第160話 カレーにお料理する彼女と妹の隠し味的なお話
……真里子さんが部屋にやってきた後。
そのおかげで、ちょっとは気を持ち直したウチと赤宮くんは、それからはわりと普通にお話も出来て……1時間ぐらいあっさり過ぎてて。
気付けば、真里子さんから指定された時間になってた。
で、赤宮くんに「亜里奈をお願い」と見送られたウチは、1階のキッチンに向かう。
「……あ、千紗さん!」
そこにはもう、エプロン姿の亜里奈ちゃんがおって……ウチを笑顔で迎えてくれた。
「ママから、手伝ってくれるって聞きました。よろしくお願いしますね」
「うん、こちらこそ。
……けど、亜里奈ちゃんとの、いっしょにお料理しようって約束……こんな形になるとは思わへんかったなあ」
「そうですね。……でも、いいじゃないですか。
約束は約束で、また今度ちゃんとやれば!」
「うん……そうやね!」
屈託の無い亜里奈ちゃんの笑顔に、ウチも笑顔を返す。
こんな風に言うてもらえるんは、ホンマに嬉しい。
……で、そうかと思うと、亜里奈ちゃんは一転、困ったような表情で大きなタメ息をつく。
「でも、今日はいきなりこんな話になっちゃって、ホントにごめんなさい。
ママってば、強引だから……」
「ううん……大丈夫。誘ってもらって、ホンマに嬉しかったよ。
真里子さん言うてたみたいに、やっぱり1人で晩ご飯食べるん、味気ないし……」
「だったらいいんですけど……。
もし、ママがまた無茶なこと言ってきたりして、イヤだったら、ハッキリ断って下さいね?
言いにくかったら、あたしにでもいいですから!」
「うん……ありがとう。頼りにしてるね?」
「はい!
……あ、それはともかくコレ、使って下さい」
そう言って亜里奈ちゃんが差し出したのは、爽やかな色合いのエプロン。
大きさ的にも、多分、真里子さんのやね。
うん……さすがにエプロンは持ち歩いてへんし、ありがたくお借りしよう。
ウチはお礼を言うて、受け取ったエプロンを制服の上からさっと身につける。
「あ〜……やっぱり千紗さん、『料理する人』だなあ。
エプロン付ける動きにためらいが無いし、気が引き締まってる感じがします」
「あ、ありがとう。
亜里奈ちゃんも、エプロン、すごい着慣れてる感じするよ。かわいいし」
「えへへ……ありがとうございますっ」
ウチらは笑い合いながら、まずは流しで手を洗う。
「ほんで……今日はなに作るん?
ウチが手伝えるようなんやったらええねんけど……」
「えっと、それが……。
今日作る予定だったの、カレー……なんですよね」
ウチの質問に、ちょっと言いにくそうに答える亜里奈ちゃん。
「ほら、この間……あたしがキャンプに行ってるとき、千紗さんがお兄に、って作ってくれたのがカレーだったじゃないですか。
なのに、またカレー?……ってならないかなあ、って……」
「ああ、そういうことなんや。
……ううん、ゼンゼン気にせえへんよ。
ウチもカレー好きやし、今日は亜里奈ちゃんの――赤宮家流のカレーなわけやんか?
どんな感じなんか、すごい楽しみ」
そう……純粋に楽しみ。
カレーとなると特に、家ごとに色々やり方とか隠し味とかありそうやし……そのへん、スゴい興味ある。
でもまあ、そうなるとやっぱり、今日はウチはお手伝いに徹した方がええかな……。
そう考えてウチは、亜里奈ちゃんに初めに、材料と手順をサッと説明してもらった。
そんで、亜里奈ちゃんを補助する形になるんを確認した。
「あたしやママも同じです。千紗さんトコの、いわば鈴守流カレーがどんなのか、すっごい興味あったんですけど……今日はしょうがないですね」
「そうやね。市販のカレールーを混ぜ合わせて使うんはいっしょやけど、何を使うかとか、割合とかは結構違うもんね。
……あ、でもやっぱり基本は〈ベルモントカレー〉なんや? うちといっしょ」
ウチは、亜里奈ちゃんが並べた市販のカレールーを手に取る。
リンゴとハチミツを使ってる、ポピュラーなやつ。
他には、うちでも使うのもあれば、見たことないのもあって……面白いなあ。
「あたしとかパパが、甘口派なんで……。
これでお兄やママが辛口派だとモメちゃいそうですけど、あの2人はどっちでもいい派だから」
「それで、お肉は……やっぱり豚肉なんやね?
関東はそっちの方が主流って聞いてたけど」
「そう言えば、関西はウシさんなんですよね。お兄からも聞きました。
でも……なんでなんでしょう?」
「ああ、それやったら……えっと、いくつか説があるみたいやけど……。
確か、もともと関西は牛の牧畜が、関東は豚の飼育が盛んやったから、とか……。
ほかには、農耕に、関東が馬を使ってたんに対して、関西は牛を使ってたから……っていうのもあったかな。
田畑を耕すのに力不足になった牛を、食用に回すことで、牛肉を食べる文化が根付いたとか――って、ちょっと可哀想な話に聞こえるけど……」
ウチが、なんとなく記憶を探りながら答えて……。
そうしてから、『おもしろくない話してもうたかも……!』とか、焦ったけど。
亜里奈ちゃんは、なんか……キラキラした目でウチを見てた。
「すごい……千紗さん、物知り!
でも、そんなのどうやって……わざわざ勉強したんですか?」
「勉強、っていうか……たまたまお父さんの持ってた本で読んだから、かな。
東西の歴史と文化の違いと、経済を結びつけたような……。
――ウチ、小さい頃はもっと内気って言うか……友達と遊ぶより、本読んでる方が多いような子やったから。
お父さんの書斎の本、よう読んでて……それでね」
褒められたんは嬉しいけど、誇ってええようなことなんかどうか分からへんかったから、苦笑を返すウチ。
対する亜里奈ちゃんは……なんか、気付けば真剣な表情で……。
「――え、ちょ、ちょっと待って下さい? しょ、書斎?
そう言えば、聞いたことなかったけど……千紗さんのお父さん、お仕事はなにしてるんですか?」
「え……? えっと……ざっくり言うたら、大学の先生――かな。
京阪大学って、知ってる?」
「け――京阪大っ!? そりゃ知ってますよ、小学生のあたしでも!
いっちばん難しい帝大の次に続く、日本で2番目の国立大じゃないですかっ!
超有名じゃないですか!」
興奮気味に、亜里奈ちゃんは準備する途中やったジャガイモとニンジンを振り回す。
「あ、うん、まあ……そう――やねんけど」
「あ〜……でもなんか、納得しました。
そっかー……だから千紗さん、品も頭も良いのか〜……」
「……ウチは――そんな大したもん違うよ」
うちで一番スゴいんはやっぱりおばあちゃんで、お父さんも、おばあちゃんには勝たれへんて言うてたし……。
でもそんなお父さんも、ウチからしたら充分立派でスゴくて。
それを支えるお母さんは、言うに及ばずで。
やのに、ウチは……。
〈鈴守の巫女〉としての――本来は1人でこなせなあかんハズのお役目にも、色んな人の手助けが必要で。
しかも、それでもまだチカラが足りへん、中途半端な人間で……。
「……千紗さん?
ごめんなさい……あたし、なにか気に障るようなこと言っちゃいました……?」
思わず黙ってもうたウチを、気付けば亜里奈ちゃんが申し訳なさそうに見上げてて……。
あわてて、笑顔を作って首を振る。
「ご、ゴメンゴメン、そんなん違うよ!
ウチ、あんまり褒められたりするん慣れてへんから……どう反応したらええか分からへんようになって」
それで、誤魔化すみたいに……ジャガイモと包丁を手に取った。
「――さあ、そろそろ準備していこっか?
ウチ、包丁でやるから、皮むき器は亜里奈ちゃんが使ってくれてええよ」
――その後も、ウチと亜里奈ちゃんは……カレーを作りながら、色んな話をした。
カレーの隠し味に何を入れるか、っていう話はもちろん――。
学校の出来事、高校と小学校、関東と関西の違いとかを話し合ったり。
面白い友達のことを自慢し合ったり。
……そうそう、ウチが制服、リボンやなくてネクタイを使ってることへの亜里奈ちゃんの質問から、おしゃれの話になって……。
お互いに、『可愛いリボンは自分には似合わないような気がする』って思ってることを知って、必死に『そんなことない』ってフォローし合うのがおかしくて、笑い合ったりもした。
それで……カレーもほぼ出来上がって、あとは、焦げ付かへんよう煮込むだけ、ってなって。
ウチがお鍋をかき混ぜてる間に、調理器具の片付けをやってた亜里奈ちゃんが……。
ちょっと真剣な口調と表情で、あらたまってウチに質問を投げかけてきた。
「あの……前から、機会があったら千紗さんに――って思ってたんですけど……。
お兄に、告白されたときのこと……聞いていいですか?」
「え? こく――ええっ!?」
思わずお鍋をかき混ぜる動きが乱れて、カレーがはねそうになる。
「なな、なんでまた、そんな……っ?」
「あの……なんて言うか、参考までに。
――男の人から告白された経験がある知り合いの人……って考えて、真っ先に思いついたのが千紗さんだったから……」
「で、でも、それやったら、真里子さんの方が――」
「あ〜……それが……。
うちのパパとママは幼馴染みだから、このテの話は『先に告白したのは自分だ』ってお互いに言い張ってモメるんです。
しかも結局、最後にはただのノロケになるから困るんです。
――なので、千紗さんに」
ああ……ご両親、すっごい仲良さそうやもんね。
でも、なんで亜里奈ちゃん、こんな話を……。
まあ亜里奈ちゃんぐらいカワイイと、告白ぐらいされてもおかしくないやろけど……。
――あ。
もしかして……?
「それって、もしかすると……ハイリアくんのこと?」
ウチが確認すると、亜里奈ちゃんは……はっきりうなずいて。
ハイリアくんに初めて会ったときに告白されたことを話してくれた。
でも、そっか……やっぱり。
ハイリアくん、自己紹介んときに、いきなり、亜里奈ちゃんをお嫁さんに――みたいなこと言うてたもんなあ……。
ま、まあ、それがもとで『魔王』って呼ばれるようになったわけやけど……。
「でもあの、ハイリアさんは、あたしがこの先、好きになるもならないも自由で……。
自分はただ、想いを知って欲しかっただけだ、とも言ったんです。
だから、とりあえず対応は保留――に、なってるんですけど……。
向こうが真剣なら、そのままうやむやにしちゃいけないと思うし、何年後になるかは分からないけど、ちゃんと返事をするなら……体験談を聞いたら参考になるかなあ、って」
ハイリアくんの告白は、真摯で、真っ直ぐで……しっかりと、『自分』も感じられて……。
いかにも『らしい』なあ、とか思った。
同時にそれは、親戚やからかな、赤宮くんにも通じるところがあって……。
そんでそれは、告白を誠実に受け止めてる亜里奈ちゃんも同じで……。
――やっぱり……兄妹、なんやなあ。
「うん、そっか……。
でも、ウチの話なんか参考になれへんと思うよ……?」
……そう前置きしながら、ウチは。
4月の終わり頃――。
放課後、ほかに誰もおれへん教室で。
赤宮くんに、告白されたときのことを思い出す。
ウチのことがずっと好きやった、って……。
ウチが心を奪われた、あの強い瞳で――ウチを真っ直ぐに見ながら、率直な言葉で言うてくれた、あのときのことを。
「ウチも……もともと、赤宮くんのことが好きやったから。
やけど、多分ウチからは、告白なんか出来へんかったから。
だから……とにかく、泣きそうなぐらい嬉しかったん、覚えてる」
なんか、亜里奈ちゃんと顔を合わせるのが恥ずかしくて……。
お鍋でぐるぐるかき混ぜられるカレーだけを見つめながら、ウチは答えた。
それに対して、亜里奈ちゃんもしばらく無言で……洗い物の音だけがしてたけど。
水道が止まると同時に――いかにもこれ見よがしに大ゲサに、亜里奈ちゃんはタメ息をつく。
で……そうかと思うと、インスタントコーヒーの瓶を片手に、ウチの側へ近付いてきた。
「うん……ホンっトに、参考になりませんでした。
もう、ただのノロケですよ……うちのパパとママといっしょ」
口を尖らせて言いながら、そろそろ火を止めようかって具合のカレーに、サササッとインスタントコーヒーを振りかける。
「う……ご、ゴメン……」
小さくなって謝りながら……でもカレーが焦げ付かへんように、隠し味のコーヒーがちゃんと溶けるように、お鍋をかき混ぜ続けるウチ。
すると……ややあって、亜里奈ちゃんは。
ウチの顔を覗き込むようにして、ニッコリと笑ってくれた。
「もう、じょーだんですよ。
……あ、ただのノロケ、ってのは本気ですけど」
「うう……ごめんなさい……」
「でも――ありがとうございます」
思わずもう一回謝ったウチに、逆にお礼を言いながら……亜里奈ちゃんは、お鍋の火を止めた。
「……こうやって……『お姉ちゃん』と、恋愛のことも含めた色んな話をしながら、いっしょに楽しくお料理して……っていうの、憧れてたんです。
だから――すごく嬉しかったです」
「亜里奈ちゃん……」
こっちこそ嬉しくなる、亜里奈ちゃんの優しい言葉に感激しながら――。
でも、ウチはふと、不安に駆られる。
「で、でも……ウチなんかがその、『お姉ちゃん』とか……イヤやったりせえへん?」
「あ、はい、イヤですね――」
キッパリと即答する亜里奈ちゃん。
それに思わず、ウチが言葉を失って愕然としてると――
亜里奈ちゃんは、満面の……イタズラな笑みを咲かせた。
「……千紗さん以外の人は」