第159話 何かと優秀なハズのお見舞い彼女だけど
「……え、あれ、鈴守? 戻ってくるの早いね……。
ハイリアのヤツ、もしかして結構グロッキーだったりした?」
「ううん、むしろ、思ったより元気そうやったよ。
そうやなくて……そのハイリアくんが、『さっさと戻ってやれ』って」
――ハイリアくんのとこから、みんなに促されて、赤宮くんの部屋に戻ると……。
赤宮くんはちょうど、ベッドに寝たままイタダキくんが置いていったマンガを読んでるところやったみたいで。
パタン、っていい音を立てて閉じた。
「……ところで、赤宮くん?
ベッドに仰向けに寝っ転がったまま本読んだらあかんやん。
目、悪くなるよ?」
「あ……えっと、ゴメン……」
ウチが、さっきも使わせてもらってたクッションに座りながら注意すると……。
赤宮くんは素直に謝りながら、閉じたマンガをいそいそと枕元の棚に置く。
その様子に、ウチはついクスッと笑った。
「……ウチも小さい頃、おんなじことやって、ようお母さんに怒られたんやけどね」
「俺は……今でもやる上に、むしろ亜里奈に怒られてる方が多い気がする」
上体を起こしながら、ウチに合わせて、恥ずかしそうに苦笑する赤宮くん。
こういうところ……なんか、可愛らしいなあ。
体育祭のときみたいに、いざってときはホンマに頼りになるし……普段の落ち着きとかも、年上っぽい感じなんやけど……。
ちょこちょこ、こうやって顔を出す子供っぽさとの、ギャップ……っていうか、そういうところが。
「でも、逆に、赤宮くんが亜里奈ちゃんを叱ったりすることもあるんやんな?」
「んー……まあ、すっごく小さい頃には、そういうこともあったけど……。
アイツは賢いし、要領もいい、しっかり者だからなあ……最近はゼンゼン」
「ていうか、俺が叱られる方が絶対多い……」って、困ったみたいに、でもなんか楽しそうに付け加える赤宮くん。
「ほんなら、もう叱ったりはせえへん、言うこと?」
「……いや。叱るよ、それが必要だと思ったら。
一応、こんなでもアニキだからさ」
「……そうやんね」
ウチは、納得して小さくうなずく。
……些細なことやけど、赤宮くんらしい答えが聞けて、なんか嬉しかった。
「……でも、やっぱりうらやましいなあ……。
ウチも、赤宮くんみたいなお兄ちゃん、欲しかったなあ……」
「げ……それ困る。鈴守の兄さんってなったら、もうゼッタイ優秀じゃないか。
同タイプでそんな優秀な人間が身近にいるってなったら、俺、鈴守に見向きもされなさそうだよ……」
「――そんなこと、ないよ。
もし、そんなお兄ちゃんがおったとしても……。
ウチはやっぱり、赤宮くんを好きになってまうって……そう思うから」
「……ッ。す、鈴守……」
赤宮くんが、目をパチクリさせて、赤くなって――――って!
ウチにとっては当たり前のことやから……。
ついそのまま、普通に、マジメに、特に意識せんとそう答えて――。
ウチは……めっちゃ恥ずかしいこと、言うてもうたことに気が付いた。
――あ、ううん、ホンマのことやねんけど……!
あ、そ、そうやなくて、えっと……!
あわてて、話題を変えようと――。
「あ、そう! それと、兄弟言うたら……!
亜里奈ちゃんみたいな、可愛くてしっかりした妹も欲しいかな……!」
ちょっとムリヤリ気味にでも笑いながら、もう一つの本音を素直に話すけど……。
「…………」
微妙に目を伏せる赤宮くんは……。
なんか、ますます赤くなってる……みたいな……。
「それは……その……。
いずれは、そうなるといいな、って言うか……」
「………………!!!」
「――って! ごご、ゴメン、ヘンなこと言った!
あ、あ〜……もう、なんなんだろーな!
ね、熱がぶり返してきたかなあ……っ!」
ガバッとスゴい速さで寝直して、背中を向ける赤宮くん。
で、ウチは…………。
ウチは…………うん、一瞬、頭が真っ白になってた。
ほんで、逆に顔は、間違いなく真っ赤やったと思う……。
――いや、っていうか…………そう、看病!
そうやん!
ウチは赤宮くんの看病のために残ってるのに、お、お話ばっかりしとったらあかんやん……!
で、でも、赤宮くん、思ってたよりゼンゼン元気そうやし……。
なんか、ウチで今出来ること言うたら……な、なんやろ……。
『汗かいて気持ち悪いだろーし、身体でもフキフキしてやったら?』
迷いに迷うウチの頭に、ふっと浮かび上がったんは――別れ際のおキヌちゃんの言葉やった。
……そ、そうやね、それぐらいやったら出来るし……!
「あ、そ、そうや赤宮くん、汗かいて気持ち悪いやんね!?
ウチ、身体拭いたげるから!」
「え?――って、ええぇっ!!??」
すっとんきょうな声を上げた赤宮くんが、こっちを向きながら跳ね起きる。
その間にウチは、枕元に置いてあったタオルを手に取った。
「え、あ、お、俺……なに、ゴメン、そんな汗臭いっ!?」
「あ、ううん、ゼンゼンそんなことないよ!
それどころか、赤宮くんやなあって、に――」
勢いでそこまで口にして…………ウチは、ふっと我に返った。
そんで――コチン、と全身が凍り付く。
――え、ちょ、ウチ……。
赤宮くんに言われたことで、こ、混乱してたからって……何しようと……っ!
しし、しかも、今!
『赤宮くんやなあ、って匂いで安心する』――とか言いかけてへんかった!?
「〜〜〜っ! 〜〜〜っ!!!」
ううん、ほ、ホンマのことやけど……! やけど……!
それを口に出して言うとか、あ、あ、あかん、あかんって〜……っ!
「す……鈴守? だ、大丈夫か……?」
赤宮くんの顔をまともに見てられへんようになって……。
うつむきながら、ぴょんとベッドから離れて座り直したウチは。
心配して、優しく声をかけてくれた赤宮くんに、おずおずとタオルを返す。
「い、いい、いきなりヘンなことしようとして、ゴメン……!
だ、だだ、大丈夫やから……!」
「あ、ああ……うん、こ、こっちこそ。
へ、ヘンに意識したみたいに、お、おたおたしちゃって、ゴメン……!
――いや、っていうか……」
赤宮くんは、急に声のトーンを落としたかと思うと……。
ウチが返したタオルをクルクルッと丸めて――。
いきなり、思いっ切りドアの方に投げつけた!
「――母さん! 盗み聞きとか趣味わりーぞ!」
「……ふえっ?」
ウチが、ヘンな声を出しながら、思わず振り返ったのと……。
ドアがちょっとだけ開いて、そこから赤宮くんたちのお母さん――真里子さんが顔を覗かせたんは、ほとんど同時やった。
……ぺろっと可愛らしく舌を出しながら、部屋に入ってくる真里子さん。
「いやぁ〜……ゴメンゴメン。
用があって来たんだけど……つい、そのままちょーっと、ね?」
そんで、真里子さんは……。
これまでのアレコレと、突然の出来事に、脳の処理が追い付かなくて呆然となってたウチと目が合うと――。
いきなりガバッと、ウチの頭を抱きしめて……って、ええっ!?
「あ〜あ〜、もう、こんなに真っ赤になっちゃって~!
いやあ、千紗ちゃんはやっぱり可愛いわね〜! 最っ高!」
「え、あ、ええと……っ!」
「……なにやってんだよ母さん……。
鈴守が対応に困って硬直してるだろうが……」
赤宮くんが呆れた調子でそう言うと……我に返ったみたいに、真里子さんはウチを解放してくれた。
「ご、ゴメンねー……千紗ちゃん、ホンっト可愛いから、つい……」
「いい、いえ……っ」
「俺からもゴメン。
……うちの母さん、わりとハグ魔なところがあってさ……」
ベッドの上であぐらをかいて、大きくタメ息をつく赤宮くん。
……そう言えば、体育祭の打ち上げ――お風呂に入る前にケガの手当てしてもらったときも、真里子さんにギュッてされた気がする。
ううん、もちろん驚くけど、イヤとかってことはゼンゼンない。
――っていうか……。
ウチのお母さんも、そういうトコあるから……。
なんか、ちょっと懐かしくなるっていうか……ホッとする……かな。
「で……結局、何の用なんだよ?」
「ん? ああ、裕真、アンタじゃないの。
――ね、千紗ちゃん、もうしばらく裕真の面倒見ててくれるんでしょ?
なら……遅くなるし、良かったら晩ご飯、うちで一緒に食べていかない?」
「……え?」
このまま赤宮くんとこで、いっしょに晩ご飯……!?
「えっと、あの……! で、でも、ご迷惑に――」
「ならないならない、そんなの!
――っていうかね、実はさっき、ちょっとドクトルさんと電話で話しててね。
そうしたらドクトルさん、急用が入って夕食はいらなくなったってこと、千紗ちゃんに伝えておいて欲しい、って言うから……」
「じゃあうちで面倒見ます、って即答したわけか」
赤宮くんが苦笑混じりに言うと……真里子さんは、子供みたいにニカッと笑う。
「まあね。
……だって、1人で晩ご飯とか、さびしいじゃない?」
「あ……」
「それとも千紗ちゃんは、1人で静かに……って方が良いタイプ?
それならそれで構わないよ? 好き好きだからね。
あとは、まあ……彼氏の家族と一緒に食事とか、気が休まらない! 疲れる!……ってことなら、うん、そういう気持ちも分かるし」
真里子さんは、小さく首を傾げて、ウチの返答を待ってくれる。
押し付けとかやなくて……ウチの好きにしたらいいよ、って――。
その優しい表情が、何より雄弁に語ってくれる。
うん……確かに、緊張はしそうやけど……。
『1人じゃさびしいだろうから、一緒に』って……自然にそう言ってもらえるのが、すごく……嬉しくて。
ウチは……
「ほんなら――ご馳走になります」
ペコリと、真里子さんに頭を下げる。
――でも、すぐにその頭を上げて……続けてお願い。
「でも、それやったら……ウチにもご飯の準備、お手伝いさせて下さい」
「ん? んん? いいの?」
「はい、もちろん!」
「うわあ、それ、助かるなあ〜!
……実は、こんなこと言い出しておいて何だけど、ちょっと銭湯の方の仕事があってね……。
今日の晩ご飯は一応亜里奈に任せてて、あの子だけでも何とかなるんだけど……そこに千紗ちゃんも手伝ってくれるってなったら、もう百人力!
あたしはあたしで、安心して仕事を片付けられるってものだわ〜。
……ってことで……ホントに、お願いしていい?」
真里子さんが、可愛らしく手を合わせるのを――。
「あ……はい、ぜひ!」
ウチは当然、笑顔で引き受けた。




