光に包まれ……一瞬の後、鳥人間のような姿へと変身した。
そして――いかにも変身ヒーローらしく、まさに羽ばたく鳥をイメージするような、両手を大きく背中側に伸ばすポーズをキメる。
「……烈風鳥人――ティエンオーッ!」
お、おお……言うだけあって、確かに、なかなかカッコイイぞ……!
――それに……。
もっと、いかにも『付け焼き刃』なのかと思ったら……さすがに、死地をくぐっただけある。
霊獣のチカラを持て余したりするでもなく、しっかり『馴染んでる』感じだ。
まあ、でも――それぐらいでなくっちゃな……!
……しかし……ティエンオー、か。
………………。
決めポーズはさすがに恥ずかしいから遠慮したいけど、名前……。
なんちゃらオー、って、結構いいな。
俺もそんな感じの名前にすりゃ良かったかなあ……。
「うわ……朝岡、ホントに変身してる……!」
「……ですね。
わたしも、実際に見るのは初めてなんですけど……」
縁側に座る亜里奈とアガシーが、ヒソヒソと囁き合う。
「でも、もっと驚くと思ったけど……。
ネーミングとポーズが、いかにも『朝岡』で安心したっていうか」
「ですねえ。そのダサさとガキっぽさで妙にしっくりきてしまうと言うか……」
……女子たちは辛辣だな……。
もうちょっとオブラートに包んでやれよ……。
――って言うか……。
お前らが以前、俺のために――ってアレコレ考えてた決めゼリフとかポーズとかも、似たようなもんじゃなかったか?
何がどう違うんだ……?
いやまあ、それを口にしようものなら、とんでもない勢いの反論を食らいそうで怖いから言わんけど。
それに、ネーミングの方も……。
なんちゃらオーって、俺は悪くないと思うんだけどなあ……。
「……ンだよ、ったく!
このカッコ良さが理解出来ねーとか、ホント、これだから女子はな〜!」
まったく気にした様子もなく、ヘン、と鼻を鳴らす武尊。
おお……それ、小学生男子ならではの強さだなー……。
「……で、勇者様、わたしはどうします?」
「ん? そのままギャラリーしてればいいさ。
手合わせ程度で、お前のチカラまで宿す必要はねーだろ」
俺はアガシーに答えながら、宙に実体化させたガヴァナードを掴み取る。
「さて……いいぞ武尊、いつでもかかってこい」
「! それ――あの『聖剣』!」
武尊が、驚いた様子で俺――というより、ガヴァナードに釘付けになる。
そう言えば……何度か使ったことがあるんだったな。
「――そっか、勇者ってことは、裕真兄ちゃんがそれの本当の持ち主なんだよな……。
で、だから、テンとオレみたいに、軍曹の主でもあって……」
なにか、ブツブツとつぶやく武尊。
「……? どうした?」
「――な、なんでもねーよ!
……っしゃあ、いっくぜぇっ!」
改めて俺が声をかけると――。
威勢良い雄叫びを合図とばかりに、武尊が真っ直ぐ距離を詰めてきた。
さて……コイツの戦い方についての前情報は仕入れていないが……。
ガヴァナードに比べてリーチ差がありすぎるあの宝剣で、しかも体格差まである俺を相手にするには、やはりスピードを活かした超接近戦だろう。
――と、思ったら。
「――烈風閃光剣っ!」
宝剣の刃を、魔力による光で伸ばして――中距離から鋭く斬りかかってきた!
「へえ……さすがは、霊獣の宝剣――だな!」
ガヴァナードで初撃を弾き返すが、負けじと、退がることなく連続で仕掛けてくる武尊。
応じて、様子を見ながら斬り結ぶ俺。
烈風で閃光とか、キッチリ屋の亜里奈なんかは、『どっちだよ!』ってツッコミたくてウズウズしてそうだが……。
そんなネーミングはともかく、技としては見事なものだ。
それに、動きもいい。
思いっ切り我流だから、ひたすら荒削りではあるものの……実戦をこなしただけあって、瞬間瞬間の対応が早くて的確だ。
いわば、初めて会ったときのシルキーベルの真逆、ってやつだろうか。
……で、どっちが厄介かと言えば――当然、こちらだ。
「――っ!」
連撃の合間、スキを見つけて、こちらから牽制程度の攻撃を返してみるも、実戦経験者ならではの戦闘勘とでも言うか……『ヤバい気配』を敏感に察知して回避してくれやがる。
まあ、その回避にムダが多すぎるあたり、まだまだ色々と足りないなあ……という感じではあるが。
「……どうした? まだまだこんなもんじゃないだろ?」
「ったりめーだろ……!
――っくぜ〜……! 烈風閃光ぉ――台、風、けーーーんッ!!!」
再度斬りかかってくる武尊……だが、その動きは先よりも鋭く、速い。
さらに、それは一気に勢いを増し――台風とは良く言ったもので、まさしく暴風雨のごとき手数で、激しく襲いかかってくる。
烈風で台風とかどうなんだって感じだが……これはまた、なかなか――!
「うーりゃりゃりゃりゃりゃぁーーーッ!!!」
怒濤の連続攻撃に、とにかく防御に徹する俺――。
……と、思っているだろうな、本人は。
「……しかし――正面から力押しとか、ナメてくれるよな?」
「え――――」
急ブレーキをかけたように……武尊が動きを止める。
いや――止まる。
……まあ、そうなるよな。
いきなり、後ろから声を掛けられたら――な。
「え、な、これ、残――像……?」
「正確にはちょっと違うけどな。
――とりあえずお前、1機死んだぞ?」
俺は背後から、武尊の首に、ガヴァナードの刃をぴたんと一度だけ当てる。
そして、それを戻すのと引き換えに――
素早く振り返ろうとした武尊を、後ろ回し蹴りで思い切り吹っ飛ばしてやった。
地面で一度バウンドした武尊の身体は、結界の端に当たって跳ね返り――。
そのまま倒れるかと思いきや、見事に受け身を取って足から降り立つ。
――ほう? なかなかやるじゃないか。
「ちょ――! お兄、やり過ぎっ!」
「……なんて意見が出てるが、どうする?」
声を荒げた亜里奈をチラリと見ながら言うと……。
武尊は、まったく効いてないとばかりに背筋を伸ばすばかりか、強気に胸を張ってみせた。
「――ヘンっ、ゼンっゼン大したことねーってんだよ!
まだまだ、こっからだろ……!」
そして、臆することなく構え直す。
「……いい返事だ」
対する俺は――
構えなど取らず、剣も下げたまま……手の平を上に向けて、手招きを返した。
「くれぐれも、ガッカリさせてくれるなよ?」




