第161話 ベテランと見習いの勇者対談(インコっぽいの含む)
――7月15日、月曜日。
私と赤宮さんは、夏祭りの運営の件で、また〈ドクトル・ラボ〉を訪れていた。
……と言っても、企画が難航しているだとか、そういうわけではない。
むしろその逆で……かつての女子プロレスラー、ドクトル・カリヨンにして、博士号も持つ才媛――鈴守女史は、想像以上の手腕を発揮してくれていた。
それは、彼女を後継に指名した前任の運営責任者――豪放磊落を絵に描いたような工務店の棟梁――が、「もっと早くに頼めば良かった」と大笑いするほどで……。
しかも、さすがと言うべきか、女史は法的な問題についても非常に詳しく――本来なら条例などについて、説明や擦り合わせを行うはずの私たちの仕事もほとんど必要ない、というのが実際のところだ。
……はっきり言って、有能すぎる。
赤宮さんも上司にしたいタイプだが、それとはまた別の理由で、〈諸事対応課〉のあの課長とすげ替えたくなるな。
――まあ、それはともかく。
ほとんど必要ない――とはいえ、役人の我々しか出来ないこともあるわけで……。
今回やって来たのは、主にその手の仕事のためだ。
あとは、進捗確認ぐらいだろうか。
――これまでの何度かの打ち合わせと同じく、ジム地下の会議室で私たちは向かい合う。
そうして行われる仕事の話は……前述したように、そもそもの知識も理解力もズバ抜けている鈴守女史が相手だと、実にスムーズに進んだ。
それが一区切りついたところで、「一服しましょう」と、先に出されていたお茶の代わりに、女史が手ずからコーヒーを淹れてきてくれる。
お言葉に甘え、一息付く私たち――。
そんな折り、「そうだ」と女史は赤宮さんに話を向けた。
「先日はどうも、うちの千紗がお世話になりまして。
本当にありがとうございました」
そして、一礼。
――それにしても、齢60とはとても思えないキビキビとした動きだ。
一方で赤宮さんは、いつもの穏和な笑顔で小さく首を振る。
「いえいえ、とんでもない。
こちらこそ、お客さんのはずの千紗さんに、娘の夕食の準備を手伝わせてしまって。
……ですが、娘も千紗さんと一緒に料理が出来たことを大変喜んでましたし、その後の夕食も楽しく盛り上がって……。
私の方こそ、改めてお礼を申し上げたかったんですよ」
……ふむ。
そう言えば、鈴守女史のお孫さん――私たちにお茶を出してくれたこともあるあの少女は、確か、赤宮裕真の恋人……という話だったな。
しかも、今こうして赤宮さんと女史の話を聞く限りでは、家族と夕食をともにするぐらいに親密なようだ。
……と、言うことは……。
そちらから話を聞ければ……また何か、赤宮裕真とクローリヒトの疑惑について、新たな情報が得られるかも知れない。
しかし――それには大きな問題がある。
一応面識はあるといえ、相手は普通の女子高生だ。
恋人の父親という赤宮さんならともかく、その同僚でしかない私にとって、顔を突き合わせてあれこれ話を聞く――というのは非常に難しい。
どうしたものか……と考えたとき、真っ先に浮かんだのは――鳴ちゃんだった。
そうだ、彼女なら事情を分かっているわけだし、同じ女子、同じ学校の後輩として、私が聞きたいことを代わりに、かつ、自然に聞き出してくれるだろう。
――だが……。
無意識に、コーヒーを一口含む。
広がるのは、ほどよい甘みと酸味を伴った、心地好い苦み――。
一方で、私の思索に待ったをかけたのも……苦み。
そしてそれは逆に、ありがたくない類のものだ。
なぜなら、白城鳴は――現在、『行方不明』だからだ。
いや、むしろ……自発的である以上、『家出』の方が近いだろうか。
ただし、その行き先は友人の家などではなく――『異世界』とのことだが。
父である白城の話によれば……彼女は異世界からの招きに応じ、その世界を救いに向かったらしい。
一応、世間的には、『用事があってしばらく父方の実家に行っている』という形になっているが……はっきり言っていつ帰ってくるかは、〈勇者〉経験者の白城にも分からないようだ。
――とにかく、私としても生まれた頃から知る娘だ……一日も早く、無事に戻ってくれることを願わずにはいられない。
そして、それを思うと……。
そんな事情を置いて、『鳴ちゃんなら……』と考えたことに、罪悪感めいたものも覚えて。
私は、その苦みが、同じ苦みで洗い流されないものかと――。
無体なことを脳の隅で考えつつ、コーヒーを大きく口に含むのだった。
* * *
――月曜日。
金曜日の夜、俺の見舞いついでに、鈴守がうちで家族と一緒に晩メシを食ったことについて、クラスの連中にさんっざんにイジられまくって……。
けどそんなことには構わず、今日も鈴守と過ごしたかった――んだけど。
残念ながら、どうしても外せない用があってそうもいかず――俺とハイリアは放課後になるや、早々に下校して……家に戻ってきていた。
そして、その用事っていうのが――。
「お、おお〜……そっかそっか、なるほどな〜……」
《もっともらしくうなずいとるが……。
まったく、どこまで正確に理解しとるかはアヤしいのう……》
俺の部屋で、座卓を挟み――オレンジジュースの入ったグラスを手に、しきりにうなずいているのは、朝岡武尊。
そして、それに念話でツッコミを入れているのは……。
座卓の端でちょんとおすまししている、青みがかった碧色のキレイなインコ――愛称が『テン』から転じて『テンテン』になったとかいう、〈霊獣〉ガルティエン。
――そう。
俺たちの用事とは、何だかんだで結局巻き込んでしまった武尊に、あらためて包み隠さず事情を説明することだった。
ちなみに、ハイリアとアガシーも、その説明が終わるまで手を貸してくれていたが……今は、番台に座る亜里奈を手伝いに行っている。
こうして武尊に話をするにあたり……初めから、亜里奈が番台をしていて、しばらく身動き出来ないタイミングを狙ったってわけだ。
もちろん、そうまでした理由は……。
亜里奈が〈世壊呪〉であること――それが、亜里奈自身には決して明かすわけにはいかない秘密で。
そして――。
アイツが知らないでいるうちに、その『チカラ』をなんとかすること――それこそが、まさに俺たちの目的だからだ。
ただ、武尊が霊獣の助力を得て、ちょっとした変身ヒーローっぽい存在になったこと……。
それについては、先日の小学校での出来事は適当に誤魔化した上で、すでに亜里奈には教えてある。
なぜなら、この先また、俺やハイリアがすぐに駆け付けられない状況で、亜里奈に危機が迫ったとき――。
アガシーだけでなく、武尊にも『戦うチカラ』があると知っていてくれる方が、遠慮をせずに助けを求められると考えたからだ。
加えて、先にそうやって話しておけば、今日のように俺と武尊が直接会うことがあった場合、理由をヘタに詮索されずに済む――ってのもある。
「まあ……こうして一通り事情を説明した俺たちにしても、今回のことについては、何もかもを理解してるわけじゃないからな……。
とりあえず、俺たち自身のことはもちろん、亜里奈には黙っているように言ったこと……それらの秘密は絶対に守ってくれ」
《ウム……それについては問題あるまい。
我が主は約束を違えるような安っぽい男ではないからのぅ。
儂が、この名に誓って請け負おう!
ただ、まあ……うっかりについては、ちょいとばっか不安じゃがの〜……》
ガルティ――もとい、テンテンがクイと武尊に首を向ける。
武尊は、バツが悪そうに頭をかいた。
「わ、わーってる、気ィつけるよ……。大事なことだもんな」
《……ウム。
請け負った以上、儂の名誉もかかっとるんじゃからな。しっかりせーよ?》
そう言ってテンテンは、曲がるストローを使って、小さなグラスに注いでやったメロンソーダを器用にすすりあげる。
……インコの表情ってのもよく分からんが、なんか満足そうだ。
――ちなみに、このメロンソーダと、同じく小皿に入れて出してやっているヒマワリの種は、当のテンテンからのリクエストだ。
先日武尊に今日のことを連絡した際、なんとなく、何かおやつでもいるかと尋ねたら……提示されたのがこれらだった。
まあ、まさか実際に要求したのはインコの方だったとは思わなかったけどな……。
メロンソーダはともかく、ヒマワリの種探して、スーパーまで寄り道させられちまったよ。
《うーむ、しかし……ヒマワリも悪くはないが、カボチャの種には及ばぬなあ。
至高はカボチャじゃのう……。
――あと、やっぱり種は殻付きじゃよな〜。
あれをむきむきする楽しみがないとな〜》
小皿の種をついばみながら、チラ、と俺を見るテンテン。
……コイツ、結構良い性格してやがるな……。
そもそも要求したのは武尊だと思ってたから……わざわざ殻無し買ってきた俺の気遣いはどうなるんだチクショーめ。
今度は柿の種(ガチの種じゃない方、かつ激辛)でも出してやろうか――とか思わないでもないが、一応、間接的にでも亜里奈を助けてくれた、恩人ならぬ恩獣だからな……さすがに無下には出来ん……。くっそー。
「……にしても、軍曹が聖霊、ってのは前に聞いてたけどさ……。
まっさか、裕真兄ちゃんとハイリア兄ちゃんが、ガチに勇者と魔王だったなんてな~!
すっげーよなぁー! かっけぇーなあ!」
「お? お、おう……」
勇者も魔王も、ひとくくりで『かっけー』なのか……。
いや、まあ……そういう、いかにも男子、な思考も分からんでもないけどな。
「なあなあ、今度、異世界の冒険の話とかしてもらってもいいっ?」
「……ああ。まあ、いずれな」
……そういや、俺が勇者だったってことを話したこちらの人間は、亜里奈以来2人目――なんだな。
そう思うとちょっと感慨深い。
あまりにアッサリ受け入れられてるもんだから、ちょっと拍子抜けでもあるが……って、いや、もちろんその方がいいわけだけど。
「あ、そんで裕真兄ちゃん、オレは何すりゃいいの?
やっぱ、あの〈呪疫〉ってのが出たら、すぐ駆け付けりゃいいのか?」
「……ん? いや……武尊、お前はなにもしなくていいんだ」
「……へ?」
思いっ切り首を傾げる武尊。
……コイツ、やっぱり、っていうか……一緒に戦う気でいたか。
「……なあ、武尊。
こうやって巻き込んじまったからさ、誠意として、俺たちの事情を話しはしたけどな……。
はっきり言って、お前をこれ以上積極的に関わらせたくないんだよ、俺は。
もちろん、だからって、そこのガルティエンや、宝剣ゼネアをお前から取り上げるようなマネはしないし――。
今回みたいに、どうしても俺たちの手が回らないときは、お前に助けを求めることもあるかも知れない。
でも……基本的にはお前には、こっちの問題とは関わらずに、普通に、今まで通りの生活をしていて欲しいんだ」
「な――なんだよソレ!
オレのこのチカラ、役立てちゃいけないってのか!?」
武尊が、座卓をばん、と勢いよく叩いて立ち上がる。
浮き上がったヒマワリの種を、落ちる前にテンテンが機敏にクチバシでキャッチしていた。
「――ああ。そういうことだ。
そのチカラを役立てるんじゃなく、役立てずに済むようにしてほしいんだ。
……武尊。
俺たちを手伝いたいって、お前のその気持ちはありがたいさ。
それに、亜里奈たちを助けてくれたことも、本当に感謝してる。
だけど……だからって、お前を一緒に戦わせるわけにはいかないんだ」
「なんでだよ! オレが、まだまだ弱いから……とかかっ?」
座ったままの俺を上からニラみ付けてくる武尊。
……単純に、これ以上危険なことに巻き込みたくないってのが一番の理由なんだが……。
そっちの方向で説得しようとしても……この様子じゃ難しいか?
ここでヘタに話がこじれて、後々、勝手に動き回るようになっても厄介だしな……。
フム――よし、それなら……。
俺は、わざとらしくタメ息をつくと――。
武尊の視線を、真っ向から跳ね返す。
そして――いかにもな挑発を一つ。
「……ああ、そうだ。
この間は非常事態だから仕方なかったが――お前じゃ足手まといなんだよ」
「――ンなっ……! なんでだよ!
ちゃんと戦えたじゃねーか、オレ!」
「……納得いかないか?」
「ったりめーだろ!」
「――そうか、分かった」
負けじと言い返す武尊を見据えたまま……俺は、腰を上げる。
そして――窓の外を、クイと親指で指し示した。
「なら、お前が実際どれほどのものか……。
俺が、直に相手して教えてやるよ」